閑話 しゅじゅう の かいわ
初めて予約投稿機能を使ってみました。ちゃんと投稿されているかドキドキしています。
閑話その2です。
信長たちから見た信晃はどんなやつよ?って話。
〜清洲城本丸 御館〜
夜も更け草木も寝静まった頃、御館の一室で蝋燭の火の灯りのもと、二人の男が向かい合っている。
一人は清洲城の主、織田三郎信長である。
「して、勝三郎。藤十郎をどう見る?」
そう問われたのは信長の乳兄弟であり小姓の池田勝三郎恒興だ。
「ひとまず他国の間者ではなさそうです。読み書きが出来ず、城では自分の仕事をきっちりこなし、見張りからの報告でも家では鍛錬ばかりで怪しい動きは一切なし。何より御前試合であれ程常軌を逸した活躍をしては、間者としては落第でしょうな」
恒興は淡々と信晃に関する意見を述べる。
「ただ話をしていると読み書きが出来ないこととは裏腹にかなり広い分野に明るいようです。神隠しにあったと言っていることといい、このちぐはぐさといい、いまいち掴み切れていないのも確かです」
恒興が信晃と話しをしてみると、算術は城内でも随一、戦術にも明るく、様々な情報から取捨選択して正解を導く能力にも長けている。素性が分からぬとはいえ、是非部下に欲しい人材である。
「ふむ、お主でも分からぬか。本当に何も裏がないのか、上手を行かれているのか分からぬというのは存外厄介なものだな」
そう溢す信長。
恒興は甲賀の滝川一族の血を引いており、忍びの技を納めている。
その為、自身の手の者だけでなく、恒興自身も諜報活動に勤しむことも多い。
恒興が小姓という立場にいるのは、偉くなったことで色々な柵によりその諜報活動に支障をきたさないように、という信長の狙いもあった。
そんな恒興が「わからない」と言うのは信長にしても驚愕に値することであった。
「ただ一つ明らかなのはお市様に非常に執心で、他のすべてのことよりお市様を優先しています。命じられたことは確りとやりますが、お市様がちょっと嘆願したらすぐに折れますね。三郎様がお市様に一言入れといていただかなければ、他の全てを放り出して四六時中同行していたかもしれませぬ」
「やつが市を気に入っていることなど、俺にもわかっておる。市が最も信頼しているのがやつという気に入らない事実も、最近の市の様子を見ると認めざるを得ない」
そう、最近の市は今までの如何にも貴人という様なツンとした態度より、信晃に対する年相応の天真爛漫さが目立つようになってきたことで、その愛くるしさからむしろ城内での評価は上がっている。無論信長もその一人で、こちらは完全に撃ち抜かれてしまっていた。
その一面を引き出したのが己でない事に激しく嫉妬の炎を燃え上がらせるも、普段のありようを正妻である帰蝶に咎められ、すぐに鎮火されることにもなったが。
「藤十郎殿は三郎様ではなく、お市様に忠誠を誓っています。なので将来お市様がどこかの家に輿入れした時にはついて行く可能性が高いですね」
「市に輿入れなどまだ早い!」
市の輿入れと聞いて怒髪天を衝くように脇息に拳を叩きつける。
その様子にため息をつきながら恒興は現状を信長に伝える。
「ですが三郎様、既に今川家から輿入れの打診が来ております。これを期に和睦を結んで北条、上杉、武田、織田と周囲の国との諍いを納め、家督を継いだばかりの氏真に時間を与えたいのではないかと」
「今川に出すわけがないだろうが!仮に今川と和睦を結んでも、氏真の地盤が盤石になればすぐにまた攻め込んで来るわ。上洛への足掛かりにもなるしな」
この信長の予想は当たっており、今より6年後、今川義元は満を辞して京を目指して侵攻を開始する。
「それに氏真には今の世を生き抜くだけの器量がない。やつは大名や武将というよりは公家の人間に近い。義元は稀代の大名であろうが、後継があれではこの先今川は立ち行かんだろう。そんなところに市は出せん」
信長が冷静に状況を把握していることを確認した恒興は、主君の回答に満足そうに肯く。
「承知つかまつりました。ではお市様は藤十郎殿にでも輿入れしますか?それであの武人を織田家に留め置けるのであれば、間違いのない選択だと思われますが」
「ならん」
今度もバッサリだ。
「やつはまだ信用できんし、仮に信用できたとしても功が足りぬ。市のことを呼び捨てにしていることだけでも連枝衆からは反発があったではないか。そんなところに織田家の娘をやったら不満を抱く者も多かろう。家臣団が割れる。」
ちなみにさすがに御前試合で市を呼び捨てにしたのは問題になったが、当の市本人が主に不満を漏らした連枝衆に精一杯嘆願したことで彼らは即時陥落した。市を溺愛しているのは何も兄夫婦だけではないのである。
また市以外には基本的に丁寧な信晃の言動と称号の効果も合わさって、今や織田家の中では信晃の市への呼び捨ては暗黙の了解となっている。
だが輿入れとなると話は別だ。「織田の姫と親しい」ことと「織田家と姻族関係になる」ことではさすがに次元が違う。
「では藤十郎殿が信用できて、功を立てれば良いと?」
バッサリといった信長に対して、恒興は信長が否定したところさえどうにかなれば良いのか、と確認をする。
「なんだ勝三郎、いやにやつの肩を持つではないか?惚れたか?」
急に悪戯を思いついた様な顔をする主君に、またもため息を吐きながらその意を告げる。
「何を言っているのですか。まぁ武人としてはあの戦いは惚れるに値する物でしたけどね。それはともかく、これは某の勘ですが、この先彼は織田家になくてはならない人物になる。そんな気がするのですよ」
「ふむ…お主の勘はよく当たるからな」
今までの恒興の"勘"は高い諜報能力で集めた幅広い情報から統合して生み出された、未来予測に近いものだった。しかし信晃に関しては情報があまりにもなく、本当の意味で"勘"であった。恒興自身もなぜ自分がそう思ったのか理解しているわけでもない。だが半ば確信をもって主君に伝えるくらいには、その勘が信じられるとどこかで感じたのである。
「よし、ならばやつは一旦お主に預けよう。どんな形でも良い。何かしらの功を立てさせ、取り立てられても周りが文句を言えないよう育ててみせよ。やつをお前につけることは、市には俺からも言っておく」
「御意に」
こうして人知れず信晃がこき使われる事が決定された。
当の本人はぐっすりと夢の中である。
果たして恒興がどうやって信晃に功を立てさせるのか、それはまだ誰も知らない。
次話から第二章開始です。
ところで人物紹介って需要ありますかね?
入れるタイミング含めて悩ましいところ。