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第七話「no name -高橋将は走り出す-」

 南渡火高校、教室棟の廊下を改札機の中に流れる切符のように駆け抜ける二年生男子、高橋将。

 とある三年生の教室の前でブレーキをかけ、目当ての女子生徒を見つけると、ダッシュで近寄る。


「飛鳥先輩!」


 その女子生徒――飛鳥夏衣の机にバンと両手を打ちつけ、息が上がっているのも気にせずまくし立てる。


「学校、来れるようになったんですね! 心配しましたよ、もうこのまま退学しちゃうんじゃないかって! でもよかったあ、これでまた青春できますね! 学校は楽しいことばかりなんですから! そうだ、執行者の修行も再開ですよね! 僕、あれから頑張って自分なりの技を考えてたんです! 早く放課後にならないかな、先輩に見てもらいたくて――」 「高橋くん」


 飛鳥はいつもの無表情で遮った。


「わたし、もう執行者やめたの」


 今朝何を食べたか答えるかのような自然さだった。


「だから、あなたとの関係も終わりね」


 窓の外で鳥が鳴いていた。






 ○






 【皇帝】(Emperor)が無敗の執行者【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバードを倒したという噂は執行者たちに瞬く間に広まった。同時に【皇帝】の戦術も知れ渡り、かの男は恐怖と軽蔑の対象になった。それでも彼と【(GateGu)(ardian)】の不正を暴ける者が出てこないのは、【皇帝】――銀館(ぎんだて)道道終(ロミオ)がカネの力で警察に圧力をかけているからだった。


 銀館道道終の正体は依然として不明のままだったが、噂によれば半田薬品工業という世界に子会社を持つ製薬会社の大手、その社長が銀館道道終と名乗っているらしい。

 口元を覆う布は個人の特定をできなくさせる細工ということだ。

 しかしその情報すら、もみ消されかけていた。


 【皇帝】は名だたる執行者たちを蹂躙していった。執行者のルールを自分だけに都合よく使い、時には平然と破った。イラついた相手にはボディガードに暴力を振るわせ、辱めを受けさせる。そんな横暴により、執行者たちには少しずつ引退していく者が現れ始めた。

 また、【(GateGu)(ardian)】の信用も地に落ちた。かつては執行者以上に誇り高き存在だった彼らは、【皇帝】の圧力によって辞めさせられ、代わりに【皇帝】の手駒が駅に勤務するようになった。


 そんな状態を嘆き立ち向かわんとする者は、諦めるか、再起不能になる。【皇帝】(Emperor)は執行者たちをカネの力でねじ伏せることに成功したのだ。

 神聖とまで言われた改札口は今や、一般人しか使わないただのゲートとなりつつあった。

 【(Exe)(cutio)(ner)】の歴史は終わろうとしていた。

 最悪の形で。






 ○






 夕方の南渡火駅。

 改札の様子をうかがい、【皇帝】(Emperor)がいないことを確認すると、将は小走りに改札へ向かう。


 そこは閑散としていた。いや、人通りは変わっていないが、それでも寂れて見えるのは執行者がいないからだろう。

 少し前までここは執行者たちのぶつかり合う戦場だったのが、今はその改札の戦士だけが感じられる殺伐とした空気や熱量が感じられない。誰かの落とした切符をまた誰かが気づかず踏みつけるのが見えたのは、自然とその寂しさに俯いてしまったからだろうか。

 このまま執行者は絶滅してしまうのだろうか? あんな金の力に物を言わせて生きてきたのであろうクズのせいで?


 将は思う。

 勝つしかない。

 だが「ただ勝つ」だけでは不十分だ。


 負けず嫌いの飛鳥がこのままでいいはずがないからだ。






 将は飛鳥が執行者をやめると言ってから何度も説得を試みた。

 飛鳥は駅を利用することはできているらしい。そこにチャンスを感じたのだが、放課後に飛鳥を追った将が見たのは信じられない光景だった。

 飛鳥は改札で【三代目戒殺鬼】の通行許可争奪戦(judge)を受けずに無視した。あれほど尊敬していた戒殺鬼を前にして、一般人のように改札を通ったのだ。そこに、将に執行者の誇りとはなんたるかを説いた【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバード飛鳥夏衣の面影はなかった。

