プロローグ -1-
「いらっしゃいませ」
古い木の扉を開けたとたん、店の奥から、落ち着いた男性の声が響いた。
森の中にひっそりと佇む薬屋の店内は、曇天のせいか昼間だというのに仄暗い。
(どう、切り出そう)
ここへ来るのは初めてじゃないというのに、私はひどく緊張した。いつもより速い自分の心音がよく聞こえ、それがますます緊張に拍車をかける。
「今日は、どんな物がご入り用ですか?」
(!)
普通のことを訊かれているのに、私は手が震えそうになった。口の中がカラカラで、すぐには返事をすることもできない。
押し黙るばかりの私に、この店の主はフードを深く被り直し、こちらへと歩を向けた。
歩くたび、身に纏った暗緑色のローブが揺れる。それは彼の職に相応しい姿ではあったけれど、そのせいで、私は未だに店主の顔をはっきりとは知らなかった。
いや顔だけじゃなく、よく考えれば名も知らない。知っているのは、彼が成人男性であることと、この国では珍しい『魔法使い』だということくらいだ。
「久しぶりですね、リンカさん。季節的に、そろそろ虫除けの膏薬をお求めでしょうか?」
何が欲しいとも言わない私に、やや戸惑い気味に彼が尋ねる。
「それでしたら、すぐにご用意できますが」
「いえ」
ようやく、私は短いながらも言葉を発した。いつまでも黙ったままじゃ、彼だって困るだろう。きちんと、私の欲しい物を伝えなければ。
「今日は、膏薬を買いに来たんじゃないんです」
「それでは、お茶でしょうか。前にお買い求めいただいた安眠茶はいかがでしたか? 必要であれば、好みに合わせて調整することもできますが」
「いえ、あの」
「……」
言いづらそうな私の様子に気づいたのか、そこで、彼は少し首を傾げた。それでも無理に急かそうとはせず、静かに次の言葉を待っている。
「その。今日は、お茶でも膏薬でもなくて」
覚悟を決めてきたはずなのに、肝心のことが口に出せない。
それでもありったけの勇気をかき集め、私はどうにかその一言を口にした。
「──惚れ薬を」




