第十話 あらたな しごと
ジャンル別歴史(文芸)の週間1位になりました!
ここまで多大な評価を頂き、本当に励みになっています!
今話から第二章が開始になります。
今後とも拙作をよろしくお願い致します<(_ _)>
最近恒興さんに意味わからんくらい酷使されている信晃です。
読み書きができるようになるやいなや、恒興さんに拉致され、大量の書類を渡され、おかしなところがないか確認しろと言われる。計算間違いを指摘し、明らかに効率の悪いところを指摘すると、即座に次の書類が追加される。
別の日には台所奉行の藤吉郎の下に派遣されては、どうやったら織田家の財政を改善できるかを、夜遅く火を灯す油がなくなるまで額を突き合わせて議論を重ねる。
また別の日には城郭の建築現場に行って普請奉行や作事奉行の下に派遣され、その指示に従い書類を処理したり、時には現場で力仕事をこなしたりと八面六臂の仕事ぶりを余儀なくされた。
その他にもありとあらゆる仕事を振られ、目が回るような日々を送り続けることになる。
ステータス的に体が参ることはないが、さすがに精神的には中々辛いものがある。というか俺じゃなきゃまず身体を壊して倒れているぞ!
毎晩幽鬼のような足取りで夜遅くに帰宅する俺を見て、ご近所さんの利家くんや、藤吉郎、成政たちも心配そうに様子を見に来ることもあった。
せめて市と話す時間がもっと取れれば心が癒されるんだけどなぁ…今や週に1、2日しか市と共にいる時間はない。ギブミー市パワー。
そんな生活が3ヶ月程続いたあくる日、いつも通り出仕すると恒興さんが目を細めて笑いながら話しかけてくる。
「さて藤十郎殿、次の仕事です。今までとは一味違うお仕事なので、やりがいがありますよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!また新しい仕事!?小姓っていつもこんなに仕事回しているんですか?」
この数ヶ月でわかったことは、恒興さんがこういう表情で仕事を振る時は大抵ロクでもない事情が絡んでいる時だ。俺は学習する男だからな!危機はなるべく回避したいぜ!
「ははは、藤十郎殿は面白いことを言いますね」
まさかこれでも足りないとか言うんじゃないだろうな?
「こんな頭のおかしい量、普通の人が出来るわけないでしょう?」
おおい!なんだ、頭のおかしい量と言ったか?ストか!暴動か!良かろうならば戦争か!?
だがにこやかに続く言葉は口調こそ穏やかであったが、内容は今の冗談とはガラリと変わった厳しいものだった。
「いいですか、あなたは確かに御前試合でその武威を示しました。ですがそれだけでお市様のお側に居続けられるほど、織田家は易しいところではありません。
あなたはその武だけでなく、智で、義で、その他全てを以って織田家家臣団の信を得なければなりません。そうしなければいくらお市様が望もうと、近いうちにお市様とあなたの往く道は分かたれることになるでしょう。」
言っていることはわかる。ただの不審者だった俺が姫君のお付きになる時点でかなり優遇されていて、他の人間から不満が出ているのであろう。
それを解消する為に恒興さんが、いや信長が動いてくれていて、それがこの激務だというなら俺はそれにしがみ付いてでも期待に応えなければならない。
「わかっていますよ。市の側にいる為に、あなた方の期待に応える為に何だってやってやるさ」
覚悟を決めて俺がそういうと、恒興さんは更に目を細めて笑みを深める。あれ?何か寒気が…早まったかな…?