 将にはどうしたらいいのかわからなかった。

 それでも確信していることがあった。


 将は何事にも全力で当たる飛鳥が大好きだった。


 成績が一番なのはもちろん、球技祭や体育祭でもクラスの優勝に貢献し、それでも新聞部のインタビューには答えないクールな飛鳥が大好きだった。

 いつも姿勢がしゃんとしていて、そっと文庫本のページをめくるような何気ない所作にもずっと磨いてきたであろう気品の感じられる飛鳥が大好きだった。

 一緒に駅へ向かう道中で一生懸命話しかける将に、素っ気ないようでいつも真剣に言葉を考えて、的確で時に痛いところを突くような返事をしてくれる飛鳥が大好きだった。

 どこかの才能のない後輩を弟子にしてくれて、やるからにはと修行に根気良く付き合ってくれて、無言でペットボトル飲料を差し出してダメージを受けた体を気遣ってくれる飛鳥が大好きだった。


 飛鳥が改札を通る際の、新幹線のように空間を裂いていくのを見た時、黒い長髪が夜の風のようになびいた時、相手を下して優雅に去っていく背中を目に焼き付けた時、やはりと確信した。

 将は飛鳥が大好きだった。


 大好きな飛鳥が諦める姿を見るのは、身を切られるように悲しかった。






「……!」


 寂れた改札に近づこうとして立ち止まる将。久々の感覚が肌を襲った。切符の端が何枚も突き刺さるような、独特の感覚。

 十数メートル先には、会ったことのある顔があった。喋らずとも将に通行許可争奪戦(judge)の素晴らしさを教えてくれた、筋肉質なボクサー。 


(【ちょっと音速で通りますよ】……)


 のっしのっしと歩く様は、かつてと何ら変わることがなかった。彼も【皇帝】に敗れて屈辱を受けたと聞いているが、それでもまだ心を折られていないのだ。それはボクシングとジャッジ、二つの世界で強者として名を残している所以か。


(あの気迫、まだあの人は誇りを失ってない。だったら……!)


 将は飛鳥がいない時、必死で自分だけの技を探し続けた。

 自分だけのオリジナルで「型」として昇華できるのは何か? 二年生男子、高橋将。趣味は将棋。好きな食べ物は鶏の唐揚げ、好きな異性のタイプは凛々しいとすら言えるキリっとした女性、チャームポイントは肌が綺麗なこと。所属する部活は陸上部――


(試してやる。僕の新技。どこまで通用するかはわからないけど、でも!)


 ボクサーが将の再戦の意志を察する。にやついた彼は、ボクシングで培ったフットワークの良さで走り出す。

 将のリベンジマッチは、音速で終わった。

 またしても、将の体は宙を舞った。






 駅の壁に叩きつけられ、将は少しの間放心状態になっていた。

 ボクサーは強い。言葉で伝わらないことすらも伝えてしまうほどに。今回も何か、重要なことを掴めそうな気がしていた。

 鈍い痛みを我慢し、よろめきながらも立ち上がる。


「【ちょっと音速で通りますよ】さん!」


 意気揚々と去ろうとするボクサーを呼び止めた。通行許可争奪戦(judge)が終われば速やかに別れるのが暗黙のルール。それを破ってしまうことに後ろめたさはあり、ボクサーに怒られることも覚悟して、将は呼び止めた。


 予想に反して、ボクサーは人懐っこい笑顔で振り向いてくれた。ほっとして、用件を告げる。


「あの、僕、飛鳥先輩……【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバードの弟子なんです。でも先輩は今、誇りを失ってしまっている。あの【皇帝】(Emperor)に受けた屈辱のせいで! 【ちょっと音速で通りますよ】さん、僕、どうしたらいいんでしょう。自分でも一生懸命考えて、それでも答えは出なかった。僕はバカで弱い。でも、僕に通行許可争奪戦(judge)の素晴らしさを教えてくれたあなたなら!」


