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「真理とマリー」

 ~~~新堂新しんどうあらた~~~




 長い長い別離の日々が、再会したのに会えないという残酷な矛盾が、一度に真理の肩にのしかかって──


「……あああああぁっ!」


 真理は重力に耐えかねたように床に突っ伏して、大声で泣き出した。


 少し遅れて、マリーさんの涙腺が決壊した。


「うわあああああっ!」


 悲鳴じみた声で、激しく泣き出した。


「──マリーさんっ?」


 マリーさんが、たまりかねたように抱き付いてきた。

 今まで近寄ろうとすらしなかったこの俺に。


「ああああああっ!」


 マリーさんは、泣きながら俺の背中に爪を立ててきた。


「新! なんとかしろ! あれを! 止めてくれ! 真理が! 泣いてる! 嫌じゃ! こんなの……!」


 必死で懇願してくる。


「痛いんじゃ! 心が……ギシギシ軋むんじゃ! 真理が……泣いてる! じゃから……!」


 真理への想いを、もはや隠そうともしない。 


 

「……マリーさん?」


 誰かがマリーさんに呼びかけた。

 トワコさんじゃなかった。俺でもなかった。でも誰かが呼びかけた。 

 真理がこちらを見ていた。


「ねえマリーさん……そこにいるんでしょ?」


 真理の目は、微妙にズレたところを見ている。


 見えているわけではないのだ。

 でも見ようとしているのだ。

 今そこにマリーさんがいることを信じて。


 俺が体を離すと、マリーさんは体重を預ける場を失ってよろめいた。

 一瞬心細そうな顔で俺を見て──それから真理を見た。

 

「マリーさん……ごめんね……」


 四つん這いになって近づいてくる真理に、マリーさんの居場所を指し示した。 

 真理は素直にうなずくと、ちょうどマリーさんの目の前で座った。


「私が悪かったの……ごめん。マリーさんは私のためを思って言ってくれたのに、まったく聞く耳をもたなかった。あの時は悔しくて、惨めで……頭の中が真っ白になってたの。ごめん。ごめんなさい」


「……真理」


「今さら許してもらおうなんて虫が良すぎるよね? でもごめんなさい。これだけは言いたかったの」


「……真理」


「ね、私には見えないんだって。マリーさんの声も聞こえないし、すぐそばにいても触れないんだって。そんなのってないよね。……ねえ、マリーさん。私……悔しいよ。自分がいやでたまらないよ。せっかくあんな奇跡が起こったのに。マリーさんが現実のものとしていてくれてたのに……なん……で、自分から手放しちゃったんだろう……」


「……真理」


「出来ることならもう一度、マリーさんと暮らしたいよ……。あの頃みたいにふたりでおしゃべりして、ご飯食べて、一緒の服着て……。今度はお外へも連れてくから。もう閉じ込めるみたいな生活をさせないから……。だから……ねえ、お願いよ。もう一度、私と……っ」


「真理ぃ……」


 マリーさんの手が伸び、真理の涙を拭おうとする。けれど触れられずにすり抜ける。


「……新ぁ」


 間欠泉のように涙をあふれさせ、ぐじゃぐじゃの顔でマリーさんは俺を見る。


「真理に伝えてくれ。気持ちを代弁してくれ。わらわ……には、もうっ、伝え……られないから……!」


 答える代わりに、俺はマリーさんの隣に座った。震えるマリーさんの肩を抱いた。


「……先生?」


 真理が顔を上げて俺を見る。


「マリーさんの代わりに伝える」


「……!」


 真理は息を呑み、姿勢を正した。


「『ひさしぶりじゃの。真理』」


「……」


「『自分が世界の中心と思ってるような鼻持ちならない小娘のくせに、ちょっと嫌なことがあるたび泣いてわめいてわらわにすがって』」


「……」


「『そこが心配だったんじゃ。この先ずっとわらわがそばにいられればいいが、もしいなくなった時にひとりでやっていけるんだろうかと。じゃから突き放した。ひとりでも立っていられるように』」


「……」


「『タイミングが悪かったのじゃろうな。めぐり合わせが悪かったのじゃろうよ。よりによってそなたにそんな辛いことがあった時に突き放してしまった』」


「……っ」


「『わらわが悪かったのじゃ。そなたの気持ちを考えなかった。見ているつもりで見ていなかった』」


「ちが……」


「『突き放せばいいというもんじゃない。背中を叩けばいいというもんじゃない。それがわかった。そなたのことを思うからこそ、ゆっくりとゆっくりと、計りながらするべきじゃった。今となっては手遅れじゃが……』」


「ちがう……」


「『その結果がこの有り様じゃ。まったくもって自業自得じゃな。みずから招いたことじゃ』」


「──ちがう!」


 真理が声を荒げた。

 マリーさんはびっくりして息を詰めた。


「そんな……そんなのちがう! マリーさんは悪くない! 私が悪かったの! 自己中な性格も、マリーさんに八つ当たりしたのも全部私!」


「『じゃけどわらわは……』」


「──マリーさん! やめて! これ以上自分を責めないで!」


 真理が膝立ちになってにじり寄った。


「私……マリーさんが好きよ! 大好き! 昔からそうだったし! 今もそう! だからこれ以上、自分を貶めないで! 私が好きなマリーさんを、貶めないで!!」


 マリーさんが真理に身を寄せた。

 ふたりはすでに体の一部を接触させている。だけど触れないからすり抜ける。


「『真理……わらわも……そなたのことが好きじゃ……! 捨てられたって、忘れられたって、その気持ちは変わるもんじゃない! そなたのおかげでわらわはここにいるのじゃもの! こうして存在していられるんじゃもの……!』」 


「だったら……!」


「『そなただって……!』」


「もう──泣かないで!」

「もう──泣くな!」


 ふたり同時に声を上げた。

 あとはもう、理屈じゃなかった。愛の言葉を重ね、過去の出来事を懺悔した。それはどこまでもどこまでも続いた。

 順子さんが心配して覗きにくるまで、誰にも止めることはできなかった。


 トワコさんは痛みに耐えるような顔をして、その光景をじっと見ていた。

 俺はずっと、ふたりの仲立ちを続けていた。


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