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4/5

4・協力終了

すみません。全5回になります。

5話めは時間をあけずアップする予定です。






 ひとりで頑張る彼女の力になりたい、とか。

 愚かな継母から守りたい、とか。

 傷ついているのを励ましたい、とか。

 時おり垣間見せる可愛さを他の男に見せたくない、とか。

 彼女の素晴らしい笑顔をもっと見たい、とか。

 私に甘えてほしい、とか。

 できることなら、私よりも小さい身体を思い切り抱きしめたい、とか。


 そんな欲求ばかりが私の心を占める。

 全く。恋というものは、厄介らしい。


 だが婿を探しているチェチリアと嫁を探している私。どちらも家を背負っている身だ。さて、どうするか。



 ……なんて、な。

 答えは簡単だ。

 問題は、彼女に私を選んでもらえるかどうかだ。


 昨日、仕事中のチェチリアを見かけた。どんな経緯なのか分からないが、男の衛兵が彼女の素手を握りしめていた。彼女に嫌がる素振りはなく、むしろ朗らかに談笑しているようだった。


 周りには男女数名の衛兵がいて、決して恋愛の雰囲気ではなかった。

 だが、私には手を隠したのにと、嫉妬と焦りが湧き上がった。


 どうすれば、気軽に手を握らせてもらえる関係になれるのだろう。




 ◇◇




 約ひと月ぶりの王宮の夜会。チェチリアと私は以前秘密の話をした場所で待ち合わせた。特に意味はない。私がそうしたかったから、なんだかんだと理由をつけて約束を取り付けたのだ。


 そこへ行くと彼女は既に来ていたのだが、気のせいか沈んだ表情で顔をうつ向かせていた。

 だけれど私の気配に気がつくと、パッと顔を上げ、その表情はいつも通りの凛々しいものとなっていた。


「今宵のドレス姿も美しい」

 そう褒めると、

「アントンは口から先に生まれたに違いない」

 とチェチリアは笑った。だがその顔は赤い。

 ふと先だっての件を思い出し、手を隠されるのなら、と

「耳まで赤い」

 と言いながら彼女の耳にそっと触れた。


「何をするっ!」

 と、また跳び退くチェチリア。

「本当に君の瞬発力はすごいな。よくそんなドレスで跳べるものだ」


 私から2メートルは離れた彼女に苦笑する。これでは口説くのも大変だ。


「気軽に触るな、遊び人め!」

「少しは慣れろ。結婚するのだろう?」

「だからといって、あなたに慣らしてもらう必要はない!」


 その通りなのだが、ちょっと傷つく。

「今日も最初に一曲踊ろう」

「……必要な作戦か?」

「もちろん」

「了解した」


 嘘だけれどねと心の中だけで呟く。彼女の腰に手をまわしてエスコートしたいが、グッと我慢をする。

 仕方ないので並んで広間に向かうが、彼女は私を警戒しているのか微妙な距離がある。


 耳を触るのは失敗だったか。それとも私を意識してくれたということで、結果良しか。


「実は、悠長にしていられなくなった」

 チェチリアの突然の言葉に、思わず足を止めた。

「昨日、結婚を申し込まれたんだ」

 そうして彼女が名を上げたのは、三馬鹿が大喜びしそうな、金持ち老人。

「たいそうな金額の結納金を提示され、父は了承してしまった」

「なに!」


 あの碌でなしめ!


「来週には正式に結納だ」


 なんてことだ。貴族としてありえない早急な事運びだ。


「それまでに婿が見つかれば、妃殿下が結納を止めてくれる。見つからなかったら、妃殿下が縁談を用意しているからという理由で延期要請してくれる。だから今日は、婿になって欲しいと直截に言うつもりだ」

 凛々しく毅然とした顔、口調のチェチリア。


「誰に?」

 私はみっともないほど狼狽えている。彼女は一体誰の名前を上げるのだ?


