ポール・マーレイ
次のターゲットは、ポール・マーレイだ。
この男、一見すると華奢な感じの美青年なんだよ。まさに、今風のお洒落なイケメンて感じなのさ。たぶん年齢は俺と同じくらいだろうが、キャラ的には真逆かな。
ただ、この男……面は可愛いが、性格は極悪のどうしようもない変態野郎だ。女が、マッチョなボディーガードにボコられる姿を見ながら全裸でオナ……おっと、これ以上の記述はやめとこうか。こいつの趣味嗜好を、ここであんまり詳しく書いちまうと、R18の方に飛ばされるかもしれねえからな。
このポール、目的達成のためには手段を選ばない。幼児を後ろから撃ち殺すようなタイプさ。しかも、こいつには双子のボディーガードが常に張り付いている。両方とも化け物みたいなガタイしてやがるのさ。女を買う時も、飯を食う時も、寝る時も一緒らしい。
ひょっとして、ポールの奴はバイセクシャルなのかねえ。双子と、夜な夜な3Pに励んでるのかもな……想像しただけでゲロ吐きそうだが。
冗談はともかくとして、だ……ミケーラ、こいつはマトロックみたいにひ弱でもないし、エバみたいな単細胞の脳筋でもない。根は臆病だが、その分やっかいだよ。
あんたが、こいつをどう仕留めるか……正直言うとな、今回は俺もちょっとだけワクワクしてるんだよ。
・・・
「ちょ、ちょっと……あんたら何なのさ?」
ベッドで後ずさりしながら、女は呟いた。その美しい顔は、恐怖のあまり歪んでいる。
だが、それも当然だろう。彼女の前には、二人の大男が立っている。顔の造りはほとんど同じだ。間違いなく双子であろう。
さらに両方ともスキンヘッドで、見るからに凶悪な人相に拍車をかけている。その身長は二メートル近く、体重は……下半身だけでも八十キロはありそうだ。
そんな大男の双子は、いきなり服を脱ぎ始めた。女は、恐怖のあまり震えることしか出来ない。今日の相手は、ドラッグの売人であるポール・マーレイのはずだったのに。
そのポールはバスローブを着て椅子に座り、ワイングラス片手にこちらをじっと見ている。
やがて、双子は服を脱ぎ全裸になった。異様なまでに鍛え上げられた筋肉の彫像のごときものが二体、女の目の前に立っている。
女は思わず顔をしかめた。これから起こることを予測し、ポールに助けを求める視線を送る。しかし、ポールは冷酷な目で見ているだけだ。
女が震えながら、さらに後ずさった時、双子は動いた。二人同時に、筋肉を誇示するかのごときポーズをとったのだ。
唖然となる女。だが、双子は気にせずに別のポーズをとる。全身の筋肉を張りつめさせ、あらぬ方向を見ながら硬直している。その額からは、大粒の汗が吹き出ていた。さらに太い血管まで浮き出ている……。
想定外の光景を前に、女は反応すらできず戸惑うばかりだ。
その時、双子が同時に喋り出した。
「どっちの筋肉が凄い?」
双子は全く同じタイミングで、寸分も違わぬセリフを吐いた。
「えっ……」
さらに戸惑う女。すると、双子はまたしてもポーズを変えた。上腕の筋肉を盛り上げながら、女に迫っていく。
「俺と兄貴、どっちの筋肉が凄い?」
「俺と弟、どっちの筋肉が凄い?」
同時に喋る双子。その目は、真っ直ぐ女を見つめている。
女の目には、双方とも同じように見える。どちらが凄い? と聞かれても言えるはずがない。
それ以前に、兄と弟の違いすら分からないのだが……。
「なあ、俺と弟のどっちが凄いんだ?」
言いながら、片方の男が顔を近づけて来た。明らかに苛立っている表情だ。
女は身の危険を感じた。ここは、何か答えなくてはならない……とりあえず、兄と答えておけば無難だろう。兄に負けたなら弟も納得するだろうし、という安易な考えが浮かんだ。
「お、お兄さんの方かな……」
てへ、というセリフの似合いそうな笑みを浮かべながら、女は答える。双子を怒らせず、何とかこの場をやり過ごさなくては……目の前にいる双子は、素手でも人を殺せるだろう。
だが、女は何も分かっていなかった。この双子…いや、ポールも含めた三人は本物の狂人なのだ。
「やったぞぉ! おい、聞いたか! 俺の勝ちだ!」
双子の片方が、ガッツポーズをしながらピョンピョン飛び跳ねる。
だが、もう片方の顔つきは瞬時に険しくなった。そちらは、おもむろに女の手を握る。
直後、女は悲鳴を上げた……その左手は、凄まじい握力により握り潰されたのだ。
「もう一度聞く。兄貴と俺、どっちの筋肉が凄い?」
手を握ったまま、尋ねる片割れ。間違いなく弟の方だろう。女は苦痛と恐怖で、涙と鼻水とよだれとを垂れ流しながら答えた。
「あ、あなたよ……」
そのとたん、飛び跳ねていた兄の動きが止まる。兄は女の右手を掴んだ。
両手で女の手首を掴み、雑巾を絞るようにねじる――
「ぎゃあああ!」
またしても、女は悲鳴を上げる。その手首は、完全に砕けていた。さらに、折れた骨が皮膚から飛び出ている……。
得意げな表情で、弟を見つめる兄。すると、またしても弟が動いた。
