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第四話「地獄への片道斬符」

 父親との仲が完全に悪くなって五年後であり、将と出会う三年前、つまり飛鳥が十五歳の頃の盆休み。

 帰省ラッシュが始まり、連日多くの人が改札を通っていた。

 それは改札の戦士、(Exe)(cutio)(ner)も集まってくるということでもある。沙津(サツ)は実戦訓練のために駅に駆り出されたが、父親は忙しいために姉の飛鳥夏衣(カイ)が付き添うことになった。


 飛鳥は駅に行きたくなかったが、十一歳の可愛い妹を一人で危険な場所に行かせるわけにはいかない。古武術を使える身体能力を持つ自分なら、沙津を守れる自信はあった。


「お姉ちゃん、一緒に来てくれるってことは通行許可争奪戦(judge)のこと教えてくれるの?」

「わたしはもう改札道は諦めたのよ。今日は見てるだけ」

「えー、お姉ちゃん才能あるんだから、今でも沙津より強いんじゃないのー?」


 飛鳥は微笑んで、隣を歩く沙津の頭を撫でた。

 沙津は小学生にしても背が低く、中学校で整列させられる時に一番後ろにされるほど背が高かった飛鳥と比べると年齢差四歳とは思えないほどだ。そのため撫でやすく、沙津も姉によしよしされるのが好きだったから、自然な光景だった。


「わたしには努力する才能がなかったわ。でも沙津は厳しい練習にもついていけている。絶対にわたしより強くなれるわ」

 妹といるこの時だけは、自然な微笑だった。


 沙津は、えへへと恥ずかしそうに笑うと、飛鳥の先をぴょんぴょんと飛び跳ねながら駅へ走っていく。


 沙津と離れたのは失敗だった。

 駅は戦場だ。

 そして戦場にいるのは、誇り高い戦士だけではない。

 頭ではわかっていても、飛鳥は油断していた。


「きゃああっ!?」

「Hei kovasti! Se on kiva sää. Pelataan ulkopuolella iloisesti tällainen päivä!」

「ヒャッハハーァ! 幼女は預かった!」 「今日も黒き肌を持つ【シャチョサン】はフィリピン語でオレたちの心を的確に代弁してくれるぜ!」 「ヒョッホーウ!」


 沙津が改札を通った先には一人の黒人男性(フィンランド出身フィンランド語話者)と、チャラいという表現がぴったりな日本人の男たち。沙津は、可愛い妹はその中の一人に羽交い絞めにされていた。

 わけがわからない。駅は戦場であっても無法地帯ではないはず。【(GateGu)(ardian)】と呼ばれる守護者によって一定の秩序は保たれているはずだった。

 しかし窓口を見ても駅員はいない。万事休すか。


 それでも飛鳥は立ち向かう。彼女はこの頃から少女離れした胆力を持ち合わせていた。


「ちょっと、あなたたち。妹に何をするつもり?」

「Ei, ja jos yrität edes vähän teetä. Olen Daniel nöyrä ulkomaisia ​​työntekijöitä. Äskettäin työtä oman yrityksen, tämä nuori Salaryman on lupaava tulevaisuus.(いえ、少しお茶でもしようかと。私はしがない外国人労働者のダニエル。この若者たちは私の会社に最近就職した、将来有望なサラリーマンです)」

「今、この黒人【シャチョサン】はフィリピン語で『この幼女をペロペロしたいお』と言っているぜ!」

「で、でた! 世界の全ての言語だけでなく、宇宙語や異世界語すら翻訳してみせるという【これはペンです(I am pen.)】の超翻訳!」 「その二つ名は常識にとらわれた翻訳をしないという誓いの証!」 「翻訳を超えた翻訳は宇宙の真理へひとっとびだあ!」


 沙津を助けるチャンスをうかがう。そんな飛鳥を見て【これはペンです(I am pen.)】は、宣教師が布教するように語り始めるが、チャラ男が神妙な面持ちになったところで滑稽にしか思えない。


