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2日目 -4- 隠しきれない恋心

「いやぁ、でもほんと」

 そこで言葉を切ったローサさんは、急にまじまじと私の姿を眺め出した。上から下まで視線を走らせ、どこか懐かしそうな顔で笑みを浮かべる。

「リンカはリリナに似てきたねぇ、そっくりだよ。小さい頃は男の子みたいでどうなることかと心配したけど、ほんとに綺麗になったもんだ」


(!?)

 私はびっくりして、大きく目を見開いた。

 リリナと言うのは、亡くなった私の母親のことだ。体が弱かったせいか、華奢で儚げで、すごく綺麗な人だった、といつかジェイが言っていた。その後、『おまえ、似なくて良かったな』とも言われたけれど。


(そんな母さんに似てる? 私が?)

 一人で驚いていると、ローサさんはその後をこう続けた。

「これで、どうして恋人の一人もできないのかが不思議だよねぇ。まあ、綺麗になったって言っても、中身は子供の頃からあんまり変わってないみたいだけどね、あっはっは」


(そ、そういうオチがつくのか)

 私は半眼になって、豪快に笑うローサさんを眺めやった。

 まあ、いきなりこんな褒められ方をするなんて、妙だとは思ったのだ。おそらくローサさんの言う『綺麗になった』は『元が酷かった』の言い換えみたいなものだろう。


 そんなふうに納得していると、不意に、マリエンが追い打ちを掛けるようなことを言い出した。

「そうね、リンカには色気が足りないものね、大幅に」

「い、色気……」

 色気という単語を出され、私はそのまま口を噤んだ。それについては自覚があるので、反論のしようもない。

 いや、二人にどう思われていようと、別にそれはそれでいい。

(ただ……)


 私はチラと、隣のルーフィスの様子を(うかが)った。

 私にとって重要なのは、他の誰でもなく、彼にどう思われているかの一点なのだ。

 今のところ、ルーフィスは二人に同調していなかったけれど、かといって異議を唱える様子もない。ひたすら沈黙を保っているのが気に掛かる。

 私は思い切って、ルーフィスに尋ねてみることにした。

 

「あの……ルーフィスも、そう思う?」

「……」


 私の問いに、ルーフィスは何も答えなかった。

 いくら周りがガヤガヤしてるといっても、真横にいるのに聞こえなかったわけはないだろう。じっと見つめてみたが、それでもルーフィスは答えない。

「……」

「……」

 彼が黙っているので、私も黙る。

 なんだろうか、この沈黙は。


「おい」

 そのとき、黙って私達のやりとりを見ていたジェイが、堪え切れないというように吹き出した。

「ある意味俺より正直だな、ルーフィス」

(え?)

「答えられないのが答えだろ」

「ジェイ!」

 私は赤くなって抗議した。

 それでも『ジェイの言う通りかも』という気がして、そのまま大人しく口を噤む。ここで深く突っ込んでは、かえって痛い目に遭いそうだ。

 けれど、黙り込んだ私を気にしたのか、それまでずっと黙っていたルーフィスが、ここで初めて口を開いた。


「大丈夫だよ、リンカちゃん」

「え?」

「リンカちゃんの魅力は、そういうところじゃないから」

「……」


 今度は、私が無言になる番だった。

 いや、嫌味で言われたわけじゃないのは分かっている。ルーフィスはそんな性格じゃないし、純粋に私を庇ってくれたのだ。……庇ってくれたのだが、いったいどの辺りが大丈夫だというんだろうか。


