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外道猟兵ミケーラ・リンク  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ポール・マーレイ(続)

「確かに、お前と会うのは初めてさ。でもね、あたしはお前を知ってる……お前らが、カーラの体を滅茶苦茶にしたんだ。カーラの恨み、晴らさせてもらうよ」

 低い声で言い放つミケーラ。だが、ポールはうんざりしたような顔つきで首を振った。

「しかし、噂通りのひでえ面だ……俺は、お前みたいな化け物を相手にする趣味はないんだがな」

 その言葉は、侮蔑の感情に満ちていた。

 だが、ミケーラは表情一つ変えない。

「そりゃそうだろうね。あんたは双子のボディーガード抜きだと、女の裸見てもピクリとも反応しない変態だもんね」

「んだと……」

 ポールの表情が変わる。だが、ミケーラは構わず喋り続けた。

「あんたのアレは、女を痛めつけないと使い物にならないんだろ。カーラのことも、そこのバカな双子に痛めつけさせたんだろうが」

 その言葉に、双子が反応した。肩をいからせ、ミケーラに近づいていく。だが、ムルソーが動いた。音もなく瞬時に移動し、双子の前に立つ。

 直後、双子の片方を殴り倒した――

 双子から見れば、明らかにひ弱な体格のムルソー。だが彼の一撃で、百キロを軽く超えている大男が倒されたのだ。

「あ、兄貴!」

 弟のガイラが、慌てて兄のサンダに駆け寄る。サンダは、顔を手でさすりながら立ち上がった。

「いてえな、この野郎」

 何の抑揚もない声。ムルソーの発する声と似ていた。もっともムルソーと違い、顔は怒りで歪んでいる。

 それを見たムルソーは、いきなり向きを変える。そして走り出した。まるで、逃げるかのように。

 すると、双子も動く。ムルソーの後を追い、走り出したのだ。

「おい! お前ら、どこに行くんだ!」

 ポールは叫んだ。しかし、双子の耳にその声は届いていない。双子は、みるみるうちに遠ざかって行った……。


「さてポール、これで邪魔者は消えた。あとは、あんたとミケーラがサシで勝負すればいいだけ――」

 ライノの言葉は、そこで止まった。ポールが懐から拳銃を取り出したのだ。

「上等じゃねえか。今すぐ撃ち殺してやるよ」




 双子は、ムルソーを追いかけていく。筋肉質とはいえ、どちらも百キロを超える巨体だ。走るには不向きな体型である。しかも、ムルソーの走る速度は尋常ではない。両者の距離は、どんどん広がっていく。

