インタビューの続き
俺は若い頃、テレビ局のレポーターってのは本当に悪趣味な連中だと思っていた。
殺人事件の被害者に向かい「今のお気持ちは?」などと言いながらマイクを向ける。あるいは加害者の家族に「事件について、どう思いますか?」とカメラを向ける。見ていて、気分が良くなる映像じゃないよな……。
そんな俺が、何の因果かレポーターの真似なんかをする羽目になるとはね。まったく、ふざけた話だよ。
もっとも、需要があるからこそ供給がある。テレビの前の視聴者は、なんだかんだ言いながらも……被害者の苦しむ姿に同情したり、加害者やその家族を罵って、自分が善良な一般市民であることを確認したいんだろうな。
そんな偉そうなことを言ってるお前は何なんだ、と問われたら……こう答えるだろうね。知るか、と。
・・・
(カメラは、応接間を映していた。ソファーにミケーラとゾフィーが並んで座り、テーブルを挟んだ向かい側にはライノがいる。そんな部屋でカメラを担ぎ突っ立っているのは、前回と同じくムルソーだ。ライノは、にこやかな表情で口を開く)
さて、ミケーラ。前回の続きだが……ここまでのいきさつを話してくれ。もちろん、言える範囲でいいよ。言いたくないことは、言わなくても構わない。
「あたしの目の前で、ベルタが死んだ……そこまで話したんだよね?」
ああ。その時点では、あんたの手足はまだ付いてたんだよな? その後、何が起きたんだ?
(その時、ゾフィーが心配そうに口を挟む)
「ミケーラ、言いたくないことは、言わなくてもいいんだよ」
「いいよ、おばさん……それからのあたしは、しばらく奴らの言いなりになってた。でも、忘れられなかったんだよ」
何が?
「ベルタの死に様だよ。あの娘は自分のしちまったことを償おうとして、あたしたちの目の前で死んだんだ。なのに、あたしは何も出来ず震えてた……日が経つにつれ、自分を許せない気持ちが湧き上がってきたのさ。しかも、その後にまた……」
(言葉につまり、下を向くミケーラ。ゾフィーは心配そうに見つめるが、ライノは平然としている)
その後に、何があったんだ?
(ミケーラは、表情を歪めながらも顔を上げる)
「今度は、カーラがやられたんだよ。あの娘は、客ウケが良かったからね……その噂を聞きつけたポールの相手をさせられたんだよ」
ポール・マーレイか?
「そうさ。あの変態野郎に、カーラは両手両足をへし折られた。おかげで、カーラは杖なしじゃ歩けない体にされたんだよ」
奴なら、それくらいはやるだろうな。
「ああ。でもね、続きがあるんだよ。カーラはその後、ハーゲンって奴に連れて行かれたんだよ。そこで、見せしめのため殺されたのさ」
見せしめ? もうちょっと詳しく教えてくれねえかな。
「ハーゲンは、宗教団体の幹部なのさ。だけど裏じゃ、悪趣味な金持ちのボンボンをウッドタウンに招いて悪さしてたんだよ。カーラは、そいつらに殺されたんだ」
宗教団体? どういうことだ?
「ハーゲンって男は、殺人パーティーを開いていたらしいんだよ……宗教団体の資金集めのためにね。大陸の悪趣味なクズ共を招いて、そこで人殺しを体験させるってわけさ。その獲物として、カーラが選ばれたんだよ」
あんたは、その場面を見たのか?
「いいや、見ちゃいない。あたしがその場にいたら、一緒に殺されてただろうからね」
じゃあ、どうやって知ったんだ?
「カーラが死んだって聞かされて……あたしは、奴らに必死で取り入ったよ。来る客みんなに媚びを売り、お世辞を並べ立てて、いい気分にさせてから情報を聞き出したのさ。ハーゲンだけじゃない。マトロック、エバ、ポール……今まで仕留めてきた奴らの情報も、きっちり調べたよ」
何のためだ?
