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第六話「Emperor」

 南渡火高校の放課後。

 将が飛鳥のいる教室を覗いてみると、飛鳥がツンとした態度で女子生徒と話していた。日直の仕事でもしたのだろうか、日誌のようなものを持っている。女子生徒は離れていき、飛鳥は帰る仕度に入った。


「な、なんか飛鳥さん今日機嫌悪くない?」 「わかる。でも女の子だから仕方ないよ」 「それにしたって怖くない? なんか人殺しちゃいそー」 「あはは、それはないって~」


 廊下での女子生徒のひそひそ話を聞き、「よし、今日は我慢できなくて教室まで来ちゃったけど言われている通り駅で待とう」と思う将だった。


 しかし飛鳥は機嫌が悪いというよりは、緊張しているようにも見える。何かあったのだろうか。

 将は飛鳥のことをほとんど知らない。力になりたいが、昼休みの時のように何度も拒絶されてきた。


 だが将も負けず嫌いの意地っ張りだ。いつかは飛鳥を支えられるような男になろう、そう思っている。きっと飛鳥に振り向いてもらうのは改札機へ一度に十枚の切符を通すより難しいだろう。けれど、いつかは、溢れるこの気持ちを読み取ってもらいたい。

 今日も、精一杯修行しよう、と決めた。






 ○






 飛鳥も、噂は聞いていた。

 恐ろしく強い執行者、【皇帝】(Emperor)の噂だ。戦った者の誰もが戦意を喪失するほどらしいが真偽は定かではない。しかし、それほどまでの強者が現れたならば飛鳥もいつかは戦うことになるだろうと思っていた。


 師、【改神の一撃】の言葉を思い出す。それは、彼がとある執行者、【(Untoucha)(bleBull)】と戦った後に聞いた言葉だった。






 【(Untoucha)(bleBull)】は全身を振動させて常に強烈な衝撃波を発する技の持ち主で、技使用中はゆっくりと歩くことしかできないが、相手は衝撃波に押されて前に進めないから自身の歩みが遅くても充分勝てるという、当時は東日本最強なのではと囁かれていた執行者だった。

 しかしその男は最強にはなれなかった。その技の振動は自身の体をも破壊する諸刃の剣であり、最強の肩書きを手に入れる前に引退せざるを得なくなったからだ。


 その男の最終戦が、【改神の一撃】との戦いだった。

 西日本最強の彼は絶え間なく発せられる衝撃波に耐え、全身の骨にヒビを入れられながらも一歩一歩進んでいき、真正面から【(Untoucha)(bleBull)】に勝利した。

 そして目や鼻、耳からも出血してダウンする【(Untoucha)(bleBull)】を介抱しながら呟いたのだ。


『強者にとって誇りとは、命と等価ではないのだな』






 今、飛鳥は強者と乗車券を交えようとしている。

 どれほどの誇り高い強者なのだろうか。飛鳥よりも改札への思いが強く、命を投げ打って勝ちにくる、そんな相手かもしれない。しかし、こちらも命を懸けてなんとしても勝ちたいと思った。今までにないほどの美しい戦いを、その強者と作り上げたいと思った。


 【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバードに負けは許されない。今回も必ず勝つ。飛鳥は決意を固めた。






 ○






 高校からすぐの南渡火駅。

 将は飛鳥より早く高校を出たはずが、長身な飛鳥の大股歩きに追い越され、彼女を待たせることになってしまった。やはりピリピリしている。


「高橋くん」

「は、はい」

「考えたのだけれど、今日の訓練は無しよ。わたしは今からやることがあるから。じゃあね」


 踵を返して去ろうとする飛鳥。将は慌てて「ちょ、ちょっと待ってください!」と叫ぶ。


「何かしら? 手短にお願いするわ」


「あの……」

 ピリピリした飛鳥先輩の姿も最高です、仕事人の活躍を見たいです、もっと先輩のことを教えてください。

 とは言えない。

「あの、わざわざ待っててくださってありがとうございました! また明日からよろしくお願いします!」


「ええ。また明日――」


 その時だった。


 おぞましい気配が改札口の向こう側から放たれ駅を駆け巡った。執行者だけが感知することのできる、皮膚を切符で切られるかのような感覚。将はびくりと飛び退いて、飛鳥は首を傾けて気配の方を見た。