 だが突然、ムルソーは走るのをやめた。ピタリと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。


「なんだこいつ」

「気持ち悪いな」

 双子も立ち止まり、鋭い視線を投げ掛ける。通常ならば、すぐに襲いかかっていただろう。

 だが、彼らは躊躇していた。先ほどまでと違い、ムルソーは本気で闘うつもりだ。その闘気を察知し、双子は脅威を感じていたのだ……。

 双子は、言うまでもなく知力に優れたタイプではない。しかし、動物的な勘には優れている。ことに闘争のような分野においては、理屈ではない本能的な賢さがある。

 その部分が、双子に告げていた。目の前にいる青年は、これまでに遭遇したことのない強敵だと。


 先に襲いかかったのはムルソーの方だった。彼の拳が、サンダの顔面に炸裂する――

 何の小細工もなく、ただ力任せに殴っただけ。にも関わらず、サンダは吹っ飛んだ。顔の骨は砕け、歯もへし折れている。

 常人ならば、その一撃で死んでいただろう。たとえ生きていたとしても、激痛のあまり戦意を失っていたはずだ。

 しかし、サンダは並の人間ではない。もともと闘争心が強い上、日頃から興奮剤を常用している。興奮剤の作用により、双子は異様に打たれ強くなっていたのだ。

 サンダはすぐに立ち上がった。ふらつく頭を抱え、なんとか状況を把握しようと努める。

 だが、サンダの目に飛び込んできたものは……弟ガイラの無残な姿であった。

 その時、ムルソーはガイラの襟首を掴み、取り憑かれたような表情で顔に拳を叩き込んでいたのだ。

 何度も、何度も――

 ガイラの頭は、潰れたスイカのようになっていた。骨は砕けており、顔面は血と体液にまみれている。もはや原型を留めていなかった……。

「や、やめろおぉぉ!」

 吠えると同時に、サンダは猛然と襲いかかっていく。だが、ムルソーは彼の存在に気づいていた。ガイラの巨体を片手で持ち上げたかと思うと、力任せにぶん投げる――

 飛んできた百キロを超える肉塊を、サンダはどうにか抱き止める。先ほどまで、弟だったはずのもの。

 しかし、今は――

「ガイラ……」

 変わり果てた弟の亡骸に向かい、サンダは思わず語りかけた。

 それが、サンダの最後の言葉となった。背後に回ったムルソーの腕が、彼の首に絡み付く。

 直後、首をへし折った。


 ムルソーはそのまま、サンダの首をねじり続ける。彼は、死体となったサンダの首をもぎ取るつもりなのだ。

 その時、妙な音が聞こえてきた。タイヤがパンクしたような、乾いた音……どこかで聞いた覚えがある。

 あれは、拳銃の発砲音だ――




「どうしたオラ! 出てこい!」

 わめきながら、ポールはさらに発砲する。

「クソが! 女を相手に、まともに戦うことも出来ねえのかい!」

 残骸の陰に隠れながら、ゾフィーは怒鳴る。拳銃を目にしたと同時に、三人ともバラバラに物陰に隠れたのだ。

 これでは闘いにすらならない。いくらミケーラでも、拳銃の前に姿を晒すような真似は出来ないはずだ。

 しかしゾフィーは、まだ分かっていなかった……ミケーラの、狂気にも近い執念を。


「ほら、あたしはここだよ!」

 それを聞いた瞬間、ゾフィーは愕然となった。紛れもなくミケーラの声だ。ゾフィーは思わず舌打ちし、状況を知るためにそっと顔を上げる。

 ミケーラとポールは、十メートルほどの間隔を空けて向かい合っていた。まるで、昔の貴族による決闘のように。ただし貴族の決闘とは違い、拳銃を構えているのは片方だけだが。

