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インタビュー

 インタビュー……俺は、される側にはなっても、する側にはならないだろうと思っていた。

 それが、何の因果かミケーラをインタビューすることになっちまった。まあ、これも仕事のうちだから仕方ないがね。

 にしても、世の中には悪趣味な奴が多いね。ミケーラの姿を見れば、悲惨な目に遭ったことは誰でも理解できるはずだ。もし理解できない奴がいたとしたら、そいつはムルソー並みのアホだろうぜ。

 にもかかわらず、彼女の口から、ああなったいきさつを根掘り葉掘り聞こうってんだからな……人間って奴は、自分より悲惨な者を見て安心したいという欲求があるらしいね。

 もっとも、そんな連中の欲求を叶えるための番組作りをしている俺もまた、クズの一員であることに代わりはないがね。いや、クズ以下だろうな。さしずめ、クソ野郎といったところかな……。


 ・・・


(殺風景な部屋。家具や調度品などは、最低限のものしか置かれていない。そんな部屋でカメラを担ぎ、突っ立っているムルソー。一方、ライノはにこやかな表情でミケーラと向き合っている)


 さて、ミケーラ。あんたの素性について話してくれ。もちろん、言える範囲でいいよ。言いたくないことは、言わなくても構わないからな。


(カメラの前には、ミケーラとゾフィーがいる。ゾフィーの方はやや表情が堅いが、ミケーラはふてぶてしい顔つきで喋りだす)


「名前はミケーラ・リンク。年齢は二十三歳。ダビング国の出身だよ」


 ほう、ダビングかい。あの国は、治安がいいらしいな。女の子が夜中に一人で歩いていても平気だ、と聞いたよ。


「そりゃ本当さ。あたしはダビングにいる時、なんて平和で退屈な国なんだろう、って思ってたよ。刺激が欲しい、とも思ってた。その結果が、このザマだよ」


(自嘲の笑みを浮かべ、肘までしかない腕を上げて見せるミケーラ。横にいるゾフィーは顔をしかめる)


 そんなあんたが、なぜウッドタウンに来たのか……言える範囲でいいから、教えてくれないかな?


「あれは、四年前の話だよ。あたしと、友だちのベルタとカルメンの三人で旅行に来たのさ……このウッドタウンにね」


 ウッドタウンに旅行とは、ずいぶんと変わった趣味だな。


「当時、ベルタが付き合っていた彼氏が、ウッドタウンにコネがあるから行ってみないか……なんて言ったんだよ。で、あたしたち三人はのこのこ来ちまったって訳さ」


 しかし、このウッドタウンは犯罪者の巣窟だぜ。ここを仕切っているのは、ギャングや過激派だよ。しかも、お尋ね者や軍を追い出された兵隊までいる始末だ。そんな街に、よく来る気になったな。


「そもそも、あたしとカーラは反対したのさ。でも、ベルタは聞かなかった。あの子は、彼氏のマトロックにベタ惚れだったからね」


 マトロック? もしかして、この前あんたが殺したヤク中かい?


「そうだよ。当時のマトロックは男前のナンパ師だった。ベルタは、そんなマトロックの言いなりだったんだよ。いざとなったら、二人きりで行きそうな勢いでさ……見ていて心配だったんだ」


 なるほど。


「そう、今から考えてみれば、何もかもがおかしかったんだよ。マトロックの奴、あたしたちまで強引に誘ってきてさ。旅費は全額、俺が払う……とも言ってた。始めから、あたしたち三人を奴隷として叩き売る計画だったんだろうね」


 一つ聞きたいんだが、マトロックとベルタを二人きりで旅行に行かせる、という選択肢もあったんだよな。ところが、あんたはそうしなかった訳だ。


「ああ。結局、あたしらは友だちを見捨てることが出来ずに、この街に来ちまった……」


 そのベルタって友だちのことは、どう思う?


「……どういう意味?」


 恨んでないのか、ってことさ。あんたがそんな体になっちまったのは、ベルタの愚かさや無用心さにも責任の一端があるんじゃないのかね……少なくとも、俺はそう思うよ。


(その時、ミケーラの表情が歪んだ。憎しみを込めた目でライノを睨む。と同時に、ゾフィーが心配そうにミケーラを見つめた)


 言いたくないようだな。じゃあ話題を変えよう。あんたら三人とマトロックは、橋を渡りウッドタウンへとやって来た。その後、何があった?


「あたしたちがウッドタウンに到着した後、マトロックが安い宿をとってくれた。汚い宿だったけど、マトロックが金を全額払ってくれたから、文句は言えなかったよ。だけど、あたしたちは甘かった……その夜、いきなり男たちが部屋に入って来たんだ」


 宿屋にかい?