「なあ、俺と兄貴……どっちの筋肉が凄い? 本当のことを言え」
弟が再び尋ねる。女は首を振り、必死で双子から離れようとする。それは本能的な行動であった。
すると弟は、女の右腕を握り引き寄せた。
女の顔が恐怖で歪み、首を激しく振る。だが弟はそれを無視し、両手で女の右腕を掴む。
直後、肘の関節をへし折った――
激痛のあまり、ベッドの上を転げ回る女。一方、弟は勝ち誇った表情で兄を見つめる。
兄は舌打ちし、再び女に手を伸ばした。
女の悲鳴が響き渡る中、ポールは取り憑かれたような表情でベッドの三人を見つめている。その口は半開きで、息は荒い。
やがてポールは、バスローブを脱ぎ捨て全裸になった。
その右手を、自身の股間へと這わせていく……。
娼館を出たポールは、双子のボディーガードであるサンダとガイラを連れて街中を歩いていた。先ほど買った女は、両手と両足の関節を全てへし折られて気絶している。あれでは、完治しないだろう。時間が経てば怪我は治るが、元通りに動かすことは出来ない。
もっとも、そんなのはポールの知ったことではない。ここでは、人の命など安いものだ。むしろサンダとガイラの相手をして、命があるだけでも幸運である。
「お前ら、今日は何を食うんだ?」
ポールの問いに、双子は一瞬顔を見合わせた。だが、すぐに答える。
「チキン!」
「チキン!」
それを聞いたポールは、苦笑しながら頷いた。
「分かった。お前ら、本当にチキンが好きだなあ」
サンダとガイラ……この双子は、もともと底無しのバカだった。しかも最近は筋肉増強剤の射ちすぎで、さらにおかしくなりつつある。
一方、ポールは一見すると華奢な美男子だ。この真逆なタイプの三人の結束力は、端から見ていても異様なものがあった。
だが、それも当然であろう。幼馴染みだった学習障がい児の双子を、様々な手段を用いて手なずけ、自らの忠実な部下に仕立て上げたポール。彼は頭のキレる男だった。腕力には乏しかったものの、口が上手く人を操る能力に長けていたのだ。
その手腕を振るい、ポールは裏社会でも知られる存在となる。だが、彼には欠点があった。女をいたぶることで欲情する性癖なのだ……ポールは、歪んだ欲望を押さえることが出来なかった。
やがてポールの相手をした女が立て続けに「不慮の事故」で亡くなり、彼ら三匹の狂犬はウッドタウンへと来ることになった。
翌日、ポールは双子と共に町外れを歩いていた。
この辺りは、かつて駐車場であった。あちこちに放置されている車や重機さらには自販機の残骸に、その名残がある。しかし今では、野生化した犬や猫などの住みかとなっている。
そんな場所に、彼らが何をしに来たかというと……大物との、ドラッグの取り引きである。
ポールは今でも、大陸の裏社会との太いパイプを持っている。ウッドタウンにおいて、ドラッグを扱わせたら彼はトップクラスであろう。安く、質のいいドラッグを仕入れることが可能だ。
しかも今回は、ウッドタウンの地下を仕切る大物、ノートリアス・ダディ……そのダディからの、直々の指名なのである。
ダディは、ウッドタウンの裏の支配者といっても過言ではない。そんな男と組むことが出来れば、ポールの地位は一気に上がるだろう。
あの、ニコライとアデリーナの兄妹に迫れるくらいに……。
「ボス、ここか?」
「ここか?」
尋ねてきた双子に、ポールは頷いた。
「そのはずなんだがな、まだ来てないらしい。待つとしようか」
ポールがそう答え、タバコをくわえた時だった。物陰から、異様な風体の者たちが姿を現したのだ。
一人は軍用ジャケットを着た、中肉中背の金髪の男だ。小型のビデオカメラを担ぎ、レンズをポールたちに向けている。
もう一人は、灰色のコートを着た男だ。中肉中背で、歳は二十代の前半だろうか。何を考えているのか、つかみどころのない顔つきで突っ立っている。
さらに一人、作業服を着た大柄な中年女がいる。がっちりした体格で顔も丸いが、険しい表情を浮かべてこちらを見ていた。
最後の一人は、中年女のすぐ隣にいる。顔の右半分に酷い火傷を負っており、髪の毛はほとんど無い。
だが、それよりも注目すべき点がある。両手と両足が切断されているのだ。
その女を見た時、ポールはようやく今の状況を理解した。
ミケーラ・リンク。
バルガスの娼館にて奴隷として飼われていたが、脱走して地下に隠れていた。しかし、トラブルシューターのレミーたちに捕獲されて連れ戻され、見せしめとして両手と両足を切断されたのだ。ウッドタウンに特有の刑罰・人犬である。人犬にされた者は、ほとんどが精神を病んでいった。
ところが、ミケーラは違った。その後、またしても脱走し……恨みを抱いていたジョン・マトロックとエバ・ブルーを仕留めたのである。両手両足の無い体で闘う姿は、ポールも映像で観たことがあった。
しかしポールは、この女との接点は無いはずなのだが。
「お前が、噂のミケーラか……だがな、俺はお前と会うのは初めてのはずだ。お前に復讐される覚えもねえはずだがな?」