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夢見る鈍き旅人2


 今宵の夢はいささか長すぎる。現実逃避、いや、夢逃避にそんなことを俺は思った。


 やけに明るい町を見知らぬ男を先頭ににズンズンと進んでいく。足には不快な霧がまとわり、重さはないのに歩みを遅らせる。周りはどこかでみたような、だが記憶のない町並みが続いていた。


「この世界は」


 俺の後ろを歩いていたケニーが口を開く。


「夜なのに太陽がでているんだね」


 沈黙に耐えかねてつい口にでた言葉か、返事は期待していない響きだった。


「おおよそ、現実世界と真逆になっている。冬至も、夏至もある」


 律儀に熾は応えてくれた。口数が少ない印象だったので、ケニーは少し驚いていた。


「さっきみたいな化け物は大丈夫なのか?」


 会話を途絶えさせてはいけないと思い、質問する。


「心配?」


「勿論」


「俺はまた会いたいがね。今度はぶん殴れる」


 真城がそこに混じってきた。どうやら何もできず殺されたことで憤怒を覚えているようだ。あんな目にあったというのに、勇気があることだ。


「君たちではまだ無理と思う。一年くらいは修練しないと」


「けっ」


 まだ無理、か。思わせぶりな言葉が混じり、不安になる。


「だが、まあ安全策を重ねるに越したことはないか」


 そう言うと彼は、右の掌を広げる。するとそこに灰が集まり、小さな生物の形を象った。


 ――灰色の鼠である。


『なにか用か』


 鼠は面倒臭そうに言った。


「索敵をお願いしたいんだ。僕らの歩いている半径50メートルでいい」


『私の使用は伝承級と罪人以外は禁止されている。抵触するぞ』


「枯炭だけなら使用の範囲内だよ。僕が倒した数人以外にもいるかもしれないし。裏をかいて待ち伏せもしているかもしれない。あいつらは賢しいから」


『詭弁だな。私も先ほどの戦闘で多少は疲れているのだが』


「後でチーズをあげるよ。安物じゃない。クリームチーズだ。今なら上物のパンチェッタもつけようじゃあないか」


『ふむ。仕方ないな。嗜好品は大切だ』


 当たり前のように親しげに鼠と会話する青年を俺達は、突っ込むこともできずみているしかなかった。口をようやく開けたのは、意外にも日野だった。


「……熾さん。その子は?」


 妙に顔が輝いていたのは、驚愕よりも興味、興味より可愛らしいモノへの執着が強いせいだろう。


「こいつは枯炭コタンっていうんだ。僕の相棒。ほら挨拶して」


『ふん』


 好奇の目に晒されたのがお気に召さない様子で、小さな鼠は挨拶もせず手から飛び降り、路地に消えた。日野は触りたかったのか、手をちょっとのばして残念そうな顔をした。


「この不可思議な世界のこと、しっかり説明してもらえるんでしょうね」


 ケニーが口を開いた。もう誰も、この世界が単なる明晰夢だとは思っていない。


「それは勿論説明するけれど、君たちにはとりあえずやってもらわなければならないことがある。物事には、順序が大切だ」


 そう言って町を歩いていく。段々と足元の霧が晴れていった。


 それから数分は歩いただろうか。彼は立ち止まった。目線の先には、寂れた工場があった。廃棄されて久しいのか、閉じかけのシャッターに書かれていたであろうそこの名前は錆に潰され、壁には蔦がびっしりと張り巡らされていた。


「ここがどうしたんだよ」


 苛立たしげに真城が言った。


「まあ入って入って」


「……信用していいんだな?」


 俺は彼に問いかけた。先ほどのネズミといい。こんな怪しい建物に招くことといい、彼に対する警戒心が一層高まった。目の前にいるこの男が、先ほど俺達を殺害せしめた化け物と同様の魔性でない保証は、どこにもないのだ。