「そうさ。奴らは、いきなりあたしたちの部屋に入って来た。銃を突きつけて、言う通りにしないと殺す……ってね。あたしは何も出来なかったよ」


 なるほど。その後はどうなった?


「売春宿に連れて行かれて、さんざん脅されて……以来、あたしらは毎日客を取らされるようになった」


 つまり、あんたらは奴隷にされたんだな?


「……そうさ」


 その後、何が起きたのか聞かせてもらえるか?


「まず、ベルタがおかしくなったんだよ」


 おかしくなった、というと?


「あたしたちは、三人とも同じ部屋に入れられてたんだよ。で、お呼びがかかると連れて行かれる……だけど、ベルタだけは呼ばれなくなったんだよ。部屋ん中でも、ずっとブツブツ言ってた」


 ブツブツ? 何を言ってたんだ?


「あたしのせいだ……あたしのせいだ……って、ずっと言い続けてた。虚ろな表情で、下を向いてね。人間が狂っていく姿を、あたしは初めて見たんだよ」


 ベルタは、狂っちまったのかい?


「当たり前だよ。下を向いて、あたしのせいだ……って言っていたかと思うと、いきなりクスクス笑いだしてさ。あたしは間近で見てたけど、あれは怖かったよ……」


 なるほどな。で、そのベルタは今どうしているんだい?


(ミケーラの顔が歪む。しばらく間を置き、震える声で語り出した)


「奴らの手下が食事を運んで来た時、ベルタが襲いかかって行ったんだよ。みんな逃げて! て叫びながら、手下に掴みかかって行ってた。けど、あたしの目の前で殺されたよ……」


 殺された?


「ああ。女たちが寄ってたかって、ボコボコにぶん殴ってた。その上、血まみれになったベルタの首を、エバの奴がへし折ったのさ……」


 エバ?


「売春宿は基本的に、女たちが仕切ることになってたんだよ。従業員も、全員女だった。男だと、商品に手を出すかもしれないからね。で当時、娼婦たちをまとめていたのがエバって女だよ。エバは、笑いながらベルタの首をへし折りやがった……」


 しかし、殺したら金にならないだろうが。なぜ殺したんだ?


「ベルタはおかしくなって客も取れなくなってた。だから、奴らも容赦しなかったんだよ」


 確認だが、ベルタはあんたの目の前で殺されたんだな?


「そうだよ。あれは、本当にひどいもんだった。でもね、何より腹が立つのは……あたしはその場にいたのに、何も出来ず震えてたことだよ」


 でも、それは仕方ないだろ。あんたが立ち向かっていっても、止められなかっただろうが。


「違うんだよ。あたしはね……心のどっかで、当然の報いだと思ってたのさ」


 報い? どういうことだよ?


「あんた、さっき言ったろ……ベルタを恨んでないのか、って。あたしは心のどこかで、あの娘を恨んでたんだよ。ベルタさえマトロックに引っかかっていなければ、こんなことにはならなかったんだってね」


 うーん、そいつは誉められたもんじゃないな。ただ人間なら、当然の思いじゃねえかな。俺だって、あんたの立場なら、そう考えただろうよ。


「……ベルタはね、彼女なりに罪悪感を覚えていたんだよ。最期に、自分の命で償おうとしたんだろうね。でも、あたしは震えながら見てるだけだった。目の前でベルタの顔が血まみれになり、ボコボコに変形していたのに……あたしは、ただ恐怖に震え……あの娘には当然の報いだって思ってた。あたしは、人間のクズだよ……」


(言葉の直後、カメラの前で涙を溢れさせ、嗚咽を洩らすミケーラ。ゾフィーが彼女を抱きしめ、カメラを睨みながら口を開く)


「今日は、ここまでにしてくんないかな……」


 いいだろう。ここから先は、次の機会にってことでよろしく。


 ・・・


 嗚咽を洩らし、体を震わせるミケーラ。そんな彼女を、ゾフィーは優しく抱きしめた。

「よく聞くんだ。あんたは何も悪くない。悪くないから……悪いのは、この街そのものさ」

 言いながら、ゾフィーはミケーラの頭を撫でる。ミケーラはしゃくり上げながらも、小さく頷いた。

 ややあって、ゾフィーは顔を上げライノを睨んだ。

「ライノ……あんた、何のためにこんな映像を撮るんだい?」

 声を震わせながら、ゾフィーは尋ねる。

「えっ? そりゃあ再生数のため、ひいては金のためだよ」

 すました表情で、ライノは答える。

「あんた、最低だね……」

 声を震わせながら、ゾフィーは毒づいた。すると、ライノは首を振る。

「いやあ、心外だなあ。確かに、俺はクズかもしれんがね……俺の稼いだ金で、あんたら食っていけてるんだぜ。感謝しろとは言わないがね、少しは評価してくれてもいいんじゃないかなあ」

