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外道猟兵ミケーラ・リンク  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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25/28

アデリーナ

 ウッドタウンには、様々なタイプの施設が幾つも残されている。

 かつては、公もしくは企業が運営する施設としてきちんと機能していたものだ。しかし戦争と同時に職員たちは全て避難してしまい、再利用も出来ずに見放された形となった。

 代わりに住み着いたのは、戦争帰りのあぶれ者や逃亡中の犯罪者たちである。彼らは気分のおもむくまま、好き勝手に施設を改造した。今では、悪党どもの巣窟と化している。

 ただし一ヶ所だけ、無法者たちですら足を踏み入れることの出来ない場所があった。

 そこは以前、とある企業が研究所として使用していた施設だ。周囲は森に囲まれ、野生動物がうろうろしている。さらに厳重な鉄製の扉によって、侵入する者を防いでいた。扉には鍵がかかっており、誰も入ることが出来ない。

 今、その扉の前にはムルソーとミケーラがいた。


(ニコライとアデリーナからの伝言だ。第十三地区にある研究所の跡地で待ってるとさ。ムルソーを連れて来い、とも言ってたぜ。さて、話はここまでだ。俺は、これ以上は関われない。短い間だったが、元気でな。マオのことは任せろ)


 情報を伝えた後、ライノはそう言っていた。もっとも、その顔にはとぼけた表情を浮かべていたが。

 彼とは対照的に、マオは悲しげな表情で去り行く二人を見ていた。


 結局、ライノとは何者だったのだろうか。何が目的だったのか。

 ミケーラには、彼の正体は最後まで分からなかった。ただのチンピラでないのは間違いないが、かといってニコライに対抗できるような権力があるわけでもなさそうだ。

 いずれにしても、ライノには充分に助けてもらった。ここで自己保身のため手を引いたからと言って、彼を責める気にはなれない。

 ここから先は、ムルソーと二人だけで終わらせる。


 ムルソーが扉に手を触れたとたん、簡単に開いた。

 それを見たミケーラは、思わず口元を歪めた。どうやら、中にいる者は自分たちを招き入れたいらしい。

「どうするんだ?」

 聞いてきたムルソーの顔には、何の感情も浮かんでいない。ミケーラはこんな状況にもかかわらず、目の前の青年が何を考えているのか気になった。

「ムルソー、あんたは何であたしに付き合ってくれるの?」

「俺は、何をすればいいか分からないから……」

 そう答えたムルソーは、ひどく頼りなく見える。ゾフィーの死により、彼は心の拠り所を失ってしまったのだろうか。

 ならば、自分が拠り所になってやらなくてはならない……それこそが、死んでしまったゾフィーに対し、自分が出来る唯一の恩返しなのだから。

 もっとも、全ては生きて帰れたらの話である。

「あんたが今やることは、おばさんの仇を討つ……それだけだよ」


 二人は、通路を真っ直ぐ進んでいく。

 建物の中は暗く、異様な雰囲気が漂っている。ウッドタウンの他の場所とは、明らかに違うのだ。すえた匂いが漂い、あちこちからカサコソという音がしている。虫や小動物が住んでいるのだろう。

 そんな状態であるにもかかわらず、通路はかすかに明かりが灯っていた。どうやら、施設の電気はまだ通じているらしい。

 ミケーラはふと、前を歩くムルソーの様子がおかしいことに気づいた。普段は周囲の様子には目もくれないのだが、今は違う。壁や天井などを、興味深そうに見ながら歩いているのだ。

「ムルソー、どうかしたのかい?」

 ミケーラの言葉に、ムルソーは首を傾げ立ち止まった。ミケーラの方を向き、何か答えようという素振りを見せる。

 しかし、不意に顔を上げ通路の先を見つめた。

「誰かいる」

「えっ?」

「そこの扉の向こうに、誰かいる」

 そう言うと、ムルソーは通路の先を指差した。そこには鉄製の扉があり、行く手をふさいでいる。ミケーラは口元を歪めた。

「いよいよお出ましって訳かい。上等じゃないか」


 ムルソーは扉に近づき、ノブに手をかける。すると、あっさりと開いた。ミケーラは、慎重に中を覗きこむ。

 部屋の中は広く、小学校の教室ほどのスペースである。通路よりも明るい光に照らされているが、床や壁は灰色のコンクリートである。刑務所か、捕虜の収容所を連想させるような造りであった。

