第26話:自分の答え
翔太と別れた後、一人で歩いていた。
頭の中で、色々なことが渦巻いている。
翔太。由美さん。美咲さん。健一さん。
そして——ソラ。
屋根の上に登った。いつもの場所。街を見下ろせる、古いビルの屋上。
夜の街が広がっている。明かりが点々と灯っている。その下に、たくさの人がいる。眠っている人。働いている人。泣いている人。笑っている人。
「僕は——何が変わったんだろう」
声に出した。
体は疲れていた。でも、心は不思議と軽かった。
翔太に、自分のことを話した。裏切られたこと。奪ったこと。両方。
言葉にしたら——少し、楽になった。
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数日が経った。
あの公園を通りかかった。翔太と会った、夜の公園。
ベンチが見えた。
誰かが座っている。
翔太だった。
でも——一人じゃない。
誰かと話している。同年代くらいの男性。見たことのない顔。
距離があって、会話は聞こえない。
でも——二人とも泣いていた。
翔太が頭を下げている。深く、深く。
相手の男性は——首を振っている。何か言っている。でも、泣いている。
あれは——親友か。
翔太が連絡しても返事がなかったという、あの親友。
会えたんだ。
僕はその場を離れた。近づかなかった。声をかけなかった。
見守る必要はない。あれは、翔太の物語だ。僕の物語じゃない。
公園を出て、歩き続けた。
「謝れたんだにゃ」
声に出した。
許してもらえたかはわからない。首を振っていたのは、許せないという意味かもしれない。もういいという意味かもしれない。わからない。
でも、翔太は逃げなかった。
連絡しても返事がなかった相手に、会いに行った。頭を下げた。
「僕も——逃げなかったにゃ」
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屋根の上に座った。
星を見上げた。今夜は少しだけ見える。雲の切れ間から、いくつかの光が覗いていた。
「僕は——ソラを赦したのか?」
声に出した。
わからない。
でも——翔太に向き合えた。「こいつです」と言った人に、逃げずに向き合えた。
それは——何かが変わったということだ。
ミーヤの言葉を思い出した。
「赦すことと、向き合うことは違う」
「わかってしまったら、それを無かったことにはできない」
僕は——わかってしまった。
「僕は、ソラを赦してない」
声に出した。
「今でも、あの瞬間を思い出すと苦しい」
ソラの指。僕を指差した指。「こいつです」という声。目を逸らしたソラ。
思い出すと、胸が痛む。それは変わらない。
「でも——」
「ソラも、追い詰められてたんだと思う」
翔太の顔が浮かんだ。泣いていた顔。「自分が怒られるのが怖かった」と言った顔。
「僕があの子猫から餌を奪った時と、同じだったんだと思う」
あの子猫の顔が浮かんだ。震えていた子猫。僕が奪った子猫。
生き延びるために、弱い者から奪った。あの時の僕と、ソラは——同じだったのかもしれない。
「それを認めることは——赦すこととは違う」
「僕は、ソラを赦さなくていい」
「でも、ソラが『そうするしかなかった』ことは——わかる」
わかってしまった。
もう、無かったことにはできない。
「それで、十分だ」
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涙が出た。
止まらなかった。
「僕は——もう、ソラに囚われなくていいにゃ」
声が震えた。
「憎しみは消えないかもしれない」
「でも、それだけが僕じゃない」
「僕は——僕の人生を生きるにゃ」
風が吹いた。
温かい風だった。
母猫の声が聞こえる気がした。
「お前は優しい子だね」
「母さん——」
声が詰まった。
「僕、ちゃんとやれてるかな」
答えは返ってこない。当たり前だ。母さんはもういない。
でも——心の中で、声が響いていた。
「わからないけど——頑張ってるよ」
空が白んできた。夜が明ける。朝が来る。
新しい一日が始まる。
立ち上がった。
「僕は、ここにいるにゃ」
街を見下ろした。朝の光が、少しずつ広がっていく。
「寄り添いたい。だれかの気持ちを、聴いていたいにゃ」
「それが——僕が見つけた、僕の生き方にゃ」
風が吹いた。朝の風。冷たくて、でも気持ちよかった。
屋根を降りた。
街に向かって、歩き出した。




