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エントランス4

ケニー視点

 ファミレスで誰かと食事をするなんていつ以来だろう。私はふと思った。

 家族で交わす言葉は少なく、友人と掛け合う言葉はもっと少ない。どれも社交辞令で、感情が薄く、義務的だった。


 私が現実にて精神的に苦痛をかんじる現在の状況に陥っているのは、別に大した理由があったわけじゃない。今では楽しさも感じない音楽の才能が、天才とは言えない程度にはあって、少しだけ周りに指示を出し、まとめる能力があったからだ。


 だが学校、部活という薄暗く淀みやすい世界では、出た杭は打たれやすい。その杭があまり高くないなら尚更だ。


 それはさておき……。


 テーブルに並ぶ料理たちは、それぞれ夢とは思えないほど美味しそうな匂いを放っている。運んでくる店員はおらず、突然料理が机上に出現して驚いたが、夢なので仕方ないのだろう。一瞬瞬きする間にそれらが出てくるさまは不気味を通り越して喜劇ですらあった。


 湯気が立ち上るミートソーススパゲティに、鉄板に焼かれ香ばしい音を立てるハンバーグにドリア、サフランライスにパン、まだ一つも皿が空いてないのにアイスクリームも並んでいる。極め付けが……


「うーんやっぱ安物だな。ビールにすりゃよかったか」

「安物って……、真城は高いワイン飲んだことあんの?」


 彼方がスパゲッティをフォークにからめながら、縄の後がついた手首でグラスを傾けている金髪の男に問いかける。


「糞親父が酒だけにだけはうるさくてな。自慢じゃないが多少の目利きはいける」


 未成年が酒の目利きを誇るという暴挙。


「へえ。親父さんは左党なのか」


 それをかまわず、続ける男。


「砂糖?」

「酒飲みかってこと」

「なんじゃそら日本語はなせ。酒飲みというよりは高い酒買って優越感に浸る奴だったな。価値もわからずに。だが俺様はわかる、これは底辺も底辺、カスの中のカスだ。お前も飲むか?酒の風味はあるが、この世界でも少しは酔えそうだぞ」


 そう言って学ランのケダモノはグラスを傾け赤い液体を喉に流し込んでいる。


「遠慮しておく」


 無論葡萄ジュースなどではなく赤葡萄を発酵させた酒精、すなわち赤ワインだ。


「あんったらってやつはねえ!」


 これでも私は怒気を抑えているのだ。


 無論、注文をするときに誰よりも早く赤ワインを注文しつやがったこの男と、「まあ夢だしもったいないからいいだろう」などと飲酒を認めた根暗男への怒りである。

 ちなみに拘束はあまりに解け解けとうるさく、健康被害に発展しそうだったので、解いた。もちろん私の左手には灰皿が握られている。


「あ、あのケニーさん。落ち着いて…」


 おどおどと隣から静止の声が出る。この弱気な娘にも虫唾とまでは行かないがインスタント珈琲を粉ごと口に含んだような厭味が口を走る。


 ヨレヨレのパジャマにボサボサの…手入れどころか洗っているかも怪しい髪、肌は荒れ、無駄に大きな胸の重さに背が耐えかねるような猫背をしている。

 そして何より、


「……あ、あのなにか…?」


 この顔色を伺うような、媚びた声だ。敵意をむき出しにしてくる方がまだ快いだろう。どうみても引き籠もりのナリのこの少女にしてはがんばっているというべきか。


 ケダモノ男、こいつは論外だ。先ほどは気丈に防衛したが、未だにかすかに指先が震えている。


 根暗男……彼は一見この集団をまとめているように見えるが、強い壁を作っている。一定以上の心の距離以降は踏み込ませず、ふみこない。割とこのタイプの人間は多い。


 まあこの夢だけの付き合い、もっと言えば、高い確率で私の夢の産物だ。わざわざこの集団がどうしたらうまく回るのかなんて考えなくてもいいだろう。


 いや、ちょっとまて。こんな登場人物を作る私の頭、だいじょうぶか?