「ミケーラ!」

 叫ぶゾフィー。だが、ミケーラは鬼のような形相でポールを睨み付けている。

「さあ、射ってみなよ! あんたは一人じゃ、女すら殺せない腰抜けだ! ほら、来なよ!」

「こ、この野郎!」

 喚きながら、ポールはトリガーを引く。

 乾いた銃声が響き、ゾフィーは反射的に伏せる。だが、ミケーラには当たっていなかった――


 拳銃を命中させるのは、非常に難しい。よく訓練された特殊部隊の隊員でもない限り、百発百中とはいかないのだ。

 ポールはウッドタウンにおいて、それなりに知られた男である。ただし、彼は荒事で名を上げたのではない。拳銃の腕は、そこらのチンピラと同レベルだ。

 十メートルも離れた的に命中させられる腕はない。しかも、ミケーラは四つん這いの体勢だ。的としては、かなり小さい……当てるのは困難なのである。


 ポールは顔を歪め、さらにトリガーを引く。

 しかし、ミケーラは既に動いていた。地面を転がるように移動し、物陰に隠れる。銃弾は、床をかすめただけに終わった。

 舌打ちするポール。双子さえいれば、こんな思いはしなかったのに……。

 その時、ミケーラが姿を現した。撃ってみろ、と挑発するかのように……。

 ポールは拳銃を構えるが、いかんせん遠い。この距離では、当てられる自信がない。

 ならば、こちらから近づいていく。ポールは銃口を向けながら、少しずつ歩いていった。しかし、ミケーラは動く気配がない。

 ゾフィーは物陰から、その状況を見つめていた。彼女は音を立てずに動き、ポールに接近していく――

 だが、ミケーラが声を発した。

「おばさん、手を出さないで……この変態野郎は、あたしがブッ殺す」

 その言葉に、ポールはビクリと反応した。慌てて周囲を見回す。

 すると、今度は嘲笑が聞こえてきた。

「フフフ、そんなにキョロキョロしなくても大丈夫。あたしはここだよ。目の前にいるから」

 そう言いながら、ミケーラは笑った。もっとも、その額には汗が滲んでいる。いくら腕が悪いとはいえ、百パーセント当たらないという保証はないのだ。

 弾丸が当たれば、当然ミケーラは死ぬ。運が良くても重傷だろう。圧倒的に不利な状況であるのは間違いない。

 そう、頭では当たりにくいとは分かっていても……並の人間では、銃口の前に身を晒すことなど出来ないのだ。響き渡る銃声と、空気を貫き飛んでいく銃弾は……人間に耐え難い感覚をもたらす。

 理屈ではなく、本能が伝えてくるのだ……死の恐怖を。

 その恐怖に打ち勝つには、勇気などという生易しいものだけでは不可能であろう。

 だが、ミケーラはまともではない。復讐のためだけに人犬の屈辱に耐え抜き、この世の地獄を生き延びてきた。ミケーラの、狂気と紙一重の執念……それこそが、ポールの前に彼女を立たせていたのだ。


「ほら、撃ってみなよ! どうせ、あんたは早撃ちなんだろうが!」 

 挑発するミケーラに、ポールは歯を剥き出しにして睨んだ。

「この野郎! 上等じゃねえか!」

 喚きながら、ポールは立て続けにトリガーを引く。だが、ミケーラは即座に横転し物陰に身を隠した。

「クソが! 隠れてないで出て来い!」

 後を追うポール。こうなったら、近づいて撃ち殺すだけだ。


 ミケーラは放置された重機の陰に潜み、近づいて来るポールの足音を聞いていた。

 接近しなければ、こちらに勝ち目はない。しかし接近すれば、銃弾が当たる可能性も高まる。いくらポールの射撃が下手だと言っても、数十センチの距離まで近づけば確実に当たるだろう。

 となると、選択肢は二つだ。

 弾丸が切れるまで待つか、あるいは手から拳銃を奪い取るか。

 だが、拳銃を奪い取るのはリスクが大きい。幸い、ポールはキレやすい性格だ。ならば、挑発を繰り返して発砲させ、弾丸切れを狙う。

 その時、足音が聞こえてきた。遠ざかっていく音だ。ならば、今度はこちらから接近する。

 だが、不意に足音が消えた。

 ミケーラは顔をしかめる。奴は待ち伏せする気なのか……となると、慎重に進まなくてはならない。

 その時、銃声が轟く。と同時に、苦悶の声が響いた――

 愕然となるミケーラ。今の声は、間違いなくゾフィーのものだ。間違えられて撃たれたのか?

 次の瞬間、ミケーラは思わず叫んでいた。

「おばさん!」


 ミケーラは走った……悲鳴の聞こえた方角へと。すると、足から血を流すゾフィーの姿があった。床に尻餅を着き、左足を押さえている。彼女の左太ももは、真っ赤に染まっていた。