 私に向けられた屈託のない笑みが、今は何とも物悲しい。

「もういいよ……」

 がっくりと肩を落として、私はその話を打ち切った。



 * * * * *



 その後ジェイとローサさんは仕事に戻り、ルーフィスは店に来ていた職場の仲間に呼ばれ、テーブルに残されたのは私とマリエンの二人になった。

 女二人がひたすらに、ビールジョッキを傾ける。


 マリエンと話しながらも、私はつい、ルーフィスの姿を目の端で追ってしまった。

 すぐに、同僚らしき人達と談笑している姿に目が止まる。相手は二人で、どちらもルーフィスよりは年上らしき男性だ。

 そこに女の子が混じっていないことにホッとしたが、私は、いや、安心はできないなと思い直した。以前『おまえがいると女の子が釣れる!』と、ルーフィスが駆り出されそうになっていたことがあったからだ。

 今日は大丈夫なんだろうか、と心の中で気を揉みながら、私は目の前のマリエンに視線を戻した。マリエンは、私を見ていた。


「熱心に見てたわね」

(!)

 不意打ちの指摘に、顔がカッと熱くなる。

 表情なら取り繕えても、顔色となると、もうどうしようもない。いや、今なら飲んでるせいだと誤魔化せるだろうか。

 そう考えたとき、マリエンは駄目押しのようにこう続けた。

「まぁ、あたしはさ。身近すぎる相手にうかつに意思表示できない気持ちってのは、すごく良くわかるけどさ」

「──」


 絶句した後、私は口の中の唾をゴクリと飲み込んだ。

(これって……)

 どう考えても、見透かされてる。マリエンの口振りは、私にそう悟らせるには十分だった。

 なにしろ彼女の相手も、私と同じでごく身近な相手──3つ年上の幼馴染だったからだ。ただ私と違って、マリエンはその恋をしっかり実らせていたけれど。


 今まで私は、ルーフィスへの想いを誰かに打ち明けたことがなかった。心に秘めるばかりで、一番の親友のマリエンにさえ、何一つ話をしてこなかった。いつどこでルーフィスに伝わるかわからなくて怖かったし、相手にされない自分に同情されるのも嫌だったからだ。

 でも、これは。


「わかるって、マリエンは」

「え?」

「マリエンは、どうしてそんなふうに思ったの。私、今までマリエンにそんな話したことないよね?」

 往生際が悪いとは思ったが、私はマリエンに確認をした。トボけられるものならそうしたいと思ったからだ。

 けれど、それは無理だったようだ。


「そんなの言葉にしなくても、わかることだってあるじゃない。例えばあんたの目が、いつも誰の姿を追ってるか……とかさ」

 私は、ぐっと言葉に詰まった。正にたった今、私はマリエンの目の前でその愚行を犯したばかりだ。

「一度そういうのに気がついたらね、『あ、そうか』って色々見えてきちゃったのよ」

「……」

「ほんと、恋愛に関してはびっくりするほど弱気よね、リンカ。もうちょっと自信持ったっていいと思うのに」


 私は黙った。いったいマリエンは、私のどの辺りに自信を持ってもいいなんて言ってるんだろうか。

 さっきの色気の話にしろ、第一印象の話にしろ、今夜だけでもルーフィスからの反応は散々だ。一緒に話していたマリエンだって、それは知ってるはずなのに。


 私は大きな溜め息をついた。

「何、溜め息なんてついてんのよ」

「マリエンはいいよ。美人だし、色っぽいし。少しわけて欲しいくらい」

 現にこうして話していても、酔いのせいか、ほんのり頬を染めたマリエンの様子はものすごく色っぽい。


「何よ、さっきの話? 色気がないから恋人ができないって」

 マリエンはそう言うと、少しの間何かを考えるように黙り込んだ。

「……あれね、嘘よ」

「嘘?」

「さっきは皆がいたから『色気が足りないせいだ』って言ったけどね。ほんとの理由は違ってると思うわよ。例え色気があったって、今のリンカに男なんて寄って来るはずないもの」

「え、どうして? そこまで断言しなくても」

 いやにきっぱり言い切ったマリエンに、私は控えめに抗議した。本当のことだとしても、ちょっと酷い。

「断言できるわよ。だってそうでしょ。ここじゃジェイの目があるし、それに何より──」

次話◆心臓に悪い彼

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