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イーグレット物語  作者: 夜山 楓
英雄連続不審死事件
2/10

考察

 居室(リビング)に通され、出かけるのは止められる。

「さてと、どうするかな」

 アラン様は本棚を眺め、手持ち無沙汰にソファへと座る。

 気を引ける本はなかったようだ。遺体を前にして三日たつ私と違い、読める状態ではないのだろう。

「んー。一度自室に戻れば資料が探せるのですが」

 所在なく彷徨(うろつ)く。チラリ、と傍の騎士へ目をやれば、首を軽く振って止められた。

「書庫……」

「なりません」

「ほう!」

 後ろから大きな手で両肩を掴まれ、驚く。

「座っていなさい。レイボールド」

 肩を掴んだエドワード王太子に押されて、アラン王子の隣へと腰かける。


 ソファに座っても、彼は後ろに立ったまま動かない。

「兄上。圧迫感が酷いので座って下さい」

「そうか」

 殿下は隣に座り、じっとこちらを見つめてくる。

「兄上……奥方の許へ向かわれては?」

「問題に向かおうとする問題児を見張るのが今やれることだ」

 ええ?

「私は成人しました!」

「これは速やかに解決するべき事案です!」

「二人にしか出来ぬならばともかく、他の者に出来るのならやらせ、大人しく護られるべきだろう」

 それはそうだろうけど、でも……。あ、そういえば。

「父は何処に?」

「大公を背負っていたから別行動だ」

「そうですか」

 ソファに沈みこむ。


 兄が階段から落ちたのは、呪いによって絶命したからということ?

 そうすると、呪いは即死系統になるよね。そこまで強力な呪術は基本的に五人唱和魔法。距離があれば数も増えるだろう。

 他の手段は希少な材料がいくつも必要になるし、その中には数年かからなければ成長しない薬草もある。

 何人も殺せるほど買い占めれば、護民官や他の魔道師に存在が察知されるはずだ。

 後は魔法円を書くという手だけれど……「即死呪術を使うほど広大な土地を各地で確保できるようなものではないだろうしなぁ。

 まあ、可能性として書き出しておこうか。

 後は……そう。兄の前に死んだのがどんな人なのかを知らないと。

 国の要人であれば、学院でも訃報は届く。

 それから、何故ツワブキの英雄なのか、だ。

 直近(ちょっきん)の戦で、相手が一つ目巨人(サイクロプス)とはいえ、他にも話題となる戦士はいる。

 例えば、火蜥蜴(サラマンダー)殺しのシルフィ・ゴードンとか、牛頭巨人(カウタウロス)と一騎討ちした父とか。

 各地を廻るなら、居場所の特定できる有名戦士の方がやり易いだろうに。

 それはそれとして、一年に何度も稼働できる呪術ではないんだよなぁ……」


「それなら、不審死の資料を寄越そう」


「ん!?」


 唐突に話しかけられて聞いていなかった。

 エドワード様はクククと笑いを殺そうとしているが、漏れている。

「レーイー。君ね、ずーっと声に出てたよ」

「はっ!?」

「小さい頃から注意しているでしょう? 考えていることがポロポロと口から溢れる癖は直しなさいって」

 えっ、また出てた?

