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外道猟兵ミケーラ・リンク  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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18/28

ハーゲン(続)

「それは、どういうことだい?」

 語気荒く尋ねるゾフィーに、ライノはとぼけた表情で首を捻って見せる。

「さあ、俺に言われても知らねえ。確かなのは、向こうからミケーラと話がしたい……って申し入れが来たってことさ。どうするんだ、ミケーラ?」




 いつものように、宿屋に潜伏していたミケーラたち。ゾフィーとミケーラそれにマオの三人は、部屋で昼食を食べていた。

 常にストイックな姿勢で、トレーニングに励んでいるミケーラ……そんな彼女にとって、ゾフィーとマオと語り合える昼食は貴重なリラックスタイムだった。

 そこに、突然ライノが現れた。彼は皆の顔を見回し、こんなことを言ったのである。

「あのな、マーズ教のハーゲンから会いたいって申し出が来たらしいんだが……どうする?」




「念のため聞いとくけど、ハーゲンはミケーラに狙われてることは知ってるんだよね?」

 ゾフィーの問いに、ライノは頷いた。

「知ってると思うよ。仮にも、マーズ教の大幹部だからな。情報を集める力は、あのバルガスよりも上かもしれねえ」

「てことは、罠なんだよね……これは」

 半ば自分に言い聞かせるように、ゾフィーは言った。しかし、招かれたミケーラの反応は違っていた。

「ライノ、返事をしておいてよ……お招き感謝します、いつでも行きますよってね」

 その言葉を聞いたとたん、ゾフィーの表情が険しくなる。

「ミケーラ、あんた何を考えてんだい!?」

「おばさん、あたしは罠にかかってみるよ。でなければ、奴と会うのは難しいからね」

「バカ言ってんじゃないよ! 奴は宗教団体の幹部なんだろ! 殺されに行くようなもんだろうが!」

 怒鳴るゾフィー。だが、ミケーラは怯まない。

「仕方ないだろ。あいつは仮にも、宗教団体の大幹部だ。普段は信者たちに守られてるから、近づくのは難しい。だったら、あえて罠にかかるしか無い」

「だからってさ――」

 言いかけたゾフィーを制したのはライノだ。

「ちょっと待ってくれ。俺はハーゲンって男を知ってるが、奴は下手な小細工をする男じゃない。イカレてはいるが、嘘はつかないはずだ。となると、お招きに応じてもいいんじゃないか」

「あんたまで何を言い出すんだい! だいたい、ハーゲンがミケーラと会って話したとして、何の得があるって言うんだよ!」

 怒鳴るゾフィーに、ライノはなだめるように両手を前に出した。

「まあまあ、落ち着きなよ。俺の勘だと、奴はミケーラを利用しようとしてるんじゃないかな」

「利用?」

 訝しげな表情のゾフィーに、ライノは真剣な顔つきで答える。

「ああ。ミケーラは今じゃ、知る人ぞ知る存在になっている。そんなミケーラをいきなり殺したんじゃ、宗教家としちゃイメージダウンだろ。復讐に燃える人犬に、更生の機会を与える……そんなもっともらしい大義名分が欲しいんじゃねえかな」

「フッ、上等だよ。あたしが更生なんかするかってえの。行ってやろうじゃないか」

 ミケーラは不敵な表情で言うと、ムルソーの方を向いた。

「ムルソー、頼んだよ。他の信者どもが邪魔してきたら、あんたが皆殺しにしてよ。ただし、ハーゲンだけはあたしが殺るからね」

 その言葉を聞いたゾフィーは、ふうとため息をついた。

「だったら、あたしも行くよ。場所はどこだい?」




 マーズ教の施設は、ウッドタウンでも平和な地域にある。さほど大きい訳でもなく、端から見れば普通のビルでしかない。

 その建物に、ゾフィーたちは入って行った。すると、さっそく数人の若い信者たちが出迎える。全員、服装も雰囲気もまちまちだ。ウッドタウンの住人にしてはおとなしそうだが、新興宗教にありがちな憑かれたような顔つきでもない。

「よくいらっしゃいました。長老のハーゲンより、話は聞いております。あの……ミケーラさんは、どちらに?」

「はあ? あの子は賞金首なんだよ。普通に出歩けるわけないだろ」

 言いながら、ゾフィーはムルソーの方に視線を向ける。大きなリュックを背負っている彼を見た信者たちは、了解したとでも言いたげな表情で頷く。

「分かりました。この中は安全ですので、どうぞ」


 若い信者に案内され、ミケーラたちは建物内を歩いていく。中は、無法地帯とは思えぬ平和な空気に満ちていた。信者たちはにこやかな表情で語り合い、ミケーラたちを見ると会釈し道を空ける。

