表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/37

二話 幼き頃の約束

* * * *


「いつか、おれに仕えてくれよ」


 それは、もう十年以上昔に、私に向けられた幼馴染みの言葉だった。


 お互いにまだ小さくて、確か二人の年齢を合わせても二十にすら満たなかった頃。

 エヴァンと名乗る少年は、ほんのりと薄赤く色づいた表情を浮かべて、そう言ってくれた。


 でも、その言葉を紡ぐ事が恥ずかしかったのか。視線も若干泳いでいた。


「……仕えて?」

「そう。ヒイナは将来、おれの臣下になるんだ」


 臣下って、王子さまじゃあるまいし。


 そんな感想を抱きながらも、私は「ふぅーん」と聞き流す。


 でも、もしかするとエヴァンは実は何処かの王子さまなのかも。

 そんな考えが私の頭の中で、一瞬だけ過ぎってしまったのもまた事実だった。


 三ヶ月ほど前に偶然出会った見慣れない服装の少年。それでもって、言葉遣いが色々と変。それが、私がエヴァンに対して抱いた印象だった。


「でも、そういうのって偉い人がなるものじゃないの?」


 臣下と言われても、あんまりよく分からなかった。だから、騎士とかそういうものって自己解釈をして、私は問い返す。

 そういうのは、貴族って呼ばれる人達がなるものじゃないのかって。


「ちっげーよ。そういうのは、才能があるやつがなるんだ」

「才能?」

「ああ。おれや、ヒイナみたいなやつの事だ」


 エヴァンは尊大に言う。

 でも、三ヶ月もエヴァンと過ごしたせいでか。

 そんな物言いにもすっかり慣れてしまっていた。だから、これまた、「ふぅーん」と聞き流す。


「……おいおい。先生に認められた奴なんて、おれを除くとヒイナしかいないんだぜ?」


 もっと自信持てよって、エヴァンに呆れられる。


 この三ヶ月。

 私はエヴァンと毎日のように会って、話して、遊んでいたんだけれど、偶にエヴァンが人を連れてくる事があった。


 彼は「先生」って呼んでて、エヴァンと仲良くしてくれてるお礼だっていって、先生は私に「魔道」と呼ばれるものを教えてくれた。


「……それとも、嫌だったか?」


 肯定的な返事をしない私を見かねてか。

 一変してエヴァンは不安に彩られた表情を向けてくる。

 捨てられた犬が向けてくるような、そんな視線。だから私は慌てて否定する。


「ううん。エヴァンと居るのは私も楽しいし、仕えるってのは……その、よく分からないけど、でもエヴァンと一緒なら、私はいいよ」

「本当かっ!?」


 お日様に照らされた海のような、紺碧の瞳が大きく見開かれる。

 そして、エヴァンの頬が綻んだ。


「じ、じゃあ、これを持っててくれよ」


 嬉しくて仕方がなかったのか。

 噛みながらも、ゴソゴソとエヴァンはポケットから何かを取り出して、ソレを私の右手に強引に握らせた。


 小さくてひんやりとした何か。

 一体何なのだろうかと視線を落とすと、そこには装飾のないシンプルな銀色の指輪があった。


「いつか。いつか必ず迎えに行くから。だから、それを失くさずに持っててくれ」


 いつになく真剣な口調でエヴァンが言う。


 気恥ずかしかったのか。

 ————出来れば指に嵌めてくれると嬉しいんだけど……。

 などと付け足された言葉の声量は、とても小さくて。

 でも、辛うじて聞き取る事が出来ていた。

 だから、


「じゃあ、嵌める」


 渡された指輪を私は右手の人差し指に嵌めてみる。少しだけ異物感があったけれど、装飾品をつけた事で少しだけ大人になれたような気がして、言葉にはしなかったけど嬉しくもあった。


「ねえ、エヴァン」


 この三ヶ月。

 色々あったなって思い返しながら、私はエヴァンの名前を呼ぶ。


「次は、いつ会えるかな」


 こうしてエヴァンが私に物を渡してきた理由は、多分これが原因だった。


 私とエヴァンが会えるのは、今日が最後と前々から知っていた。

 隣国に行かなくちゃいけない用事があるんだって、エヴァン本人に聞かされていたから。


「……ん」


 すると、あまり聞かれたくない質問だったのか。悲しそうに小さく唸り、軽く頭を掻き始める。


「……ちょっとだけ、時間が掛かるかも」


 きっと、そのちょっととは、数ヶ月とかそんな話ではないんだろうなって思った。

 多分、一年とか、二年とか。

 もしかすると、もっとかもしれない。


「でも、迎えに行くから。絶対に、迎えに行くから」


 繰り返される。

 確固たる意思を示すように、その後も何度か。


「だから、もう一度会えた時は。その時は、おれの臣下になってくれ————ヒイナ」

「うん。わかった」


 そんなに念押しをしなくても、約束を破る気はないのに。

 そうは思ったけど、何故かエヴァンは言葉に頷いて欲しそうにしてたから、それに応える。


 ちょうど、その時だった。


「————良かったですね。エヴァン様」


 離れた場所から、優しげな声が鼓膜を揺らす。

 言葉に反応をして肩越しに振り向くと、そこにはエヴァンと一緒になってすっかり「先生」と呼ぶようになってしまった人がいた。


「あったりまえだろ。おれからの誘いを断る奴なんてこの世にいるもんかよ」

「その割には随分と不安そうでしたが」

「う、うるさいなっ!!」


 図星を突かれた事を隠したかったのか。

 エヴァンが「先生」の言葉に慌てて否定するけれど、それが強がりだったって事は私の目から見ても明らかだった。


「ヒイナさん」


 そして、「先生」の視線がエヴァンから私に移動する。


「こんなエヴァン様ですが、どうかよろしくお願いいたします」


 次いで、柔和な笑みと共に言葉が投げ掛けられた。


 こんなってなんだよ、こんなって!

 「先生」の物言いに不満を垂れるエヴァンの反応に、私と「先生」が一緒になって笑った。

 多分、その日は私の人生の中で一番笑っていた日だったと思う。



 ————そして、彼らとの出会いこそが、間違いなく、私が王宮魔道師を目指したきっかけであった。


 王宮魔道師になれば、エヴァンに会えるような気がして。だから、なったというのに結局いつまでたっても会えず終い。

 もう二度と会うことは無いんじゃないかって思って以来、胸の奥底に仕舞い込んでいた筈の記憶が、どうしてか、このタイミングで思い起こされていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼9月7日書籍発売ですー!!よろしくお願いします!! ▼
理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?
▼新作のリンクも貼ってます!!▼
元悪役令嬢の私は、二度目の人生を得たので今度はちゃんと慎ましく生きようと思います
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