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椋鳥と悪鬼

 急げ、急げ、急げ、急げ―――


 丘を駆ける牡鹿のように速く、なめらかに。

 だが潜めろ、呼吸を囁きより細く、足音を猫よりも柔らかに。


 何より心を沈めろ。心で何かが好転することはないが、悪化は簡単に起こる――


 あらゆる要素を慎重に処理しつつ、私は絃世の導きのまま、『猟犬』たちが湧き出る穴へ急いだ。


 私が一秒でも速く、穴を破壊しないことには、勝利への蜘蛛の糸を掴むことはできないのだ。


「『ケニーさん!ストップです!!』」


 絃世の言葉に我に変える。私の耳も、建物の影に隠れた『猟犬』の足音を聞いた。


「『落ち着いて、ください』」


「……ごめんなさい絃世。でも、やっと冷静になったわね。助かったわ」


「『あう……』」


 絃世の声音からは、涙の色がなくなっていた。私のほうが余裕がないほど、絃世は平静を取り戻している。彼方め、いったいどんな言葉をかけたのか。


 何であれ私には不可能だろう。


「……確かに、私のほうがさっきからダメダメだね。いつもこうなんだ。いざっていうときにどうしてもポカやって、慌てて失敗の連鎖する」


 ……自分に言い聞かせる。失敗をして、それを取り替えそうとさらにミスる。だから私は現実で袋小路になった。


 落ち着け、ことを急いては仕損じるのは世の常だ。


「…絃世。穴まであとどれくらい?」


 もうだいぶ来たはずだ。先ほどの犬を迂回し、南に歩を進めた。


「『もう、そこです』」


 私の肩に、淡い光をまとった椋鳥が止まる。……絃世だ。その鳥は何も言わず、先にある路地の分かれ道を右に飛んだ。


「……」

 私は、バクつく心臓を押さえつつ、その通りを覗いた。


 そこにあったのは、世界の亀裂だった。


 何もない空中には黒く禍々しいヒビが入り、黒く曖昧な何かを煙のように垂れ流している。時折その煙は獣のように象られ、細部ができ、猟犬になっていった。生まれたばかりの猟犬たちは黒い粘性の液体に塗れており、それが流れ落ちるまで、穴の近くを動くことはなかった。


 ……間違いない。これが『猟犬を生み出す穴』だ。


 私は即座に、覗き見をやめる。あの犬たちはやたら勘が良い。下手に気を逸らせればどこから気づかれるかわからない。


 先ほどまでみた感じ、犬は四匹。まだ最善の状態より一匹多い。私一人だと、完全な不意打ちでも三匹を一気に倒せるかは自身がない。


 でも二匹以下になる幸運を待つことはできない。海路の日和を待つ時間は、私たちにはないのだ。


「『ケニーさん。一匹が場を離れていきます。……私の鳥で、逆方向から、気を引いて見ます。その隙に倒してください』」


「了解。頼りにしてるわよ。絃世」


 …軽口は逆にプレッシャーになったのか、『囀声』は返ってこなかった。……うかつだったかな。私は幻刃を抜く。


 ――勝負は、一瞬。


 瞬間がゆっくりと塗り重ねられ、短い永遠が秒に達しようとしたとき――


「『今です!』」


 絃世の掛け声と共に私は飛び出した。


 静かに、だがするどく、三匹の怪物と距離をつめる。彼らの前を淡く光る椋鳥が二匹横切り、彼らの視線がそちらに集中する。


 幻刃、射程内。


「――ッ!」

 …一秒。鋭く吐いた息と共に、猟犬の硬い首を落とす。一匹目。


「ガアァ…」

 させるか!

 …三秒。声の狼煙を上げさせる前に、その口に似た瞳に刃を突き立てる。二匹目。


 残る一匹は、叫び声も上げず、かといって襲いもせず、私と距離をとろうと動く。たぶん、時間稼ぎのつもりだ。


 …五秒。私は無理やり追いすがり、腕を一杯まで使い、強引に刀を振るう。

 『幻刃』の戦闘モジュールは私のその動きを極限まで最適化し、鈍い音をたてて、猟犬の首を切断した。


 よし!全員討伐……。


 気の緩んだその瞬間、物陰に潜んでいた赤い瞳が飛び出してきた。


 四匹目!?


 最後だと思っていた三匹目を無理な体勢で殺したからか、私の体は完全に流れてる。これじゃ……。


 だがその刹那、少女の魂を乗せた椋鳥が甲高い鳴き声を出しながら『猟犬』に飛びかかった。


 ――絃世!


