「世羅と真理と」
~~~高屋敷真理~~~
先生は低体温症を発症し、その場でぶっ倒れた。
救急車で病院へ運ばれた。
トワコさんが突き添い、ヒゲさんは私たちを先生のアパートに届けてから病院へと向かった。
世羅さんは、とにかくひどい状態だった。
いたるところに打ち身や擦り傷があって、ウインドブレーカーもところどころ破けてた。顔にも髪にも泥や血がこびりついてた。
暴れるようにしながら、霧ちゃんの名を呼び続けた。
なんとかお風呂に入れた。
上がった頃には、世羅さんは感情を失ったように放心してた。
傷の手当てをしてパジャマを着せ、髪をドライヤーで乾かしてあげた。
彼女はまったくなんの抵抗もせず、されるがままになっていた。
座布団に座り温かいお茶を出し一口啜り──人心地ついたところでぶり返しがきた。
「霧ちゃんを……あたしが……っ。あたしが殺したの!」
私の服の袖を掴み、世羅さんは訴えるようにして言った。
「あたしが創造して……好きなように扱って……あげく殺したの! 大好きだったのに……大嫌いって言ったの!」
「……」
抱きしめると、世羅さんはむせび泣いた。
話を要約すると、こういうことだ。
世羅さんは霧ちゃんを創造して傍に置いていた。
先生が好きで、霧ちゃんも好きで。
ふたつの代償行為が、物語としての霧ちゃんを創ることだった。
だけど大人になった先生に再会し、トワコさんと対峙する中、どうしようもない矛盾が生じた。
物語としての霧ちゃんは破綻を迎えた。
先生を殺そうとした。
止めるには、言うしかなかった。
破滅の言葉。
嫌いだって。
好きなのに、嫌いだって。
「……ねえ、教えて? 世羅さん」
世羅さんの頭を撫でながら、私は聞いた。
「霧ちゃんは、どんな子だった?」
秘密の友達。
永遠の親友。
あなただけの、太陽みたいな存在。
私にとってのマリーさんみたいな、あなたにとっての霧ちゃんのこと。
「あなたの大切な友達のことを、私に聞かせて?」
「……っ」
一瞬、世羅さんは息を呑んだ。
肩を震わせ、唇を噛み……ぽつりぽつりと語り出した。
彼女が創り出した、彼女だけの物語のことを。
すべてを語り終えると、世羅さんは大きく息をついた。
私から身を離すと、照れたように身づくろいした。
「悪かった……」
私から目を逸らしながら謝った。
「あんたに迷惑……かけた」
「……大丈夫」
私は短く言った。
「私も、元作者だから」
「元……?」
世羅さんの顔に驚きが広がった。
「見えないかな? その辺にいない? 私みたいな金髪でゴスロリで……」
「あれが……あんたの……?」
世羅さんはきょろきょろと部屋の中を見渡した。
「いない。いや……もう……見えないのかな」
寂しそうに、つぶやいた。
ポチポチポチ。
ちゃぶ台の上に置いた私のスマホが、勝手に文字を表示した。
「これ……勝手に……?」
「ああ、そこにいたんだね。マリーさん」
「うむ」
マリーさんの返答は短かった。
でもそれで充分だった。
世羅さんは私を理解し、マリーさんをも理解した。
「そっか……そんな方法もあるんだ……」
世羅さんは感心したようにそうつぶやき、しばらく黙りこくった。
「うん……」
私はうなずいた。
ゆっくりと、噛みしめるように言葉を紡いだ。
「私は……私も……失敗した人間なんだ。愛すべきキャラがいて、そのコが物語になってくれて……。でも、失った……」
マリーさんを失った時のことを、私は忘れない。忘れられない。
形を変えて隣にいてくれる今でも。
後悔の炎が、身を焦がす。
「もう会えないって思ってた。私たちはもう終わりだって……でも……。先生が……会わせてくれた……」
「シン兄ぃが……?」
私はうなずいた。
「私の家まで連れてきてくれて……。頑なな私の顔をそっちに向けてくれて……。そして、そうして……」
今がある。
「ねえ、世羅さん……」
私は世羅さんの手を掴んだ。
ぎゅっと胸元で、握り締めた。
「霧ちゃんはさ……嬉しかったと思うんだ」
「嬉しい……?」
「そうだよ。6年も会えずにいて、いつもずっと待ち望んでいて……ようやく会えた。話しかけてもらえた。抱きしめてもらえた。それってすごいことじゃない。だってわかる? 6年だよ? 人間のじゃないんだよ? 物語なんていうあやふやな存在の6年なんだ。いつ捨てられるかわからない、いつ飽きられるかわからない。そんな存在の6年なんだ。そんな彼女の……6年越しの願い。それが叶ったんだよ」
「ダメだよ……そんなの……」
世羅さんは否定した。
「だって、言い訳みたいじゃんか……」
弱々しく首を振った。
「6年間待って……6年間待たせて……。その間も、ずっと恨みに身を焦がさせて……あげく最後は大好きなシン兄ぃの首を絞めて……。そんなの……」
「じゃあ、聞くしかないね」
「……え?」
世羅さんは首を傾げた。
「本人に聞いてみるんだ」
「どうやってよ……」
「探す」
「探すってあんた……」
見えない。
聞こえない。
触れない。
司書の姿は、普通の方法では覚知できない。
「……それでも、だよ」
物語を生み出した、作者の責任。
「心残りがあるなら、謝りたいことがあるなら。どうでも、探し出すしかないんだ。ねえ、世羅さん。世羅さんにはさ……」
私は世羅さんの胸を軽く小突いた。
「……泣いてる暇なんか、ないんだよ?」
精いっぱい、煽ってやった。
「……っ」
世羅さんは、電流でも走ったようにびくんと体を震わせた。
そして──
「あんた……言ってくれるじゃんか」
わずかに、笑うように、口元を歪めた。
「……ふっふっふ、私はスパルタなんで」
そうだよ、世羅さん。
泣いて、わめいて、出し尽くして。
そうしたら最後は、最後はさ……。
前を向くしか、ないんだよ──