 トボけた口調で、ライノは言葉を返す。その図太い態度に、ゾフィーは思わず拳を握りしめた。この男は、本当に腐り切った性根の持ち主だ。にやけた面を、思い切りブン殴ってやりたい――

 その時、突っ立っていたムルソーが、不意に口を開いた。

「俺、いつまでこれを持ってなきゃならないんだ?」

 言いながら、ムルソーはカメラを指し示した。その顔には、何の感情も浮かんでいない。ライノは狼狽えながら頷いた。

「ああ、すまないな。テーブルの上に置いてくれ」

 ライノが答える。ムルソーは頷き、カメラをテーブルの上に置いた。

 だが、直後の行動には全員が度肝を抜かれた。ムルソーはおもむろにライノの首根っこを掴み、人間離れした腕力で床にねじ伏せたのだ。それは一瞬の出来事であり、その場にいた者に止める隙さえ与えない。

 一方、ムルソーはゾフィーに視線を移した。

「おばさん、やっぱりこいつ殺す?」

 その口調には、何の感情も込められていない。だが、ムルソーの手に込められている力は異常だ。まるで巨大な何かがのしかかっているような……。

 次の瞬間、ライノが顔を上げる。

「ね、姐さん……ムルソーに言ってくれないかな? ライノを殺しちゃ駄目よ、ってさ」

 媚びるような口調で、ライノは言った。だが、その目には恐怖の色が浮かんでいる。

 その姿はあまりにも滑稽で、ゾフィーは思わず笑ってしまった。つられたのか、隣にいるミケーラも笑う。すると、なぜかムルソーまで笑った。

 その途端、ライノが悲鳴を上げる。どうやら、ムルソーが笑った拍子に、押さえている手に尋常ではない力が入ったらしい。手足をバタバタさせ、必死の形相で叫んだ。

「ぐ、ぐるじい! 頼む! 何でもするから助けてくれ!」

 哀願するライノの顔を見て、ゾフィーは憤りが消えていくのを感じた。と同時に、このままでは危険であることを察知する。ムルソーの腕力はゴリラ並みなのだ。うかうかしてると、本当に殺しかねない。

 腹の立つ男ではあるが、今死なれては困る。

「ムルソー、手を離しな」

 ゾフィーが声をかけると、ムルソーは言われた通りにした。だが、ライノを見る目は冷たい。もともとムルソーは、他の人間に対し感情を露にしたりしないのだが……ライノに向ける目は、ことさら厳しいような気がした。少なくとも、ゾフィーにはそう見える。

 もっとも、ライノを信用できないのはゾフィーも同じであるが。今はまだ、自分たちに利用価値がある。しかし利用価値が無くなったら、何のためらいもなく自分たちを売るだろう。

 この男、果たしてどうするか……。


 ・・・


「お兄さま、あれを観ました?」

 ベッドで仰向けに寝転がっているニコライに、アデリーナがそっと語りかけた。二人とも、一糸まとわぬ姿である。

「あれ、とは何だい?」

「ミケーラの動画ですわ。あの人犬、ヤク中のチンピラの耳を食いちぎった挙げ句、目に杭を突き刺して殺しましたの」

「ふうん、何とも下品な戦い方だな。あの女には、美学という概念が無いようだね。まあ、人犬には相応しいやり方かもしれないが」

「あの女、どうします? あたくしが始末しましょうか?」

「放っておけ。お前の手を汚すほどの者じゃないよ。レミーたちに任せよう」

 淡々とした口調で、ニコライは言った。物憂げな表情を浮かべて、ぼんやりと天井を見つめている。

 アデリーナは、クスリと笑った。

「そうそう、先ほど面白い話を耳にしましたわ……十三地区で、バカ共が大勢死んだとか」

「十三地区? あそこじゃ、殺し合いは日常茶飯事だろうが。別に珍しくもない――」

「その死体の山を築いたのは、たった一人の男らしいですわ」

 アデリーナの言葉を聞き、ニコライの表情に変化が生じた。死んだ魚のような目に、生気らしきものが宿る。

「一人、かい?」

「そうですの。その男は、素手で十人以上を殺したとか」

「たった一人、それも素手でか……面白い」

 そう言うと、ニコライは笑みを浮かべる。

「是非とも、会ってみたいものだな」

「もう、お兄さまったら。あたくしと、その男とどちらが大事ですの?」

 拗ねたような口調で言いながら、ニコライの胸に顔を乗せるアデリーナ。

「さあ、どっちだろうな」

「もう、お兄さまの意地悪……」







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