一つ目の願い
僕はいつもの帰り道をただただ歩いていた。
地平線に沈む夕日が僕の顔を照らす。
ふと、僕は顔をあげた。
前には一人、僕に向かって歩いてくる者がいた。
…僕?
ごめん、とそいつは呟き、いきなり僕の顔面を殴る。
その衝撃に僕は耐えきれず、冷たいコンクリートの上へと倒れた。
何するんだ。僕はそう叫ぶ。
しかし、僕が起き上がった時にはもう誰もいなかった。
僕の前に何かが舞い落ちた。
黒いカラスの真っ黒な羽だった。
僕の周りには苦しみしかない。幸せも喜びも楽しみもすべてが苦でしかない。
こんな世界なくなってしまえばいいのに。
僕はいつもそう思っていた。
だからこんなことが起きたのも自然と言えるだろう。
そう、僕はいつものように神社の前に来ていた。ポケットから財布を取り出す。運がないことに今日は五円玉がない。しょうがないから百円玉を入れる。いつもより多くだしたんだ、多く祈っても撥はあたらないだろう。
「誰かを殴りたい。誰かを殺したい。わからせるんだ。この世はただの虚構だと。この世界は滅びると。」
僕はそう祈る。
つくづく僕は異常なのかも知れない。普通の人間はこんなことを祈らないだろう。
そもそも・・・。こんな古びた神社なんかに賽銭なんかいれる人はまずいない。
ふと、僕は思う。なぜ祈ってるのか。毎日こんなところに来て世界の破滅を願う。叶うはずもないその願いになんの意味があるのだろう。
「それは君の心が虚構だから、かな。」
目を閉じながらそんなことを考えていると、そんな声が聞こえた。
静かに目を開ける。
そこには少女がいた。
賽銭箱の上にちょこんと腰かけて。
「あなたの願い叶えてあげましょう。」少女は言う。彼女は?何なんだ?
「私は神です。」僕の質問に神は答える。
目の前にいる少女が突然少女がいきなり自分は神だといっても普通の人は信じることはないだろう。しかし、僕は信じた。それくらい彼女は美しく、神々しかったのだ。彼女の黒く長い髪はさらさらと川の流れのように地へ流れ、紫の澄んだ目はまるで水晶のように光を帯びている。身に着けている巫女の服はいっそう彼女のその美しさをきわだたせる。
「ただ、自分で叶えて貰うことにしました。」神は笑顔で言う。
自分でって、どういうことだ?
「私には時を支配する力があります。それをあなたに使ってもらうのです。」
神はそう言うが僕はよくわからなかった。
「それでは、具体的な話をしましょうか。あなたは先ほどある者に殴られましたよね。あれはあなたです。具体的には未来のね。あれで未来のあなたは、誰かを倒したい、という願いを叶えたわけです。」
つまり、今から僕は過去の自分を倒しにいくと言うことか。
「そのとおりです。」神はそう言うが、正直自分を殴ることなんてしたくない。他の人でもいいんじゃないか?
「そうはいきません。なぜなら、あなたが殴られたという事実はこの時間平面上の決定事項として規定されてしまったのですから。」神の表情は次第に真面目にる。
それにしても意味がわからん。
「まあ、簡単に言うとあなたがあなたを殴るということがなくなってしまったら、タイムパラドックスという矛盾が起こりこの世界は滅びてしまうということですね。」
そうか、ついに僕は世界の命運を決めるまでの存在になったのか。・・・正直実感がわかないが、世界を守るためにやらなくてはいけないと。
僕がゆっくりそう答えると、神は「物分りがいいですね。」と言い、神は指を鳴らした。
謎めかしい笑顔で、「じゃあ、実際にやってみましょう。」そう言いながら。
不意に僕の目の前はぐるぐる回り始めた。吐き気がする。まるでコーヒーカップに乗ってるみたいだ。そして僕は気を失った。
気がついた時には、僕はコンクリートの上にうつ伏せになっていた。僕は手をついて起き上がる。
一瞬、神に会った出来事が夢だったのかのように思われた。なぜなら、目の前に広がっていたのは、いつもの暗い帰り道だったからだ。しかし、僕はすぐにそれは間違いだとわかった。
いつもの道から歩いてきた者が一人。それは僕だった。しかもほんの数十分前の。
僕は神の言ったことを強く理解した。
僕は本当に時間移動をしたのだ。そして、今僕がやるべきことは・・・。
自分を倒すことだ。
そう決意して、僕は僕の前に向かって静かに歩きだす。
「無事にできたみたいですね。」神は僕に向かって呟いた。
全くだ。それにしても、自分を殴ったあとすぐにもとの時間に戻されるとはな。いきなりはやめてもらいたい。物凄い気持ち悪くなるからな。
「そんなの知りません」僕の言い分に対して神は素っ気無くそう返す。
そんなら、もうここでお別れだな。そもそもなんでこんな面倒なことしなくてはならないんだ。普通にあなたが叶えてくれたら良いものを。
「タダで叶うなんて思ったら大間違い。私にはそんな力はないのですから。できるのは時を操ることだけです。」
それだったら、願いなんて…。叶わなくていい。
そう言うと、神は突然険しい表情になり、僕に迫った。
「あなたの願いはそんな小さいものなのですか?」
続けて神は言う。
「世界を滅ぼす。そんな途方もないほど残酷で強大な願いをしたあなたに何もなかったとは思えません。」
少しの間静寂が訪れる。それから静かに僕は口を開いた。
両親が殺されたんだ。
僕はそう言った。
僕は殺した奴が憎いよ。
そいつを殺したい。
けれどもっと憎いのは、こんな運命にした世の中なんだ。
だから、すべてが無くなってしまえばいい。
「わかりました、次はその願い叶えてあげましょう。」
突然神はそう言った。
僕の頭にハテナマークが浮かぶ。
「だから、両親を殺したい奴を殺したいんでしょう?だから、」
そう口にして神はパチンと指ならしをした。
僕の首が突然跳ねとんだ。