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御子母の惑星─みこものほし─第一部 運命  作者: 宮生さん太


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11/12

響家と奏家

 鬼の赤児、豪鬼は見事な輪紋を持った男の子だった。


 本当に鬼の子なら、しばらくすれば、コブの先から皮膚を突き抜け角が生えてくるだろう。

 角は妖力の源、できれば鬼の力はない方がいい。どのように育つのか、見守ってからでも遅くはない。


──角は落とす


そう、里長も言っていた。


 可哀想だが、角が生えてくる前に赤児のうちに削り取ってしまおう。

 角は骨と同じようなものだ。削るのは痛かろうが仕方がない。


 半月ほど経ち、御子姫は隠れ里を訪れると、豪鬼は驚くほど成長していた。


「なんじゃ、生まれた時も大きかったが、もうこんなに大きゅうなったのか」


 驚く御子姫に、養い親は大笑いした。


「異形の子は、すぐ大きゅうなります」


「そうなのか、角は取ったか」


「はい、嫌がりましたが、泣かずに我慢しとりました」


「そうか、偉いのう」


 御子姫は削られコテで焼かれた頭を見た。

 痛々しい痕に持参した薬を塗ってやった。


 豪鬼は笑わず、泣きもしなかった。


 痕に薬が触れるたび、豪鬼の体はぴくりと小さく震えた。

 それでも声を上げぬのは、泣いてもどうにもならぬと、もう知っているようでもあった。


「痛かろうに……」


 御子姫がそう呟くと、養い親は困ったように笑った。


「よう堪えとりました。普通の赤子なら、もっと泣き叫びます」


 豪鬼はただ、じっと御子姫の顔を見ていた。責めるでもなく、怯えるでもなく、黒い目だけが不思議なほど静かだった。


 御子姫は、その目に見覚えがあるような気がした。

 泣き方も、怒り方も知らぬまま、ただ息をしていた頃の自分のようだった。


「まるで子供の頃の私のようじゃ」


 山羊の乳はよく飲むようで、足りないといけないともう一頭用意した。半月毎には来るが、もしもの時のために伝書鳩も数羽預けていった。


 子供に罪はない。御子姫にとっても愛しいばかりだった。



 近々、経紋衆と輪紋衆との(つい)の組み合わせが見直されることとなった。


 通常、経紋衆は十八歳、輪紋衆は二十歳。対を組むには、それ以上が相応とされている。


 組み合わせは、持つ力の釣り合いを考慮して決める。頭領と総代、他数名若手の補佐役等も含めて話し合われ、仮の組み合わせが決定される。


 組み合わせの基準については、経紋衆の力をまず何をおいても考慮の基本としていた。それは古から延々と続いていた。


 また、組み合わせが決まったからといって、すぐに血の契りは行ってはならない。


 幾度か戦に出て組み合わせの相性をみる。当人同士の最終の意思確認をそれぞれの頭領と総代の前で行う。それでやっと許されるのである。


 今回、会合で最も問題となったのは、総代の従兄弟である将吾の所存についてだった。


 洋巳との一件は、あくまで偶発的に起きたことだと主張しながらも、辻褄の合わないこともいくつかあった。

 将吾は奏家本家筋で力もそこそこのものだが、未だに対が決まらなかった。力だけでなく、戦ぶりが大きく評価されるからだ。


「総代には申し訳ないが、将吾の戦ぶりは認められませぬ。

 経紋衆は術の要にございます。輪紋衆の役目は、経紋衆を守り、術を成立させること。しかしあやつは、詠唱の間に守りを欠き、術者を危険に晒しておる。

 術が発せられねば戦にならぬ。経紋衆がおらねば、戦はできませぬぞ」


 御子姫は容赦なく、輪紋衆の戦ぶりに意見した。中でも将吾には手厳しかった。


「御子姫様の仰る通りにございます。実際、仮の対で戦に出た者たちからも同様の報告が上がっております。詠唱中に守りが入らず、命の危険を感じた、と。皆、将吾との対を拒んでおります」