 身長一九〇センチメートルほどの大男だった。白い軍服のような威厳のあるスーツに身を包み、動くと銀色の装飾が揺れる。口元を覆った布も高級に見える。顔つきには精悍という言葉がぴったりで、自信という要素のみで形作られたかのようだ。強気な眼光は飛鳥をめる。

 将は飛鳥が同じくらいの凄まじい目つきで睨み返していることに震え上がった。


(こ、この人たち……)


「待っていたぞ、【漆黒の訣別】バイバイ…ブラックバード

「そう。待たれる側に歓迎されないことがわかっていて待つのはさぞ心苦しかったでしょうね」

「やはり電話の相手は貴様で間違いなかったようだな。私は銀館(ぎんだて)道道終(ロミオ)【皇帝】(Emperor)だ。通行許可争奪戦(judge)を受けてもらう」

「あなた、素人でしょう? わざわざ宣戦布告なんて野暮なこと、執行者はしないわ。わたしに挑むなんて数十年早いのではないかしら?」

「野暮? 執行者の誇りなど私にとってはどうでもいい。ただ私は趣味を楽しむだけだ。貧困にあえぐ国のスラム街に観光に行き、群がってくる弱者どもを撃ち殺す遊戯。今回はその弱者が執行者に代わっただけだ」


 飛鳥が表情を変える。その変化は僅かであっても、決定的なものだった。

「クズね」


 何者だ、と疑問に思いながらも将も飛鳥と同意見だった。強そうなのに意外ではあったが、この男は執行者ではない。こいつは【必然】(Destiny)のように誇りを持っていないし、それ以前に人として最低だ。飛鳥も心から落胆していることだろう。

 しかし将は自分を【皇帝】(Emperor)と名乗る男の自信の正体を掴めずにいた。


「クズ、か。この私を相手に怖気づかないとは、やはり二つ名持ちともなれば執行者は強き存在。いいだろう、貴様を潰してやる。惨めにな」


 そう言いつつも動かない【皇帝】(Emperor)に対して、飛鳥は体勢を低くしていく。臨戦態勢。

 将は声をかけたかったが、集中を阻害しないほうがいい。周囲に人もいないし、スリや妨害者には出くわさないだろう。

 飛鳥から離れようと思ったが、気づいた。足がすくんで動けない。まるで改札機の中で切符が詰まるかのように脳からの命令が滞っている。


 将は飛鳥の勝利を確信していた。

 この足のすくみは飛鳥からほとばしる、改札を冒涜した者に対しての憎しみのオーラによるものだからだ。


 同時に驚いてもいた。

 かつて、【ラッシュアワーの魔術師】を相手に見せた“震貫穿ノ型”とは違う体勢だったからだ。


(これ、新幹線どころじゃない……! もっと上位の存在……リニアモーターカー? いや、そんなレベルじゃない。これは……まさか……!)






 ○






 震貫穿ノ型を完全に習得した時、飛鳥の感想はこうだった。


 “新幹線の原型だから、なに?”