「良いかねそこな幼女と少女。オレが【シャチョサン】の言葉を超翻訳するのは何故だかわかるか? 【シャチョサン】を知ることから全ては始まるからだ。ビッグバン――宇宙の創世以前より存在した【シャチョサン】はイコールこの世とあの世の全てであるからだ。オレも【シャチョサン】。あいつも【シャチョサン】。あれも【シャチョサン】、それも【シャチョサン】。そしてッ! おまえも【シャチョサン】なのさ」


 【シャチョサン】と呼ばれた、黒人な以外は一般的なサラリーマン(三十六歳 既婚 愛車・カローラ)はニコニコとしている。状況がわかっていないのかもしれない。

 静かに激怒する飛鳥は改札を通って沙津のところへ行こうとする。しかし背後にもチャラ男。襲われる。数には勝てない。飛鳥は他のチャラ男たちに取り押さえられてしまう。


「お、お姉ちゃん!」

「沙津! くっ……」

「Aw, pidän hauskaa. Miten uusi pelata? Muistan tytär odottaa paluuta asuntoni.(おやおや、楽しそうですね。新しい遊びでしょうか? アパートで私の帰りを待つ娘を思い出しますね)」

「【シャチョサン】はこう告げている。『さあ、哀れな小娘よ。私との通行許可争奪戦(judge)の時間だ』」

「ククク……始まったな」 「超翻訳により全ての偽りは洗い流され、残るは【シャチョサン】のみ」 「物質、分子、原子、素粒子、そして最後に最小単位【シャチョサン】」 「日本という居心地の良すぎる場所へ留まりがちな現代の若者を、フィリピン語によって国際色豊かな世界へと導いてくれる。それが【シャチョサン】という概念。そう、概念なのだ」 「ザンギリ頭を叩くまでもなく文明開化のソニックブーム。【シャチョサン】の経営目標、それは――“みんなでトップアイドルに”」


 【シャチョサン】と呼ばれる一般的黒人サラリーマン(娘は六歳)がチャラ男たちに促され、改札に近寄る。もう通行許可争奪戦(judge)は始まっているのだ。しかし飛鳥は体を押さえられていて動けない。


「オレはあのエキサイト翻訳を超えた。いいか、『あの』『エキサイト翻訳』を『超えた』んだ。この翻訳力は通行許可争奪戦(judge)において、【シャチョサン】のサポートをすることで真価を発揮する。【シャチョサン】による三千世界の真実に迫る言葉を相手の執行者に染み渡らせることで、あまりに高次元な存在を知らしめ戦意喪失させる。そうならない者も気迫に圧されて気づけば敗者となっているのだ」

「気迫に圧される? ドン引きの間違いでしょう」

「せいぜい吠えていろ。じきに【シャチョサン】が【シャチョサン】して【シャチョサン】【シャチョサン】する【シャチョサン】だ」


 黒人サラリーマンは改札の前まで行くと、チャラ男たちに止められる。何事か言葉を交わすと、チャラ男の一人――【これはペンです(I am pen.)】が黒人から切符を取って投入口の近くでひらひらと動かす。


「Mitä sinulla on päällä? Mutta pidän hauskaa vähän. Japani on erittäin hyvä maa kaikki on niin onnellinen kuin pila.(いったい何をしているのですか? でもちょっと楽しそうですね。日本は皆が楽しそうでとても良い国だ)」

「【シャチョサン】はこう唱えている。『ホ~ラホラ、切符入れちゃおっかなあああ? ああっ、入っちゃう入っちゃう! 入っちゃ……ハイラナーイ! と見せかけて……』」


 屈辱だった。目の前に改札があるのに動けない屈辱。わざと勝負を終わらせずにいたぶられているという屈辱。取り押さえられていなければここからでも通行許可争奪戦(judge)に勝てるのに。そして沙津を恐怖から救って頭を撫でてやれるのに。


