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エントランス5

 ――悪夢というものが明確に形を持ったとしたら、恐らくあんなモノだと思う。


 ケニーが居心地が悪くなって退席したことは明らかだった。真城はそれを笑ったが、それに同調することは無理だった。


 どんなに対人関係に慣れていない人間であっても、上辺を取り繕うのはできる。だが、その上辺に耐えきれない人間もまた存在する。


 出会って数分だが、彼女は潔癖なのはよくわかった。その上、他人をよくみている。この隣の男も問題だし何よりこの世界だ。一度整理しようとしてもおかしくないだろう。


 だがそうした懸念は数秒後に吹き飛ぶことになった。


 追加注文のベルが鳴った数秒後、新たな客がこの店に訪れた。ちょうどそのとき、ケニーもトイレからでてきて、その二人は鉢合わせになった(トイレの出入り口と店の入り口が近くにある店だった)。


 新たな招かれざる客は、黒くのっぽで細部が不明だった。黒いもやに包まれており、フードでみえないはずの瞳だけが白く炯々とくり抜かれていた。


 ――どこかでみたことがある。


 恐怖と同時に感じた印象は、まずそれだった。だが、どこでだったかは思い出せなかった。


 まず、ケニーの首が切り落とされた。


 ゴト、と思いの他軽い音をたてて、首が床に転がり、頭部を失い制御を失った身体が黒のマントの男にすがりつくように崩れ落ちた。


 なぜか、ケニーの頭部と胴体の切断面からは、赤い血ではなく、真っ黒な重油のようなものが滴り流れていた。


 黒のマントの男の手には、短剣というのだろうか、目算で刃渡り三十センチ程の諸刃の剣が握られていた。黒い血を滴らせており、ケニーを殺害したことは明白だった。


 数拍おいて、事態を飲み込んだ日野が、甲高い悲鳴を上げた。


 次に動いたのは、真城だった。椅子を右手で持ち上げ、言葉にならない雄叫びを上げながら、黒のマントの男に椅子をぶち当てた。


 それによって椅子は砕けたが、ぶつけられた殺人犯はびくともしなかった。そして次の瞬間、真城の背には、短剣の切っ先が生えていた。


「な…が……!?」


 苦悶をもらし、真城が崩れ落ちる。学ランがさらに黒く染まり、地面に黒い血が広がった。


 殺人者はこちらを向く。あまりに急な展開に、声どころか、手も動かなかった。


 あの二人は死んだのか?いや、この世界で死というものは本当に死なのか。それよりもまずい、出入り口は完全に塞がれている。


 ちらりと日野をみる。今にも失禁しそうな様子で震えている。一緒に逃げるどころか完全なお荷物だ。


 一歩、二歩、黒の殺人者があくまでゆったりとしたペースでこちらに歩を詰める。その遅い動きが却ってどう逃げても追いつけるという現れになっていた。


 やばいやばいやばいやばい


 あの二人を助けるべきか?いや、夢でも現実でもあれは即死だ。今しなければならないのは、この足下でガタガタ震える少女をつれて、この店から逃げること…。


 そうだ。出口は別に一つではない。俺にしては珍しく頭が回った。


「……おい日野」


「あ、あああ」


「しっかりしろ。いいか、死にたくないなら俺が言うとおり動いて」


「……へ?」


「惚けてるひまはない。時間がない。俺が合図したら、身を屈めろ。なんとか退路をつくるから」


「で、でも…ケニーさんと真城さんは…」


「とりあえず自分が逃げることだけ考えろ!」


 小声で叫ぶ、日野は瞳をふるわせながら大きくこくりとうなずいた。


 黒い影はゆっくりと間合いを詰める。その際、通路にでていた椅子をよけ、体勢が横を向く。


「今だ!」


 俺のどなり声に驚いたように、日野は身を屈めた。俺は片手でスープの入った皿を二枚連続で投げた。一つは届かず敵の足下をぬらしたが、二枚目は何とか敵の顔に向けて飛んだ。


 当然のように、敵は皿を払う。スープは掛かったのかすり抜けたのか、彼の身体がそれを浴びた様子はみえなかった。


 その一瞬の隙に、俺は、背後の道路に面した大きなガラス窓に椅子をたたき込んだ。


 巨大な飲食店のガラス窓。一発で割れるかは賭だったが、夢の中はガラスの強度が低いのか、椅子はガラスを突き抜け、道路と店の両面にたくさんの破片を飛ばしながら大きな穴をあけた。


 日野が降り注ぐガラスの破片に身を固める。


「馬鹿!はやくこい」


 日野の手を強引に掴みつつ、ガラスの割れた窓枠に手をかける。鋭利な破片が掌に刺さる感触がしたが、夢だからか痛くなかった。


 窓の外から異臭がし、思わず鼻と口を覆った。


 目の前に、黒い霧を纏った『馬に乗った』男がいた。


(二人……だあ?) 


 複数人、黒霧で判然としない身体、マント、馬、短剣。


 ――まさか、こいつらは。


「逃げ」


 日野に言う前に、口に長剣を突き刺された。


「がっ」


「波越さん!」


 痛みはなかった。口の中に味のない液体が満たされていく。否、液体の感触の癖にどこか空気のような軽さがあった。


(これは……血ではないのか?)


 疑問は一瞬。そのまま長剣を引き抜かれ、次は心臓に突き立てられた。即死の一撃、だが意識と視界ははっきりしていた。


(なんでまだ、生きている?夢……だからか?)


 そのまま襤褸のように店内に放り投げられる。日野はもう、悲鳴すら出せないようだった。


 まずい。俺の推測が正しければあいつらは「人間には殺せない」。


 前門に長剣、後門に短剣を突きつけられ、日野は動けない。


 俺達は、死ぬのか。それとも、目覚めるだけか?現実で受ければ即死級の殺傷を受けているが、意識が遠のいたり、夢からさめるとき特有の感覚もない。ただただ、クリアだった。


 だが、ここで「死ぬ」のは本当にまずい気がする。直感で感じた。


 しかし、かの者たちの刃は、おびえる少女の胸に、その黒い刃を容赦なく突き立てた。


(くそ…!)


 心の中で悪態をついた。


 全てが終わった瞬間。『彼』は現われた。 


 レストランの天井が、「蒸発」した。


 壊れたわけではない。一瞬燃えて、そのまますべて消え去ったのだ。


 開かれた薄明かりの空から、新しい最後の客人が降りてきた。


 彼の周りには、熱による蜃気楼で周囲の景色を歪ませる。灰が、渦巻いていた。




バトルは苦手です

事態が進まない進まない。

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