 世界にはもっと速いものがある。リニアモーターカー、旅客機、音速の壁を越える戦闘機。新幹線など、超音速機に比べれば亀の歩みに等しい。

 言ってしまえば、震貫穿ノ型は世界レベルで見れば弱すぎるのだ。

 噂には、世界最速の航空機であるスペースシャトルの構造に大きなヒントを与えたアメリカ発祥の拳法・NASAや、厳しい修行の末に天高く昇る宇宙ロケットの如きアッパーを使えるようになるという謎の武術・幻昇流など、スピードにおいては飛鳥流執行術・震貫穿ノ型を超えるものもあるようであった。


 飛鳥は更なる速さを手に入れるため、文献を読み漁った。最強が最強であり続けるには努力を怠るわけにはいかない。しかし図書館にあった、武術やジェット機や「速さ」の秘密に関係すると思われる本を全て読み終えても、大した手がかりは得られなかった。


 そんな時、息抜きのために開いた童話があった。


 美しい表現、深みのあるストーリー。飛鳥はいつの間にか熱中し、一気に読了してしまった。

 そして、気づいた。

 『これだ』――と。


 その物語において、主人公の少年は、心優しい友人とともに汽車の旅をする。

 そこは幻想的な世界だ。水晶や黄玉トパーズが敷き詰められた河原の向こうの、プリオシン海岸。天の川の砂がこごってぼおっとできたというサギやお菓子の味のするガンを食べる、赤ひげの鳥捕り。そして遂に南十字サウザンクロスに到着すると、心優しい友人は「石炭袋」という空の穴に母の姿を見て惹かれ、こつぜんと消え失せる。少年は寂しさで泣き叫び、丘の上で目を覚まし、あの不思議な光景や神秘的な体験は少年の夢だったことに気づく。その後、少年はあの心優しい友人が川に落ちた仲間を助けて死んだという事実を知った。あの汽車の夜は死んだ友人との最後の交信であり、死者との旅行であったのだ。

 飛鳥自身の解釈を含めるならば、名作のあらすじはこんなところだ。


 夢の中で、少年は銀河ステーションという場所から北十字星、そして南十字星にまで到達する。この旅は四五分間のものであるという解釈があるが、それを用いて考えるなら、つまり汽車は何千光年もの距離を一瞬ともいえる速度で駆け抜けていったことになる。

 そんなことをいっても、これは少年の見た夢だ。解釈もさまざまある。しかし、だからこそ飛鳥は理解した。


 究極の速さは現実世界には存在し得ない。

 しかしそれを異次元から引き出すただ一つの方法がある。

 精神にそれを宿らせるのだ。


 【皇帝】を前にして、飛鳥は目を閉じる。それでいい。集中した彼女は、網膜に頼らなくても相手の動きを察知できる。その集中力を更に高め、イメージする。まぶたの裏を、きらびやかな燐光の川の岸を進む汽車が走っていく。


 夢の中で様々な体験をした主人公の少年は、「みんなのほんとうのさいわい」のためならば自分の体が灼けても構わない、冥界のやみの中だって怖くないと言えるようになる。四五分の夢旅行は少年に信念を芽生えさせたのだ。時に人を成長させる、それが「夢」。


 飛鳥も今、夢をみていた。改札を通り抜け、相手を蹴散らす夢だ。強烈なイメージトレーニングとも言えるそれは、彼女を神速の精神世界へといざなう。

 夢の中の自分は光速を超え、星々を渡り、銀河をまたぐ。それをみる心の中にこそ、真の「速さ」はあるのだ。


 少年・ジョバンニは友人のカムパネルラと「みんなのほんとうのさいわい」を求めると誓った。

 飛鳥は今、「自分のほんとうの誇り」を証明するためにここにいる。


 他の万物の追随を許さない、夢速むそく(ムゲン)kmの疾走。


 それこそが、物語の世界を具現する、新生・飛鳥流執行術における最終奥義――――






 “銀河鉄道のよる






 ピッ――――


 改札機から、電子音が響いた。


 それは執行者にとっての勝鬨かちどき


 飛鳥がそれを聞く時、必ず相手は敗北に顔を歪める。


 此度も敵である【皇帝】は顔を歪めて、




 ()()()




 ピピッ――――


 おかしい。


 ピピピピ――――――――――


 おかしい……!