「命に誓って」


 少し芝居がかった口調。不快だった。


 ため息を付いて、中に入っていく熾に続いた。信用した訳ではない。だがこの状況で彼について行く以上の選択肢はない。


 シャッターをくぐるために身を屈める。そのまま、工場内にはいり、三人もそれに続いた。


 想像していたより、そこは遙かに明るかった。電気もついておらず、工業的な機械もない、さび付いたドラム缶やパイプ椅子が乱雑に転がっている。殺風景な直方体の内部。


 そこにあったのは、場違いな、柔らかな光を放つ一本の竹だった。


 熾は輝く竹の傍らにたち、こちらに手招きした。


「かぐや姫でもいるのかな」


 ケニーはそう吐き捨てた。


 熾は何かと話しているようだった。近づくにつれて会話内容が聞こえてくる。


「……当だ。洗礼を受けていない新参四名。すでに影が食われてる。発見したポータルに急遽登録するから、最優先で扉の許可だしてくれ、座標は……」


 相手側の言葉は聞こえなかった。一見して、光る竹に語りかける危ない人だが、先ほどの枯炭という言葉を話す鼠をみると、一蹴することもできなかった。


「……よし。皆、この竹に触ってくれ」


「なんなのこれ?七夕みたいな短冊下がってるけど」


「これは皆はポータルって呼んでる。まあゲームで言うところのセーブポイントだ」


 ポータル……玄関、門か。


「セーブポイントね。じゃあここでゲームを中断もできるってことかよ?」


 わずかな期待と皮肉に満ちた真城の言葉に、熾は首肯した。


「か、帰れるんですか?目覚められるんですか?」


 日野が期待をこめた瞳で訊ねた。


「普通の人たちならそうだけれど、君たちは無理だ。何せ『一回ポータルの外で殺されてる』。今は帰れない」


「どういうことだ?」


「ここで説明してもいいけれど、まだここは安全じゃないし長話は全部向こうでするよ」


 倒れたパイプ椅子の脇から枯淡が現われ、熾の肩に乗る。


『大丈夫だ。この辺りに獏はいない。安全に転移できる』


「オーケー。皆、ポータルに手を触れてくれ」


 転移……?


 わざわざ、ここで問答を重ねることもないだろう。そう思い、輝く竹に、掌を添えた。他の三人も、それぞれ手を触れる。その光はどこか優しく、狂おしい程懐かしかった。


 体に何かが流れ込み、代わりに何かが流れる感触がした。


『登録完了。第147ポータル。合計5名の接触を確認。登録名をどうぞ』


「きゃ!」「なんだ今の!」


 耳の側で囁かれるような音に、熾以外の全員が驚いた。


「皆、それぞれ、自分の名前を言ってくれないか。ニックネームでもいい。ただフルネームはなしで」


 意味がわからない。が、従うしかないだろう。


「……彼方」


「……ケニーよ」


「導朗だ」


「絃、世です」


「熾」


『彼方、ケニー、導朗、絃世、熾、以上の方々を認可しました。間違いはありませんか?』


「問題ない。『クラフト』起動。ポータルに『ゲート』をペースト」


 熾がそういいながら、札のようなものをポータルに押し当てた。するとポータル、竹の表面に、象形文字のような、読解不能の記号の羅列が印刷された。


『許可。可能転移ポータルは一件、マウザーシティ』


「まさかの一発成功。…『全員転移・マウザーシティ』」


 その言葉に反応し、輝く竹の前に、巨大な瞳が瞼を明けた。驚愕も恐怖もする暇もなく俺たちはそのまま飲み込まれた。


「なっ」「きゃあああああ」「うお!?」「ひっ……」


 驚きで閉じた瞼をゆっくりと開ける。耳に沢山の人の喧騒が聞こえ、どこからともなく食物の良い匂いがする。


 そこは喧騒に満ち、生きた瞳を持つ人々が住む『街』だった。

一区切り

とりあえずストックをあるだけ放出しないとケツに火がつかなそうなので……

誤字など気づいたら直していきます

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