「決まってるだろ……あのクズ共を、全員ブッ殺すためだよ」
なるほどね。で、その後は?
「……あたしは、隙を見て脱走した。その頃になると、皆あたしのことを信用していたからね。逃げるのは難しくなかった」
しかし、捕まった。
「そうだよ。あたしは、ひとまず地下に隠れてた。けど、レミーたちに捕まったのさ」
そのレミーってのは、何者だ?
「ニール・バルガスお抱えの何でも屋さ。猟犬みたいに逃げた女をあちこち探し回り、捕まえてバルガスの前に差し出す……それが、こいつらの仕事だよ」
名前が出たついでに、ニール・バルガスについても説明してくれないか。この街でバルガスを知らない奴はいないが、大陸じゃあ知られてないからな。
「ニール・バルガスは……この街でも、三本の指に入る大物さ。昔はメルキアにいたらしいけど、色々とやり過ぎた挙げ句、ウッドタウンに逃げてきたらしいよ。あっという間に頭角を表して、今じゃあウッドタウンの顔役さ」
で、そのニール・バルガスに捕まった後は?
「あたしは引っ立てられた。そして、奴らの目の前で……腕と足を……」
(そこで、ミケーラの表情が歪む。下を向き、奥歯を噛みしめながら言葉を振り絞ろうとする。だが、ゾフィーが身を乗り出す)
「もう、いいだろ。このへんにしてくれないかな」
じゃあ、最後に一つだけ聞かせてくれ。あんた、なんでこんなことをした?
(ゾフィーが顔を歪め、何か言おうとする。だがミケーラがそれを制止し、口を開く)
「どういう意味だい?」
あんたは、腕と足を切断された。はっきり言うが、逃げ出したところで……この街で生き延びられる可能性は低いだろう。なのに、なぜ逃げた?
(ミケーラは凄まじい形相でライノを睨みながら、ゆっくりと言葉を絞り出す)
「あんたにゃ、分からないだろう……今のあたしにとって、死ぬことは苦痛じゃない。戦わないことの方が苦痛なんだよ」
分からねえな。俺にも分かるように説明してくれ。
「あたし一人だけのことなら、人犬のままでいただろうさ。でもね、あたしは見ちまったんだよ……死ぬ間際の、ベルタの顔をね。その上、カーラまで殺されたんだ。このまま奴らに飼われてたら、あの二人に申し訳ないんだよ……」
だから、あんたは逃げたのか。普通なら、あんたはすぐに殺されていただろう……だが、あんたは生き延びた。運が味方したのは間違いないだろうな。
「運だろうが何だろうが、そんなことはどうでもいい。あたしは、奴らを探し出して殺すだけさ。返り討ちにあったって構わないよ。奴らの飼い犬としておめおめと生き延びたら、死んでいったベルタやカーラに申し訳ないからね……」
・・・
「ミケーラ、これでいいのかい?」
インタビューが終わり、心配そうに尋ねるゾフィー……だが、ミケーラは頷いて見せた。
「大丈夫だよ、おばさん」
そう言って、ミケーラは笑った。だが、どこか歪んだ笑顔だった。
ゾフィーは悲痛な面持ちで、ミケーラを見つめる。少しの間を置き、語り始めた。
「こんなこと、いちいち言わなくても分かってるだろうけど……あんたの映像を観る連中は、見世物を見るのと同じ感覚であんたを見てる。それは分かるね?」
「ああ、分かるよ」
「いいのかい? あんたを見て、カメラの向こうにいる連中は可哀想だとか、感動したとか口では言うだろうさ。でもね、その根底にあるのは――」
「関係ないよ。そんなの、あたしの知ったことじゃない」
ゾフィーの言葉を遮り、ミケーラは吐き捨てるような口調で答える。その顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
「この体を見た人間が、どう感じるか……そんなのは、見た奴が好きなように思えばいい。あたしの知ったことじゃないんだよ。あたしはただ、奴らを殺す……それだけだよ」
