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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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13/13

情を交わす

 御子姫の詠唱のお陰で、将吾は一命を取り留めた。都市部には響家奏家の専門病院がある。戦で受けた傷は里で治せるものと、手術が必要となる場合がある。

 結局、将吾は左脚太腿部を切断することになった。


 同じ頃、御子姫は熱を出し寝込んでいた。甲板に体を打ち付け全身打撲で済んだのは奇跡だった。

しかし、それ以上に気力を使い果たし(ケガレ)に当てられていた。


 奨弥は奏家へ呼び出され、今回の戦の顛末について問いただされていた。


「どういうことなんだ、なんのためにお前を総代にして将吾に付けたと思ってるんだ」


「戦中、散々注意はしていましたが、穢に気を呑まれ動けなくなったところをやられました」


「おまえが身代わりにならんか!」


将隆(しょうりゅう)殿、それは言い過ぎです。今度の新しい穢は一筋縄でいかんのです」


 剛拳が説明するが、まったく耳を貸す気がない。


「響家の頭領はどうしたんだ、見舞いにも来んと。死んだわけじゃないだろう」


「御子姫は将吾を助けるため、気力を使い果たし伏せっております。将吾が一命を取り留めたのも……」


「わかった、わかった。将吾の(つい)の件はどうなった」


「白紙に……」


「ああ、もういい。そこそこ力のある者で、戦に娘を出したくない親を探せ」


 将吾の父親は喋るだけ喋って、労いの言葉一つなく帰っていった。


「相変わらずだな」


 奨弥はやれやれという感じに呟いた。


「御子姫殿の具合はいかがです」


 奨弥は苦笑いしながら剛拳に話した。


「将吾が脚を失くして怒っていると伝えたら、脚一本で済んで良かったと思えって。叔父貴には聞かせられん」


 剛拳は大笑いしながら、言いかねないと相槌を打った。


「毛嫌いする将吾を、よく助けられましたな」


「俺のためだよ」


 奨弥は不甲斐なさそうに応えた。もし万が一、将吾が命を落としていたらどうなっていただろうか。


「御子姫の様子を見てくる」


「あまり考え込んでも仕方がありませんぞ」


 奨弥は笑い返した。


 奨弥が御子姫の元を訪れると、先客があるようだった。部屋からは少女らの華やいだ雰囲気が伝わってきた。


「かまわぬ、お通しして下され」


 部屋に入ると、少女が二人、奨弥をまじまじと見つめた。


「ほんまや、姫様」


「言わはる通り、男前や」


 少し早いが、御子姫が怪我をしたと聞いて、又従姉妹に当たる双子が本家へ移り住んできていた。御子姫とは、とても仲よさそうにきゃらきゃらと話していた。


(となえ)言葉(ことは)です。少し早いですが、奥見習いで来ています」


「よろしゅうお頼申します」


 双子は丁寧に挨拶すると、二言三言(ふたことみこと)、御子姫に話しかけ部屋から出ていった。育ちの良さが見て取れる所作をしていた。


「お加減はいかがですか」


「もうすっかり」


 そう言って、御子姫は首を振った。


「もうしばらく……戦には行かぬ」


「どうされた、どこか悪いのか」


 奨弥の顔を見つめ、近寄って手を握ると、御子姫には奨弥の内に不穏なものを感じた。奨弥は、何か見透かされているようで観念した。


「何をそんなに恐れておいでですか」


 奨弥は御子姫の近くへ座り直した。


「姫には敵わんな」


 奨弥は御子姫の手に、己の手を重ねるとため息をついた。


「たとえ何と言われようと、奏家総代はあなた様です。胸をお張り下され」



 御子姫は奨弥の手を取ると、渡り廊下の先の(みそぎ)で使われる部屋へ招き入れた。真っ暗な中、蝋燭(ろうそく)の灯りが揺らいだ。心地の良い香が淡く焚かれている。


「奨弥……殿」


 床に置かれた燭台の蝋燭の灯りが、御子姫の美しい横顔に影を作る。伏せられたまつ毛が、開かれつぶらな瞳がまっすぐに奨弥を見つめる。