 周囲の人は見て見ぬ振りをして去っていく。誰も姉妹を助ける者はいない。あのサラリーマンには目線が合っても無視されたし、あの女子大生はこちらの声は聞こえているだろうにスマフォをいじったままだ。

 そうだ、いつだって頼れるのは己自身だった。

 父親に崖から突き落とされるような教育を受けた時も、沙津が男子との喧嘩で泣かされた時も。

 そして今回も――助けは来ない。


 飛鳥は歯軋りをする。その頃の魂が百まで続くと云われる三つ子の時点で負けず嫌いだった飛鳥は、この瞬間が大嫌いだった。悔しさと共に別の悔しい記憶が蘇るからだ。定期テストで二位だったあの記憶。体育祭の徒競走で一位だったが自己ベストを更新できなかった記憶。父親に「改札道をやめる? ふざけるな! おまえ自身はそれでいいのか!?」と怒鳴られた記憶――


「悔しいか?」


 あれ、どうして父のあの言葉を思い出したんだろう、と思ったのと、その声を聞いたのは同時だった。

 静かな声は、しかし誰もいない野球場にホームランの快音が響くかのようで、チャラ男たちの吐いた汚い息をサアッと吹き飛ばしていくようにも感じた。

 声がしたほうを向く。チャラ男たちも口をつぐんでそちらを見た。


「悔しさがあるなら、おまえはまだ成長できる。そのエネルギーは全ての執行者の持つ感情。あらゆる敗者に共通し、あらゆる『勝者と成り得る者』に共通する感情だ」


 長身痩躯の男が革靴を鳴らしながらゆっくりと歩いてくる。他の誰も言葉を発さない。見て見ぬ振りをしていたサラリーマンや女子大生の視線すら集めて、男は歩いてくる。


「おまえは、常識の尊さを知らぬまま常識破りを口にするようなそこの軽薄な男たちとは違う。幼いながら、信念とはいえないながら、強い思いを持っている。そして大切なものを守るために敵に抗う意志がある。その意志のある者が改札を通ろうとする時、内に秘めている煮え滾る思いは“誇り”に変わる」

「でも! わたしじゃこいつらを倒せない……わたしが弱いから! だから意志なんかあったって……」


 長身の男は長く細い脚で、しかし象のように地を踏みしめる。

「そうだ。おまえは弱い。今のおまえに、抗うことによる誇りある敗北はもはや勝利だ、という言葉は気休めにすらならないだろう。だから――『教えてやる』」


 何かが風を切った。

 音すら聞こえないその一撃。

 一瞬遅れて、チャラ男たちの悲鳴とともに飛鳥から腕が離れた。

 長身の男が胸ポケットから取り出しざまに投げ放った切符は、飛鳥に群がっている方の敵たちの腕を切り裂いていた。


「神経をほんの少し切らせてもらった。その腕は使い物にならないだろう」

 男は切符――いや、斬符を挟んだ指を目の前で立てる。

「師匠と違い、一度に何枚も投げるのは不得手で性にも合わないが……一撃の鋭さ、その一点に関しては極めたつもりだ」


「ま、まさか【戒殺鬼】……いや、違う。こいつは西日本で最強と云われる執行者――【改神の一撃】」

「な、なんでここにこいつが!?」 「おい、指が動かねえぞ!」 「嗚呼、【シャチョサン】よ! オレたちをあるべき姿へ戻してくれ!」 「Haluan syödä lasagnea.(ラザニアが食べたいです)」 「【シャチョサン】は啓示する! 『改札を通って逃げろ!』」


 改札の向こう側で沙津を拘束していたチャラ男たちは次々と改札を通り、逃げようとする。奴らは恐怖に屈した。飛鳥たちは助けられたのだ。しかしなぜか安心できなかった。スッキリできない。その理由を理解させるような声が、彼女の耳に飛び込む。


