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二人の王の茶話

番外

……エタらないといいなあ(設定的に)

 扉が乾いた音を立ててノックされる。返事はない。だが叩いている人間はそこに家の主がいることがわかっているように、執拗に乾いたリズムを繰り返した。


 その家、というか研究室というか…人形の工房というかの主は、確かに家の中にいた。その女性はぼさぼさの髪を直しもせず、本と紙片と羽根のペンが散乱した机に突っ伏し、寝息を立てていた。


 客人はいらついたのか、ノックを強くする。スネアのような乾いた音からバスドラの低い音に変わった。


 それでも女性は目覚めなかった。よほど疲れているようだった。


 がぁん!!と、痺れを切らしたように扉が蹴破られる。そこでようやく眠りで疲れをいやしてた女は飛び起きた。ひゃんという情けない悲鳴を上げたあと、あわてた様子で扉の前に跳びそして平伏した。


「ごめんなさいごめんなさい!まだご注文頂いているゴーレムはまだできていないんです!!いやできているんだけど細部が気に入らないというか修正したいというかなんというかで!!どうか納期!のばしていただいた納期には絶対間に合わせますので!なにとぞおおおおおお!!!!」


 壮絶な土下座と弁明、だが目の前にいる老人は、彼女が思っていた依頼主ではなかった。


「ちゃうちゃう。儂だ儂」


 嗄れた声に、あれ?という声をだして女性は老人を見上げた。


「夢の王の一人になって数ヶ月たったのになんというか…根っからの下請け気質だな、ええ?…コハル」


 コハルと呼ばれた女性はあれっとした顔して、立ち上がる。埃の付いたエプロンを払う。


「なーんだ。ゲンスケさんですか。土下座損だったな」


 先程の熱烈謝罪とは打って変わって無礼な様子でゲンスケに言った。そのまま机の上に無造作においてあったメガネをかけ、腰までかかる茶髪を無造作にまとめた。


「土下座損とはなんだ土下座損とは、というか『囁叫シャウト』に返事くらいしろ。あとこの前買ったゴーレム、儂の部屋の整理をしてくれないんだが」


「シラベに設定しないでって頼まれたんです。あなたの不精ぶりが直るようにという慈愛に満ちた心遣いですよ」


「そんなもので治る癖ならこの歳まで苦労はせんよ。お前さんのようにな」


 む、とコハルは頬を膨らませた。確かに彼女の部屋は、他人の不精を非難できない程度には、混沌が広がっていた。


 基本的な広さや間取りは、どこにでもある一軒家ではあったが、部屋の壁は殆ど全て取り払われ、その中に等身大の人形と分厚い本の山がところ狭しと並べられている。


 奥の方は埃がかぶり、床に至っては土足で入らなければならないくらい埃の層が重なっていた。


 唯一ある机と、ハンモック、そしてベッドだけが、この家屋の中でわずかに生活の要素を加えていた。家と言うより人形工房、好意的にかつロマンチックに解釈するなら魔法使いの隠れ家という趣であった。


「お前こそゴーレムに掃除命令文を組めばいいだろうに。それくらい楽じゃないのか」


「ここは安易に触れると壊れちゃう子が多いんです。この工房用に掃除ゴーレムなんて作ろうものなら、その条件付けだけで一ヶ月かかります」


 コハルは一番近くにあった髪もないマネキンに手を触れる。母のように優しげであり職人のように繊細だった。


「あー久々に『飛んで』きたら喉が乾いた。ばあさん茶はまだかのう」


「誰がばあさんですか。……茶々」


 そういうとコハルはパンパンと手を鳴らす。すると奥の方から割烹着を着た幼げな少女が歩いてきた。


『命令を、マスター』


「お茶二人分用意して。茶々。一番安いのでいいから」


 本の山の後ろから折りたたみの椅子と机を引っ張り出しながらコハルは言った。


『かしこました』


 茶々と呼ばれた人形は一礼すると再び工房の奥に消えた。


「儂、一応古参なんだけど、なんか扱いひどくない?」


「意地悪く、意地汚く、胡散臭いからでしょう」


 老人虐待だ。そう言ってゲンスケは先ほどまでコハルが座っていた木の椅子に腰をおろした。


「……それで、何のようです?まさか文句だけを言いにここまで来たわけじゃないでしょう『千里の王』。いくらあなたがこの世界の根幹を支えているとは言え、私は忙しいんです。夢でも現実でも冷やかしなら早くお帰りください」


「若い奴はせっかちでいかんなあ。まあ、そうさな。こちらも中々急ぎの用件、ケツに火が迫っている感じでな『創像の王』」


 声音が低くなり、真剣味が帯びてくる。何か感じたのか、コハルは何も聞かず、無言でゲンスケに用件を促した。


「『諸王による協約に従い、夢を治める王の一柱に、神の神経に刻まれた世界を形作りし言葉の引き違えの是非を問う』」


 この世界の統治者たちによる決議の際に言われる口上。コハルがそれを出されるのは五度目だった。だがこの内容は…


「……割と大事件でも起こりましたか?『世界設定の書き換え願い出』……とか私が王になるどころかフェーズにきてから初めてのはずなんですけど。しかも定例の会議で出さないなんて」


