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2・戦略を練る

 チェチリアと広間に入ると、すぐに注目を集めた。そもそも私がいつもそうだ。将来性明るい公爵令息で容姿もトップレベルだから。その私が見たことのない美女と共にいる。

 と、思いきや、よくよく見れば衛兵のチェチリアだ。

 驚いて当然のはず。


 お互いに必要な挨拶を済ませると、興味津々の仲間に少し待っていろと言って、フロアの中央で踊った。チェチリアは10年近いブランクがあるとは思えない、優雅で完璧なダンスだった。


 踊っている最中、目を見張っているタラブォーナの三馬鹿が目に入った。彼らをあまり警戒させてもいけない。


 この後仲間内と少し世間話をして、彼女が良い結婚相手になりうることを印象づけ終えたら、金持ち老人と過ごす時間も作ったほうがいいだろう。


 彼女とそう打ち合わせてダンスを終えると、わらわらと女性たちがやって来た。衛兵チェチリアのファンだ。中には同級生もいる(と言っても、皆、既婚者だ)。彼女たちは私には厳しい目を向け、口々に、一体何があったのかと問う。


「父母からたまにはドレスを着るよう言いつけられてな」

 チェチリアは二人きりでいたときより更に凛々しい表情と口調だ。


 そういえば、学生の頃はもう少し女性的な話し方だったなと、突如思い出した。いつからこんな男性的になったのだろう。

 きっと衛兵になってからだ。


「アントンにはそこで会っただけだ」そう言うチェチリアは、ひどく男前だ。「普段、衛兵の制服しか着ない私にダンスを申し込んでくれる男性はいないだろうと、憐れんでくれたようだ」

 途端に射殺せそうな視線が複数向けられる。


「チェチリアを憐れむなんて!」

「何か勘違いをしているのではなくて?」

「軟弱な遊び人なんてチェチリアには相応しくないのに、図々しい!」


 ……なんで私が責められなければならないのだ。

「待ってくれ」と助け船を出したのは、凛々しいチェチリアだ。「彼なりに、着なれぬドレス姿の私を気遣ってくれただけだ。おかげで滅多にない体験ができた。とても感謝している」