 ただ見つめるばかりの御子姫のその様子を、奨弥はただ黙って見つめ返していた。

 小袖から白くなめらかな腕が伸びてくる。その指先は、奨弥の顔を両の手でやさしく包む。


 御子姫は慈しむよう顔を覗きこみ、背伸びをして口づけようとした。

 奨弥はそれを静かに受け止めながら、御子姫からの口づけをするがままにしていた。


 御子姫の冷んやりとした細い指が、首筋を撫でていく。そうして御子姫の髪が宙を舞う。


 濡羽色だった髪が、いつのまにか、透き通るような銀へと変わっていた。揺らめく蝋燭の炎の中、白い髪は炎の色を映していた。気がつけば瞳は紅く、やわらかな闇の中に灯っていた。


「……奨弥殿」


 髪はまるで、全身をやさしく包みこむように舞っていた。

 花弁が舞い、香りを運ぶ。どこからともなく、ほのかに漂った。


「姫……」


 奨弥は、御子姫を抱いていた。

 蝋燭の炎が御子姫の顔を映し出す。その瞳は同じように、端正な奨弥の輪郭を映す。

 奨弥の唇が、かすかに動いた。


 左のまぶたに触れ、右にも、同じように。

 それから、美しい鼻先へ。

 最後はまた唇へと。


「しばらく……このままで」


 触れているのかも、離れているのかも──


 やわらかな花の香りの中、どちらがどちらを抱いているのかわからなかった。きっと、どちらも同じ想いで抱いていたのだろう。


 蝋燭の火が、ひとつ揺れた。



 その晩、久しぶりに二人は響家の御子姫の部屋で過ごした。

 夕餉(ゆうげ)の際に、双子がやってきて、奨弥と四人で膳を囲んだ。双子はまだ本家に来たばかりで、御子姫と一緒にいることが多かった。


「失礼ながら、おいくつになりますか」


 双子はきゃらきゃらと悪びれず、奨弥のかしこまった物言いに子供らしく笑いながら答えた。


「十二になります。そない堅苦しゅうしはらんでええです」


「十二か、俺が初めて姫に会ったのと同じ年だね」


 そういうと、双子はきゃあきゃあと騒いだ。


「もう……もう少し落ち着きなさい」


「姫様から聞いてて、早う会わせてって、お願いしたの」


「いつから、稽古してくれはるんですか」


 奨弥が何が何だかわからないという顔をすると、御子姫は双子を黙らせた。


「それはまだまだ先の話じゃ、もう……話してしもうて」


 御子姫は奨弥に向かって頭を下げた。


「まだ、私の中で考えているだけなんです、あとでお話ししますね」


 双子は、御子姫はお菓子ばっかり食べてるのに太らないとか、祓い言葉の勉強でとても怖いとか。普段では聞けない御子姫の話をたくさん奨弥に聞かせた。


「楽しかったよ。話がおもしろくて」


「本当に、遠慮がない子達で、びっくりしたでしょう」


「それより、稽古って……なにか聞いてもいいかな」


 御子姫はにっこり微笑むと、それは寝屋でとでもいうように(ふすま)を開けた。


 奨弥は膝枕で聞いていた。御子姫は小さな声で話していた。

 どうやら、先程会った双子の件で、奨弥の叔父が動いていたようだと聞いた。


 双子の家は今最も御子姫にとっては協力的な家だという。御子姫は一人っ子で、母親もそうだった。頼りになるのは祖母とその妹の家系、あとは祖祖母の姉達の子孫だった。


「それで一層の事、奨弥と剛拳殿に双子に戦の仕方を教えてもらえないかと思ってな」


 奨弥は起き上がると、御子姫を見た。


「私には味方が少ない。しかし、鉄壁じゃ。今度は奏家をなんとかしなければ。

 奏家の将隆とやらが、表の覇権だけでは飽き足らず、響家にもちょっかいをかけてくるなら、それなりに防がねばならん」


「しかし叔父貴は姫が考えている以上に恐ろしい人です」


「それでも、しきたりを平気で破るような奴には教えてやらねば」


「ダメだ」


 将弥は御子姫の肩をつかんだ。


「そうか、将弥は知っておるのか、前の頭領のことを」


 将弥は御子姫を抱き寄せた。強く、離さぬように。


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