「当たって砕けろ精神だ」

「……」


 凛々しく言いきった彼女の言葉を反芻し、それからほっと息をついた。

 つまり相手は決まっておらず、片端から声をかけるつもりらしい。


「誰が一番、希望が持てるかな?」

 私を見上げて尋ねるチェチリア。


「それは、」

 と言いかけたとき。


「おやおや、こんなところで密会かね」

 との言葉が聞こえた。

 振り向くと、それは老公爵だった。隣には老大公。

「ほっほっほ。若い人には若い人の事情があるのだよ。詮索なんて無粋だ」

 老大公はそう言って、バチンと片目をつぶった。ウインクらしい。


「いやはやレーヴェンの後を継いで当代きっての遊び人になるのは、アントン・パヴェーゼと聞いていたのだが」と老公爵。

 彼はそのレーヴェンの義理の父だ。


「私は引き継ぎませんよ」

「そのようだね」

 老公爵は意味ありげな笑みを浮かべた。


「しかしチェチリア・タラブォーナは今、良くない状況にあるのではないかね」と老公爵。「結婚に困ったらワシを頼るのだよ」

「ありがとうございます」


 そんなやり取りをして。

 その場の雰囲気で、なんとなく四人で広間に向かうことになってしまった。


 おかげで大事なことを言いそびれたが、まあ、いい。最初に二人で踊ることになっているのだから、その時に伝えるとしよう。


 そうして四人仲良く広間に入ったとき。




「お前との婚約は破棄をする!」

 と高らかな宣言が聞こえた。足を止めて見遣れば、まだ学生のとある公爵令息が、腕を真っ直ぐに伸ばして、ビシリと婚約者の公爵令嬢を指さしている。


 その反対の腕には、なんとチェチリアの義理の妹がしがみつき、さらにやや後方にふんぞり反る義理の母。二人とも、いやらしく勝ち誇った笑みを浮かべている。


「なっ!」

 とチェチリアが叫び前に出ようとすると、老大公がそれを制した。


「僕は真実の愛を見つけた!」と頭がお花畑らしい公爵令息。「可愛らしく従順で優しく、男を立てることを良く知っているこの娘だ!」


 ……いや、今はものすごく性格が悪そうに笑っているぞ。愛しの君を見てみろ。


「それに比べ、君は可愛らしくない!男を立てない!いくら美しくても、それじゃあ駄目だ!」


 四人を遠巻きに見物人が囲む。皆ひそひそ話をしては、こちらを見る。

 青ざめ悲しげな顔をしたチェチリアが

「大公殿下……」

 と言葉をつまらせていると。


 勢いよく駆けてくる足音がした。

 やって来たのは、令息の父親である公爵だ。


 次の瞬間。


 公爵は走ってきた勢いのまま跳び上がった。そうして両足をそろえて馬鹿息子の胸を蹴ったのだ!


 ぶっ飛ぶ令息と義妹、巻き込まれた義母。その上に倒れた公爵。


 見物人はみな口をあんぐり開けて、硬直した。


「この馬鹿者がー!!」

 いち早く立ち上がった公爵が息子の髪をひっつかむ。

「痛い!痛い!父上!」

 そして公爵は、令嬢の前で息子の頭を床に押し付けた。ゴチン!とかなりの衝撃音。


「本っ当に、うちの馬鹿が申し訳ない!」と公爵。「君は素晴らしい令嬢だ!息子の言葉は気にしないでくれ、こいつが阿呆なだけだ!」


「はい、大丈夫です」

 答える令嬢は苦笑混じりだ。婚約者が阿呆であると知っていたのだろう。


「本当にすまんのう」そう言って大公が令嬢に歩み寄った。「こんなことは初めてだ。ワシの目に狂いがあったらしい。こんな愚かな奴だとは思わなんだ」


「ああ、大公殿下!本当に申し訳ありません!」公爵が床に頭をこすりつける。


 この二人の縁談は、老大公がまとめたものなのだ。


「公爵よ。ワシも悪いが、そなたも教育が不届きのようだな」と大公。


 ふと隣のチェチリアを見ると、老公爵が彼女の手を掴んで、その場に引き留めている。

 彼女の義妹と義母はようやく半身を起こしたが、何が起こっているのか分かっていない様子だ。


 馬鹿だと思っていたが、本当に脳ミソがないらしい。貴族からも国民からも、そして国王からも愛され尊敬されている大公がまとめた縁談を、ぶち壊すなんて!