 さらに向こう側の壁には、別の扉がある。こちらも鉄製の頑丈そうなものだ。侵入者を防ぐためか、あるいは中にいる者を出さないようにするためのものか。

 そんな部屋の中には、明らかに場違いな雰囲気の若い男女がいた。二人は汚い床の上で寝転がり、上体のみを起こしてこちらを見ている。

「やあ、お二人さん。よく来てくれたね」

 男の方が、優しい声をかけた。歳は二十代半ばだろうか、入院患者が着るような白い大きめのシャツとズボンを身につけている。金色の髪は長すぎず短すぎず、透き通るような白い肌と、人工的に作られたような美しい顔立ちの持ち主だ。

 女の方も、男と同じ衣装を身につけていた。こちらは長い金髪と、あどけなさと妖艶さが同居した不思議な顔立ちである。こちらは、不快そうな表情を浮かべていた。

 言うまでもなく、ニコライとアデリーナの兄妹だ。


「お前らか、おばさんを殺したのは……」

 低い声で言いながら、ミケーラは二人を睨む。すると、ニコライは立ち上がった。

「悪いが、君に用はない。アデリーナ、すまないが彼女の相手を頼む」

 そう言うと、ニコライはムルソーの方を向いた。

「ムルソーくん、ちょっと来てくれないかな。君に大事な用がある」

 その言葉に、ムルソーは意外な反応をした。困惑したような表情を浮かべ、ミケーラの方を向く。

「俺、こいつと話がしたい。一人で大丈夫か?」

 ムルソーは、今までにない神妙な顔つきであった。彼の意思らしきものが感じられる。

 もしムルソーが殺られた場合、圧倒的に不利になるのは間違いない……だが、ミケーラには彼を止めることが出来なかった。

「いいよ。行きな」

「ごめん。終わったら、すぐに戻るから」

 その言葉に、ミケーラは吹き出しそうになった。終わる、とはどういう意味なのだろうか。

 ニコライを殺す、ということだろうか。

「では、失礼するよ。もう会うこともないだろうが、一つだけ言っておく。ミケーラ、君は大したものだ。よくやったよ。ただ、もう少し損得というものを考慮して動くべきだったね」




 ムルソーとニコライは、施設の奥へと去って行ってしまった。

 室内は、アデリーナとミケーラの二人きりだ。

「お前、本当に醜いわね……あたくしは本来なら、お前なんかには触れたくない――」

 アデリーナは言い終えることが出来なかった。言葉が終わる前に、ミケーラが弾丸のごときスピードで飛びついて行ったのだ――

 ミケーラは、アデリーナの膝のあたりに組み付いた。そのまま引き倒そうと試みる。ミケーラはこれまでに、鍛えに鍛えぬいてきた。アデリーナのような小柄な少女なら、一瞬で引き倒せるはずだった。