「さて、まず仕事に入る前にあなたには現在の三郎様の状況を簡単にお伝えしておきましょう。
三郎様は2年前にお父上である信秀様を亡くされ、織田弾正忠家の家督を継ぎました。その後尾張守護である斯波氏に対し謀反を起こしたとして、尾張守護代家である織田大和守家を滅ぼし、この事で織田弾正忠家は尾張における一大勢力となりました。我らと同じく清洲三奉行家の織田藤左衛門家は先代の時から弾正忠家の配下となっておりますが、尾張守護代の織田伊勢守家、清洲三奉行家である織田因幡守家とはまだ尾張の覇権を争っていますし、織田弾正忠家内では三郎様の弟君である勘十郎信勝様ともきな臭い関係にあります。また現在は三郎様を支持して頂いていますが、叔父上である孫三郎信光様も何やら怪しげな動きを取っていると報せが上がってきています。
ここまではよろしいですか?」
「あぁ、三郎様が非常に危うい立場にいることがよく分かりましたよ」
ぶっちゃけ今の信長は詰んでいる、とまではいかないがかなり苦しい状況だ。
そう答えると恒興さんはにっこりと笑って問いかけてくる。
「結構。ではあなたに質問です。我々が尾張国内で地位を盤石にする為にはまず何をするべきでしょうか?」
その質問の答えは簡単だな。
「弟の勘十郎様を排除することですね。今の三郎様の手勢を見る限り、織田家の重臣である柴田殿や林殿がいない。その状況で外を向くのは得策ではない」
そう。ゲームでお馴染みである、内政を支えた林秀貞や猛将柴田勝家がいないのだ。
今の話を聞く限り少なくともこの2人が、弟の信勝に付いていることは想像に難くない。
いくら外を攻めてもこれだけデカい獅子身中の虫がいたら、いつ食い破られるか分かったもんじゃないからな。
「時々あなたがどこまで状況を把握しているのか恐ろしくなりますね。本当に神隠しにあっていたのですか?」
「そこは嘘偽りないですよ」
「まぁいいでしょう。確かに勘十郎様の勢力は我らとほぼ同等。早急に手を打たなければなりません。ですが、その前に孫三郎様の去就をはっきりとさせておかなければ、挟み撃ちの形になる恐れがあります。」
「でもそれこそ、孫三郎様と戦になったらこれ幸いと勘十郎様がやってきて、戦い疲れたところを突かれるん……おい、まさか次の仕事って…」
「察しが良いですね。えぇ、孫三郎様の暗殺です」
それ、絶対小姓の仕事じゃないよね!?
恒興さんから新たな仕事の指示を受けた後、俺は今までにないくらい悩んでいた。
確かに何だってすると言ったさ。だがそこに暗殺の仕事が入ってくるなんて想像すらしていなかった。いや、戦国時代なんて知略謀略を巡らして相手を嵌めるなど日常茶飯事。暗殺だって枚挙に暇がないのは知識としては知っていた。
だがそれが自分に降ってくるなんて、一度も思ったことはなかったんだ。
そもそも俺は人を殺したことは市を助けた時以外にない。そんな人間が暗殺なんて本当に出来るのか…?
一晩悩んだが答えは出ない。今日は週に一度の市の側仕えの日だ。家から出ると利家くんと藤吉郎もちょうど出仕の時間だったらしく、共に本丸に向かうことにした。
「藤十郎殿、今日は一段と顔色が悪いが大丈夫か?」
「また勝三郎様から無茶な仕事を振られたのかい?俺のところに来た時も大概無茶してたけど、毎日あれじゃあ壊れちまうよ。藤十郎殿は全てに応えてしまうから上も歯止めが効かなくなっているのかねぇ」
利家くんや藤吉郎は心配し、同情してくれる。
ここ数ヶ月で成政含めてご近所さんとはかなり仲良くなったが、さすがに信光の暗殺の事なんて相談できるわけがない。
「二人ともありがとう。ちょっと次の仕事のことで悩んでいてね。でもこればっかりは自分で納得して、ケリをつけるしかないんだよな…」
「そうか。もし俺たちに出来ることがあれば言ってくれ。力になろう」
「だな。藤十郎殿のお陰で俺の台所奉行としての成果も三郎様に認めて貰えたし、借りはきちんと返すぜ!」
二人とも本心でそう言ってくれるのがわかる。思わず目が潤む俺に対し、二人とも笑顔で肩を叩きながら励ましてくれる。いい友人を持てて俺は幸せだなぁ。
さて、いざ市と顔を合わせるとなったら沈んだ顔などしていられない。一緒にいる機会が減って寂しいと思っているのは市も一緒なのだ。二人でいる時の甘えっぷりというか、スキンシップが日に日に多くなっている。もちろん人目があるので節度を守っている……いるよね?
