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ーバルトリーニ黒博物館よりー

ここは韓国でも果ての果てと思えるくらい、人気がない。

ただ田舎の男女たちが昭和時代のノルタルジックなメンタルでささやかで小さな世界を築き続けている。

まさか、こんなところに例のES細胞の箱舟騒動の根源があるとは岡本は思えなかった。

「まさか、ES細胞の箱舟の正体が、望まぬ妊娠をした婦人から合法的にとった卵子を闇ビジネスとして再生医療関係者に横流しし、自らの欲望に満ち満ちた上流階級への美容整形技術や果てはガン治療の提供、不老不死すらも操作しようとした陰謀とはねぇ…」

バルトリーニは海に近い空を眺めながら失った右眼をサポートする片眼鏡を直した。

「なにせこの国には諸外国と違い道徳的な倫理が抜け落ちているからね。自らのお金と望まぬ妊娠からできた卵子と交換することなどたやすいものさ」

「10年前に起きたこの国のES細胞の事件も結局それが狙いだったのか?」

岡本はふと10年前韓国を席巻したファンマミャンの事件を思い出した。あの事件を俺たち科学ジャーナリストは知っていたはずなのになぜあの日思い浮かべなかったのか?…首筋に汗が流れた。

「コリアンマフィアや九州のヤクザからその辺を洗い出した結果、間違いなく婦人科医療関係者のクロが出たからまあ間違いないだろう」

「3年前のOS細胞事件もこれがらみだったのか…よりによって日本人がこんな裏ビジネスを広げてたなんて…しかも研究者という人間がこんなことを考えるなんて…信じられない」

「最初は単なる探究心と医療技術への向上心だった、と思うんだ。そのこと自体は研究者のノブリスオブリージュに過ぎない」

バルトリーニはジトーッと深海な青い右眼を汗でいっぱいの岡本に向けた。

「ノブリスオブリージュってなんだい、俺はフランス語はよくわからないんだ」

「成功者の義務、といえばいいのかな。本来人類を支配する上流階級たる人間はその利益を下流社会に還元しなければならない、というルールが中世にはあったんだ。まあ、堕落と腐敗は人間の業だし、難しいとこでもあるが」

「研究者にも必要なの?」

冷たい風が美咲の頰にヒリヒリ沁みてくる、自分はなぜこのことを知らなかったのだろう。

まだ、そのことがどう悪いのか彼女には理解ができない。

私は単に岡本のサポーターとして情報提供してきたのに…娼婦という立場を超えて世のために頑張っているのに、その使命に近い思いでいっぱいになった。

「まだ科学が錬金術だった時代から話は変わらないさ。ただ、錬金術の時代に比べより客観的に、より人類にとって貢献できるように、基礎科学の価値が規定されているわけでさ」

手錠にかけられたリーフェミャが震えながら大きく叫んだ。

「研究者は金を求めちゃいかんのか!俺だって裕福な暮らしをしたかったんだ!科学に夢をみちゃいかんのか!」

リーフェミャは必死に声を荒げる。

「問題は金や夢じゃないんだよ、リーさんよ。科学にとって最大の敵は”嘘”なんだよな。本当に価値のある研究と認められば、成功者の証としてほっといてもお金は入ってくる、世の理なんてそんなもんなんさ。でも君たちは金のために嘘をつく、君たちの民族にはそんな呪いのような夢に関する思想がある。これが俺達には大問題なんだ」

「嘘は有能ある人間の必然だ!生き抜くために嘘をついて何が悪い!」

「もちろん人には触れてはいけない領域があるから嘘なしで生きるのは意外と難しい。その辺はむしろ同情するさ。たださ、俺たちって「能力者」だからさ、無意識、想念の方が通るかな?そこで嘘つかれると凄く腹が立ってくるのさ」


バルトリーニは愛用の杖をフェミャの額にカツンと打ち付ける。


「悪いけど、お前から全てを”リーディング”させて貰うぜ。もう関係者も魔女狩りの関係で生存していないし、お前の中の集合無意識くらいからしか真相が掴めないんだよな」


フェミャの脳裏に美しいスチュワーデスの顔がよぎった。これは、逃亡出国時に乗った飛行機にいた美人だったのでよく覚えている。何故あそこまで惹かれたのだろう。今となってはよくわからない。ただ、あの美には普遍性がある、惚れない方がおかしいくらい、美しかった。

美しい?何が?一瞬フェミャは全力でその思いに反抗した。

が、美しいという想念に心が押しつぶされる、自我が保てない、俺は、俺は、おれ、お。

頭が、言葉の、混沌。でいっぱい、に。


フェミャの自我が崩壊したとき、まるで蛇口をひねった水のように、全ての裏事情が流暢な日本語でわかりやすく吐き出された。

美咲はとっさの機転でスマホの録音アプリを起動させた。

間違いなくこれは残さないといけない。


「まあ、日本語なのはミスターオカモトにお土産を持って帰ってほしいからさ。英語だとショック死の呪文に引っかかる裏事情もあるけど、ね」


フェミャの発音が上がったり下がったりしてきた、まるでこれは男女間の対話じゃないか。

時には甘く時には渋く、メロドラマではある、それも濃厚な感じの。

次第に内容が薄くなってくるとブツブツつぶやきをしてきたので、バルトリーニは数式を頭に思い浮かべた。


Ma::= true | false | if(m,m,m) | zero!


さらに杖でつつくと、完全にフェミャの心、そして心臓は完全に停止した。


そしてES細胞に関わる呪いを巡る冒険はここに終結した。

あとはiPS細胞の研究者たちが、本来の目的に向かって時代のコマを進めてくれるだろう、と美咲は思った。

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