第_話「____」
負け犬め
そんな呪詛が聞こえた。振り返る。誰もいない。ただ、今通った、一方通行の改札機があるだけだ。その言葉を吐かれる理由には身に覚えがある。怖くなった。何かに追われているような気がした。その何かが何なのかはわからない。強いて言えばそれは自分自身の姿をしていた。走る。走っても走っても振り切れる気がしない。次の駅に着いた。改札。ICカードを改札機にかざす。何も起こらなかった。電子音すら鳴らない。何度もカードを読み取り部に叩きつける。やっと反応したが、扉は開かない。どうして。残額表示の液晶を見る。そこには「負け犬め」の文字。後ずさりする。何かが踵に当たった。背後を見るとそこにも改札機。それだけではない。四方八方に改札機の入り口があり、そのどれもが通行を拒んでいた。カードをタッチしなくても発せられる拒絶電子音の大合唱――
飛鳥はびくりと震えて目を覚ました。
深夜、自室のベッドの上。部屋には月明かりが差し込み、藍色が滲んでいるように見える。滲む? 目をこすると指が濡れた。ため息をつきたいところだが息は荒くてそれどころではない。心臓の鼓動も速かった。
水を飲もうと思った。部屋から出るためにベッドから降りると、机に置かれた紙が目に入る。
書きかけの手紙だった。宛名は妹の飛鳥沙津。本文には謝罪と、懇願と、決意の言葉。軽く読み直してみる。ある部分で目を留めた。こう書かれていた。
“もうわたしは弱くないから”
静かな部屋を耳障りな音が乱す。飛鳥は認めた。認めた上でやめた。逃げたのだ。力任せに手紙を破り捨てた飛鳥は、ゴミ箱から窓の外へ視線を移した。空を見る。星はなかった。
次回、第七話「no name -高橋将は走り出す-」