 婚約破棄は昨今の流行りだけれど、大公が関わる婚約では、一度もなかったことなのに。


 公爵はひたすら謝りながら、馬鹿息子が頭を上げようとする度に、床に押し当てている。きっと額に立派なたんこぶができることだろう。


 令嬢の父親の公爵もやって来て、娘に詫びる大公に謝るという、カオス状態に陥った。

 そこへタラブォーナ伯爵がやって来て、座り込んだまま呆然としている妻子と、土下座する親子と、謝罪合戦をする三人とを見比べて、妻子に

「お前たちは一体何をやらかしたんだ!」と叫んだ。




 ◇◇




 すっかり広間はざわめきたってしまい、夜会は続行しているものの、チェチリアの婿探しをするような雰囲気ではない。


 彼女と私はなぜか老公爵に連れられて、彼の息子夫妻と共に、広間近くの部屋で休んでいた。

 ひとつの長椅子にチェチリアと私が並び、向かいの長椅子には、息子とその妻に挟まれた老公爵。


 そんな中、チェチリアは途方にくれた顔をしている。

 私は老公爵に

「タラブォーナ家はどうなるでしょうか」

 と尋ねた。


「どうもならんよ」と涼しい顔の公爵。

「あの娘は大公の顔を潰したのだから修道院に行くべきだし、その母親もあの様子なら同様だな。タラブォーナ伯は家長として責任もって、それを断行せねばならない。ついでにこれを機に、用心棒の件も明らかにして降格」


「降格程度で済むのですか?」

「まあ、相当な処罰だよ」とレーヴェンが父親の後をついだ。「賭博場といっても、幸い認可が降りている公正な店だし、伯爵は無給でやっている。金を貰っていたら服務規程違反で即刻クビだったが、そうではないし、彼自身が賭博で借金を背負っている訳でもない」


「そういうことだ。彼らはそれなりに罪を償わなければならないが、タラブォーナ家が咎められることはないよ」老公爵はニヤリとした。「これで全て解決」


 チェチリアは立ち上がって深く頭を下げた。


「やめてくれ、馬鹿な奴らが墓穴を掘っただけのこと。彼らは非常識だが、衛兵としての先代の功績と君の貢献は、この程度で帳消しになるようなものではない」と老公爵。

「ありがとうございます!」


 チェチリアは頭を下げたまま。だがその声は涙が滲むもののように聞こえた。


 そこへ

「やれやれ、参った」

 とぼやきながら、老大公がやって来た。

 チェチリアは頭を上げると、今度は彼に向き直って深々とお辞儀した。

 その彼女の頭を老大公はなでなですると、いいから座りなさい、と声をかけて自身も座った。


 私は立ち上がり、そっとチェチリアの背に触れ促して、一緒に座った。


「ワシも耄碌したものだ」と老大公。「あんなトンマと婚約をさせてしまうなんて」

「ですが結婚前に分かって良かったと思います」とレーヴェンの妻。

 大公はそうだね、と彼女に優しく返事した。


「だがワシはしばらく仲人は控えるよ」

「それは残念」と老公爵。

「どうだねチェチリア」と老大公。「君の結婚を最後に取り持ちたいのだが。義妹の件を申し訳なく思うなら、ワシに仲人させてもらえないかな」


 全員の視線が彼女に集まる。

「実は、来週結納予定です」とチェチリア。

「ああ、聞いてるよ。金持ちしか能のないスケベじいさんだろう?」と老大公。「おかしいな、やはり耄碌したかな。先程、困り事はワシに任せてもらえるとの許しを得たから、相手には破談だよと伝えてしまった。あれは許可ではなかったかね、いや、すまんすまん」


