AHO! 3
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「いやーーープレイ動画みたけど、最新のVRMMOのグラフィックはすごいなーーー。
技術の進歩には目を見張るね、ほんとーーー良い時代になったもんだーーー」
と、語尾を流し気味に、しみじみと語るのは”黒狼”の中の人こと、
只野隆志、35歳である。
現在フリーター真っ最中。
これでも、先々月まで商社マンとして熱心に働いていた。
深夜に帰り、早朝に出勤する。そうしたルーチンワークによって、
ストレスがピークを迎えた。
只野は、仕事中に急に吹っ切れたように
「マジ無理…ストレスで頭ハゲる…退職しよ」とギャル語?を呟き、
思い立ったが吉日と言わんばかりに、即日、課長へ辞表を提出した。
課長は口を開けて、突然のことに、ポカーンとするばかりであった。
課長は退職を引きとめようとしたものの、押しつけるように仕事の引き継ぎをし、
あれよあれよという間に早期リタイアを成し遂げたのであった。
「貯金も幾分かあるし、節約すれば数年は生きていけるだろう。
金がなくなったらアルバイトで最低限食い繋げればいいかな。しっかし、「良い時代に
なったもんだーーー」なんて、ちょっとおっさんくさかったかな?」
と自虐しながら、長時間にわたるダウンロードの末、ようやく新作VRMMORPG
[アストラル・ホーム・オンライン](通称:AHO)のインストールを終えた。
「最近のゲームって容量すっごい重たいのな。美麗グラフィックを謳ってるぐらいだから、
よほど気合が入ってると見える」とつぶやく。
VRゴーグルを迷わず装着すると、画面にはAHOのタイトルロゴと、
「ニューゲーム」のボタンが表示されていた。迷わず「ニューゲーム」を押下した。
数秒のロード時間の後、オープニングが流れ始めた。
「オープニングきたーーー!オープニングって伏線が引いてあったりするから、
何気に見逃せないんだよなぁ」とつぶやく只野。
暗転したのち、壮大なBGMが流れ、1つの場面に切り替わった。
そこは、激流が流れる川に架かる、大きな橋の上であった。
大きな橋の上には、無数の魔族の死体が転がり、その上に
武骨な1人の男が大剣を構え、男を囲む魔族達を睨みつけていた。
男は身の丈ほどの大剣を力技でなぎ払い、人数差などおかまいなしに、
圧倒的な力で魔族をぶった斬っていった。。
たしか、名を”黒狼”といったか。
物語のキーパーソーンとなるNPCの1人だったはずだ。
”黒狼”は、雄たけびをあげていた。
この橋は、「ブリジ橋」というらしい。
ブリジ?ブリッジ?
訳せば、橋橋じゃないか。
安直過ぎる。
そうこうしているうちに画面は切り替わり、暗い地下牢獄に移った。
灰色のローブの女が、牢屋の中を歩き、やがて壁にもたれて泣きだす。
わずかに見える髪色はブロンドで、ローブから覗くその顔立ちは美人モデルかと
言うほど整っており、高貴さを感じる立ち振る舞いで、しくしくと泣いている。
エメラルドグリーンの瞳がとても綺麗だ。
動きがあまりにリアルなので、おそらくモーションキャプチャーだろう。
何故彼女が、地下牢獄に囚われているのか。
一体何者なのか。
それは、このムービーだけでは判断できない。
その綺麗な瞳の女性は、最初はめそめそと泣いているようであったが、
やがて顔をくしゃくしゃにして、これでもかといわんばかりに泣きべそをかき、
あろうことか、鼻から鼻水がドバドバ垂れていた。
鼻水を垂らす必要性はあったのだろうか。
指で鼻水をズビっとしてた。
このシーンいる?
なんか、オーイオイオイとか言って泣き始めたし。
演出、古くない?
昭和な人が監督してんの?
こんな彼女でも、一応、このゲームのメインヒロイン。
いわゆる、このゲームの「顔」役だ。
広告には必ず、彼女が清楚な澄まし顔で出てくる。
オープニングで鼻水ズビッとして、オイオイ泣いてるからギャップが凄い。
広告との落差よ。
とりあえず、意味深な演出なので、きっと重要な伏線なのだろう。
ちなみに、パッケージに
「王国を再建しようと敵城に単身乗り込むが、捕まってしまった姫・プリーン」と
壮絶なネタバレが書かれている。伏線ってなんだろう。
というか、姫なのに単身で敵城に乗り込むのか。
無警戒すぎないか。見るからに弱そうなのに。
もはや捕まりにいってるよね。
要所要所に突っ込みを入れながら、こんな状況を只野は大いに楽しんでいた。