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1.avant. - Nightmare. It's bygone nightmarish incident.

 それは――突然、街に現われた。

 ただでさえ巨大な体躯は、両翼を広げることでその三倍は大きく見える。

 その巨大な翼で風を巻き起こすように、それは街を蹂躙していく。

 世界規模大厄災ユニゾン・ザ・ワールド以降、珍しくもなくなった魔獣による強襲事件。

 だが、これは復興後においては、類を見ないレベルのものだ。

 街に現れたのは翼竜種と後に分類された、翼を持つ巨大なトカゲ。もっと分かりやすい表現でいうのであれば――ドラゴン。

 暴れ回るその翼竜によって、電柱が倒れてくる。

 自分はそれに気が付かない。

「危ないッ!」

 気が付いたのは――母親がそう叫んで、自分を突き飛ばした時だ。

 何をするのだと母親に文句を言いたくて、でも直後に背後から聞こえた音に驚いて、自分は後ろに振り返る。

「あ……ああ……」

 まだ幼かった自分は、どうして良いか分からなくなった。

 いや、今また同じようなことが起きても、きっとパニックになっていまうかもしれない。

 即死じゃなかったのは奇跡だったのか、悪夢だったのか。

 倒れた電柱に下半身を押しつぶされながらも、それでも母親は生きていた。

「逃げ、なさい……ッ!」

 苦しそうに、だけど全身全霊を掛けているのだと、幼い自分にも理解できるような、力強い声で、母親はそう叫ぶ。

 だけど身体は動かない。視線は母親に釘付けになっている。自分が何をしたいのか、何を考えているのかすら分からない。

 翼竜がやってくる。

 来るな。来るな。来るな。来るな。来るな。来るな。来るな。

 ただそれだけを願うも、そんな願いを聞き届けてくれるような魔獣ではない。

 そんな魔獣に対して、一つの影が自分と母親の間に割って入る。

「逃げなさい。あなたのお母さんは私が助けるから」

 黒い髪。どこかの学校の制服。カタナ。

 その後姿は今でも目に焼きついている。

「で、でも……」

 何がでもなのか、自分でもよく分からない。だけど、その場から離れたくなかった。

「何やってんだよお前はッ!」

 そんな自分の手を力強く取る人がここへとやってきた。

 それは自分の幼馴染の――

「あのバスターの姉ちゃんが助けてくれるって言ってるんだろ?

 だったら、おれ達は逃げるしかないんだよッ! 邪魔になりたいのかッ!?」

 その幼馴染の瞳にも涙が滲んでいる。だが、それを流さないのは子供ながらも男としてのプライドと――そして、たぶん、自分の前では泣いてはいけないのだと、そう考えているからだろう。

