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007・【副隊長視点】何この状況…(副隊長)誰か…助けて下さい!!(真実を知る隊員一同、魂の叫び)




 その日、オレがいつも通りいつもの時間に出勤すると、第六団隊の隊長の執務室の空気が死んでいた。


 …なぜなら、


 そのど真ん中に、この部屋の雰囲気には全くもってそぐわない、ものっ凄くファンシーなふわもこ着ぐるみが鎮座していたから。


 そしてその周りでは、書類を握り絞めた隊員達が、これでもかと言うほど目を見開いたまま固まっている。


 …何なんだろう?この異様な状況。


「どしたの?この空間」

「ぁ、ふ、副隊長!お、おはようございます…」


 とりあえずは、現状を把握しないといけないよね。でも一番気になっているのは…


「うん、おはよー。あのさ隊長は?まだ来てないの?」

「た、隊長、は…」


 いつもなら、とっくに来て自分の席に腰を下ろし、見ている書類が今にも灰になって消え去るんじゃないかと思うほど、険しい顔付きで睨んでいるのに。


「?もしもーし?大丈夫かな?聞こえてるー?」

「ぁ…あの…あの、あれっ…!」


 隊員が震える指で示したのは、何故か違和感の中心。

 今まで全力で視界から消していた、謎のファンシー着ぐるみだった。見間違いかと思って、もう一度隊員の指を見る。先を辿る…やっぱりソレを指差していた。


 ま さ か…ねぇ?


「……よし」


 意を決して着ぐるみに近付き、何となくドアがわりに着ぐるみの頭をノックしてみる。思ったより柔らかいなこれ。ぼふぼふと間抜けな音がするが気にしない。


「た、たいちょー?隊長、いますか〜?」

「…」


 こくりと頷く着ぐるみ。…ああ、いるんだ…。もう一度ノックする。


「…たいちょー、そろそろその顔に絶望してどっかに引き篭りたくなる気持ちも分からないでもないですが、こんなものなんかに引き篭ってないで出てきて下さいよー」

「…違う」


 つぶらな瞳のファンシーな着ぐるみから轟く低ーい声。なんとも言えないその強烈な違和感…うん、隊長の声だね。


「なら早く出て来て下さいよー。今は演習前でそれまでに片さなきゃいけない仕事が山ほど溜まってんですからー。隊長も分かってるでしょー」

「……出られない」


 ぼそり、と唸るような返事が返ってくる。いつの間にか着ぐるみを殴っていた手を止めた。


「?…あ。もしかして、一人じゃ脱げなくてここに来たんですか?はいはい、じゃあさっさと脱ぎましょうよ、オレら手伝いますから。だいたい何ですかこれ?猫?狸?」

「………みゅけぽん」


 空気が凍った。あれ?隊員達、さっきから息もしていないんじゃないだろうか?おーい、窒息するなよー?…っと現実逃避はこのくらいにして。


「は?みゅ…今なんて言いました?」

「…みゅけぽん。今売り出し中のマスコットキャラクター…らしい。…これは、脱げない…」


 …とうとう隊長は壊れたんだろうか。人間としての人生を諦めて、魔獣園にでも永久就職するつもりなんだろうか?…ま、絶対させないけどね。


「…まあいいです。さ、とっととこんなのは脱ぎましょーねー…?」


 あれっ?継ぎ目が無い。長い毛足の着ぐるみを触るが、頭と胴、胴と手足…どこにも継ぎ目らしきものが無い。…てか、やけに手触りいいなこの着ぐるみ。とても作り物とは思えない毛並みや質感だ。いったい何で出来ているんだろう?


「……隊長。どこにファスナーあるんですか?」

「…言っただろう。脱げないんだと」


 そんなにまで脱ぎたくないのか。お気に入りなのか。似合わないからとっとと出て来なさい。


「あーもー分かりました。じゃあ切りますよー」

「だが…」


 問答無用。自分の机から鋏を掘り出し、毛皮を躊躇い無く切…れない?