 七秒経過。椋鳥は猟犬に噛み付かれ、その体を光の粒子として散らす。だがその一瞬で私は体勢を整え、重い一閃を最後の『猟犬』に見舞った。

  猟犬は椋鳥を咀嚼しながら、絶命した。


「……はぁーーー……」


 一気に止めていた息を安心と共に吐き出す。10秒にも満たない攻防だったが、神経はこれ異常なく磨耗していた。


「『ケニーさん、早く、『穴』を!』」


 絃世の『囀声』が飛んでくる。そうだ。猟犬の産道が休むのは30秒ほど、呑気に呼吸を整えている場合じゃない。


 …しかし、この空間の亀裂、どうすればいいのだろう。瘴気のようなものを撒き散らしていて、物理的な攻撃が効くのか判断つかない。


 とりあえず、『夢弾』を撃ち込んでみる。すると、その穴自体にヒビが入った。これでいいのか。

 そのまま何発も夢弾を打ち続けると、その穴自体がどんどんはがれ落ちていき、それは普通の宙に戻った。


 ……ミッション第一段階クリア。


「『ケニーさん、や、やりましたね!』」


「大丈夫だったの?絃世」


 猟犬に食われた椋鳥。それに宿った絃世になんらかのダメージはいっていないだろうか。


「はい……ちょっと怖かったけど、大丈夫です。……それから、犬たちがこっちに来ています」


 月ノ耳に意識を集中させる。さすがに気づかれたか。


「でもさすがよ。絃世。あなたがいなかったら私やられてたわ」


 椋鳥の援護、あの咄嗟の機転は、中々驚嘆に値するものだ。


「『そ、そんなこと、な、ない、です……』」


「照れない照れない」


 どうやらほめられるのは慣れていないらしい。ここは素直に自信に還元してほしいものだが。まあ、今はそれどころではない。


「絃世。案内はここまででいいわ。『分変身』を解いて彼方をフォローして。……聞こえてるでしょ彼方!私はこのまま導朗のフォローにいくわ。ここからは持久戦よ。異存は?」


「『ない。あいつたぶんこっちの会話に入れないほど苦戦している。早く行ってくれ。こっちからは援軍は出せない。つーかこっちがきつい』」


「了解。あとそっちは二人でなんとかしてね」


「『ですよねー』」


 彼方は泣きそうな通信を入れた。


 私はそのまま、通信を切り、ふざけた強がりを言って残った大馬鹿野郎のところへと急いだ。

 



 

 ―――




 

 階段のバリケードはすでに崩壊していた。俺のしょぼい『夢弾』と、ダンボールのような『障壁』では勢いを削れず、俺の体はみるみる内に犬たちの爪や瞼の牙で傷つけられていった。


 階段では猟犬たちが滑らかな体をぎゅうぎゅうに詰め、俺を食らおうと列を成している。飲食店なら感涙ものの行列だが、生憎俺は食われるのはごめんだ。


 だが、ここまで防衛線を維持できたのは、ひとえにこの行列のおかげだ。考えなしに狭い非常階段に詰まっているものだから、彼らの四肢は絡まりあい、邪魔しあっていた。さらに腹が減ったのか共食いを始めている。闇色の臓物を食らい合いながらこちらに向かってくる光景は吐き気を催した。


「彼方さん!きゃあ!?」


 こちらに、加勢しに来た日野めがけて、行列の先頭の一匹がとびかかりかけた。それを反射的に打ち落とす。


「日野!『障壁』を張りつつ制圧射撃!お前の『夢弾』の威力なら勢いを押し返せる!」


「は、はい!」


 日野は言われたとおりに『夢弾』を放つ。俺の『夢弾』とは比べ物にならない威力のそれは、猟犬の外皮を激しく削った。さすがだ。


 ……いける。あとは、どこまで持ちこたえられるか。

 

 俺は、自身の夢弾で、非常階段の壁を崩し、犬達の突進を寸断した。





  ――――





 ……私が、あの馬鹿の元に戻ったとき、その場所は影が舞い散る戦場だった。


「オオオオオオオオオオオオオオアアアア!!!」

 道朗は戦っていた。いや、殺戮をしていた。


 多数対単数の戦いにおいて、普通は囲まれないように、後退しながら戦うものだ。初心者の私でも、そのくらいはわかる。

 だが奴は、猟犬たちの悪意の只中にいた。只中にいながら、生きながらえていた。向かってくる犬たちを手当たり次第に切り伏せている。


 傷塗れの男は犬達の攻撃は全く防御していない。肩を噛み千切られ、背中を爪で切り裂かれ、指を失い、全身に激痛を塗りこみながら、歯毀れた幻刃で怪物たちを殺していっている。


 ――あれは人間ではない。悪鬼だ。人の皮を被った悪霊だ。


 痛みを感じる人間が、怪物に生きながら肉を食われつつ、あんな動きが出来るものか。あんな風に笑いながら、殺戮できるものか。


「ハハハアハハハハハハハハッハハ!」


 狂気か豪気か、彼はむしろ痛みを楽しんでいるようだった。それはまるで、死して尚戦い続ける亡霊ようで……。


 ドン! 