 それが、頼もしいと感じたのは事実だ。

 だから自分も握られていない手で涙を拭い、お姉さんの背中を見た。

「お母さんを、願いします!」

 丁度、太陽の逆光で顔は見えなかったけれど、だけどお姉さんはこちらを見て微笑み、力強くうなずいたことだけは分かった。

 だから、自分は母親とお姉さんに背を向ける。

「いくぞ、アイツはもう先に行ってる」

「うん」

 アイツ――もう一人の幼馴染。

 涙を振り払うようにうなずいて、自分は彼に手を引かれながら、一緒に駆け出した。


 そして全てが終わった後……

 お母さんと、バスターのお姉さんは、避難所に顔を出すことはなかった……


 それでも、お姉さんを恨むことはない。

 少なくとも、自分を救ってくれたのは彼女だ。

 彼女がこなければ、母親共々翼竜に殺されていただろう。


 あの姿に、あの背中に、きっと憧れた。

 だから――なのだろう。

 避難所で、二人の幼馴染に、それを告げたのは。

 子供ならではの浅はかな決意。

 それでも、二人の幼馴染は自分をバカにしたりはせず、

「いいんじゃねぇの。おれもいつかやろうと思ってたしさ」

「いいね。三人で最強のバスターになっちゃおう」

 その二人は、まるで自分がそう言い出すのを待っていたかのように手を差し伸べてきた。


 母親やお姉さんの敵討ちがしたいから――というのとは少し違う。

 きっと、自分は、あのお姉さんが自分を助けてくれたように、自分も誰かを助けてあげたいから、魔獣バスターになろうと決めたんだと、今ならそう思う。



「ヒィちゃん……お疲れ?」

「んん……? ショウ……?」

 自室のベッドで目を覚ますと、自分の顔を覗き込んでいるショウが居た。

「ん、そういうワケじゃないと思うんだけど……」

 ショウがそこからどくのを待ってから、ヒチリキはゆっくりと身体を起す。

 ふと、頬に変な感触があり、軽く触れる。

「なにこれ?」

「泣いちゃうような夢でもみたんじゃない?」

 少し濡れているその頬に、なるほど確かに心当たりがある。

「母さんの夢を見てたみたい」

「そっか」

 それ以上のことをショウは言わない。彼女なりの気遣いなのだろう。

 起き抜けで、しっかりと働かない頭を何とか回転させながら周囲を見渡す。

 時計がどこにあったのか、すぐに思い出せない程度にはボケているらしい。それでも、近くにショウがいるのだから、ことは足りる。

「今、何時?」

 なのに、ショウはすぐに答えずに、意地悪い笑みを浮かべながら、テレビの電源を入れた。

《――幸い、死者は出ませんでしたが、学校は休校となりました。また、まだ周辺に現れる可能性がある為、近隣住民に警戒を呼び掛けています》

 どこかで、魔獣の強襲事件があったのだろう。そんなニュースを聞き流しながら、寝ぼけた頭で、画面の片隅に表示された時計を見る。

「七時四十三分……」

 その時間を脳内で反芻する。

 ゆっくりと、湖面に波紋が広がるように言葉の意味が脳内に広がっていき――

「……もう、そんな時間ッ!?」

「八時までに出発しないと、遅刻しちゃうよ?」

 慌ててベッドから飛び降りて、クローゼットから制服と下着を取り出す。

「シャワー浴びてくる!」

「ご湯っくり~」

「出来るワケない!」

 こういう時に、自分の髪が長いのが嫌になる。好きで伸ばしているので誰かに文句を言えるようなものではないのだが。

「そういえばリュウは?」

「他人に付き合って遅刻したくないって」

「相変わらず厳しいというかなんというか……」

 バスター業を理由に、学業を疎かにしてはならない。

 学業を理由に、バスター業を疎かにしてはならない。

 これは、チームにおける掟のようなものだ。

 遅刻くらいはともかく、留年などしようものなら、チームは即解散だ。

 それを思えば、リュウテキの態度はそう間違ってはいないのだろう。

 乱暴にパジャマを脱いで、シャワールームへ飛び込み、シャワーの蛇口を捻る。

 最初に出てくるのはほとんど水だが、眠気覚ましに足へ掛けるくらいなら丁度良い。

 やがて、シャワーは熱を帯びていき……

「熱……っ!?」

 適温化する前に、一度熱湯になることを忘れていたヒチリキは、思わず悲鳴を上げるのだった。

「ヒィちゃん、ちょっと落ち着けぇ~」

 シャワールームの外から聞こえてくるのんびりとした声に、

「……うん……」

 ヒチリキは少し涙目になりながらうなずくのだった。






 世界規模の大厄災ユニゾン・ザ・ワールド

 国連はその日を元年とし、西暦の終了を宣言。

 新たな時代――幻想歴《Pantastic Era》の始まりとする旨を全国へ伝えた。




 そして、日本もまたユニゾン・ザ・ワールドの起きた年を元年とし、再出発の誓いを籠めた、新たな年号が始まった。




 時は燈現(とうげん)十六年(P.E.16)。

 少なくとも先進国はだいぶ復興が進み、かつての暮らしを取り戻し掛けていた。

 復興後の生活には、魔獣に関する事柄が加えられながらも、それでも人々の暮らしには西暦以前と比べても劇的な変化はなく、その魔獣と折り合いながら、日々の生活を営んでいる――



 いずれは、魔獣の居ない生活を取り戻せると、そんな願いを抱きながら……

 

 

 


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