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夢見る鈍き旅人1

 まるで、出来の悪いアメコミをみているようだった。


 絶体絶命のピンチに颯爽と現れ、敵を倒してくれる、強い『ヒーロー』。英雄、救世主。


 現れた『彼』はそうとしか言い表せなかった。


 首を落とされた私は上下と横が逆になった視点でそれをみていた。


 なぜ私がまだ生きているだろう。首を落とされたのだからこれは即死だ、レベル五デス、ざんてつけん、ザラキ。むしろゾンビ状態か。夢にしても趣味が悪すぎる。


 天井を丸ごと破壊した…のだろうか。少年は、静かに降り立ち私達を、骸四つをみた。


 こんな状況でいうのもなんだが、格好のいい男だった。顔はシャープで均整がとれており、油気なく細い黒髪は切りそろえられている。目つきは鷹のようだったが、威圧的な印象は受けない。歳は私達と同じ高校生程だろう。凛々しい中にもどこか幼げな印象を受けた。黒い大きめのウィンドブレーカーにデニムの下手をすれば貧乏くさい格好だが、スラッとしたシルエットによく似合っていた。


 まわりに渦巻く灰…だろうか、それが彼が常ならざる存在だと言うことを語っていた。


 二人の黒い影が、パジャマの少女から剣を引き抜く。あれでは現実なら即死だろう。


 黒い影は骸となった少女に一切興味を示さず、少年にその切っ先を向けた。臨戦態勢。


 青年と目が会う。恐らく生首の状態の私を見ているであろう彼は、


「遅くなってすまない。間に合ってはないけど、まだ助かる」


 ――そう言った。


 青年は右手の形を何かを握るようにした。するとそこに彼の周りを漂っていた灰が集まり始める。


「『灰杖』」


 彼がつぶやくと掌に集った灰は鈍色の剣に姿を変えた。


 残像を残すかという速度で、彼は黒い影の距離を潰す。先手を取られた黒い悪夢はそれに動じることなく、静かにだが鋭く、少年の心臓に黒い刃をのばした。


 青年はかわす動作は見せなかった。真直ぐ死をもたらすはずの影の剣はしかし、途中で何かに当たったような硬質の音を立て、本来あるべき軌道、すなわち青年の心臓への道筋をそらされた。転がった生首である私からは何が起こったのかうまくみえない。


 そのまま青年は、ヒュッと灰色の剣を振るう。短剣を持つ方の黒霧の男は鈍い輝きを放つそれに貫かれ、一瞬にして燃え上がった。店内にすさまじい熱波が生まれる。


 長剣を持った悪夢は、馬を叩く。すると、馬の周りに霧が集まり、それは大きな翼、禍々しい線を持つ、竜の姿になった。


『注意しろ。あれの叫声は心を侵す』


 彼の声とは違う、低く落ち着いた言葉が鳴る。何の声だろう。


「わかっている。まだあれは呼吸が薄く、障気も散っている。鳴く前にカタをつける。対空中戦用意。足場を作りつつ動きを封じろ」


『了解した』


 彼は答え、長剣を持つ悪夢がいる店外に身を踊らせた。


 転がった首である私が見物できたのはそこまでだ。段々と景色が黒ずんでいき、私そのものが途切れる寸前、人のものではない何かの断末魔を耳にした。

 

 



 俺が目を覚ましたのはすべてが、あの悪夢たちが殺された後だった。


 あの灰を纏った男が黒霧の影を殺したところまでは記憶があるが、そこで意識をなくしていた。目覚めたときは天井がえぐられたファミリーレストランのソファに仰向けに寝かされていた。


 天井の大きな穴から薄く明い太陽がみえる。よくわかる、……あれは現実のものではない。


 それを引き金としてすべての記憶と認識が鮮明になり飛び上がった。俺は殺されたはずだ。


 あの忌々しい剣に空けられた穴は二つ、口と、心臓だ。胸に手を当てる。衣服は破れていたが、傷はなかった。


「気が付いた?」


 聞き慣れた女の声が聞こえる。きつめの声音だが無理やり演じているような声。ケニーだ。


 視線を巡らせると彼女は、俺の目の前に水の入ったコップを置いた。


「………」


「なに?」


 勿論、彼女の首は繋がっている。


 ああ。と彼女は視線の意味するところを理解したようで、左手を自らの首にひたりと添えた。


「くっついてるよ。この通り。目がさめたら全員傷はなかった」


 そう言って軽く笑った。怒った顔しか見たことないが、笑うと可愛らしいなと思った。


「そうか、とりあえずよかったよ。ところで…」


 水を口に含むと、少し、周りをみる余裕ができた。破壊されつくし、木片が散乱した店内。床には外と同じように薄い霧が低く這っており、なくなった天井から眩むことない日差しが差し込んでいる。

 これらは全て『彼』がやったことのはずだ。


「よう起きたかカナッペ」

「……よかった」


 真城と日野も駆け寄ってきた。当然ながら二人とも無事なようだった。


 当然?当然だと?そんなわけはない。俺たちは殺されたはずだ。


 ……考察するのはあとでいいだろう。それよりもまず、『彼』は、


「これで、全員目がさめたな」


 聞き慣れない若い声。彼は目の前のソファに座っていたはずなのに、存在に気づかなかった。だが、今は目が離せなかった。


 黒いウィンドブレーカーにデニム、清潔な黒髪―――そして赤い眼。


「……ありがとう、と、いうべきなのかな」


 とりあえず、感謝の意を伝えた。


「礼はいいよ。むしろ謝らないといけない。厳密に言えば僕の助けは間に合ってないから」


 助けが……間に合っていない?


「それはどういう」


 質問を彼は遮る。


「今君らが陥ってる状況は複雑だ。全部説明はするけれど、ここじゃあまずい。すぐに起つよ。起きあがることはできる?」


「あ、ああ」


 彼は手をさしのべてきた。その手を握り立ち上がる。彼の手のひらは妙に冷たかった。


「あんたは、さっきの奴らは一体」


 思わず疑問が口からあふれたが、彼は応えなかった。


「質疑は後で聞く。さっきの倒した奴らが、仲間を呼んでたらやばいから。他の三人にもそう言ってる」


 他の三人を視界の端にとらえる。真城は苛立ち、日野は困惑、ケニーは警戒。三者三様の顔模様。


 しばし思案したあと、彼の手を握り立ち上がった。


「波越、彼方だ」


「……?」


「名前」


 ああ、と得心したようで、彼の顔に理解が広がった。波越…波越、と口の中で咀嚼している。そこまで珍妙な苗字でもないと思うが。


「……そうだねよろしく。僕は熾でいい」


「……オキ?」


 偽名だろうか。


「熾火の熾。この世界では本名はやめて置いた方がいいよ。早く行くよ」


 彼の言葉の真意をたしかめようと、質問を考えている前に、彼は踵を返し、扉に向かった。


「おい。待てよ!」


 真城は半ば叫びながら熾を追う。俺達も、慌ててついていくことしかできなかった。

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