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外道猟兵ミケーラ・リンク  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/28

レミー・バレンタイン

 レミー・バレンタイン。

 確か、似たような名前の酒があったよな。実際、このレミーは……見た目は悪くない。あのエバほどじゃないが、それでも面は綺麗だ。こんな女とバーで出会い、誘われたとしたなら……大抵の男は、尻尾振って付いて行くだろうな。言うまでもなく、俺も付いて行くね。

 だが、この女の本性は酒とは真逆だよ。敢えて言うなら、猛毒だろうな。綺麗なバラにはトゲがある、なんてもんじゃねえのさ。何せ、この女とモメたら……手より先に銃弾が飛んで来るらしいぜ。

 しかもレミーの周りにいるのは、ただのチンピラじゃねえ。殺しの腕もプロ級の狩人たちさ。伊達に、バルガスの猟犬をしてるわけじゃない。

 ミケーラ、ここまでのあんたの手並みは鮮やかだったよ。だがな、今までの相手は殺しのプロじゃない。いかに凶悪犯といえど……殺しに関する限り、奴らはしょせん素人だ。

 今度の相手はキツいぜ。ムルソーの助けがあったとしても、元傭兵や殺し屋となると楽勝とはいかないだろう。ちなみに、レミー自身もかつては殺し屋だったらしいぞ。

 さてミケーラ……こんな連中を相手に、どう戦うかねえ?


 ・・・


 窓ひとつない小部屋に、レミー・バレンタインは立っていた。タンクトップにホットパンツ姿の彼女は、腕組みをしながら不快そうな表情を浮かべている。

 そんな彼女の横には、二人の男が立っていた。片方は黒人の大男である。身長は二メートル近く、体重は百キロを優に超えているだろう。サングラスをかけ、Tシャツの上に革のベストを着ていた。スキンヘッドの頭を撫でながら、レミーと同じものをじっと見つめている。

 もう一人は白人である。小柄で痩せた体格だが、その目の奥からは異様なものを感じさせる。彼は期待に満ちた表情で、ある一点を見つめていた。


 そんな彼女たちの視線の先には、一人の男がいた。体は痩せこけ、手足は棒のように細い。メガネをかけた顔には、恐怖の表情が浮かんでいる。

 だが、それも当然だろう。彼は全裸で、椅子の背もたれに縛られた状態で座っているのだから。

「ウィロー、あんた今の状況は分かってるよね? こっちも面倒なことは嫌いなんだよ。さっさと言ってくれないかな?」

 苛ついた表情で、レミーが言った。だが、ウィローと呼ばれた男は首を振る……横に。


「いや、知らねえ……俺は本当に知らねえんだよ。あいつは、三日前に消えて以来会ってないんだ」

 ウィローの言葉を聞き、レミーはポケットから携帯電話を取り出す。

「ああ、あたしだけど。で、どうなの……」

 携帯電話に向かい語りかけながら、レミーは小さなナイフを取り出す。

 直後、ウィローの太ももに突き刺した――

「ぎゃあああ!」

 痛みのあまり、ウィローは叫ぶ。だが、レミーはお構い無しだ。携帯電話に喋りながら、なおもブスブスと刺し続ける。

「うん、そうなんだよ。面倒くさいったらないんだよね。でさあ……」

 会話をしながら、なおも刺し続けるレミー。太ももから流れ出る血で、床が真っ赤に染まっている……。

 不意にレミーは、ウィローの方を向いた。

「いい加減、さっさと吐いてくんないかなあ? でないと、床の掃除が面倒なんだよ……あ、何でもない。こっちのことだから」

 最後の言葉は、携帯電話に向けたものである。ウィローを見下ろす表情は、冷酷そのものだった。




 拷問で体を痛めつけ、情報を聞き出す……実のところ、この手段には問題点もある。痛みから逃れるために、対象となる相手が間違った情報を喋ってしまうことも少なくない。

 そのため情報を聞き出す時には、体よりも心を攻める方が有効である。アメとムチを使い分け、時に優しく時に厳しく……相手の心を殺すのではなく、征服する。

 いったん心を征服してしまえば、後はこちらの思うがままだ。放っておいても、ペラペラ必要なことを教えてくれる。

 しかし、レミーはそんな回りくどい方法が好きではない。とりあえずは、ブン殴る。次いで蹴飛ばし、さらにナイフで刺す。それでも吐かなければ歯を抜き、眼球をえぐり出す。それでも吐かない場合、情報を得られないと判断し殺す……実に単純かつ明快なやり方であった。




 今も、レミーはその腕を存分に振るっている。携帯電話で話しながら、今度はウィローに蹴りを入れていた。足を上げ、腹に足裏を叩き込む。まるでサンドバッグを蹴るように、彼女は蹴り続けた。