 そんな中、彼らは進んで行く。階段を下り、地下室へと入って行った。




「よく来たな、ミケーラよ。会えて嬉しいぞ」

 地下室にて、ハーゲンはたった一人で待っていた。逞しい肉体、狂気を秘めた眼光、スキンへッドに彫られたタトゥー、ずた袋のような服……あまりに異様な風体に、さすがのミケーラやゾフィーもたじたじとなっていた。ライノはというと、顔をしかめながらもカメラを担いでいる。

 普段と変わらないのはムルソーだけだった。のほほんとした顔で、ハーゲンを見つめている。


「お前がハーゲンか……」

 怯みながらも、声を振り絞るミケーラ。すると、ハーゲンは頷いた。

「ああ、儂がハーゲンだ。儂を探していたのだろう? これで手間が省けたな」

 そう言って、ハーゲンは笑みを浮かべる。余裕に満ちた態度だ。ミケーラは、この不気味な男を睨み付けるのがやっとだった。

「あんたは、この子に狙われてるって知ってんだよね?」

 尋ねたのはゾフィーだ。彼女の声も震えている。ハーゲンという男は、数々の修羅場を潜ってきたゾフィーですら怯ませる何かを秘めていた。その秘めている何かの正体が全く分からない……だからこそ、なおのこと不安が強まるのだ。

「ああ、知っている。儂は、ミケーラの友人であるカーラを殺した。まあ正確には殺させた、だが……マーズ教の原理原則に照らせば、儂が殺したと言っても問題あるまい」

 言った後、ハーゲンは再びミケーラの方を向く。だが、その後に発せられた言葉は一同を仰天させるものだった。


「さあミケーラよ、儂を殺すがいい」


「えっ!?」

 驚愕の表情を浮かべるミケーラ……ゾフィーたちも、さすがに唖然となっている。

 だが、ハーゲンはなおも言い続けた。

「聞こえなかったのか? ならば、もう一度言おう。私を殺すのだ」

 ハーゲンは落ち着いた口調で語る。その瞳に曇りはなく、表情には一点の迷いもない。少年のように微笑みながら、ハーゲンはしゃがみこんだ。


「ミケーラ、お前のこれまでの闘いぶりを見せてもらった。よくぞ、そこまで鍛え上げたものだ……儂の貧弱な語彙では、見事としか言えないのが残念だよ」

 ハーゲンの言葉には、嘘は感じられない。むしろ、心からの敬意が感じられる。ミケーラは、思わず顔をしかめていた。

「何なんだ……何なんだよお前は!」

 体を震わせ、ハーゲンを睨み付けるミケーラ。だが、ハーゲンはにこやかな表情のままだ。

「お前の生き方は、まさにマーズ教の教理そのものだ。闘争なくして変化なく、変化なくして進歩なし。お前は、絶え間ない闘争により自らを鍛え上げた。今のお前は、本当に素晴らしい。まさに勇者だよ」

 語るハーゲンの表情は、だんだんと変化してきていた。声は熱を帯び、目には奇妙な光が宿っている。ミケーラは彼の異様さに圧倒され、思わず下がっていた……。


「儂はな、お前の姿を大勢の信者たちに見て欲しいのだ。信仰のない者でも、闘争を経て勇者の領域に辿り着く……その事実を、信者に知ってもらいたい」

 そう言うと、ハーゲンはミケーラをじっと見つめる。狂気にも似た眼光……だが、ミケーラは睨み返す。

「あんたらインチキ宗教の事情なんざ、あたしの知ったことか!」

「では、どうするのだ? 憎い儂を殺さずに、ここから逃げ出すのか?」

 そこで、ハーゲンはにやりと笑う。

「儂は、もう五十年以上生きてきた。そろそろ、若い後進たちに道を譲る時だ。ならば、マーズ教にこの身を捧げてきた儂の死にざま、そしてミケーラという勇者の生きざまを皆に伝えたい」

 そう言った直後、ハーゲンは目を見開いた。

「さあ、儂を殺せ! 儂は死など恐れん! 人間、誰もがいつかは死ぬのだ。真に恐れるべきは……死の恐怖に負け、己の果たすべき使命を忘れることだ!」

 ハーゲンのその言葉は、嘘でもハッタリでもない。彼はミケーラの前であぐらを掻き、何かに憑かれたような表情を浮かべていた。


 ミケーラは震えていた。これまで地獄のような日々を耐え抜き、さらに何人もの悪党を仕留めてきた人生……だが、ハーゲンはこれまでに出会ってきた者とは勝手が違う。

 ハーゲンは、死を恐れていないのだ。それどころか、死というものに真っ向から立ち向かおうとしている……自身の信仰ゆえに。

 今までは怒りと憎しみ、さらに自身の内に蠢く凶悪な闇を殺意に変えて相手にぶつけていたミケーラ。だが今では、ハーゲンという常識を超えた怪物を前に、気持ちが揺らいでいる。