 ぷっとレーヴェンが笑う。それから妻と老公爵も。


「どのみちあやつ、タラブォーナ家に借金があるのを知らなかった。大金をたかられるのは真っ平だと言っておったよ」


 チェチリアはまた立ち上がって、ありがとうございますと深く頭を下げた。


「だから、いいだろう?仲人」

 大公はキラキラした瞳でチェチリアを見つめる。


「ダメです」そう言って、私は立ち上がった。「申し訳ありません、大公殿下。チェチリアには私が結婚を申し込むのです」


「ふえっ!?」

 チェチリアが素っ頓狂な叫び声と共に、勢いよく頭を上げた。

 見開いた大きな目で私を見て、あっという間に顔が朱に染まる。


「な、何を言っている?」声が高い。「いや、聞き間違いだよね、驚かせないで」


 言葉遣いがいつもと違う。

 驚きすぎて素が出たのだろうか。

 可愛いすぎる。


「いや、聞き間違いではない。君に惚れた。結婚してほしい」

 チェチリアはみるみる間に泣き出しそうな表情になった。

「だって私、タラブォーナを立て直すから。嫁には行けない」

「勿論私が婿に入る。君の助けになりたいんだ」

「アントンはパヴェーゼ家の跡取りじゃないか」

「私は両親に何もしてもらわなかった。育つために金はかけてもらったが、公爵家の金だ。それは五人の腹違いの弟たちも一緒。公爵家に責任があるのはみな等しい。それなら、ろくに親と会うこともできなかった私が責任を放棄したって、いいはずだ」


 賛成、と言いながら、レーヴェンが手を叩いた。


「だけど公爵はお困りになるに違いない」

 真っ赤で泣きそうな顔のまま、チェチリアはうつむいた。

「君が引っ掛かるのは、私の家のことだけか?」


 平静な口調を装いながらも、心臓はばくばくとしている。

 彼女は今のところ、私を嫌だと拒否していない。


「他のどの男よりも、タラブォーナ家のために力を尽くす。誰よりも君を支える。だから私を選んではくれないか」


 チェチリアの表情はよく見えないが、その両手はスカートをきつく握りしめていて、何かしら葛藤していることが分かる。

 もうひと押しか!


「私は君を独り占めしたいし、甘えてほしい。その手を取って、」

「遊び人!」チェチリアがまたすごい勢いで頭を上げた。「は、恥ずかしいことを言うな!」

「それならどうやって口説けというのだ!……そうか、分かった、君が『はい』と頷けば言わぬ!」

「っ!」


 がんばれー、という応援が聞こえた。またレーヴェンだ。


「いやはや年をとると短気になっていかん」と老大公。

 うんうんと同意するのは、老公爵。

「ほれ、前に庭園のあずまやで会ったとき、結婚に問題があったら頼りなさいと言っただろう?」


 チェチリアと私は大公に向き直って、はいと頷いた。

「短気だから、頼ってもらえるのを待てんのだよ。やはり老い先短いからかな。待っていたら、お迎えが来てしまうかもしれない。だからその足でユベールの元に行った」


 ユベールとは国王の名前だ。


「それで頼んでおいた。アントンがタラブォーナ家に婿入りとなったら、パヴェーゼ家はひと騒動になるだろう。その時は仲裁を頼むとな。ユベールは快く了承してくれた。だからチェチリア、パヴェーゼ家のことは気にする必要はない」


 レーヴェン一家が三人揃って拍手する。


「もっとも、アントンを好きでないなら、はっきり断ったほうがよいよ」と言った大公はにこにこしている。

 チェチリアはと見ると、彼女はこれまでにないほど赤面している。


「チェチリア。君となら墓場にならない結婚生活を送れる自信がある。一緒に楽しい人生を送ろう」


 彼女はすうっと息を吸い込んだ。

「アントン。よろしくお願いします」

 しっかりしているようで、やや震えのある声。


 本当に彼女は可愛らしい。


「いやはや、やはりワシの目に狂いはなかった。こうなると思っていたのだよ」満足そうに頷いた大公は、「だからワシに仲人をやらせてね」と言って、ほっほっほと楽しそうに笑ったのだった。


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