「や、やめてくれ……言うよ、言うから……」

 ようやくウィローが声を出した。その顔は、もはや原型をとどめていない。目は腫れてふさがっており、鼻はへし折れ曲がっている。前歯は全て叩き折られ、唇は裂けて血が滴り落ちていた。

「で、あの女はどこに行ったんだい?」

 すました表情で、レミーは尋ねる。だが、ウィローは荒い息を吐くだけだ。そもそも、先ほどまで散々に痛めつけられていたのである。会話すら、ままならないであろう。

 だが、レミーは容赦がない。へし折れた鼻に、思い切り拳を叩き込む。

 直後、ウィローはくぐもったような声を上げる。次いで、激しく暴れだした。咳き込みながら、椅子の上でじたばたもがき始める。

 すると、椅子が後方に倒れた。それでもウィローは、手足をバタバタさせている。明らかに様子が変だ。

「おいレミー! こいつ、おかしいぞ!」

 見ていた白人が血相を変え、かん高い声で怒鳴る。だが、レミーはお構い無しだ。腹部めがけ、思い切り蹴りを入れた――

 ゴフッという音が、ウィローの喉から洩れる。次の瞬間、激しく痙攣した……しかし、その動きはすぐに止まる。死んでしまったのは、誰の目にも明らかであった。

 沈黙が、その場を支配する。もっとも、どこかコミカルな空気に包まれていたのだが。人が一人死んだはずなのに、やっちまったなあ……という雰囲気であった。

 だが、すぐに白人が騒ぎ出す。

「死んじまったじゃねえかバカ野郎! 殺してどうすんだ! 生かして情報を聞き出さなきゃ、意味ねえだろうが!」

 喚きながら、レミーに迫る。だが、レミーは面倒くさそうに首を振った。

「しょうがないだろ。あたしだって、殺したくて殺したんじゃないだよ」

「じゃあ、なんで死んだんだ!?」

「知らないよ……こいつは多分、今日が寿命だったんじゃないの? 持病か何かを抱えててさ」

 トボけた口調のレミーに、白人は顔を歪めて睨みつける。

 すると、それまで黙っていた黒人がしゃがみこんだ。死体となったウィローの口を開けたり、まぶたを広げて眼球の状態をチェックする。

 やがて、顔を上げた。

「こいつは、殴られた弾みで鼻血が気管に入ったんだな。急に大量の血で気管に塞がれ、窒息死だ」

 その言葉に、白人が反応した。憤然とした表情で、レミーにくってかかる。

「やっぱりお前のせいじゃねえか! 殺しちゃ意味ねえんだよ! この始末どうすんだ!」

「うるさいなあ、死んじまったもんは仕方ないだろ。事故だよ事故」

 全く悪びれないレミーの態度に、白人はついに逆上した。拳銃を抜き、レミーに向ける。

 だが、レミーは恐れる様子もない。

「どうせ、タマは入ってやしないんだろ。タマの入ってない銃を振り回して、イキってんじゃないよタマ無し野郎」

「んだと! タマが入っているかどうか、確かめてみるか!?」

 喚きながら、白人は拳銃を振り回す。その時、黒人が面倒くさそうに割って入った。

「二人とも、いい加減にしろ。こうなったら、次はジョニーの野郎から情報を聞き出すしかねえんだ……トニー、そいつをしまえ。さっさとジョニーに連絡するんだ」

 その言葉に、トニーと呼ばれた白人は不満そうな表情だ。

 しかし、今は殺し合っている場合ではないことを理解したのだろう。舌打ちし、拳銃をしまった。

「レミー……また同じことしやがったら、今度は俺がお前を殺すからな!」

 そう言うと、次は黒人の方を向いた。

「マイク、そん時は止めるんじゃねえぞ!」

 吐き捨てるように言うと、トニーは足音を響かせ去っていく。だが、レミーはフンと鼻で笑うだけだ。そんな二人を見たマイクは、顔をしかめながら首を振った。

「おいレミー、いい加減にしとけよ。もし、ジョニーの奴まで殺したら……トニーが何をしようと、俺は止めねえからな」

「上等だよ。トニーのバカがトチ狂った真似してきたら、いつだって返り討ちにしてやるさ」

 そう言うと、レミーはそのまま立ち去ろうとする。だが、マイクが彼女の腕を掴んだ。

「待て。死体の始末をやっていけよ」

「ええっ! 何であたしが、んなことやんなきゃいけないんだよ!」

 レミーはマイクに食ってかかるが、マイクはすました表情だ。

「仕方ないだろうが。お前が殺したんだから、お前が始末しろ」


 マイク、トニー、そしてレミー。彼ら三人は、ニール・バルガスお抱えの猟犬である。逃げ出した者を探し、生きたまま捕らえてバルガスの前に連れていく……それが仕事である。