 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()






 ○






『飛鳥先輩飛鳥先輩、先輩って執行者の中で最強なんですよね?』

『ですよね、って半分断定されても困るのだけれど。ええ、確かに無敗だから最強かもしれないわ。あくまで、この地域では、だけれど』

『うわあ、やっぱり先輩って凄いです! じゃあ強者故の寂しさーとか、物足りなさーとか、あるんですか?』

『無いわ。そんなことを感じていられるほどわたしは強くない――というのもあるけれど、一番大きな理由は』

『理由は?』

『執行者は誰もが誇りを持って改札を通っている。その情熱に触れたら、寂しさや物足りなさなんて感じている暇はないの』

『へえ……。じゃ、じゃあ、誇りも情熱もない執行者が現れたら?』



 【皇帝】がICカードを持った右手を伸ばし――



『言ったでしょう? 執行者の定義は改札への情熱を持っている生物だ、って。でも、そうね、もしそんな奴が現れたら』



 十数メートル先の七つの改札機に向けて、ゆっくりとかざした瞬間――



『誇りを持ったこのわたしが負けるわけがない。全力を以って叩き潰す。それだけよ』



 ――飛鳥は膝から崩れ落ちた。






「嘘、でしょ……」


 ピピピピピピピ――

 七回連続した電子音。

 それは紛れもなく、“七つの改札機全てがICカードを読み取った電子音”だった。

 【皇帝】(Emperor)は、改札の十数メートル向こう側から()()()()()()()()()

 ICカードを投げてすらおらず、ただ遠くの改札機にかざしただけだ。


「そうよ……嘘よ……!」

「飛鳥……先輩」

「【皇帝】、あんたっ! 双方の改札機への距離が一定になってから戦いを始めるという、通行許可争奪戦(judge)のルールを破ったわね……!」


 飛鳥は一旦その場で構えをとり相手の動きを待つ必要がある。しかし相手が飛び道具使いで、且つ“一定距離のルール”を守らないなら、飛鳥は構えている間に簡単に先を越されてしまう。

 たとえ構えた後の飛鳥の動きが音速を超えているとしても、音速を超えるより先に相手に行動されては勝てるはずはない。


「……ああ、そうよね。あんたは誇り無き負け犬、ルールを守らないただのクズだった。そうでなければ……こんなこと……。タッチせずにカードを読み取らせるなんて、ことは……。畜生……仕組んだわね……ICカードと改札機を改造したわね! そうでなければICカードを十メートル遠くからかざして読み取らせることは不可能! 【(GateGu)(ardian)】っ! 一体何をして……」


 将にも見えた。窓口にいる【(GateGu)(ardian)】が、逃げるように引っ込んでいったのが。

 呆然としたままの飛鳥に、【皇帝】が言った。


「さて、執行者にはルールがあるのだろう? その内の一つに『通行許可争奪戦(judge)が終わったら、動ける場合は歩みを止めずに速やかに別の改札を通って去らねばならない』というものがあったはずだ。違うか?」


 将は思い出した。飛鳥の弟子になったその日に、メールで執行者のルールを教えてもらった。その中の一つだ。人の流れの美しさを重んじる執行者ならではのルール。


「さあ、貴様はまだ動けるはずだ。速やかに別の改札を通れ。おっと。通れる改札と言えば――」

 【皇帝】(Emperor)は邪悪に目を血走らせる。

「――一方通行の改札しかなかったなァ……!」


 将の頭の中で飛鳥が【必然】(Destiny)にかけた言葉が蘇る。『一方通行の改札を通るということは、最初から戦う気のない一般人と同等ということよ。誇りを持っていないわ。一度でも執行者の世界に触れた者がそこを通る時、その者は負け犬の烙印を押される』


「……ふざけないで! 誰がそんなこと」

「クク、いいのか? ルールを守らなくて。妹の手本になるんじゃなかったのか?」

「なっ……どうしてあなたが妹のことを」

「地方にいる飛鳥沙津は今、一人で帰宅する途中だ。人通りの少ない場所を歩いている。危険だな、不審者に襲われるかもしれない」

「だから何」 「想像力がないのか? わかるだろう」 「……ハッタリよ!」 「そう思いたいならそう思えばいい。私は携帯で連絡をすればすぐに部下を使って飛鳥沙津を『保護』できる。これは事実だ」