「お、おばさん!」

 叫ぶミケーラ。だが、ゾフィーは怒鳴り返す。

「来るんじゃないよ! 奴がそこにいるんだ!」

 その言葉の直後、横からポールが姿を現した。銃口をゾフィーに向けながら、捻れた表情を浮かべてミケーラを見つめる。

「さあ、こっちに来いよ。でないと、このババアが死ぬぜ」

 言いながら、ポールは愉快そうにクスクス笑う。

 ミケーラは奥歯を噛みしめ、ポールに近づいて行った。一瞬でいい。ほんの一瞬、奴の意識を逸らす何かがあれば……。

 ミケーラは、ちらりとゾフィーを見た。だが、ゾフィーは苦痛に顔を歪め、両手で太ももを押さえている。流れ出た血液はかなりの量だ。早く手当てしないと命にかかわる。

 さらに、ミケーラは目だけを動かし、ライノを探した。だが、彼の姿は見えない。どうやら、手を貸す気はないらしい。今もどこかから、この状況を隠し撮りしているのだろう。

 ムルソーはといえば、あの化け物じみた双子を相手にしているはずだ。頼ることは出来ない。

 となると、自力で何とかするしかないのだ。


 ライノの野郎、いつか必ず殺す。


 心の中で毒づきながら、ミケーラはのろのろと近づいて行く。その姿を見て、ポールは苛立たしそうな表情になった。

 次の瞬間、ゾフィーの左足を踏みつける――

「ぎゃああぁ!」

 激痛に耐えきれず、ゾフィーは悲鳴を上げた。

「や、やめろ!」

 ミケーラの悲痛な叫び。だがポールは笑いながら、なおもゾフィーを踏みつける。その表情は、完全に狂気に支配されていた。そう、ポールは他人を痛めつけ悲鳴を上げさせることで、性的な快感を得ている男なのだから……。

 その時、何か重い物を引きずるような音が聞こえてきた。さらに足音も。

 次いで、ポールの表情がみるみるうちに歪んでいく。その様子は普通ではない。ミケーラは、思わず振り向いていた。

 ムルソーが、こちらにすたすたと歩いて来る。全身を、返り血で真っ赤に染め……右手でサンダの足首を、左手でガイラの足首を掴んだまま、ずるずる引きずっているのだ。百キロを遥かに超える巨体を引きずっているはずなのに、ムルソーの顔には表情が浮かんでいない。

 だが、ポールの反応は違っていた。驚き、怒り、悲しみ……様々な感情が顔に浮かぶ。

「てめえ……何しやがったんだ!」

 ポールは喚きながら、拳銃をムルソーに向ける。

 雄叫びと共に、トリガーを引いた――

 ムルソーは表情を変えず、手にした肉塊をスッと持ち変える。楯のように、自身の前に構えた。

 銃弾は、かつて双子だった肉塊へと撃ち込まれていく――

「この野郎!」

 ポールは、涙と鼻水とよだれを撒き散らしながら吠えた。だが直後、彼は膝裏に強烈な衝撃を受ける。

 想定外の攻撃に、ポールは対処できなかった。前のめりに倒れる。

「お前の相手は、あたしだよ!」

 その声と同時に、ガチャンという音がした。そして杭が打ち込まれる――

 杭は首の後ろから、延髄を貫いた。




「姐さん、とりあえず応急手当ては終わったぜ。あとは、知り合いの医者に任せよう。ムルソー、姐さんを担いでいくんだ」

 涼しい表情でライノが指示する。彼は、ミケーラがポールを仕留めると同時に姿を現した。そして、ゾフィーの銃創に手際よく処置を施したのだ。その腕は、実に見事なものであった。

 そんなライノの言葉に、ムルソーは無言のまま頷き、ゾフィーを抱き上げる。彼は、ライノを嫌っていたはずなのだが……ゾフィーを助けるためには、指示に従うしかないと判断したらしい。

 その時、ミケーラが声を発した。

「お前、今まで何してたんだ?」

「決まってるだろ、撮影だよ」

 すました様子で、ライノは答えた。それを見て、ミケーラはギリリと奥歯を噛みしめる。

「……この件が全部片付いたら、お前も殺してやる」

 低い声で毒づくミケーラ。彼女はどうしても許せなかった。ゾフィーが撃たれたにも関わらず、この男は撮影を優先していたのだから……。

「いいよ。この件が片付いたら、いつでも来な」

 そう言うと、ライノは自嘲するような笑みを浮かべた。







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