「行け!」


 それだけで充分だった。

 その【改神の一撃】の言葉に突き動かされるように飛鳥は改札へ飛び込む。勝利を、救いを、いつかは自らの手で掴み取れるようになるために。屈辱を晴らし、傷ついたプライドを取り戻すために。狙いは、【これはペンです(I am pen.)】というチャラ男のリーダー格であり、汚らしい腕で沙津を羽交い絞めにしていた張本人。その顔が恐怖に歪む。対する飛鳥の口元には、会心の笑み。改札に素早くICカードをかざし、その凱旋門に体を滑り込ませる。

 【これはペンです(I am pen.)】は衝撃波で吹き飛ばされ、床を転がり、エスカレーターでドナドナのように下の階へと運ばれていった。


 この瞬間、飛鳥は、初めて『改札を通る』ということを知ったのだった。






「お姉ちゃん!」

 沙津が姉に抱きつき、目いっぱい頬ずりをする。

「怖かったよう、おねえちゃあん」


「ごめんね、沙津。お姉ちゃん、これからはちゃんとあなたを守るわ。だから、許してくれる?」

「うん、うん。お姉ちゃんは悪くないもん。悪いのは勝手に離れていった沙津だもん」


 身長差のある姉妹は駅の構内で抱き合い、妹は甘え続け、姉は彼女の頭を優しく撫でていた。

 電車が去ってから時間が経ち、次の電車が来るまでも少しあるため、駅は閑散としている。そんな中、飛鳥の方へ歩いてくる長身痩躯の男。手には自販機で買ったと思しき缶ジュースが二本、缶コーヒーが一本。

 未だにぎゅうっと強く抱きついてすすり泣いている沙津に代わって、両方のジュースを受け取る。飛鳥の礼に頷いた長身痩躯はコーヒーを開けて一口飲み、それから言った。


「どうだった、通行許可争奪戦(judge)は」

「せいせいしました」 「ははっ、そうか」


 飛鳥は沙津の頬に冷たい缶を当ててやる。ひゃっ、と小さく悲鳴を上げて離れ、缶ジュースに気づくと目を輝かせた。彼女は長身痩躯にぺこりとお辞儀して礼を言い、こくこくと飲み始める。


「あの……【改神の一撃】さん」

 飛鳥は珍しく遠慮がちに言う。

「このスッキリした気持ちって……」


 長身痩躯は缶を口から離し、駅の外の街路樹を見つめたまま切り出した。

「改札は人が通るだけの場所じゃない。プライドとプライドがぶつかり合って火花を散らす戦場だ。俺たち執行者はそれを深く理解している。どうしてだろうな?」

 その茶色の瞳は揺れることがなく、一つの芸術品のようだった。


「ボールを奪い合ってゴールに入れる、そんなものに熱中し時には命まで懸ける奴がいる。どうしてだかわかるか? 子供たち、あるいは社会人ですら、そういった競技の金にもならない試合で、歯を食いしばり、甘えを捨て、本気で戦うこともあるのはなぜだかわかるか?

 楽しいからだ。戦えば名誉を得るからだ。彼らは最初から形ある戦利品なんか求めちゃいない。

 俺たちも同じさ。通行許可争奪戦(judge)は一見バカバカしいと思えるかもしれない、いや、明らかにバカだ。それでもそんなことに全力を尽くす。それが楽しいのさ。それが……誇らしいのさ」


 飛鳥はじっと長身痩躯を見つめていた。その彼は、すっと視線を合わせて、初めて微笑んだ。


「おまえもそうだったろ?」






 これが飛鳥の師となり、その後は有能な【駅(GrandGate)長】(Guardian)としても名を馳せることになる【改神の一撃】との出会いだった。

 その頃から飛鳥はバカの仲間入りをした。そのことを今でも、誰よりも誇りに思っている。

次回、第五話「愛すべきバカどもの戦いと、終わりを告げようとする何か」

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