 飛鳥を辱めるためにそこまでするというのか。いや、それが【皇帝】(Emperor)にとっては普通のことなのかもしれない。これも一つのゲームでしかないのだ。

 飛鳥が歯軋りをした。将が見たこともないほど激怒している。


「……どうしろっていうのよ」

「私はルールを守って欲しいだけだ。同じ執行者としてな」


 飛鳥の声は将の鼓膜を震わせるだけでなく、悔しさの苦味を思い出させるようだった。彼女は怒りに震え、今にも叫びだしそうにしながら、足を踏み出す。


 将は焦燥に駆られる。フラッシュバックする、以前の飛鳥の姿。弟子にしてと懇願する将を突っぱねた時も、将に指導するために相手を倒した時も、飛鳥という存在はあまりに堂々たる【執行者】だった。

 もし誇り高き戦士の飛鳥が、負け犬の烙印を押されてしまったら?

 築き上げてきた自分自身の心の強さは?


 飛鳥は内で暴れる憤激を押さえつけるように片腕を抱きながらも、一歩ずつ進んでいく。


 ――だめだ。


 重い脚を、少しずつ前へ。点字ブロックにすらつまづきそうだ。彼女からはもう仕事人オーラは感じられない。


 ――だめだ……


 一方通行の改札はすぐそこに――


「だめだ! 飛鳥先輩っ!!」


 飛鳥を止めようとした将は、しかし、黒服の男に腕を掴まれる。【皇帝】(Emperor)の部下だ。振りほどこうとしても相手の力が強すぎる。

 電子音が鳴り、【皇帝】(Emperor)が笑った。

 将は改札を見る。


 飛鳥の執行者としての姿は、穢されていた。


 放心状態で立ち尽くす飛鳥を見て、将もがくりと膝をつく。無敗で最強の執行者が、負けた上に耐え難い屈辱を受けたのだ。

 しかし仕方のないことだった。相手が卑怯すぎたのだ。妹を救うためには言いなりになるしかなかった。こうも言える。飛鳥は執行者としての誇りを捨ててまで妹を助けたのだ。その点については胸を張れることだ。妹もきっとこれを知れば感謝して――


「フハハハハッ! 馬鹿め! 飛鳥沙津の居場所など知らんわ! まんまと騙されたな。貴様の自己犠牲は無駄だった。無意味に私の靴を舐めるかのような行為をした気分はどうだ? そして誇りとやらと妹を天秤にかけて妹を選ぶまでためらいがあったが、本当に妹思いなら即、私に従っていたはず。貴様の妹への思いは所詮その程度ということだ。ククッ、気高い執行者などやはり弱者に過ぎないらしいな」


 将は更に呆然としたが、この男の言っていることは間違っていることはわかる。飛鳥は胸の中で煮え滾る怒りを抑えつけるのに必死だったのと、本当に妹が襲われそうになっているのか不透明だったから動けなかったのだ。


『卑怯者!』

 そう叫んでほしかった。

『いいわ、次は必ず勝つ。あなたがどんな姑息な手を使っても!』

 飛鳥のそんな啖呵を期待した。


 しかし彼女は置物のように突っ立ったままだ。

 将は去っていく【皇帝】(Emperor)とその部下を無視して改札を抜け、彼女に近寄って呼びかける。


 彼女は泣いてはいなかった。唇を噛んでもいなかった。

 その虚ろな表情は、心のどこかが決定的に欠けた者にしかできない、幽霊のような冷気を纏っていた。






 飛鳥はその日から、駅に姿を現さなかった。

 穢されてしまった自分の執行者の魂を、改札に見てもらいたくないかのように。

次回、第_話「____」

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