「うわ、硬ぁ!!隊長!何なんですかこれぇ!!」

「…………みゅけぽん」


 ぶちっ、っと頭のどこか片隅でそんな音が響いてくれた。ははは、何だろうねぇ?


「んなこたぁどうだっていいんですよ!!いったい!何の!材質で!出来て!るんで!すかッ!!」


 怒鳴りながら何度も鋏で切り付ける。うわっ!刃が凹んだ?!手触りは柔らかいのになんで!?


「…知らん。俺もナイフで斬り付けてみたんだが、毛一本切れなかった。…ナイフが、折れた」


 買ったばかりだったのに…、と落ち込む隊長の言葉に、オレは歪み始めた鋏での不毛な争いを止めた。…本当に毛一本傷付いていない。何でだ?…まぁ、それよりも…。


「……なぁ隊長、どうすんですか…今日、視察…あるんですよ…?」

「…だから諦めて定時にここへ来た」


「………だからって…どうやって行くんです?」

「……このまま?」


「…………」

「………」


 朝の爽やかな空気のもと、ここだけ世界が死んでいた。




 あの後隊長は…本当にあの着ぐるみに武器を携え、視察に出掛けた。


「たいちょ、本当に、本っ当に…それで行くんですか?」


 死んだ目をしているであろうオレの隣には今、ファンシーな……隊長がいた。何故か襷を掛けられ、その襷には『一日たいちょー』と書かれている。きっと、後ろに続く隊員の目もオレと同じく死んでいることだろう。


「まあ、下手な鎧より強度はありそうだし…視察はサボれないし、脱げないから仕方ない」


 機動性はあるが視界が少しな…、と呟く隊長。あんたそれで本当にいいんか。いいんか?



 そして隊長には絶対喋るなと厳命し、視察もつつがなく、(意地でも何でもつつがなく!)終わろうとしていた時だった。


「みゅけぽん!」


 幼児が隊長に飛び付き、小さな花を差し出していた。


「これ、あげるー!」

「……」


 隊長は無言ですごく慎重にその花を受け取り、さらにものっすごーく慎重に幼児の頭を撫でた。

 幼児は笑顔できゃいきゃい喜んで、やがて手を振り、母親の元へと駆けて行った。


「さ、隊長…帰りましょうか」

「……」


 隊長は頷き、視察は終わった。




 翌日、みゅけぽん着ぐるみの呪いから無事に開放されていた隊長は、こんな目に遭いながらも、呪いを施した者を怒ることもなく、子供に泣かれずにプレゼントまで貰ってしまった…!しかも頭を撫でて笑ってくれるとは…!とひっそり大喜びしていた。

 ちなみに、貰った小さな花は、大切に押し花にしたらしい。もう二度とない幸運だろうから、宝物にするとのことだ。

 そんな隊長に、その場にいた隊員達は一部は無言で目頭を押さえ、一部は頭を抱えた。

 そして後日、その話を聞いた他の隊員達は、そのささやかな幸せと隊長の境遇に咽び泣いたという。




 あぁ…ほんと、いつ見てもネタに事欠かない隊長様だよなぁ…まったく。ま、そんなとこが気に入ってるんだけどさ。

 さてさて、その隊長にこんなことをしでかしてくれたのは、どこのどいつかなぁ?ちょーっと詳しくお話を聞きたいよねぇ?…ふふふ?






 《隊長は 宝物を 手に入れた!》…隊長は宝物をそっと小さな額縁に飾った。レベルアップ!スキル・思い出を獲得、みゅけぽんを身につけた。一部の隊員は理性を失った。でも翌日には復活した。


 【みゅけぽん】…今売り出し中のマスコットキャラクター。

 三毛猫と狸を合わせてデフォルメしたような、パステルカラーのふわふわしたファンシーなキャラクター。

 視察後、何故か人気が急上昇したらしい。

 ちなみに、襷を掛けたのは隊長ではない。



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