 まくし立てる将に、ボクサーは思案顔になる。しゃくれたあごを撫でながら考え、そして笑った。

 タンクトップにより露出している太い両腕。その右を掲げて、マッスルポーズをした。


 将は戸惑ったが、言わんとしていることを理解する。

「力づくで……? どういうことですか? 【皇帝】を倒す? それとも、飛鳥先輩を?」


 ボクサーは力を込めた左腕も掲げて、豪快なポーズ。筋肉の弛緩と緊張によるマッスル・コミュニケーションである。


【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバードは……誇りを失っていない? どういう……そ……そうか。そういうことですね。でも、どうすればいいんですか? 力づくで、どうすれば……」


 幾多の試合で栄光を勝ち取ってきたそのボクサーの筋肉が唸りを上げる。それは芸術的とすら言えた。


「自分の力を信じろ? おまえは強い? ……わかりました。たぶん、答えが見つかりそうです」


 ボクサーは最後に、最も力強いと言われるモストマスキュラーのポージングを見せ付けた。筋肉が大きく隆起する。それは、それだけで並の執行者のものに匹敵する衝撃波を起こすほどの力強さだった。

 将は心にじわりと感動が生まれるのを感じながら、自分も貧弱な腕を折り曲げて力こぶを見せた。

 その瞳からは、再び、一筋の涙。

 ボクサーは筋肉で語る。

 改札を通る、それ即ち、人生(life)であり――青春(sweet days)なのだ。


 そのことを、飛鳥に思い出させなければならない。


 将は走り出す。


 手元のICカードは、涙の光ではなく希望で輝いている。






 ○






 一年前の夜だった。

 飛鳥は父親と妹の沙津の二人と最後の別れをするためにとある駅に来ていた。

 沙津は泣いていた。姉の胸でひとしきり泣いた後、目を腫らしながらも父親についていく妹を見て、飛鳥も悲しまずにはいられなかった。しかしその涙を抑え、必死で隠した。最後までしっかりした憧れのお姉ちゃんでいるために。


 別れ際。


『お姉ちゃん……わたしと別れて、悲しくないの?』

『悲しいわ。でもきっとまた会える』


 沙津の涙の理由は別れが悲しいからだけではなかっただろう。身勝手に姉妹を引き離す親への怒りもあり、それが沙津を自暴自棄にさせたのかもしれなかった。


『わたし、ずっとお姉ちゃんと通じ合いたいと思ってた。でもお姉ちゃんは違うんだね』

『どういうこと? あなたとわたしはちゃんと仲良く通じ合っているはずよ』

『でもお姉ちゃん、本当は弱い部分だってあるんでしょ?』

『そんなことは……』

『だから、迷惑なの! お姉ちゃんのそういうところ、ほんっと迷惑!』


 “わたしはお姉ちゃんの全部を知りたいのに、どうして弱い部分を隠すの?”

 その言葉は電車の音に掻き消され、愕然とする姉の耳に届くことはなかった。

 電車の扉が閉まる。


 漆黒の帳が下りる夜。

 その駅で、姉妹は訣別した。






 ○






 飛鳥は今日も(Exe)(cutio)(ner)たちを無視して自宅の最寄り駅である冠都火駅まで来ていた。


 あれから、沙津とは連絡を取っていない。こちらから電話をかけたり手紙を書いたりすることはできたが、そうする勇気はなかった。

 あの言葉は何かの間違いであって欲しかったが、あれが沙津の本心からの言葉なのだとしたら、それを知った瞬間自分が崩れていってしまう。飛鳥は確信を持たないことを杖として辛うじて立つことができていた。


 沙津に弱さを否定されてから、もともとしっかりしていた長女の飛鳥はますます誰にも頼らなくなった。弱い部分が誰かの迷惑になるなら、そこを見せなければいい。そうして妹のいない五年間を過ごしていた。

 寂しかったし、会いたかった。もう一度、抱きついてくる沙津の頭を優しく撫でてやりたかった。誇りを持って改札を通る自分の新しい姿を、弱さを排除したその姿を見て欲しかった。


 だが自分は改札から逃げた。

 もう強さはない。

 沙津に合わせる顔はないのだ。


 しかし、それでも、改札の向こう側にかつての弟子・高橋将を見つけて、いるはずのない弟を見たかのような懐かしさを感じたその一瞬だけは、またやり直せるのではないかという勘違いに襲われた。