「ハハハ。君たち、このところ続く英雄連続不審死事件の資料を持ってきてくれ」

 数名の騎士が出て行った。

「何かに没頭して大人しくしてくれるなら、何も言わないよ」

「フフ、あたくしはレイのその癖好きですよ。本音がポロポロ出てきて胸の内を全開にしますもの。うちの子もそうなら手がかからないのですけれど……ねぇ? 貴方」

「そうだなぁ。手はかからないだろうが、王族……いや、貴族としてもちょっとなぁ」

 気がつけば、張り詰められていた空気はフワリと弛くなっていた。



 亡くなった者の資料と同時にツワブキに出兵した者の名簿を持ってきてもらう。


「騎士団と兵士団の書類です。護民官と魔道師団の資料を手に入れるのは少し遅れます。冒険者ギルドへは副団長が向かいました」

「命令系統が違うのだし、仕方ないだろう。そちらへは宮宰に頼んである」


 王家の侍従が動いているようだ。

「神殿には私の付き人が向かっているよ」

 神殿に属さない者が行っても仕方ないので、付き人をしている侍祭に任せたらしい。


 私も独自に学院と連絡を取れれば良かったのだが、ここは魔法禁止区域なのでとることができない。

 使えるのは王家と高位の魔道師団だけだ。



 扉が開き、父が剣を二振り持って入ってきた。

「レイ。稽古の時間だ」


「あなた……こんな時に何言ってんですか!」


「こんな時だからこそ、言っているんだ。分かっているだろう? 次は、私かもしれない。と」


 父の言葉に返すことができなかった。

 従軍した騎士や兵士が亡くなっている以上、将軍が狙われないはずがなく、行動範囲も兄と被るため次が父である可能性は高いのだ。


「時間は有限だ。行こうか、レイボールド。私達の全てを、受け継いでくれ」

「父上……死ぬこと前提で話さないで下さい」


 父は私の肩を叩き、テラスの先にある内庭に向かう。

 広く大きな背を見つめて後を追いながら、はたと気づく。


「いやいや、全て受け継ぐのは無理でしょう」

「できるさ。お前なら」

 軽い口調で応えられても困る。小走りになって横に並んだ。


「人間、追い詰められれば何でもできる。特にお前の体力回復は早いからな。何度でも追い詰めることができる。するとどうだ! どんどん上達するだろう!」


「何と恐ろしい計画っ!」


 父は歩みを止めて、剣を差し出してきた。

「さあ、行くぞ。レイボールド!」

 素早く四歩後退ると、父は構える。

 やる気になった父は構えなくても斬りかかってくる。

 こうなるとどうしようもないので、鞘から抜いて構えれば、目を見張る。


 この剣、真剣である。


「やっ! はああああ!」

「ひいいいぃ!」


 突撃してくる父から必死に逃げる。


「敵に背を向けるなあ!」

 脇の間に剣が突きつけられ、向き合う。

「構えが遅ーい!」

 突きの後に起こる隙で体勢を整えられなかったため第二撃が受けられず、間一髪で蹴り飛ばされる。


「その様では身を守ることなど無理だぞ! 次ぃ!」



 草と土、血の混じった味が口の中でする。

 不快な口に水を呼び出して吐き出した。

 (うつぶ)せから横向きになると、少しは呼吸が楽になった。

 だくだくと汗が噴き出し、伝い落ちていく。

 腹に腕がかかり、持ち上げられる。

「一度、休憩をとるか」

 肩に乗せられ、ギョッとする。

 え? 武官って、成長期の男を肩に乗せられるほど鍛えるの? それとも、父が異質なのだろうか?

 大きく深呼吸して呼吸を調えた時には室内にいた。


 二人かけのゆったりとしたソファに降ろされる。

 目の前のテーブルには資料が置かれ、アラン様が父の前で膝ついていた。

 驚いて姿勢を正す。


 父のズボンを(たく)し上げ、治療をしていた。

 避けることに必死で全く気づけなかったが左(すね)は血に染まり、傍らに立つ侍従の腕には血染めの布があった。

 治療を終えた殿下に礼をする父の横顔をじっと見る。

 その(ひたい)にはいつもと違い、汗が(にじ)んでいた。


 後悔に(うつむ)く。

 父の怪我は、第二撃を受けそうになった私を蹴り飛ばした時に作ったものだろう。

 蹴ることで剣の軌道から私を退けたものの、自分の足が入ってしまった。

 ん? どういう動き方だ?


 うん……。

真剣に鍛練することを胸の内で宣言する。口に出して言えないのは自身の弱いところだ。

 父が言うほど大成するなど、魔道師として育てられた私に可能とは思えない。

 それでも、護衛が着くまで持ちこたえる程には鍛えられるだろう?

 まだ、十五。これから士官学校に入る。

 小さい頃から鍛練してきた貴族生まれや仕官することを夢見た者に及ばずとも、直前で決めた者なら同じようなスタートだ。

 騎士には少なくとも、護民官や兵士にはそういった者も多いと聞く。


 資料を手に取り、ガッシリとした太い腕に身を預ける。自然と口角が上がるのを自覚した。

 くっついた体と、クッションから伝わる振動から、父が声もなく笑ったことを認識する。


「ねぇ、お父さん」

 下から顔を覗きこむ。父はいつもより(わず)かに優しげな顔をしていた。

「これ、どういうこと?」


 父が疲れきるまで、私は徹底的に資料から読み取れることと解らないところを質問した。


 無謀な教育を施そうとする父への逆襲でもあるが、片づけておかないと気にかかって仕方ないことをとっとと終わらせる魂胆でもある。


 私は、父まで死神に渡すつもりは全くない。

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