 ファンの女性たちは、チェチリアがそう言うのならばと、やや不満そうながらも矛先を収めてくれた。


 しばらくファンたちとの交流をし(会話ではない、交流だ!)、程よいところでチェチリアは話を綺麗に切り上げた。


 また、と別れの言葉を格好良く言って、ファンたちと離れると、彼女は小さく息を吐いた。

「良かった。この姿に失望しなかったようだ」

「だから似合っていると言っただろう。彼女たちも、毅然とした気高さがあると褒めていたじゃないか」

 もっともその後に、一番似合うのは衛兵の制服だけどね、と続いていたが。


「まあ、安心した。人材が……いや、男性たちが、不釣り合いのドレス姿に気持ち悪いと敬遠するのではないかと心配だったんだ」

 男性、と言う言葉だけやや声が小さくなった。照れでもあるのだろうか。


「君は十分美しいよ」

 チェチリアは剣呑な目で私を見上げた。

「よくそんな恥ずかしい言葉を臆面もなく言えるな。だから遊び人の言葉は信用できない」

「だが私の仲間では普通のことだ。彼らから婿を探すのなら、慣れないと」

「なるほど」


 そう答えて正面を向いた彼女の、耳が赤い。

 衛兵を九年も務め、普段から男性的な言動をしてきたチェチリア。もしかしたら口説かれるどころか、男性に女性的な部分を褒められることも少なかったのかもしれない。


 ……ふむ。これはこれで、遊び人たちの男心をくすぐるのではないだろうか。


 先刻チェチリアが言っていた婿勧誘の言葉で、その気になる男はなかなかいないだろう。幾らタラブォーナ家が名門でも、今はただの不良債権だ。


 だがチェチリア自身を助けたい、との気持ちを持ってもらえれば自然と結婚に結びつくはず。


「よし、チェチリア」

 足を止めて小声で呼びかける。

「私の仲間の前では、そのままでいろ」

 そのまま?と彼女は首をかしげる。

「今、私と話している雰囲気のままだ。ファンの前のように男前にならず、自然体だ」

「……よく分からないが、了解した。悪い振る舞いをしたら教えてくれ」

「もちろん」

「頼んだぞ」

「あ、乳揉みの話はするな」

 途端に真っ赤になるチェチリア。

「もう二度と言わない!」

「そうしてくれ」


 どうだ、この意外な可愛げは。

 これならすんなりと、彼女が希望するような婿が見つかるのではないだろうか。




 ◇◇




 弁当を片手に、王宮庭園の端にあるあずまやに入った。

 この国の昼休憩は長い。職種によってはがっつりシエスタをとるし、そうでなくても家に帰宅して、家族としっかり食事するのが一般的だ。

 私の場合は自邸の居心地が最悪なので、日替わりで遊び人仲間の屋敷に邪魔をする。



 だけど今日は。



 それほど待たずして、小さなバスケットを持ったチェチリアがやって来た。衛兵の濃紺の制服を凛々しく着こなし、颯爽とした足さばきだ。やあ、なんて片手を上げる仕草も、決まっている。

 へたな男より、余程格好良い。


 今日は彼女と秘密の会議だ。わざわざ料理人に弁当も作らせた。昨日の夜会の感触を、お互いに話し合うことになっている。


 彼女は向かいにさっと座ると挨拶もそこそこに、昨晩はありがとうと礼を述べた。

「帰宅してから改めて思った。私ひとりではいつものファンたちと話して終わりだっただろう。あなたの仲間たちに話しかける切っ掛けはなかったに違いない」


 ……気のせいだろうか。昼日中の光の中だからか、チェチリアからキラキラとしたイケメンオーラが見える気がする。


「なんというか、君は完璧な青年だな。女性ファンが付くのもわかる」


 エリート衛兵でも、威圧感がありすぎて恐ろしい奴や、男臭くてむさ苦しい奴、振る舞いが粗暴な奴はたくさんいる。

 それに比べてチェチリアは爽やかで礼儀正しく凛々しい。まるで物語に出てくる麗しい王子様のようだ。


「昔はそこまでではなかったよな?」

「誰だって成長や変化はするものだろう?アントンだって、学生の頃はもう少し遊びは控えていた」

「まあ、そうだ」


 話しながら開いた弁当。ふと彼女のものを見ると、ハムと野菜を挟んだパン、フルーツ、チーズだけだ。私のものの方がずっと量がある。体力仕事をしていても、男性のような言動をしていても、やはり女性なのだ。


「喜んでくれ、仲間内の評判は上々だった。君を美しい女性と認識したぞ」

 そうか、と頷く彼女の表情は変わらないけれど、頬が僅かに赤い。昨晩もそうだった。


 仲間が美しいとか綺麗だと賛辞を送るのを、彼女は表情を変えずに聞いていた。だけれど言われる度に顔色は赤くなった。

 きっとチェチリアは気づいていないだろうその変化が、予想通りに仲間の男心を刺激した。奴らは、彼女の意外な可愛さに興味を持ったのだ。

 まさに目論見通り!


「下手な作戦は練らず、このまま行こう。普段は凛々しい衛兵。夜会はドレスで参加。少しだけ男性と話す」

「……それだけで本当に婿がみつかるか?」

「悪いが君の勧誘方法より、ずっと効果てきめんだぞ。タラブォーナの爵位よりも君自身に興味を持ってもらう方が、結婚への近道だ」

「……私自身に興味を持つじ……、男性がいるか?」

「いるから、提案している」

「案外、物好きがいるものだな」

「違う」思わずため息がこぼれる。「君は十分美しい女性だと言っているだろう」


 また彼女の顔は赤くなった。

「……今まで異性にそんなことを言われたことがない」

「衛兵の格好ばかりして、隙がなかったからだ」


 照れ隠しなのか、チェチリアはパンを口に運んだ。大口を開けるでも、豪快に咀嚼するでもなく、極めて普通に食べている。時おりパンくずが気になるのか、ナプキンで丁寧に口回りを拭く。