 今回の案件はコハルには初めてだった。


「……実は今日初めて来た奴らたちがな。ポータルの範囲内ではなく、外に扉を開いた。しかも伝承級獏にぱくりんちょされた」


「何ですって!?」


 コハルは思わず立ち上がった。


「しかも四人だ」


 ゲンスケは続けた。


「そ、それはいくらなんでもおかしいでしょう!『新しく来たウォーカーの召喚門は、九つの各王が統べる内、一番適正ある大ポータルに誘導する』。その仕組みはこの世界の『設定』の中でも優先度は最上位であり、根幹であり、ちょっとやそっとの上書きやバグでは狂わないはずです!」


 コハルの剣幕にゲンスケはうむ、と頷いた。


「特に新規ウォーカーに対する他の配慮と防御も、『設定』の中で上位の優先度になっているしな。仮に、何らかの間違いでポータルの外に入場してきたとしても、簡単に獏に襲われるはずがない。…それをくぐり抜けて事故が起こったということは、どうにもうまくない」


「……ガセじゃないんでしょうね。そのビギナーたちを助けたのは誰なんですか?」


 コハルはまだ信じられない、と言った顔だった。


「うちの熾。近くに新しいポータルが発生したのがわかったから登録に行かせたんだが、そのときに助けた」


 ゲンスケは言った。


「……『灰色の英雄』なら、疑う余地はないですね。まあその人たちが『完全に』殺されていなかっただけよかったです」


 コハルは大きくため息を付いた。


『お待たせ致しました』


 割烹着を着た人形が、湯気の立つカップ二つと菓子を乗せたプレートを持ってきた。優雅な手つきで机にそれらを並べていく。


「ありがとう、茶々。この菓子は?」


『この間教えて頂いたクッキーでございます。お口に合ったらよろしいのですが。…もしかしてまずかったでしょうか?』


「いいえ。この老人に対してはもったいないけれど。さすがね茶々」


 コハルの賞賛に、恥ずかしげにうつむく人形。


「……驚嘆だな。主人の命令していないものまで持ってくる人工精霊の柔軟さはさすが『ドールマスター』というところか。或いは主人がだらしないからしっかり者になったのかのう?」


「失礼な」


 ゲンスケはまじまじと茶々という人形をみた。茶々は恥ずかしそうにお盆で口元を隠した。


「めんこい」


「売りませんよ。この子は試作だし」


「残念」


「助平爺め」


 二人は一旦紅茶を啜った。ゲンスケは緑茶がいいとぼやいたので、茶々は用意するために再び奥へと行った。


「で、何人の王の承認を得ましたか?設定の書き換えに必要な票は過半数でしたよね?さすがに今回の件、だいたいの王は賛同するとは思いますが……」


 コハルは中身が半分になったカップを置いた。


「その点は大丈夫。もう九人中五人の賛同は取ってある」


 ゲンスケの言葉にコハルはじとっとした眼を向けた。


「……なら私に賛成なんて取りにこなくていいじゃないですか。私はみての通り忙しいんです。次の新規たちが迷い込む前に、早く設定を修正しにいかないと不味いでしょう。『神経樹』の設定そのものは別に私じゃなくてもマスタークラスのクラフターがいれば変更可能ですし。……何よりあなたのところにはシラベがいるでしょう」


 少々非難を込めた瞳をコハルは向けた。だがゲンスケは茶化す様子もなく、紅茶を啜った。


「わからなかったんだよ」


「何ですって?」


 コハルは、言葉の意味を理解しかねた。


「王たちに承諾を取りにいく前に、一度シラベをつれて、神経樹の設定刻印を見に行った。だがシラベがざっと調査した感じ、どこにも異常はなかったのさ」


「……シラベが?」


 複雑な表情でコハルがつぶやいた。


「大まかにみただけだがな。でシラベ以上のクラフターというと君しか思い浮かばなかったのさ」


「……私じゃなくて、『創望アーケン』が、でしょう?」


 憂鬱げな顔をしてコハルが言った。


「両方さ。くっくっく。心配せずとも、『王喩』があろうとなかろうとクラフトの腕は君の方がコハルより上だし、それは先代の王も、シラベ自身も認めている。そんなに気にしなくてもいい」


「……気にしなくていい人の傷を、えぐる趣味があるならこの家からつまみ出しますが?」


 コハルの語気に本気の怒りを感じ取ったのか、ゲンスケはおどけた様子で手を挙げた。


 ――正面から戦えばゲンスケはコハルに勝てない。そもそもの物量が違う。


「と、いうわけで、ちょっくら神経樹まで来てくれ。原因を調べてできれば即座に修正したい」


 ゲンスケは立ち上がった。茶々がちょうど湯飲みに緑茶を淹れてきたので、それを一気に呷った。


「はあ、今のクライアントにうちの人形の納期が延びるの、ゲンスケさんから説明してくださいね」


「ちなみに誰の依頼?」


「ヤトー氏と、あなたのところの親父さんですよ」


「げ」


 ゲンスケは深刻に頭を抱える。目の前にはゲンスケによってつくられた巨大な眼球の形をした扉が二人をじっとのぞき込んでいた。

ストックなくなったのでここから日刊は無理なペースです

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