 私はそこで何とか我に帰り、道朗を後から食らおうとしていた猟犬に夢弾にぶつけた。それに気づいた道朗が、ひるんだ猟犬を叩き切った。


「遅かったなあ竹の子ォ!こいつらの生まれるマンコは潰せたかあ!?」


「言葉を選びなさい真城導朗!それより何やってるの!私たちがやるべきことは犬達が共食いで死ぬまで時間を稼ぐこと!全部倒せるわけないわ!早くこちらに引きなさい!」


「やなこった……痛えんだよ…痛すぎて痛すぎて、笑っちまうくらいなあ!!」


 導朗はそういいながら死んだ猟犬のなきがらを蹴り飛ばし、襲ってきた別の固体にぶつける。猟犬たちは思わず怯んだ。


「痛い痛い。許すわけねえだろ?逃げるわけないだろ?こいつらまとめてぶっ殺すまでなあごはあ!!」


 ……私は彼の頭に、夢弾を打ち込んだ。


「……頭は冷えた?」


 私は聞いた。勿論、正気に戻す目的もあったが、単純に恐ろしかった。


「あー。クソ!丁度ハイだったのによおっと!」


 そう言いつつ、腕に発生させた障壁で、猟犬の突進をガードする。そのまま、こちらに後退してくる。私は射撃でそれを援護した。


 ……防御行動が取れる程度には、冷静さは取り戻しているようだ。


「言ってることはよくわかんないけど。あなた、かっこよくはなかったわ」


「マジかよ。あークソァ!、醒めたら痛みがきつくなってきやがったああああああ!」


 導朗の体は酷いものだった。左肩は抉れ、左腕の指は二本なく、黒い血で染まっていないところはどこにもない。


 ――これ全てが痛みを感じて尚耐えているのなら、この男はどういう精神をしているのだろう。


「……道朗は射撃に徹して。私が幻刃でやつらを足止めするわ。忘れないでね、あなたが落ちてもこの戦いは負けなのよ」


 見た感じ、彼のダメージはかなり深い。片腕を失った彼方ほどではないにしても、接近戦をさせるわけにはいかなかった。


「そういうなよ。ようやくエンジンかかってきたところなんだ。もっと楽しませろや」


 導朗は刃を精製しなおす。その瞳は獲物を見据える獣そのものだ。


 ……私が止めて、止まるような奴じゃない、か。


「わかったわ。……ただし、囲まれないように引きながら戦うわよ。目的はあくまで奴らが自滅するまで時間を稼ぐこと。いいわね」


「オーライ」


 本当にわかったのか。不安すぎた。


「凌ぐわよ!」


 私は幻刃の切っ先を、共食いを始めている猟犬たちに向けた。






――――




「……まさか。ここまで持ちこたえるなんて」


 アトリがモニターをみつつ、信じられないと言った顔をしていた。


「まだ五分五分ですね。導朗くんと、彼方くんのHPが本当にギリギリです」


 ユウコは眠くなりそうな声音で戦況を分析した。


「彼らは素質はなかなかだ。勝てるかどうか不確かなものにも、智慧を絞り、自身を賭けられる。単品じゃまだ結構危なっかしいけど、光るものはあるでしょ――ねえキザキさん」


 彼方は、自身の背後にいる男に、言葉を投げかけた。


「ふん。……まだ精神のあやふやな子供の戦いだ」


 壁に背を預けながら、彼は言った。


「この夢で悪意を持つのはなにも怪物だけじゃない。他人こそ、もっとも恐ろしいものだ」


「それは人によりけりですよ。何事も疑ってかかると、全ての人が悪にみえてしまうもんです」


 ユウコは言った。


「それは別に間違っていないさ。……『われわれは誘惑に屈する機会をあたえられれば、遅かれ早かれ必ず誘惑に屈する、というのが私の発見した真実だ。条件さえ整えば、地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす』」


「パウロ・コエーリョ。『悪魔とプリン嬢』…でしたっけ?」


 ユウコは言った。


 ふん、とキザキは鼻を鳴らした。


「で、どうするのキザキさん。あいつら試してみる?」

 熾はモニターを指差した。


「いや、そうするつもりだったが、急用が入った。――熾、我らが王からの要請だ。『透明烏の巣を洗え、今回の事件、思ったよりも根が深い可能性がある』とな」


 キザキの言葉に、熾は眉をひそめた。


「『黒喩』使用は?」


「限定的に許可。想定よりもヤバイ奴がでてくる可能性もある」


『了解した』


 枯炭は声を低めて言った。


「……ユウコ。今回は調査系だから待機しといて、もう時間少ないかもしれないけど、外の皆を指示したとおりに」


「あいあいさー」


 ユウコは敬礼の姿勢をした。


「え、もういくん?キザキさんも?そろそろ訓練終わるで?」


 アトリは慌てた様子で、熾に声をかけた。


「うん。行かせてもらう。よろしくいっといてね。――殴られたくないから」


「わかっとんやったらこんなことせんかったらいいのに」


 アトリは深く、溜息を付いた。


 ――モニターでは、全てが死に絶え塵と消え行く悪夢たちの中、確かに四人の男女が立っていた。






なんとか戦闘訓練は終りです

ちょっと次の更新は時間掛かると思います。

修正はちょくちょくしていくつもりです

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