「飛鳥先輩!」


 将はそれだけ叫ぶと、精神を集中させ始めた。対して飛鳥は無表情のまま、改札に歩いていく。


 戦闘の意思はなかった。どうでもいい――いやむしろ負けたかった。かつては自分より遥かに弱かった、二つ名持ちですらない将に有無を言わせぬ衝撃波で吹き飛ばしてもらいたかった。そうすれば将に幻滅されるし、自分の中でも執行者としての何かが完全に終わる。飛鳥は将に終わらされることを望んだ。


 と、将がゆっくりとしゃがみ、床に手をつく。それを見て飛鳥は僅かに心が揺れるのを感じた。

 執行者は通常、自分なりの技や信念などの個性を見つけて伸ばさなければ強くはなれない。【ちょっと音速で通りますよ】ならその筋肉を利用した音速のパンチ力を高めたし、【三代目戒殺鬼】は切符を飛ばす美しさに魅せられて技を磨いた。結果、二つ名持ちたちは個性豊かな者ばかりになっている。


 将のその体勢は、陸上部員ならではの、クラウチングスタートのポーズだった。

 見つけたというのか。将も、執行者としての個性を。


 とくん、と胸の中で鳴る音を感じる。飛鳥はそれを聞かなかったふりをして、ペースを落とさず歩く。


 二人の距離が一定になった。


 将が、その体勢によって実現した爆発的な加速力で改札に迫る。周囲で風が暴れ、埃が舞い上がる。瞬間、飛鳥の視界から将が消えた。どこだ? 上だ! 棒高跳びの要領で高く跳び上がった将を見上げる。駅の天井は高く、しかし将はそれを突き抜ける勢いだった。天井に足をつけて、蹴る。さながら隕石のように改札に飛び込む将、その手には輝くICカード――


 飛鳥は、自分の中で死にかけた何かにどくんと血が通うのを感じた。






『夏衣。おまえは破門だ』


 二年前、飛鳥の師【改神の一撃】はそう言った。


『なぜですか』

『おまえはもう充分強い。震貫穿ノ型は完成に近づいているしな。だから俺がいなくてもこのまま無敗でやっていけるだろう。……というのが一つ。もう一つの理由は、俺は西日本に戻るからだ。そこで【駅(GrandGate)長】(Guardian)にならないかという提案をされている。おまえの面倒を見てやれなくなるな』

『大丈夫です。一人でもやっていけます』

『そうか。そう言うと思っていた。おまえは……』

『師匠……?』


 少し考えてから、師は言う。

『おまえは負けず嫌いだ。だから今後、負けても勝ちにいけるだろう。だが心配なことがある』

 飛鳥の目を見る。

『負けを嫌うあまり、勝つのではなく「負けることから単に逃げる」ことがあるかもしれない。おまえに限ってそんなことはないだろうし、師として信じている。だがもし心細くなったら――』


 どうして忘れていたのだろう。憧れの師の言葉はいつも蘇って飛鳥を助けてくれるのに、あの言葉だけは知らず知らずのうちに記憶の奥底に封印されてしまっていた。むしろ封印しようとしていたのかもしれない。あの言葉を受け入れるのは、勇気がいることだったために。


 しかしまだ遅くはなかった。

 今、思い出せたのだから。


『――仲間を頼れ。一人になって心が折れそうになったとき、支えてくれる仲間を作れ。そのあたりを教えて頑固なおまえの考えを改めさせてやるつもりだったが、時間はない。いいか。おまえは一人じゃないし、一人ではいけないんだ』