 ふむ。仲間と食事をする機会を設けるのも、いいかもしれない。


「君、甘い菓子は食べるか?」

「菓子?」チェチリアは首をかしげ、それから何故か目が泳いだ。「なぜ?」

「作戦で重要だから」

「……食べない」彼女は目を伏せた。「……ということにしている」

「『している?』」

「ファンたちは、私が女性みたいに菓子を好んで食べるとは思っていないから」

「……で、本当は?」

「……目がない」


 ファンにそんなに気を遣うなよ、と言いたいけれどやめておく。長年彼女はそのようにしてきたのだ。ぽっと出の私が、簡単に口を出すことではないだろう。


「ならば男性しかいないときは、遠慮なく食べたほうがいい。普段とのギャップで好感触のはずだ」

「了解した」

「そちらはどうだった。金持ち老人と話していたようだが」

 チェチリアは頷いた。


 昨晩、私の仲間と軽く談笑した後に、彼女とは別れた。タラブォーナの三馬鹿に、不審を抱かせないためだ。

 チェチリアには、ターゲットにわざとぶつかって、会話の糸口を掴めとアドバイスしておいたのだが、彼女はそれをきちんと実行していた。


「まあまあだった。私も一応は若い部類の女だからかな。鼻の下を伸ばしていたよ」

「よし、目眩ましになるな。だがあまり本気にさせるなよ」

「そんな加減、分からない」

 困り顔のチェチリア。


「そうだな。とりあえず、二人きりになったり、手を握ったりしては駄目だ」

「するか、そんなこと」

「君は深い意味なく、そういうことをしそうだ」


 チェチリアは口をつぐんだ。多少は心当たりがあるに違いない。普段、男性的に振る舞っているぶん、女性としての認識が低くて、ガードがゆるそうだ。


「気をつけよう」

「ところで気になっていることがひとつ」

「なんだ?」

「きのう、借金は君が背負うと言っていたが、当てはあるのか?」


 チェチリアは手にしていたパンを弁当箱に戻した。やや逡巡しているようだ。私が話していい人間なのか、迷いがあるらしい。


 ……すっかり共犯のつもりでいたが、信頼は足りていないみたいだ。そのことに、意外にもダメージを受けた。


「内密にしてくれ」

 かなりの間のあとに、チェチリアはそう言った。どうやら信頼してくれるようだ。私は了解と明朗に答えた。


「三年前に父が新しい妻とその子供たちを連れて来たとき、うちの執事はこの先、まずいことが起こるかもしれないと考えた。何しろ母の連れ子はあの通り、父に瓜二つだ。祖父に人を見る目がなかったのは明らかだ」

 頷いて同意を示す。


「それで執事は、彼に任せていた私の資産全てを隠してくれた。帳簿も古いものに遡って手を加え、徹底的にな」

「立派な執事だ」

「全くだ。彼も他の使用人たちもみな、信用できて頼りになる。彼らのためにも私は優秀な婿をとり、タラブォーナ家を守らなければならない」

「君ならばきっと守り通せる」


 チェチリアは、ありがとうと言ってにこりと笑った。

 ……彼女のそんな顔を見るのは、学生以来ではないだろうか。


「それに王妃殿下も味方してくれている」

 数少ない女性衛兵は、王妃の警護につくことが多いようだ。その中でも特に武に秀でたチェチリアは、王妃に気に入られているとの噂だ。

「2年ほど前に、私は妃殿下の大切な花器を割ってしまってな。毎月、給金の半分をお渡しして弁償している最中なのだ」


 つまりその半分を、王妃が秘密裏に預かってくれているという訳か。


「父が私を追い出そうとしていることも、既に妃殿下に相談してある。義母が来てからの父は仕事を休むことが増えた。体調不良とは言っているが、勿論嘘だ。衛兵隊長として不適任だと判断され、信用を失った。だから私が婿をとるのを機に、父は降格、陛下の命で代替わりすることとなっている」

「なるほどな。だが隊長の降格はなかなかに厳しいな。滅多にないことだろう?休む以外にも問題を起こしているのか」

「……まあ、ね」


 チェチリアは視線を落とした。あまり話したくない様子だ。

 聞かなくとも、私たちの作戦に影響はないだろう。


「しかし妃殿下がこれだけ状況をご存知ならば、婿を紹介してもらえばいいのでは?」

「それは最終手段にしていただいている。妃殿下に声を掛けられたら、どんな身分の男性でも断りづらい。申し訳ないだろう?」


 呆れるぐらいに、本当に真面目だ。まあ、それがチェチリアなのだろう。学生の頃も良くも悪くも真面目で、頻繁に教師に雑用を頼まれていた。


 ちなみに彼女には二つ違いの姉がいる。10年も前に伯爵令息と結婚をして、以来、その所領で暮らす。子も沢山いるそうで、チェチリアは姉を心配させないために、タラブォーナ家の現状を伝えていないそうだ。


