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Crawler  作者: 鈴木大志
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潜める

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 「不幸だった」だの、「運が悪かった」だの、やたら言い訳をする奴がいるが、そういう奴らは大抵の場合、運など悪くはなく、運が良かったからといって結果を残すこともできない。そんな誠に無責任でどうしようもない人間だ。そういう奴らにはいつも腹が立つ。誰も本当の不幸を知らずに自分自身が不幸なように語ってる。俺より不幸な人間なんていないのに。

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 逆に自分が不幸ではないと思った時があったのだろうか。過去に潜れば潜るほど純粋だった子供の頃見ていた景色よりも鮮明に、陰惨な情景を目の当たりにする。意識が芽生え始めた時あるいはもっと前に植え付けられたあの親の姿は、俺をどうしようもなく歪ませるのには充分だった。この力も先天的な物だと思っていたが、もしかすると後天的な要因もあったのかもしれない。

 俺の先祖は平安時代から代々続く霊媒師の家系だった…らしい。もうそれも母の代で途絶えた。母は全く霊が見えなかった。それもあってか、母は親戚全員を毛嫌いしていた。形のない物を徹底的に拒み、金や、体、その他、形があるものを求め、溺れた。18で上京し、20代でアパレル業界の社長の息子と結婚した。そして、結婚してまもなく愛の形として俺を作った。俺が生まれてきたとき、母はとても喜んでいたらしい。自分の息子を愛そのものだと「愛斗まなと」と名付け、一生涯守り抜こうと思っていたらしい。息子が霊が見えるとわかるまでは。隔世遺伝なのだろうか、母が突然変異だったのだろうか、どちらにしろ皮肉が効きすぎている。見えることを望まれた娘より、望まれなかった息子のほうがそれを持って生まれるなんて、嘲笑うには出来すぎている。見えるとわかってからは、ありきたりの悲劇をなぞっただけだ。母子家庭の被虐待児それだけで伝わるだろう。ある時には、悪霊になる夢を描いたほど、心はすり減っていった。ただ、霊が見えることで狂ったこんな人生にも、救いはあった。それは皮肉にも「霊が見えること」だったが。

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 霊が見えると言っても、死装束と三角巾を身につけた足のない人間が見えるわけではない。彼らは至る所に立っている。ただ死人として立っている。彼らが息絶えた1秒前のその姿で。だから子供の頃は、霊のことを怖がらなかった。この現代社会において、死因の大半は悪性新生物、心疾患、老衰。目立った外傷なんてほとんどありえないからこそ、子供の頭で霊と認識できるような霊に遭遇することは多くはなかった。いわゆる「シックス・センス」のような映画映えするものではなかったのだ。ただ、裏を返せば現実に潜む普遍的な死は、酷く悪趣味な物だった。焦点の合うことのない両目、土を混ぜた肌の色、強張った体。何も派手ではない死に様は人生の苦悩をより惹き立たせ、陰惨で鬱鬱としたものを映し出していた。それは大人になればなるほど深みを増し、一度も霊のことを考えない夜はなかった。

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 タンッと語尾を強く打つ。一通り画面の文字を眺め、作業を終えたことを誰かに伝えるように溜め込んでいた息を吐き出す。『Command』を押さえながら、『S』を何度か押す。上書き保存されたことを確認し、MacBookを叩きつけるように畳む。立ち上がろうとして、ふと机の奥を見る。目が合う。「あっ、しまった」と呟く。それらが境界線を超えることだってことぐらい、40年弱の人生で味が無くなるほどに噛み締めていた。現世に飢え、現世に残ってるこの悪霊どもは、思春期の餓鬼のごとく自分に反応してくるもの全てに全力で跳びかかる。現に、さっきまで虚空に視線を垂れ流していたその目は、今こちらを見つめ爛々と光り輝いている。渇いた生唾を飲み込み、「いつも通り」を意識しながら目を閉じる。一呼吸を置いて無関心を装う。悪霊の対処方法ぐらいいくらでもあるのだろうが、少なくとも俺はごまかすこと以外しらない。何も無い振りを貫きながら、寝る準備を始める。幽霊に囲まれて寝るのには、まだ慣れないが思い悩む夜はもう無い。これ以上の不幸は存在しないのだから。

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