AHO! 2
ブリジの町。
この町は、いつ戦争が始まってもおかしくない魔族国と人族国との境に位置する。
人族の町であり、人族のみが暮らしている。
ちょうど領土を分断するように、魔族国と人族国の境目には大きな川が流れている。
今まで人族国が魔族国に侵攻されずに平和で暮らしていけたのは、
ひとえにこの川があったからである。
不思議と常に激流が流れており、誰にも川を渡らせまいとしているようであった。
船を出そうものなら即座に転覆し、泳いで渡るなどもってのほかである。
最近代替わりした現領主は、あろうことか、この川に橋をかけようとした。
激流の影響を受けないよう工夫した橋だ。
何処でその情報を仕入れてきたのか経緯は不明だが、
魔族国側の国境付近の洞窟で採掘できる魔鉱石が大変に魅力的な代物で、
どうしても橋を造りたいらしい。
当然、橋を造ることで魔族国と繋がることが危険だと感じた領民からは
猛反発があったが、領主はこの訴えを独断で退け、橋を完成させてしまった。
この町は国境の最前線ということもあり、あらかじめ屈強な冒険者を呼び集め、
1つのコミュニティを形成していた。
この町に集まる冒険者たちは、誰もが腕っぷしに自信があり、
己が強者であると信じてやまなかった。
そのため、橋を建設したことで、対岸の魔族と接敵し、戦闘になったとしても、
自衛できるだけの戦力はあると甘く見込んでいた。
冒険者の実体は、金に目がくらんだ只のならず者であり、脳筋集団であったが。
この「ブリジ橋」と名付けられた橋の建設にあたって、裏で陰謀が渦巻いていた。
以前から、魔族国への侵攻をあらかじめ画策していた過激派貴族が、
秘密裏に根回ししていたのだ。
前領主は高潔な人物であったがゆえに過激派貴族から賄賂を受け取らず、そのため
顰蹙を買い、買収された身内に毒殺された。
次期領主は、もともと王都に住んでいた「しがない」貴族で、大した能力もない
男であったが金には執着する男で、「都合が良い」とこの町の管理を任された。
過激派貴族は領主に賄賂を渡し、あっという間に領主は貴族の言いなりとなった。
そんな男が治めるブリジの町には、当初、橋の建設に反対していた住民ばかりであったが、
賄賂や圧力によって町外へと大体が追い出されしまい、今となっては、文句を言う力もない住民、腕っ節だけは自慢のならず者、この機を商機とみた商人だけが残った。
「我らには屈強な冒険者達がついている。なんら危険はない」
「我らの行く先に、王国の未来がある」
「魔族国の魔鉱石が無限の黄金を生み出し、いずれ”黄金町”と呼ばれるだろう」
そう自信満々に領民へ力説した現領主は、橋が完成した後、現地に視察へと訪れた。
その時、魔族から突然の襲撃にあい、あっけなく殺された。
魔族は、立ち塞がる人族、恐れおののく人族を悠々と退け、橋を渡り、侵攻を始めた。
命からがら逃げ出した1人が、馬を走らせ、ブリジの町中へその事実を広めた。
血だらけで、必死の形相で語るその姿に、懐疑的だった者達も、その話を信じた。
町に緊急事態を告げる鐘がカンカンと鳴り響き、わずかな勇気ある者は橋へと迎撃に
向かい、商人はこぞって退却し、ならず者はこの混乱を好機とみて、弱者を襲った。
ブリジ橋からブリジの町への道は山に挟まれた細い一本道であり、山を越えようとしなければ、
徒歩で1日かかる距離であるが、魔物が侵攻してくるまで、残された時間は少ない。
「あの”黄金町”と呼ばれたブリジも、もはや滅ぶ寸前。
遠い処からはるばる参りましたが、いやー、失敗でした」
と、緑髪の少女は苦笑いする。
「相手はずるがしこい魔族連中だというのに。
脳筋の冒険者連中が勝てるとはとても思えませんねぇ。
正常な判断ができる者たちは既に退却してますよ。
この町に残っているのは、もはや生きることを諦めた者、
玉砕を覚悟する者、混乱に乗じて人を襲い、攫う、不届き者ばかりです」
ふぅ、とため息し、空しく語る、緑髪の少女。
「かくいう商人の私も、”本来であれば”逃げ出すべきですが…
まさか、ここで”黒狼”と再会することになるとは思いませんでしたよ」
少女は、ニヤリと笑う。
「個にして魔族1000人を殲滅した、偉業の戦士”黒狼”。
貴方さえ居てくれたら、一騎当千。怖いものはありません。
逃げるより、貴方の傍に居た方が、よほど生き残るスジが見えます。
これは運命の女神が、きっと微笑んでくれたんでしょうねぇ」
緑髪の少女が「期待してますよ」とニコリと笑い、
羨望の眼差しで”黒狼”へと視線を向ける。
灰色ローブの女性は、ハッとして”黒狼”を見やる。
「貴方が…あの伝説の”黒狼”…?」
生きる伝説、”黒狼”。
謎多きその戦士は、あまたの戦場を駆け巡り、
1人で無数の魔族を葬ったという。
漆黒の鞘に収まった巨大な大剣を片手で振りまわし、
一匹狼のごとく立ちまわるその姿から、”黒狼”と呼ばれた。
この町の命運は、”黒狼”にかかっていた。
その”黒狼”へと、2人の熱い視線が交差する。
その時”黒狼”は、
何故か、
その場で、
不自然な笑顔を浮かべ、
高速屈伸し、
「こん!!」と
シャウトしていた。
挨拶は大事。