 だが次の瞬間、ミケーラは愕然となっていた。アデリーナの体は、全く動かないのだ。渾身の力を込めて引き倒そうとしたが、微動だにしない。

 細く、華奢な体格のアデリーナ。だが、この感触は大木のようだ……。

 次の瞬間、アデリーナは何事もなかったかのように片足をぶんと振った。足先についた何かを払い落とそうとしているかのように、あまりにも無造作な仕草である。

 だがミケーラは、その動きで軽々と飛ばされた。壁に叩きつけられ、激痛のあまりうめき声を上げる。

 そんなミケーラを見て、アデリーナはくすりと笑った。

「お前のような人犬が、あたくしに勝てるとでも思っていたの? お前の頭につまっているのは脳ではなく、おがくずなのかしら」

 アデリーナの声は震えている。恐怖ではなく、喜びゆえだ。これから始まるであろう残虐な遊戯への期待だろう。

 だが、ミケーラは怯まなかった。顔を上げ、アデリーナを睨む。

「ざけんじゃないよ。お前みたいな化け物に言われたくないね」

「化け物、ですって? あたくしと、お前……人間から見て、化け物なのはどっちかしら。自分の姿を鏡で見てみなさい」

 そこで、アデリーナの表情が変わった。彼女の視線がミケーラを逸れ、別の方向を向いている。

「まさかと思うけど、あの生き物はあなたの仲間かしら?」

 アデリーナの言葉に、ミケーラもそちらを向く。

 その途端、彼女は驚きのあまり動きが止まった――


 ミケーラたちが入って来た扉は、開かれたままになっていた。その先に伸びる通路から、小さな少女がい歩いて来ている。猫のような耳が頭から生えており、長い尻尾らしきものも見えている少女が。

「マ、マオ……どうしてここに……」

 呆然となりながら呟くミケーラ。しかしマオは、恐れる様子もなく室内に入った。そのまま、アデリーナに近づいてくる。

 歩いて来るマオの顔には、今まで見たこともない表情が浮かんでいた。

「お前は、あたくしに何の用かしら?」

 不快な様子で、アデリーナは尋ねる。だが、マオは無言のまま立ち止まり、アデリーナをじっと睨みつける。

「答えるほどの知能もないのかしら、このウジ虫は」

 吐き捨てるように言った直後、アデリーナは動いた。一瞬にしてマオに近づき、強烈な一撃を振るう――

 だが、マオはその一撃を躱した。敏捷な動きでパッと飛び退き、威嚇するような唸り声を上げる。

「なああ!」

 唸りながら、マオは低い姿勢で構えている。半ば本能的な動きだろう。アデリーナを睨みながら、一定の間合いを保ちつつ、周囲をぐるぐる回っている。その目には、アデリーナに対する明確な敵意があった。

 すると、アデリーナの美しい顔に陰惨な表情が浮かぶ。

「お前たちは本当に、手に負えない下等動物なのね。口で言っても分からないのなら、お前から殺してあげるわ」

 冷たい口調で言うと、アデリーナはマオへと迫る。アデリーナの動きも速い上、その腕力は尋常なものではない。マオは避けるのがやっとだ。

「ちくしょう……」

 低く唸り、ミケーラはどうにか起き上がる。全身が痛むが、そんなことは言っていられない。ゾフィーに続き、マオまで殺させるわけにはいかないのだ。

 そう、この化け物には死んでも屈しない――

「お前の相手は、あたしだろうが! かかって来いよ!」

 ミケーラの咆哮を聞いたとたん、アデリーナの動きが止まった。彼女は冷たい表情で、ミケーラを見下ろす。

「相手ですって? 何を言っているのかしら。これは、単なるエクササイズみたいなもの。それを今、教えてあげるわ」

 そう言った瞬間、マオがアデリーナの背後から飛び付いた。獣のような声を上げながら、アデリーナの顔を掻きむしる。

 アデリーナの表情が歪んだ。

「このゴミクズがぁ!」

 叫ぶと同時に、アデリーナはマオの首根っこを掴む。恐ろしい形相で壁に叩きつけた。

 その時、ミケーラが飛んだ――

「マオ!」

 ミケーラは無我夢中であった。壁に叩きつけられようとしていたマオの体に飛び付く。その結果、力の方向がずらされ、マオは無傷で床に着地する。

 だが、ミケーラの方は床に体を打ち付けた。激痛で顔をしかめる。

「ク、クソが……」

 全身を走る痛みに耐えながら、彼女は顔を上げアデリーナを睨む。

 しかし、ミケーラは愕然となった。先ほど、マオに掻きむしられたアデリーナの顔……その傷が、一瞬で癒えているのだ。

「この下等動物が。なら、手足だけでなく両目も潰してやるわ」

 そう言うと、アデリーナはミケーラに近づいていった。だが、その動きは止まった。

 いつの間にか、アデリーナの首にワイヤーのようなものが巻きついている。

 そのワイヤーを握っている者は、軍用コートを着た金髪の青年であった。ミケーラにとって、馴染み深い男……ただし普段の軽薄そうな様子が、今は完全に消え失せている。

「お、お前……ライノ!」

 アデリーナの顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。一方、ライノはにやりと笑った。と同時に、右手を軽く振る。