 ためらうことなく相手を殺して来たはずのミケーラが、初めて獲物を前に震えていた。


 そんなミケーラに、ハーゲンは苛立ったような表情を向ける。

「お前は、何をしているのだ? これまでしてきたように、儂を殺せばいいだけだ。今さら、何を迷うことがある?」

 ハーゲンは、強い口調で言った。しかし、ミケーラは複雑な表情を浮かべたまま動かない。いや、動けないのだ。

 すると、ハーゲンは凄まじい形相でミケーラに迫っていく。

「お前は、儂を殺したかったのではないのか!? そのために、今まで鍛練してきたはずだ! さあ思い出せ……儂に対する憎しみを! これまでの屈辱と地獄の日々を!」

 ハーゲンの声は、異様な迫力に満ちている。まるで信者に説法をする時のように、ミケーラに向かい力強く語りかけた。


「ミケーラ……お前は、儂が憎いのではなかったのか? ならば殺せ! ここで儂を殺さないなら、お前は死ぬまで後悔することになるぞ!」

 だが、ミケーラは何も言えなかった。

 目の前にいる男は、ミケーラの友人であるカーラを殺している。ミケーラは、ハーゲンに対する恨みを片時も忘れたことはない。いやハーゲンのみならず、外道どもに対する復讐心を忘れたことなどなかった。

 自身の欠損した手足を見るたび、ミケーラは今も全身の血が煮えたぎるような思いが湧き上がるのだ。そんな思いを、彼女は自らの肉体を痛め付けることで忘れていた。

 そして、外道どもを狩り殺してきた。人犬として蔑んできた自分に敗れる……その屈辱、さらに肉体への苦痛と死への恐怖を味あわせてきたのだ。

 しかし、ハーゲンは勝手が違う。ハーゲンは、ミケーラを蔑んでいない。むしろ尊敬しているかのような雰囲気だ。しかも、死への恐怖を感じていない……。


 この男を殺すことが、復讐になるのか?


 その時、迷っているミケーラの気持ちを察したのか、ムルソーが声を発した。

「俺が殺そうか?」

 ムルソーは空気を読んでいないらしく、いつもと変わらない様子だ。しかし、ゾフィーが彼の肩を叩く。

「ムルソー、あんたは黙ってな。これは、ミケーラが片付けなきゃならない問題さ」

 そう言うと、彼女はミケーラの方を向く。

「ミケーラ、どうするかはあんたが決めな――」

「お前らは関係ない! 口を出すな!」

 ゾフィーの言葉を遮り、ハーゲンが一喝した。すると、ムルソーはにやりと笑う。いつもの残忍な笑みだ……拳を固め、ハーゲンに向かい歩き出す。

 だが、ゾフィーが彼の手を掴んだ。

「やめな、ムルソー。これは、ミケーラが決めることだよ」


 だがミケーラには、何も出来なかった。確かにハーゲンは憎い。かといってハーゲンを殺せば、奴の……いや、マーズ教の思う壺である。インチキ宗教に、自分の復讐を利用されるのは御免だ。

 その時、ハーゲンの表情が歪む。

「では仕方ない。お前の友人である、カーラの死にざまを教えてやろう。お前と違い、奴はどうしようもないクズであった。ぶるぶる震えながら、助けを求めてきたのだぞ……あの情けなさは、筆舌に尽くしがたいものがあった」

 その言葉を聞いたとたん、ミケーラの顔が歪む。

「だ、黙れ!」

 しかし、ハーゲンは黙るはずがない。むしろ彼女の反応に気をよくしたらしく、嬉しそうに語り続ける。

「あの女は、涙と鼻水とよだれを垂れ流しながら儂にすがり付いて来たのだ。何でもしますから助けてください……などと泣きながら叫んでいた。儂も多くの人間の死を見てきたが、あれほど無様な姿は見たことがない」

「言うな!」

 喚きながら、ミケーラは頭突きをくらわす。ハーゲンは、ミケーラの額の一撃を受け、苦痛ゆえに思わず顔をしかめる。

 だが、直後にニヤリと笑ってみせた。鼻血を出しながら、なおも語る。

「カーラは、しまいには糞尿を垂れ流しながら逃げ出そうとしておった。いくら顔が美しくとも、ああなってはどうしようもないな。あの女は、本当に――」

「やめろおぉ!」

 叫びながら、ミケーラは腕を上げる。その瞬間、杭が発射された――

 杭はハーゲンの左目を貫き、脳にまで達した。







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