規格外な人々
翌朝、父と共に朝食を摂り、昨日の続き……
「行くぞ、レイボールド」
の、前に鍛練だそうです。入学が三日後に迫っているとはいえ、気合いが入りすぎでは、ない。か。
三十分に及ぶ筋力トレーニングの後、持久力をつけるために走り込み。
朝から一緒な分、内容が濃いですね! お父さん!
「レイボールド!」
後ろを軽く走る父に声をかけられる。何故だろう……嫌な予感がする。
「避けろよ!」
「はっ!?」
後ろを振り向く。そこにはーー
剣を引き抜き、赤い髪を靡かせながらニヤリと笑う、鬼将軍がいた。
喉から上がりそうになる叫びを飲み込み、体力回復呪文を唱える。
底尽きそうな体力で、喉はカラカラだ。つっかえながら呪文を呟く。念のために、アレンジを加えて定期的に回復するように設定しておこう。
大振りに降り下ろされた剣を左に避ける。
見習い以前だからだろう。二年前に見たような鬼将軍の持久走とは違い、太刀筋を見極めれば避けられるものだった。
それでもだねっ! 体のすぐ脇を剣が風を切る音がするのは恐ろしいんだよ!
何なのこのひと!? 本当に魔法使いとして育てた私に自分の全てを担わせるつもり!?
兵士と同じような持久走とか、むっ
「考え事とは、余裕だなぁ? レイボールド」
ひいいいいっ。
終了の合図が鳴る。
男二人、汗だくになり、荒い息を吐く。私は地面に這いつくばった。
「はっ、ふっ。んんっ。レイボールド。明日はお前も応戦してこい」
そんな咳払いで息を整えられるとか、すごいな……。私は声を出すとか無理なんだけど。
だけど、これには反論しなければ!
拳を地面に叩きつける。
《貴方、何を言ってるの!?》
魔力で宙に文字を顕す。短い文章しか顕せないことがもどかしい。
《無理に決まっているでしょう!》
《私は兄上じゃあ、ないんです!》
《剣を避けるのに気を使うのに、》
《応戦まで気を回せるわけが、》
《ないでしょう!》
一文づつ打ち付けた拳が痛い……。
呼吸が楽になってきたので起き上がり、膝を抱え込んで座ると目を閉じる。
そっと大地を撫でれば、母なる豊穣神の御力が流れてきた。
神よ、感謝します。
「水、飲みます?」
立ち上がって埃を払いながら、父に問う。
「あ、ああ、貰おう。……何時も思うが、不気味なほど回復が早いな」
「魔法使いなので」
「私の知る魔法使いはこんなんじゃない」
「高位神官の影響ですかね?」
軽口を叩きながら、魔法で訓練場を均し、氷の器を生み出して水を注ぐ。
「私の知る魔法使いはこんなんじゃない」
「兄上の影響ですかね?」
鍛練も終わったので昨日の続きをするために部屋へ戻ろうとすれば、騎士団長がやって来た。
「おはようございます。今日は早いですね」
「おはようございます。エキューズ将軍、引き取りに来ました」
「助かります。グラディウス団長、よろしくお願いいたします」
父に肩を抱かれる。
「さて、殿下」
「え、あの、私は連続……
「それは捜査官に任せましょう。今日は私が貴方を扱きますからね」
「事態が動いたものでな。捜査に出向かれると困るので、エドワード様を含めて対応を考えさせてもらった。お前は報告を聞くだけだ」
昨夜の内に三人ーー若しくはそれ以上でーー語らったようだ。
「経過報告も聞けるのですね?」
立場上、仕方ないのだろうなぁ。と、しぶしぶ頷きで返し、尋ねた。
「ええ、明日中には中間報告を出すよう指示しました。王孫殿下やその周りにも伝えていただきたく存じます」
「聞くところによると、お前もなかなか複雑な企てに巻き込まれているようだしな。動くのは止めておけ」
それなんだよなぁ……
「実を言いますと昨日、部屋の魔道具に盗聴魔法がかけられてまして」
「何だと!?」
「僅かな抵抗だけであっさり弾けとんだので痕跡すら残りませんでした」
「追跡は難しいか」
「で、微弱な魔力の波を感知する魔法と監視魔法を連動するよう部屋に施したので捜査するにも注意して下さい」
グラディウス団長は人差し指で額を叩きながら唸る。
「感知魔法ですか……それは私にも通知されるようにはできますか?」
「はい。それならば手を」
両手を出してきたのでやりやすい。連絡網を繋げる。
父は再度、騎士団長に私のことを頼みながら仕事に向かった。心配されることがむず痒くも心地好い。
「さて、稽古を始めましょう」
ようやっと。ようやく団長の稽古が昼休憩となりました。
私は地面に倒れ伏し、うう……っと呻く。
結論から言うと、グラディウス団長の稽古もキッツイです。
「あれだけアラン様の傍にいたなら、成長率アップは多少なりとも身に馴染んでいるでしょうし、濃縮しますね」とか言って一般騎士の稽古を実践するの。
一段落したら、騎士たちの訓練時間が始まってそれに参加させられるの。
成長期が始まったばかりな私が届かないような間隔のクライミングを全身装備で登れとか、慶都を出たかと思えば「急に魔物討伐に駆り出されて魔法は使わず倒せとか!