 衝撃波の止んだ冠都火駅。

 出口付近で飛鳥は将と向き合っていた。


「……先輩」

 将がぽつりと、しかし決意の表情で、言う。

「やっぱり先輩はすごいです。あそこから僕を逆転するなんて」


 飛鳥は目を逸らした。このまま無視して帰ろうとする気持ちを、次の将の言葉を待とうとする思いが引きとめ、成す術もなく棒立ちになるほかなかった。


「飛鳥先輩、戻ってきてください」


 飛鳥はその言葉に、右腕の肘の辺りを押さえ、唇を噛む。


「いや、違う。飛鳥先輩はどこにも行っていない」


 目をほんの少し見開き、将を見る。


「飛鳥先輩は僕を無視しなかった。本当に道を外れたなら、新技を繰り出した僕を無視したはずだ。先輩にはまだ執行者への熱い気持ちは残ってる」

「やめなさい」

「だからまた一緒に改札を通――」 「やめてよ!」


 飛鳥は何が何だかわからなかった。どうして叫んでいるのか。どうして握った拳が震えているのか。どうして目から熱い雫がこぼれているのか。

 いや、本当はわかっていた。

 楽しくて悔しいからだ。久しぶりに血が騒いで本気で改札を通れたことがこれ以上なく快感で、だからこそ【皇帝】(Emperor)に負けたせいで楽しいことをやめることになったのが何よりも悔しいからだった。


 飛鳥は弱い人間だった。少なくとも、自分では、根の部分ではそう思っていた。自分の弱い部分を否定し叩き直す、その積み重ねでできた人間だった。

 (Exe)(cutio)(ner)をやめた理由は、【皇帝】に屈辱を受けてからその弱さを叩き直すことをやめて目を逸らしていたからだ。それを今、執行者として成長した将を見て本気になってしまい、目を向けずにはいられなくなった。


 飛鳥はその場にへたり込み、すすり泣き始める。何も言えなかった。だが言葉は胸中で渦巻いていた。「もう一度、改札を通りたい」。不具合を自分で解決する改札機が、今は中にたくさんの切符を詰まらせたかのように胸の中がいっぱいだった。


 将がそっとしゃがんで、微笑みながら口を開いた。

「先輩。僕、実家で甘やかされて育ってきたんです。でもそれじゃいけないと思って、親に頼りきりの人生が嫌で、一人暮らしを始めました。できるだけ自分だけで生計を立てるため、親には相当酷いことを言って仕送りは最低限にしてもらったんです。でもそんな生活はつらかった」

 飛鳥は泣き声を最小限に抑えようとしながら、将の話を聴いている。

「そんな時、近所のおばさんたちが大型スーパーで買って余った食材をお裾分けしてくださるようになって……それで少しマシな料理を作れるようになって、その食事を口に運んだ時、気づいたんです。誰かに頼ってもいいんだ、って。あはは、単純かもしれませんけど」


 夕方の駅。飛鳥には自分の嗚咽と、将の優しげな声しか聞こえない。うつむき、涙でぼやける視界にはオレンジ色の夕日の光と、将の影だけが映っている。


「自立してる先輩はすごくかっこいいと思います。そんな先輩が憧れでした。でも、通行許可争奪戦に負けてこんな風になってしまった先輩を見て考えました。誰にも頼らず一人で生きてきた先輩にだって弱いところはあるんだ。弱さから目を逸らす弱さがあって、目を逸らされた弱いところ、それを叩き直し続けた上に成り立ってた自立だけど、そんな自立は苦しいんじゃないかって思う……ん……ですけど……」

 自分の言葉が適切か迷っている風の将。飛鳥は頷いて先を促す。

「えっと……だから、先輩は自分の弱いところを嫌うばかりじゃなくて、認めてあげるべきなんだと思います。でも認めるだけじゃだめだ。頼って欲しい。誰かに頼ってもいいんです。だって、それが更なる強さに繋がるんですから。弱音をもっと吐いてください。僕が全部受け止めます」


『だから、迷惑なの! お姉ちゃんのそういうところ、ほんっと迷惑!』


「でも……わたし、迷惑かけちゃうよ……?」


 上目遣いで見つめる飛鳥に、将は満面の笑顔で応えた。


「先輩は僕に迷惑をかけません。先輩の言葉の全部が、行動の全部が、僕にとっては嬉しいんですから」






 その日、飛鳥夏衣は再び、『改札を通る』ということを知った。

 気高き【(Exe)(cutio)(ner)】は涙とともに穢れを洗い流し、立ち上がる。

 その瞳には改札機のICカード読み取り部のような、熱い光が宿っている。

次回、第八話「Bye Bye Blackbird -飛鳥夏衣が立っている-」

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