「別に…ぼそぼそ喋られたらなに言ってるのか、わからないだけよ」


 怯えている絃世に、なるべく声音を抑えて話す。


「すみません…」


 謝罪の言葉は慣れているようで、明らかに他の言葉より滑らかに出てきた。いらいらする。


 自分が一番弱く、この中で一番無能だと頭を差し出しているようだ。これが、彼女の処世術だろう。どんな人生を送ってきたのか。


 投げやりに、バケットを千切り、口に放り込む。夢のくせにやけに現実そっくりの堅さと口の水分がなくなってしまう不快な触感、そして小麦の良い香りがした。


「食欲がないのか?」


 彼方が私に尋ねてくる。そうね、こんなメンツで食欲なんてでるわけないでしょ。


 なぜ、夢でこんなハリボテの和気藹々を楽しまなければならないのか。たまらなくなって立ち上がった。


「どうしたペチャパイ」


 黙れ強姦魔。


「…トイレよ」


「おねしょか」


「殴るわよ」


 そう言って、特に尿意も感じないまま、夢のファミレスのトイレに入り、腰を下ろした。


「はあ……」


 薄暗いトイレの個室で、ため息をついた。あのぎこちない輪から逃れられて、少しほっとした。


 腕時計を確認する。寝るときには外したはずなのに、今なお左手首の腕に巻き付いていた。現在午前二時。


 これが現実の基底時間と同一であるならば。後三時間で私の「通常での」起床時間がやってくる。


 そのあと私は、三十分で身支度を整え、始発の電車にのり登校。


 朝練のセッティングをして、楽器の基礎練習、近く行われる演奏会でやる曲目の譜面の読み込みに、先輩方の顔色を損ねない程度のパート練習。やらなければいけないことが次々と脳裏に浮かんでくる。

 夢なのに吐き気がしてきた。毎日こなしていることではあるが、これがずっと続くと思うと、さすがに気が滅入る。


 もし、もしもだけれど、夢から出られなくなれば、こんな思いもしなくてすむのだろうか。

 あんな現実に返らなくてもいいのだろうか。


 昏睡とかになれば、誰も私を攻めないだろう。親には迷惑がかかるだろうが…。


 しかしそれはそれで、これから先ほどの連中といなくてはならいない。どちらがいいか簡単に判断はできなかった。


 ばからしい妄想だ。妙に意識がはっきりした夢をみているせいか、高校生にもなって幼稚すぎる想像を膨らませてしまっている。どうせ数時間すれば、目覚まし時計の目障りな音が睡眠不足の私をたたき起こすだろうし、また長い長い日常がスタートするに決まっている。


 余り長い時間トイレに引きこもるのもおかしいだろう。私は芳香剤の匂いが満ちたトイレから出た。


 ちょうどそのとき、「ピンポーン」と間抜けな呼び出し音が響いた。彼らが何か食べ物を追加注文したのだろうか。


 そういえば私は、他のメンツをみることに集中していて、まともに物を食べていない。


 せめて、甘いジェラートでも食べよう。せっかくの夢なのだ。財布も、過食も気にせず貪ろうと思った。


 トイレをでる。するとトイレの出口の目の前にある店の扉が、鈴の音を鳴らした。


(誰……?)


 カランカランという入店の鐘の音につられて入り口をみた。また私たちのような『モルフェウスのメロディ使用者』だろうか?面倒なことだ。


 ――だが、そこにいたのは、人間ではなかった。


 否、人型ではあった。だがあらゆる要素が人間とはかけ離れていた。


 まず私の一・五倍はあろうかという身体。それは薄いもやに包まれていた。輪郭は人だが細部は判然とせず、マントとフードを上からかぶり、表情すらよみとれない。まるで人型に固めた黒い霧にフードをかぶせただけのような、そんな曖昧さがあった。

 恐ろしかった。身体からはみ出る黒い障気を吸うだけで死んでしまう。それが妄想ではないくらいの禍々しさがあった。


 この夢の中で初めて出会う「現実ではありえないもの」だった。


『いらっしゃいませ』


 そんな気の抜けた声が店内に響いた数秒後、


 殺戮が始まった。


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