 頭領代理もまた、厳しい表情で実情を述べた。


「そうか……困ったな。あいつは(じつ)が伴わないのに自尊心だけは強くて。叔父上からも頼まれているしな」


 ──生き死にがかかっておるというに、何を言っておるのじゃ


 御子姫は呆れて何も言う気が失せた。この男も、将吾と大して変わらない。


「もし、対を組ませるなら、一の船に必ず乗せよ。対を組んだ経紋衆は私が守る。それが条件じゃ」


 そう言ったきり、御子姫は一切口を出さなかった。

 彼女は怒ったりすることは滅多にない。


 会合を経て、見ぬふりをしてきたものが、はっきりと見えた。

 奨弥の人となりが、嫌でも見えてしまった。

 哀しいというか、仕方がないと、受け入れる他なかった。


 会合の成り行きを、冷ややかに見つめるだけの御子姫に、奨弥は初めての会合に疲れたのだろうと思っていた。


 会合は響家の大広間で行われていた。

 終わり次第部屋に共に下がると、奨弥は御子姫に近寄り髪を優しく撫でた。


「おやめ下され」


 御子姫は奨弥の手を取ると、奨弥の方へ押しやった。


「いったいどういうことなのか。お聞きしたい。戦は人の生死がかかっております。だからこそ、より良い組み合わせを合議するのではないのですか」


「そうですね、ほとんどは昔の通りです。力の均衡と相性と。ですが、戦は人の生死だけではないのです」


「どういうことじゃ」


「我々の戦は、古くから(まつりごと)、いわゆる政治というものとも深く関わっているのです。

 将吾の父親は、それを一手に担っています。将吾自身は使い物になりませんが、それをどうにかしなければならないのは、私の役目でもあるのですよ」


祖母(ばば)様から聞いてはいましたが、私の理解が足りませんでした。今度、里へ行って聞いてきます」


 奨弥は御子姫を抱え、御簾内へ入った。御簾を下げると、やさしく降ろした。


「そんなことに、姫は関わらなくてもいいですよ」


「どうしてじゃ……」


「政治は綺麗事では済まないから」


 奨弥はため息をついた。


「昔からそっちの仕事は奏家が引き受けるのが習わしなんだ」


 奨弥は説明する。


「叔父貴は、今、奏家を仕切っている」


「奨弥さんは……」


「俺は、お飾りだ」


 御子姫は奨弥を見つめると、目と目があった。二人は、しばし見つめ合った。


「奨弥……」


 御子姫は奨弥を抱きしめた。


 抱きしめながら御子姫は、まったく別のことを考えていた。


 ──豪鬼のことは、知られてはならぬ


 だが、洋巳が鬼の子を産んだという噂は、もうすっかり収まったものの、どこからどう蒸し返されるかわからない。

 もしも利用価値があると値踏みされたなら、その父親は自分だと、あの男なら言い出しかねない。


 ──守るためにはどうするか


 表の世界、すなわち政治は奏家が担う。裏の世界、つまり(ケガレ)との戦は、響家が中心。

 いや、響家もいいように利用されているのだ。


 思い出せ、先の大戦(おおいくさ)で亡くなったのは、誰だ。誰と対だった。


 御子姫の父親については奏家の分家筋で、本家からはかなり遠い縁者だと聞いている。

 経紋は持たないが響家本家の一人娘ということで、奏家の血筋で見繕って名ばかりの婚姻関係を結んだ。いわゆる契約結婚である。

 子ができたらすぐに離縁し、決して父親であることは明かさない。それもどうなるかわからない。


 もしも、奏家と対峙するような事態になってからでは遅い。

 とにかく、(ケガレ)との戦についてだけは、口出し無用としなければ。


 ──私が年端もいかぬ子供だと思って、舐めた真似してくれる


 御子姫は、思い出していた。

 本当の敵は(ケガレ)なんぞではないという、祖母の言葉を。


 それが何を意味するのか、頭領としてわかったつもりでいた。

 その甘さを知った。


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