そう語るミケーラの表情は堅い。まるで、自身に言い聞かせようとしているかのように。ゾフィーは胸が潰れそうな思いで、彼女を見つめていた。
「金になるなら、いくらでも感動させてやるさ。そんなの、あたしの知ったことじゃない。あたしは奴らをブッ殺せりゃあ、それでいい。見世物にでも何にでもなってやる――」
ミケーラは、それ以上続けることが出来なかった。突然ゾフィーが動き、彼女を抱きしめたからだ……。
「あんたもあたしも、もう普通の生活には戻れない。でもね、全てが終わったら、もっとマシな生き方をしよう」
「おばさん……」
そっと呟くミケーラ。そんな彼女に語りかけるゾフィーの声は、暖かいものに満ちていた。
「いいかい、ミケーラ……生き続けるんだよ。あたしらは、もう昔には戻れない。でも、新しい生き方は出来る。あんたは復讐を遂げたら、過去の自分と決別するんだ。違う人間として、あたしと一緒に生きよう。復讐なんかより、もっと価値のある生き方をするんだよ」
「うん……」
ミケーラの目が潤んできた。すると、その様子を見ていたマオがタオルを持ってくる。
「な、なあ」
マオは恐る恐る声をかけ、ミケーラの顔をタオルで拭く。すると、ゾフィーがマオを抱き寄せた。
「あたしゃ、学が無いから上手く言えないけど……これが終わったら、もっと実りのある生き方をしよう。みんなで一生懸命に生きて、幸せを掴むんだよ……」
そんな三人を、ライノは無言のまま見つめていた。その顔には、奇妙な表情が浮かんでいる。
やがて、ライノはぷいと顔を背けた。その途端、ムルソーと目が合う。
「俺は、いつまでこれを持ってなきゃならない?」
その口から出たのは、いつもと同じ無機質な言葉だった。ライノは口元を歪め、テーブルを指差す。
「そこに置いてくれ」
ムルソーは頷き、カメラをテーブルの上に置く。そして、ライノをじっと見つめる。
ライノの脳裏に、前回のようにまた首根っこを掴まれるのでは……という考えが頭をよぎる。直後、彼は反射的に身構えていた。もっとも身構えたところで、ムルソーが相手では無意味なのだが……。
しかし予想に反し、ムルソーは動かなかった。代わりに、予想外の言葉が飛んできた。
「今、何を考えてた?」
「えっ?」
思わず聞き返すライノ。ムルソーこそ、何を考えているのか分からない。なぜ、そんな質問をするのだろうか。
「いや、特に何も……」
そう答えたが、ムルソーは無言のままだ。この男だけは本当に厄介である。ライノがこれまで培ってきた人を丸め込むためのスキルが、彼には全く通じないのだ。
しかも、底無しのバカのはずなのに……ライノの本質を見抜いている、そんな気がするのだ。ライノを嫌っているのも、そのせいなのかもしれない。
にもかかわらず、なぜかムルソーを嫌いになれない自分がいる。
「ムルソー……お前、俺のこと嫌いだよな?」
気がつくと、ライノはそんなことを言っていた。
「嫌いだ。今すぐ殺したいくらいにな」
何のためらいも無く、即座に答えるムルソー。ライノは苦笑するしかなかった。なんと正直な男なのだろうか。
「じゃあ、なんで殺さないんだ?」
ライノは、なおも尋ねてみる。この男の口から、どんな答えが返ってくるのか知りたかったのだ。
「お前を殺すと、おばさんやミケーラが困る。俺は、おばさんを困らせたくない。だから殺さない」
即答するムルソー。その顔は無表情のままだ。何を考えているのか、全く分からない。だが、この男なりに状況を理解しているらしい。
ライノは、またしても苦笑する。本当に、この男は自分の理解を超えている。いや、この男だけではない。ミケーラも、ゾフィーもだ。
自分とは、全く違う。
「そうか。お前はいい奴だな……俺は、お前が羨ましいよ」
それは皮肉でも何でもなく、ライノの本心からの言葉だった。