 すると、ワイヤーは音もなく外れた。そのまま、彼の腕時計へと収納されていく。

「やあ、アデリーナ。あんたら兄妹も、そろそろ潮時みたいだな」

 そう言うと、ライノは拳銃を抜く。

「貴様、裏切る気か!」

 アデリーナは、美しい顔を歪めて怒鳴る。だが、ライノは首を振った。

「先に裏切ったのは、あんたらの方だよ。ゾフィー姐さんには手を出さない……そう約束したはずだ」

 言った直後、ライノの表情が一変する。

「マオ、伏せろ!」

 と同時に、拳銃が火を吹いた――


 アデリーナの体に、銃弾が命中する。だが、ライノは止まらない。立て続けにトリガーを引く。放たれる銃弾が、アデリーナの体を貫いていった。

 人間ならば、確実に即死しているであろう。しかし、アデリーナは生きている。血まみれの体でありながら、怯む様子はない。

「こんなもので、あたくしを殺せるとでも……」

 だが、彼女の表情が一変した。いきなり地面に倒れ、ビクビク痙攣し始める。

「お、お前……何を……」

 アデリーナは、必死の形相で声を振り絞る。すると、ライノは冷たい表情で見下ろした。

「こんなこともあるんじゃないかと思ってね。あんたらを作り出した連中から、ナノマシンの働きを抑制する薬品を注文しておいたのさ。で、そいつを弾丸に詰めたってわけだ。弾丸が体内に撃ち込まれると同時に、薬が体内に回っていく仕組みなんだよ。あんたは、もうおしまいだ」

 その言葉に、アデリーナは必死の形相で立ち上がろうとする。だが次の瞬間、ミケーラが凄まじい勢いで飛びついた。

「逃がすかよ!」

 喚くと同時に、右腕の杭を放つ――

 杭は、アデリーナの喉を貫いた。だが彼女は、喉から血を流しながらも、戦う意思を捨てていない。

「があぁ!」

 狂乱の叫び声とともに、アデリーナはミケーラの首をつかんだ。凄まじい腕力で絞め上げる。必死でもがくミケーラだが、アデリーナの腕力は尋常ではない。すぐに意識が薄れていく――

 その時、マオがアデリーナの手をつかんだ。吠えながら、無理やり引き剥がそうとする。

 普段のアデリーナなら、二人とも一瞬にして片付けていただろう。だが、今の彼女は深手を負っていた。ミケーラとマオ、二人を相手にするだけの体力はない。しかも、傷口からは大量の血が流れていく。その血を止める術はない――

 やがて、アデリーナの動きが止まった。しかし、その目は未だに開かれたままだ。死んだ今となっても、世の中の全てに呪詛の眼差しを向けている……。


「あ、あんた……何でここに……」

 顔をしかめながら、ミケーラは起き上がろうとする。だが、全身に激痛が走りうめき声を上げた。

 すると、マオが抱きついてきた。

「な、なあ!」

 叫びながら、ミケーラの体を抱き起こした。ポケットからハンカチを取り出し、彼女の顔を拭く。

「ありがと、マオ……」

 そう言った直後、ミケーラの目に涙が溢れてきた。言葉にならない叫び声とともに、彼女はマオを抱きしめる――

「なあなあなあ」

 マオは優しい眼差しを向けつつ、ミケーラの頭を撫でる。両者の役割が入れ替わったかのような光景であった。

 その時、ライノが声を発した。

「ミケーラ、泣くのは後だ。次は、ムルソーのアホを助けてやらねえとな。マオ、ムルソーを探してやってくれ」







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