大きな株
「会長! 大変です!」
「どうした? 入ってきていきなり。何をうろたえておる。我が社の秘書長たる君が、そんな様でどうする。何があろうと、ワシのようにどっしりと構えんか」
「失礼しました。我が社の株が、買収工作に曝されていまして」
「何?」
「元より会長が一代で築き上げましたこの会社。会長のご親族だけで、持ち株の比率は五割を超えます。確かに慌てるようなことはありませんでした。お見苦しいところをお見せしました」
「……」
「会長? どうかいたしましたか? お顔が優れないようですが?」
「いや。それがな、秘書長…… 最近妻とうまくいっていないんだ」
「奥様とですか? 奥様は確かに会長に次ぐ大型株主。万が一買収されたら、ひとたまりも……」
「分かっている。流石に株を手放すことなど、ないと思いたいのだが。仮に離婚となれば、慰謝料以上の額に化けるだろうしな。あの株は」
「今からでも、お話し合いをもたれては?」
「仕事一筋でワシは生きてきた。あれを粗末に扱ってな。今となっては口もきいてはくれはせんのだ」
「何をおっしゃいますの、あなた」
「お前? どうした? 何故会社に?」
「話は聞きました。何を情けないことをおっしゃいますの」
「お前。買収には乗らないのかい?」
「もちろんですわ。苦労した会社ですもの。秘書の方? これでもう大丈夫ですの?」
「いえ、まだ半分には届きません。他のご親族の方が、買収に応じれば……」
「そうですか。そう思って、連れてきてますわ」
「おばあちゃん。何? 急に話って、お小遣いの話? 上げてくれんの?」
「おお、孫や。お小遣いか? どれどれ、ワシが」
「あなた。今は株の話ですわ」
「おお、そうだったな。孫や。株の話は分かるか?」
「難しい話。私、分かんない」
「そうか。売ってくれと言われても、絶対に話に乗ってはいかんぞ。小遣いなら、お爺ちゃんが、いくらでもあげるからな」
「はーい」
「会長。後の株は、確かご長男様と、ご長女様がお持ちでしたね」
「うむ。長男はワシの言うことは何でも聞く、とても孝行な息子だ。大丈夫だろう」
「おじさん? そう言えば、おじさん。犬のようにお爺ちゃんの言うことを聞いてれば、いずれはこの会社は俺のものだとか言ってたよ」
「何? そんな浅ましい下心で、ワシの話を聞いておったのか…… 説教だ。性根を叩き直して――」
「あなた。今あの子の機嫌を損ねたら……」
「む、そうか。買収に乗りかねんな。ここは我慢か。ところで孫や。お前のママは、ワシの長女は何処だ? 一緒じゃないのか?」
「ママ? ママはいつも朝帰り。まるで猫みたい。昼間は寝てるわ」
「ええい、だらしない! 呼びつけなさい! ワシが説教して――」
「あなた。それであの娘がいじけて株を売ったら、どうするおつもりですか?」
「ぬ。会社を大きくし、株を与えて贅沢させてやっても、それで実の子供に、説教の一つもできんのか? だいたいお前の育て方が――」
「何ですか? 悪いのは私ですか? 何なら、あなたの愛人さんに、育ててもらった方がよかったかしら」
「お前。古い話を……」
「どうだか。古い話以外、私が気づいていないとでも?」
「いや、お前それはな……」
「会長。お取り込み中、失礼します。会長様、奥様、お孫様。犬猫――いえ、ご長男様とご長女様の五名様で、株は分け合っている。それでよろしいでしょうか?」
「おお、そうだ。それで五割と少しの株を押さえている。これで安心だ。いや、待てよ。確か長女の婿に……」
「ああ、そうですわ。あなた。あの婿養子に、僅かばかり売ってありますわ」
「いかん。孫や、パパはどうしてる?」
「知らない。会ってない。ママも会わなくていいって、言うし」
「ああ、そう言えば別居中だったな。まずいぞ。くそ、だからあんなうだつの上がらん男を、婿にするのは反対だったんだ。家柄も、家族も、人間も、体格も小さい、あんな、ねず――」
「あなた。そんな話、本人に聞かれたら、ことでですわ」
「そうか? そうだな。ん? こんな時に電話が。もしもし。ああ、君か! 丁度今、君の話を。何? よくも婿養子だからって、今まで散々言ってくれたな、だと。貴様! 株を売るつもりか? 貴様の持ち分の株など、たかが知れている。それでもワシらを裏切って、僅かばかりの金が欲しいか? 何? 買収をしているのは、貴様だと? もう他の株の引き抜きは、終わってるだと? 後は婿だ何だと散々罵られた、自分の分を足すだけだと? おのれ! このネズミめ!」