あらぬ噂
じっと見詰めてきた騎士団長は、ふぅっと息を吐き、深く座り直して背に凭れた。
「貴方がランスロット騎士を殺害したのではないかと、疑惑が広がっています」
ええ?
「私が?」
何故そのような発想が起きたのだろう?
「ええ。長男が死んで一番得するのは次子であるのが一般的ですから」
「ああ。そういえば」
実力主義なこの国も、同じ家系の者が継ぐ官位だってある。
グラディウスの近衛隊長とか、爵位だね。
「兄が死んだら私は次期侯爵、か」
重いなぁ。
「通常、兄の子が成人するまで次子は予備人員です。官位も長子優先な部分があるでしょう?」
「後継者と繋がる方がお得ですものね」
うわぁ、これ、どこまでこんな憶測が広がってるんだろう?
「ランスロット騎士は次期騎士団長と目された若者で、皆にも慕われておりましたからね」
「対する私は魔の道を行って、武官との接点が一切無かった」
眉間をグリグリと圧す。面倒くさぁい。
「そう。魔道師長か宰相かと、両者が取り合うのは水面下であり、上層部しか知らないことです」
何それ。
「宰相とか聞いてない」
頭を抱える。
「上層部しか知らないことです」
「何故、父は黙っていたのでしょうか……」
「彼が、内政に興味があるとでも?」
お父さーん!
これから士官学校だというのに、何てこと!
「その噂、どこまで広まりそうですか?」
「ランスロット騎士はまだ二年目でしたから、転属はしておりませんし、慶都騎士団と一帯の護民官たち。後は都民がどうでるか……といったところですか。三年前の初陣、単眼巨人の侵攻では貴方も派手に暴れてましたからね」
騎士寮住まいの兄が何故、護民官や都民と関わりがあるかはおいといて、恐ろしい可能性が浮かび上がった。
「慶都一帯が敵になるかもしれないと?」
「ええ、まあ」
士官学校は慶都なのに!
「噂の出どころは?」
「それが……騎士寮と護民官の詰所、東区の酒場で同日に」
「何それ、おかしい」
同日に三ヶ所で広まる? あり得ない。
「おかしいとは? 詰所で聞いた話を酒場で話したのかもしれません」
つっと握り拳を突き出し、示指を伸ばす。
「騎士寮では人を雇わずに生活しているため、騎士しかおりません。外へ出る時には届けを出し、寮と訓練所、持ち場にしか行かないので、そうそう噂を町に出ることはありません」
中指を伸ばす。
「騎士は王宮の内側と周辺、護民官は王宮以外の全域及び都市周辺が管轄です。稀には知人の両者が立ち話することもあるでしょうが、それぞれの内側で語られた噂をすぐ話回る愚か者は士官できないよう篩にかけられています。よって、両者が即日噂を共有するのはおかしい」
瞳を輝かせて頷く団長を見て、ふてくされる。
薬指を伸ばした。
「酒場が賑わう夜に噂ができたとすれば、護民官や騎士団の内部に広まるのは翌日です」
手を下ろして溜め息を吐く。
「休暇を取った者を調べている最中なのですね」
彼は楽しそうに笑った。
「ええ。護民官でも直ぐに対応され、直に終息するでしょう。ただ、気になることが一つ」
身を乗り出してきたので耳を貸す。
密かな囁き声に息を呑んだ。
そっと示指を口元に当てる彼に頷きを返す。
目を瞑り、反芻する。
魔道士や文官にも噂を撒こうとした者がいます。か……
「戻ります」
「はい。……お気をつけて」
退出した私は護衛騎士に自室に戻ると伝え、先導される。
戸惑いによって足早になり、追い抜きそうになれば歩をゆるめた。
それを繰り返しながら与えられた部屋に戻ると、宮侍に茶の用意を頼んだ。
椅子に深く座る。
香しい紅茶を音もなく置いた彼に礼を言って、夕食まで人払いを頼んだ。
退出するのを見届けると、室内に魔力を充満させる。
感知呪文を紡ぐ。害のない魔道具に一つ、盗聴魔法が潜んでいた。
立ち上がると、怒りに任せて床を蹴りつける。
魔力を纏わせた足から波紋が起こり、パチリとした微弱な抵抗の後に盗聴魔法が消失した。
頬を伝う涙を拭い、深呼吸をする。
心を落ち着かせようと、深く腰掛け、少し冷めてしまった紅茶を口に含む。
滑らかな舌触りの紅茶は、華やかな香りを放つ。
二口。三口。時に、添えられた焼き菓子を摘まんで。
飲み終える頃には、心に穏やかさを取り戻せた。
魔道師⇒魔法の研究者・生計を立てる者
魔道士⇒国に仕える魔道師
魔法使い⇒魔法を使える者