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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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言魑魅

 宴は、すでに熱を帯びていた。


 ただ盛り上がっているだけとは、少々様相が違っていた。

 今夜は響家と奏家の結びつきを強める、ためだけではない。経紋衆と輪紋衆のさらなる統制を取るには、欠かすことができない。


 それは、婚姻という契約でもあった。


 この先、(ケガレ)が強大化する時に備えて大切な事。


 古くから、響家では祝いの言葉には形があると信じられていた。


 言祝ぎは人を結び、家を保つ。

 だが、その場に妬みや欲が混じれば、同じ言葉はたちまち魑魅(すだま)へと変わる。


 言魑魅とは、祝いの皮を被って生まれる穢れのことだった。


 穢は、どこから来るのか。


 昔は山だと言われた。

 その後、湖だと言われるようになった。


 だが本当のところを知る者は、ほとんどいない。


 元は一つであった輪経紋が、二つに分かれた。

 その再びの一体化の具現。


 祝言(しゅうげん)

 穢してはならない、言祝(ことほ)ぎの儀式。神に報告する場である。


 ──言祝ぐ。めでたい。喜ばしい。


 そこへ、あってはならない事件が起きてしまった。

 その波紋は、宴席に戻ってきた輪紋衆の男達の戯言(ざれ)話がきっかけだった。


 輪紋の男達の中、一人だけ小屋へと行かず酒を飲んでいた剛拳(ごうけん)だったが、事の真相を確かめに小屋へと向かった。


 剛拳は身の丈七尺半(約230cm)の大きな熊のような男だった。

 小屋の前に立ち、屋根を二、三回叩くと、低い声で中へ向かって唸った。

 すると、小屋の中の男達は一旦静まった。


 一人、常軌を逸した洋巳の姿に、剛拳は大きなため息を吐くと、男達に洋巳を戸口まで連れて来させた。洋巳の口に布を詰めると、小脇に抱えて暗闇に消えた。


 剛拳は洋巳をひっそりと屋敷の裏方へ運んだ。頭領代理を呼ぶと、訳を話して引き渡した。

 その様子を一目見るなり、代理は事の重大さに蒼白となった。

 この先は、響家の領分だ。


 ──哀れな……。


 剛拳は、洋巳が明らかに奨弥に想いを寄せていることを知っていた。


 それにしても、どうしてこのようなことになったのか。


 剛拳には思い当たる節があった。しかし今夜はこのまま、めでたい席を穢すことはできない。

 御子姫に任せる他なかった。


 ──ただ、もしもの時は、俺がなんとかしてやろう。


 その後、何事もなかったように、祝宴は明け方まで続いた。

 皆、今夜が、三日三晩続いた中で、どれほど大切かを知っていた。

 この先の両家だけではない、《以比勿(バケモノ)》としてのこれから先の、(ケガレ)との戦にも関わってくる大切な、儀式の日だった。


 ──(こと)魑魅(すだま)


 御子姫の門出ともなる言祝ぎの日に、穢の元となるようなことが決してあってはならない。大きなうねりとなって、我が身に返ってくるからだ。

 それは、この場にいる誰もが知っていた。


 御子姫と奨弥の(つい)は、御子姫が産まれ落ちた時にすでに決まっていた運命。


 かつて、この定めを違えたことで家を割り、戦へまで波及した例がある。

 その時もまた、始まりはたった一人の情からだった。

 一族は長い時を経て、その教訓をしきたりへと変えた。

 だからこそ誰も、運命に仇なすことの重さを知らぬふりはできなかった。


 それを覆すことは、許されない。

 その(ことわ)りを、知りながら仇なすことは、大きな大きな穢となって返ってくるだろう。



 翌朝、洋巳は地下牢で目覚めた。

 全身、清めの塩で洗われ、白さらしの着物だった。身体中が痛い。

 それだけではなく、頭痛と目眩がひどかった。


 そんなことより、正気に戻るにつれ、自分がしてしまった取り返しのつかない過ちに身慄(みぶる)いした。

 反面、奨弥への恋慕の情は十分、洋巳を変えていた。


 ──それでも、いい。私は奨弥様と……本当にそうだろうか。

 アレは奨弥様、ではない。

 奨弥様が、私を置き去りにするはずがない。


 洋巳には、奨弥であると信じきることだけが、自分を守る術であった。自業自得とはいえ、気が狂いそうだった。

 この先も生きていくために。でなければ、生きてはいけない。奨弥は自分を愛していて、ひそかに情を通じてくれたのだと。

 

そう思い込めば、いや、それが真実なのだ。洋巳はこれで、奨弥と顔を合わせても正気を保っていられる、そう思った。


 洋巳の元へは三度の食事と、傷薬など届けられた。地下牢といっても、場所が地下であるだけで、板張りの床に布団は敷かれていた。


 数日が経ち、洋巳の具合も回復しつつあった。

 頭領代理が、御子姫が直々に話がしたいので、まもなくやってくる旨を伝えに来た。


 ──何を話すのだ?