団長は穏やかな笑みを湛えてこなして行くけど一般騎士でもキツイわけで、私が途中で何度も疲労困憊で倒れこもうと引きずって連れて行かれることになって。
連れて行かれる時間が休憩時間とか、おかしいでしょう!」
「疲労困憊と言いつつ、元気ですねレイボールド様」
……?
「ん!?」
顔を上げると、見知らぬ騎士が水筒を差し出してきた。貰えるらしい。
「ありがとうございます」
蹲っていた私は身を起こして手につく埃を払い、水筒を受け取った。念のために中身を精査する。
「いえ……贖罪というか、何というか」
若い騎士は隣に座る。贖罪? ああ、私が兄を殺したと思っていたという噂かな? と、水筒を煽りながら考える。
「貴方がランスを殺したと噂で聞いて、悪口を言ったり、城で見かけた時は殺意を抱いたりしました」
「もしや昨日、廊下で遭遇しました?」
「気づいておりましたか……精進せねばなりませんね」
それにしても、怒りの視線ではなく、殺意の隠った眼差しだったのか。
「気づいたというか……怒りの視線を四方から受けていたように感じただけで、殺意を抱かれていたことまでは感じとれませんでした。精進するのは私もですね。何かあってからでは遅いので」
「戦に不馴れな子供に悟られるだけで不勉強なのです。隠す時は感じとられないようにならねばなりません。騎士になるならば、ご留意下さい」
「そういうものですか」
「そういうものです。表に出すのは威圧する時だけですね」
「勉強になります」
そういう細かいことは知らなかったな。騎士の心構えとか。
「ええと、一つ訂正したいので良いですか?」
「訂正、ですか? 何でしょう」
「私、戦場には度々向かっていますし、独りで魔物の討伐もこなせます」
「「え? レイボールド様、おいくつですか?」」
隣の騎士以外からも聞き返された。
「何故聞き返す? 十六になられることは近衛ならば当然分かっておるだろう」
背後にいたアルフレッド騎士団長が詰問する。研ぎ澄まされていく気配に冷や汗が背を伝う。
「しかし、十六の子供が単独で討伐など。ましてや、レイボールド様は王族にございます」
「戦う力がつけば年齢など関係なかろう。どのような生まれであろうと、幼き折から武芸を習うのが慣習だ」
団長の言葉に頷く。
「私達、大鷲地方の者は一般庶民全てが冒険者と考えてよろしいかと。古来より、極寒の地に住む我らは魔物も喰わねば生き延びることができませんでした。魔物の討伐とは、日々の営みなのです」
「銀竜地方の砂漠地帯でもそのような慣習が残っているはずだ」
「地方によって、平均討伐年齢は上下するのです」
「天鴉では生業の者しか武器を持つことはありませんね。十六を目前に習い始めるのが一般です。大鷲出身が士官学校の上位を占めるのはそういうことでしたか。納得しました」
話の区切りを悟ったのだろう。護衛騎士が近づいて来た。
「馬車の準備が調いました」
「ありがとう。水もありがとう。補充はしておきました。もし鍛練でお会いしたら話しかけて下さい」
若者達に別れを告げ、馬車に乗り込む。
「その馬車、私も乗ろう。馬を頼む」
「かしこまりました」
団長は馬を護衛騎士に預けて乗り込んできて、外を振り返る。
「明日より更に厳しくするから覚悟しておけ」
外の団員達は揃って顔色を変えた。
……私もそこに含まれるのだろうか。