 特にレミーは、その凶暴さゆえに恐れられていた。彼女は何かあれば、すぐに銃を抜く。情報を聞き出す過程で、死者が出ることも珍しくない。

 もっとも、殺してしまっては何も聞き出せない。レミーは猟犬としての評価は今ひとつだが、狂犬としての評価は高かった。




 翌日、レミーら三人は倉庫に向かっていた。彼らは皆、何とも不可解な表情を浮かべている。

「いやあ、驚いたぜ。こんなにあっさりと見つかるとはな」

 首を捻りながら、そう言ったのはトニーだ。この男は小柄だが、気性の荒らさはレミーにも負けていない。すぐにナイフやピストルを振り回す凶暴な性格の持ち主ではあるが、仕事には真面目である。

「何? あんたビビってんの?」

 軽口を叩きながら、レミーは歩いていく。その足取りは軽い。何せ、探していた賞金首が見つかったのだから……それも、実にあっさりと。

「いいか、油断はするな。こいつは妙だぞ。あのクリスが、そう簡単に尻尾を掴ませるとは思えない」

 先頭に立つマイクは、彼らのリーダー格である。巨体に似合わず、思慮深く慎重な性格だ。やたらケンカ早い二人を押さえる役目を担っている。




 やがて、指定された倉庫跡の入口で三人は立ち止まる。学校の体育館くらいの大きさはあるだろう。壁はボロボロで、あちこちに穴が空いている。

 マイクがドアを叩くと、中から若い男が顔を出す。異様に痩せこけており、肌の色も悪い。不健康の見本のような若者である。

「ジョニー、久しぶりだな。本当に、クリスを見つけたのか?」

 マイクの問いに、ジョニーは頷く。だが、続く言葉は想定外のものであった。

「ああ、見つけた……というか、見つけた奴が中にいる。話を聞きたいなら、レミーが独りで来てくれ」

「何だと? どういうことだ?」

 眉間に皺を寄せるマイクに、ジョニーは肩をすくめて見せる。

「知らねえよ。情報をくれた奴の条件が、レミーとサシで話したい……ってことなんだよ。こっから先は、レミーが独りで入って来てくれ。でなきゃ、この話は無しだ」

「……」

 マイクは無言のまま、ジョニーを睨みつけた。どう考えても変だ。リーダー格であるマイクとサシで話す、というのならまだ理解できる。しかし、よりによってレミーとサシで話したいとは……。


「なあ、早く決めてくれよ。嫌だって言うなら、さっさと帰ってくれないかな。俺も忙しいから」

 ジョニーの急かすような口ぶりに、冷静なマイクも怒りを覚えた。言い返そうとした時、レミーが進み出て来る。

「あたしとサシで話したいっての? いいよ」

 そう言うと、レミーはずかずか入って行こうとした。だが、マイクが彼女の腕を掴む。

「おい、本当に独りで行く気か?」

「ああ。こんな奴に、あたしたちを裏切る度胸はないだろうし。裏切ったら、殺すだけだよ」

 言いながら、ジョニーを睨むレミー。だが、ジョニーは素知らぬ顔だ。

 マイクはため息を吐いた。こうなったら、レミーは引かない。

「分かったよ。だが気を付けろよ。こいつは、どうも妙だ」




 ジョニーと共に、暗い建物内を歩いていくレミー。中は暗く、木製の棚や重機などの残骸が散乱している。ちょっとした迷路のようだ。

「あんた、ウィローを殺ったそうだな」

 不意に、ジョニーが話しかけてきた。その声は妙に冷ややかなのだ。いつもの口調とは違う。

「そうだよ。あの野郎、鼻血を喉につまらせて死にやがったのさ」

 いかにも楽しそうな口調のレミーを、ジョニーは暗い目で見つめる。

「あんた、本当に怖い女だな」

「ああ、怖いよ」

 ニヤリと笑うレミー。だが次の瞬間、思わず足を止めていた。

「そうかい。ウィローは、俺の幼なじみだった……そう聞いても、笑ってられるかい?」

 ジョニーの言葉の直後、物陰から何かが姿を現す。恐ろしく体の小さな……いや、あれは四つん這いになった女だ。レミーは、その女の顔に見覚えがあった。

「ミケーラか……」







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― 新着の感想 ―
[良い点] レミー達三人組がラグーン商会に見えてきました。 そのせいで死んで欲しくないと思ってしまいますね…… でもミケーラがんばれ!
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