 きっと、もうすでに皆に知れ渡っていることだろう。ハレの日に、言祝ぎの日に。すべてを台無しにしてしまったのだ。


「洋巳、少しは元に戻ったか」


 御子姫の口調はいつもと変わらずやわらかく、眼差しは穏やかだった。


「はい、まことに申し訳……」


「もうよい。洋巳、運命(さだめ)なのじゃ。ゴクリと飲み込んではしまえぬか?」


「何をでございますか?」


「すべて、じゃ。おのれの魂に聞いてみるが良かろう」


 御子姫はそう言うと、洋巳へ剛拳との対になることを命じた。


地下牢(そこ)から出る気になったら、教えてくれ」


「御子姫様! 私は……」


「なんじゃ、(こと)魑魅(すだま)を吐き出し続けるのか?」


 御子姫の声は静かに、けれども細く鋭い針のように、突き刺さった。怒りは、穢を呼ぶ。御子姫はじっと耐えていた。


「あの日、剛拳殿がひそかにおまえを助け連れてきてくれた。代理と奥の一部の者しか知らぬ。おまえは私の使いで隠れ里へ行ってもらったことになっている。

これではまだ心配か?」


 御子姫は、すべてを知って、話すなと言っているようだった。


 御子姫は、洋巳だけを庇っているのではなかった。

 今ここで一人の乱れを表に出せば、言祝ぎの夜そのものが穢れる。

 穢れは人の口から広がり、家を蝕み、やがて戦場に返ってくる。

 頭領とは、時に真実より先に沈黙を選ばねばならぬものだった。


 ──話すな、と?


 そう、洋巳には思えた。実際、その通りだった。

 洋巳は首を振ることで、心配はないと伝えた。


 十日ほど後、洋巳は御子姫の元へ戻った。


 経紋衆で対を持たない者と、代理や奥で御子姫の世話をする者は、響家頭領の屋敷内に住んでいた。

 屋敷はいわゆる寝殿造を模した造りになっていた。母屋に御子姫が住み、各対の屋にはそれぞれ役割によって住み分けられていた。


 洋巳が戻り、新体制での本格的な戦の準備が整えられていった。


 御子姫と奨弥の対での初陣であった。

 一の船には、御子姫と奨弥が、二の船には洋巳と剛拳が。一の船には一副の船が付き従い、同じく二の船には二副の船が。

 三の船には、牛のように背にこぶのある大柄な男、(わに)のような肌に首がなく尖った頭の女。猿のような顔つきに全身毛深い男、虎のような険しい顔の怪力の女。見るからに外観が異形の者達が隠れ里より集まった。


 御子姫にとっては初めての(いくさ)でもあった。奨弥は対として、十分すぎるほど御子姫を守り戦った。時折、戦をしているというのに、御子姫は嬉しそうに笑いかけてきた。


 御子姫はまるで水を得た魚のようだった。


 ──可愛らしいな


 戦中にも関わらず、奨弥はいきいきと振る舞う御子姫から目が離せなかった。

 輪経紋の術を発する時には、髪は真っ白に目は(あか)く、身体中にびっしり現れる経紋が光り輝き、(まばゆ)いばかりに美しくもあった。


 御子姫の力は想像以上に強かった。

 それ以上に術のかけ方が見事という他なかった。


 奨弥が受け止めると、御子姫は上手に術の力を増幅し穢へ放っていった。大きなトグロの塊も一発で消え失せていた。

 これほど見事な輪経紋の術の放ち方を、奨弥は見たことがなかった。


 美しく強く、さらに勇ましい指揮。


 洋巳が初めて戦に出たのは十八と遅かった。分家筋で力もそこそこ。そんな洋巳を変えたのは、奨弥の戦う姿だった。

 同じ船に乗ると心が踊った。憧れが、恋心へと。そして激しい愛に変わるのに時間はかからなかった。


 洋巳は遠くから、別の船に乗る奨弥を見つめていた。そして、御子姫の戦いぶりを見ていた。


 自分とは雲泥の差。


 いくら精進したとはいえども、自分の力量では本来、奨弥との対はありえなかったのだ。運良く、その時々で組めただけなのだ、と嫌というほど見せつけられただけだった。


 それぞれの初陣はつつがなく終わった。


 穢の数は増える一方で、特に大トグロと呼ばれる新しい穢は(うなぎ)のようにニョロニョロとし、とぐろを巻き船に巻きつこうとし手強いものだった。


 御子姫の戦の采配は見事なものだった。初陣とはまるで思えぬほど卒がなく、全体の損失は最小限に抑えられた。


 戦から戻ってからの禊も、今までとは比べようもなく心地よいものであった。

 なにより奨弥には、戦さ場から戻った御子姫の限りなくやさしい物腰が安らぎとなっていた。また、皆にとっても頼もしい姫の戦ぶりが安心感を与えていた。


 しばらく、一進一退の穢との戦が続いていた。


 洋巳も剛拳との対での戦にも慣れ、落ち着きつつあった。これなら、契りを交わし本物の対となっても大丈夫だろうと思っていた矢先のことであった。


 洋巳から、月のものが来ないと、御子姫へ告げられた。


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