驚異の伝染力
これは先の三話とは別の病気です。
更に遡って、私がいたいけな大学二回生だった頃の話です。
夏休み前のある日。
微熱が出て、掌と足の裏に小さい水泡がたくさんできて、足の裏は体重が掛かると痛くなりました。
なんだろうなと思い、下宿の大家さんに教えてもらって近所の内科へ。
診察の結果。
「これ、手足口病。保育園児とか小さい子がなる病気」
おじいちゃん先生、大爆笑。
大学生にもなって手足口病とかマジウケるんですけどwww
手足口病が許されるのは幼稚園児までだよねwww的なノリで笑われました。
「口はなんともないんですけど」
「手足だけの場合もあるんですよ」
「移る病気ですよね? 大学、しばらく休んだ方がいいですか?」
「大学生には普通、移らないから、別に休まなくていいですよ。あ、でも、キスとか飲み物の回し飲みはやめて下さい」
「登校してもいいんですね?」
「いいですよ。滅多にないけど、凄い高熱が出たら、また来て下さいね」
ベテラン内科医には大丈夫と言われたものの、潰れた水泡から小さい子に移ると心配なので、症状が消失するまで、電車、バス、エスカレーターの手すりには触らず、大学でもなるべく共用の物に触らないようにして過ごしました。
微熱のだるさもさることながら、体重が掛かると足の裏が痛いのが地味に辛かったです。
大学には行きましたが、ピーク時は、歩くどころか立つのもイヤな痛さ。
例えて言うなら、ミニチュアサイズの画鋲が無数に刺さった状態。足の裏の接地面がすべて痛い。
お分かりいただけるだろうか。
夏休み。
弟が軽いノリで切り出しました。
「高校で手足口病っていうのがめっちゃ流行った」
「お前の高校は幼稚園か」
「違う違う、聞いてくれ」
弟が実際に目撃したことと、弟の同級生が部活や委員会、塾関係、更に各属性の保護者ネットワークなどを駆使して集めた情報を要約したところ、以下の流れが判明したそうです。
弟の高校での発生源は、隣のクラスの男子生徒A。
A君は、手足口病の症状があるにも拘らず、普通に登校して、普通に水泳の授業に参加。体育の授業はニ学級合同なので、A君のクラスだけでなく、私の弟のクラスでも蔓延。
あの冷たい洗体槽とは何だったのか。
A君は、幼稚園児の弟Bから感染。
B君は、幼稚園で同級生Cから感染。
C君は、手足口病の症状があるにも拘らず、普通に登園して、プールに参加。
弟の同級生の情報網で辿れた感染源は、幼稚園児のC君までです。
「友達、何者? 探偵?」
「さぁ? 知らん」
C君が幼稚園のプールで同級生に拡散し、幼稚園の同級生B君から兄の高校生A君に家庭内感染し、A君が高校のプールで同学年に感染を拡大させ、A君経由で私の弟に感染し、私は夏休み前の日曜にちょっと実家に寄った際、弟から感染した模様。
弟→私は恐らく、その日の昼、ガラス鉢に氷水とそうめんを入れ、家族みんなで取り分けて食べたので「そうめんの水を介した経口感染」だと思います。
会った時、弟は症状がすべて治まった後でしたが、ウイルスの排出は続いていた模様。
親は平気だったので、子供の頃に感染して免疫があったのでしょう。
驚異の感染力。スーパースプレッダーC君。
ちなみに高校生A君は、同級生たちから「バイキン野郎」と呼ばれ、しばらく避けられたと言う。
足の裏が痛くてパフォーマンスが落ちるので、特に運動部からの吊し上げが激しかった模様。
夏休みは高校総体とか大会がたくさん。スポーツに青春懸けてる子が、病気を移されたせいで本来の実力を発揮できなかったら、そりゃあ、もう……
知人経由で全く接点のないC君まで感染源を遡れたと言うことは、C君は、保護者らが素人目に見ても、明らかに病気とわかる状態だったと言うことです。
C君の親御さんは、全く接点がない人なので家庭の事情などはわかりません。
百歩譲って共働きなどで他に預け先がなかったにしても、発熱中の病児をプールに入れないように幼稚園の先生に一言でも連絡できなかったのかと。
大きいおともだちでも、結構しんどい病気でした。
口にも水泡があれば、小さい子は痛くて何も食べられない可能性もあります。
【症状消失後も続くウイルス排出期間中の無自覚な感染拡大】
ではなく、
【発熱や水泡などの症状がある状態で登園させられ、先生にも病気の連絡なし】
そこはかとなく、医療ネグレクトの気配を感じなくもないのですが、詳細な事情は不明です。
当時は、「まぁでも、別に喘息みたいに発作でいきなり死ぬ病気じゃないし、お医者さんが笑ってたくらいだから大したコトないだろう」と思いました。
が、今、これを書く為に調べたところ、稀に重症化して髄膜炎や脳炎になることが判明。爪が取れることもあるそうです。
二〇〇〇年代に入ってからも、日本国内で少数の死亡例が報告されています。
ワクチンはまだ開発中。
【参考】国立感染症研究所 手足口病とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/441-hfmd.html
大抵は軽症で済むようですが、万が一、乳幼児に感染して重症化する可能性を考えると、なるべく人に移さないように、せめてプールに入るのはやめて欲しいものです。
滅多に死ぬような病気ではないようですが、命に別状ないからと言って、病気を蔓延させていいはずがありません。
回復不能な後遺症で、その後の人生がハードモードになる可能性も否定しきれません。
軽症で済んでも、スポーツ推薦狙いの高校生が、病気のせいで本来の実力を発揮できず、進路に悪影響が出れば、その後の人生設計が狂わされ、経済的な損失は計り知れません。
スポーツ大会に限らず、重要な資格試験や入試などでも同じです。
こうして思い返すと、他人に病気を感染させて苦しませることに何の痛痒も感じないタイプの人が存在するのだなぁと、改めて思い知らされました。
以上、二十年以上前の実話でした。
二十一世紀にもなって、こんな人物が未だに存在するとは思いたくないのですが、米国などの報道を見ると、残念ながら、居るようですね。