「私からも質問をいいか?」とチェチリア。

 どうぞ、と返す。

「昨夜、あなたの友人が話していたが、あなたも結婚についてかなり逼迫しているとか。私の手助けをしていて大丈夫なのか」

「問題ない。親の決めた期限までに結婚しなければ放逐と言われているが、相手さえ選ばなければ、すぐになんとかなることだ。腹が座らず、先延ばしにしているだけなんだ」


 チェチリアは不思議そうに首をかしげた。

「パヴェーゼ家に子供はあなたしかいないのに、放逐したら跡取りはどうするつもりなのだ?」


 それは簡単。父と愛人の間に子供が三人いる。みな男で、一番上は24歳。

 彼は昨年、父の支援で高級レストランを開いた。その一年前に開いた絹織物商会が潰れたからだ。商会の前に潰したのは貿易会社。つまり、徹底的に経営センスがない上、忍耐もない。

 私がいなくなれば、この阿呆の異母弟が跡を継ぐだろう。


 というか、そもそも突如として私の結婚問題が浮上したのは、彼のせいなのだ。


 今回のレストランも、やはり上手くいってない。そこで父の愛人は、父の爵位に目をつけた。


 結婚もせず、跡取りの自覚がない嫡男(私のことだ)より、可愛い私たちの息子(阿呆な異母弟)を次期当主にしたほうがよい。

 愛人はそう強硬に主張している。


 だが父は一応、常識ある人間だ。馬鹿なことを言うな、公爵家出身の本妻との間の息子以外に跡継ぎは考えていない、と決然と拒否をしている。

 ただあまりに愛人がうるさいから、それなら私がさっさと結婚すれば良い……という考えに父は至った。どうやら愛人の策は母も知ることになったらしく、二人は共同戦線を張ることになったのだ。


 ちなみに何故私が詳細を知っているかというと、執事が全て教えてくれるからだ。執事は私の乳母の夫で、孤独に育った私を不憫に思い、とても可愛がってくれている。


 こんな事情をチェチリアに説明すると、彼女は複雑な表情で分かったと頷いた。

「立ち入ったことを尋ねてすまない」

「いや、私とて君に訊いている。お互い様だ」


 それからなんとなく、結婚に関する話は終わり、他の話題に花が咲いた。学校を卒業し、疎遠になり9年。話すことは幾らでもあった。


「おやおや、楽しそうだ」

 掛けられた声にはっとして目をやると、そこにいたのは老大公だった。齢80で国王の叔父。今は第一線を退いているけれど、かつては様々なことに尽力し(経済団体の会長や慈善事業、更には土木工事の総監督まで!)、国王、貴族、そして国民からも愛され尊敬されている御人だ。


 チェチリアと私は慌てて立ち上がって非礼を詫び、挨拶をした。

「よいよい」ホッホッホと笑う大公。「散歩中に実に良いものを見られた」


 良いもの?

 ふと気付くと、大公の付き人たちも笑顔で頷いている。


「アントン・パヴェーゼ君は結婚相手を探しているとか。ワシが素敵なご令嬢を紹介するつもりだったのだがね」と大公。


 大公の現在の一番の趣味。それは仲人だ。彼は子供に恵まれず、数年前に奥方にも先立たれた。それから急にあちこちの縁談を取り持つようになったのだ。

 そうして結婚した夫婦の疑似父親、その夫婦に生まれた子供の疑似祖父を、彼は楽しんでいるらしい。


「チェチリア・タラブォーナ君にも、そろそろ素晴らしい伴侶をと考えていたのだかね」と大公。「必要ないようだ。いや、幸せな若者たちを見ると若返る」

 大公と付き人たちは、にこにこしている。


 ……ん?

 どうやらこれは勘違いされている。楽しそうな彼をがっかりさせるのは不本意だけれど、チェチリアは近いうちに本当の伴侶を見つけるのだ。正しておかねば、余計に事態が悪くなる。


 彼女と二人で全てを包み隠さず打ち明けた。


「そうかね。それは残念」と言う大公は、それほど残念そうではなかった。「それなら二人とも、結婚に困ったら、是非ともワシを頼りなさい。いいね。約束だよ」


 約束致します、とチェチリアと声を揃えて返答すると、大公は満足そうにホッホッホと笑いながら、のんびりとした足取りで去って行った。


「妃殿下、大公殿下と強力な仲人ばかり!」とチェチリア。「彼らに迫られて断れる人材なんて、決していない。私、絶対に自分の力で婿を見つける!」


 力強く宣言する彼女に、笑みがこぼれた。きっとこんな彼女だからこそ、王妃も大公も力になると言ってくれるのだ。



 ◇◇

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