プロローグ
朝、鳥のさえずりで目が醒める。
隣にいるはずの兄を抱きしめようと、手に力を込めるが空ぶる。
失敗失敗。きっといつの間にか、兄とは反対に眠ってたのだろう。
「いない」
しかしそこに、兄の姿はなかった。まだ覚醒しない頭で、兄がどうしていないのか考える。
ふと、下着姿のまま兄のベッドに潜り込んだことに気付き、一つ想像する。
「トイレかな」
ようやく兄が私に欲情し始めたのかと、背徳感にゾクゾクしながら待機するが、いつまで経っても戻ってこない。置き時計を見れば、既に待ち始めてから30分ほど経っていた。
「しょうがないなぁ」
頑張り過ぎである。どうせなら私の中にゲフンゲフン。
朝ごはんでも作っているのかな。そう思い、トイレ、台所、私の寝室、クローゼット、とにかく家中を散策するが、どこにも姿が見えない。
「兄さん~?」
私と兄は家からここ数年外出したことはない。親は私達を捨てて何処かへ消えた。
兄が株で年収2000万程稼いでいるため、衣食住には一切困ったことはない。しかし、だからこそ兄がどこにも見えないのは異常であり、私を焦燥させる。
動悸が激しい。兄だけが私の生きる意味であり、全てなのだ。その兄に捨てられてしまったら私は。
気がつけば台所から包丁を取り出していた。
兄により、二日に一回研がれている綺麗な和包丁。包丁は私の赤い目を映す。
◇◇◇◇◇
一日待った。けれど、兄は帰ってこない。
◇◇◇◇◇
もう、一ヶ月経ってしまった。
家の中にいても、兄のために綺麗にしていたハズの体も、お風呂に入っていないせいか、栄養が足りないせいか、包丁に映る私はいかにも不健康そうな表情をしていた。
「ぁ……」
もう、もう、限界であった。
気がつけば、私はずっと手に握っていた包丁を落とし、床に倒れていた。
死んだら兄に会えない。その恐怖と、生き続けても兄には会えない。どちらも同じ恐怖。
不意に涙が零れた。
会いたい。声を聞きたい。あの澄んだ瞳で私を見て欲しい。
どれももう、叶わぬ欲求であると理解し、絶望する。
消え行く意識の中、思い浮かべるのは全て、私を救ってくれた兄のことだけであった。