最近みんな市にどんどん甘くなっているのか、節度のラインが下がっている気がしてならない。手を繋いで歩くくらいは最早何も言われなくなっているからなぁ。
いつもの様に市の部屋の前で待っていると、障子を開けて市が飛び出してきた。
「藤十郎、おはよう!」
あぁ、市の笑顔に暗い気持ちが浄化されていく…
やっぱり女神かな。
「あぁ市、おはよう。市の笑顔には癒されるなぁ」
そう言って市の頭を撫でる。市は頭を撫でられるのが好きだ。何かの折りに頭を撫でると、まるで猫のように目を細めて気持ちよさそうにする姿がまたかわいいのだ。うちの姫様かわいい。
だが今日はいつもとは違い、市は撫でられても怪訝な顔をして、俺に問いかけてくる。
「藤十郎…?何か悩んでいるの?」
やだかわいい上にエスパーなの?って、違う違う。俺、顔に出ていたのか?
「んー、なんかいつもと撫で方が違う気がして…」
「そうなのか?いつも通りのつもりなんだけどな」
「あと笑顔が胡散臭いかな?本当に笑っていない気がする」
うぐ、完全にバレていますね。そんなにわかりやすいのか。
「お仕事大変なの…?私から兄上に相談する…?」
「ありがとう。その気持ちは、すげぇ嬉しいよ。でもこれは市とこうしている為に、俺自身が解決しないといけないことだから」
「藤十郎がそう言うのなら…でも無理はしないでね?藤十郎がツラい思いをするなら、私、我慢するから…」
そういうと市は顔を曇らせて俯いてしまう。
違う!違うんだ!俺は市にそんな顔をして欲しいわけじゃない!
俺の為に市が何かを我慢することはあってはいけない。決めたじゃないか、市が望むのであれば全身全霊でそれに応えると!
その為に人の命を奪わなければならないのであれば、俺はそれを成そう。
「市、そんな顔をするな。俺はもう大丈夫だ。君が俺の為に何かを我慢することなんてない。だからいつもみたいに笑ってくれないか?」
俺は膝をついて市と目線を合わせる。そしてもうぶれないと覚悟を決めて、市が安心できるように俺も心からの笑みを浮かべる。
「うん…うん!」
それを見て市は笑顔で俺に力いっぱい抱きついてきて、俺も優しく抱き返す。あぁ、なんか香のいい匂いがするなぁ。
「ん゛ん゛っ!」
流石に見かねたのか側仕えの女性が咳払いで注意をしてくる。
完全に二人の世界に入っていた俺たちは慌てて距離を取る。市は顔を真っ赤にさせて目をぐるぐるさせている。市の部屋の前ということで人目はほぼないがさすがに恥ずかしいな。
結局その日、市はずっと顔を上気させ、表情は緩みっぱなしで、上の空。時々えへへ、と声を出して笑み崩れる始末だ。
貴様、何をした?と言わんばかりの視線を度々受けることになり、その度に知らぬ存ぜぬを貫き通すことになったが、こんな日も悪くない。
その夜は前夜が嘘のようにすっきり寝れて、翌朝を迎える事が出来た。
次の日迎えにきた利家くんと藤吉郎からは「藤十郎殿の悩みに効くのはやはりお市様だな」と揶揄われたが、何とでも言うがいいさ!
覚悟が決まった以上、とっとと事を済ますに越したことはない。
善は急げと俺は恒興さんの元へ急ぐのであった。
こうして書いてみると信長ってかなり厳しい状況から、よくもまぁ天下統一一歩手前まで行きましたよね。
第二章は戦闘、アクションシーンが一気に増えて行きます。ちゃんと迫力のある面白い描写が出来るか不安ではありますが、精一杯頭を捻りますので、よろしくお願い致します。
あと俺はロリコンではない、と宣っていた主人公は遥か彼方へ消えていきました。市ちゃん女神だからね、しょうがないね!