第22話:逃避
路地裏で夜を明かした。
体が冷えていた。動けなかった。動く気力がなかった。
空が白んできた。夜が明ける。街が目を覚ます。人が動き始める。
立ち上がらなきゃいけない。どこかへ行かなきゃいけない。
でも、どこへ。
公園には行けない。美咲さんに会うかもしれない。笑顔の美咲さんに会って、何を話せばいいのかわからない。
コンビニの前も通れない。健一さんを思い出す。「また会えるかな」と言ってくれた健一さん。会わせる顔がない。
あのカフェには——絶対に行けない。
あの女性の顔が浮かんだ。傷ついた顔。涙で濡れた顔。僕が傷つけた顔。
「僕は、誰にも会いたくない」
声に出した。誰もいない路地裏で。
立ち上がった。足が重かった。体が重かった。胸が締めつけられていた。
人のいない場所を探して、歩き始めた。
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街の外れに来た。
古いビルが並んでいる場所。窓が割れている。人の気配がない。廃墟のような場所だった。
ここなら——誰にも会わない。
ビルの非常階段を登った。屋上に出た。街が遠くに見えた。朝の光が街を照らしている。きれいな光だった。でも、僕の心には届かなかった。
「僕は、何をしてたんだろう」
風が吹いた。冷たい風だった。体が震えた。
美咲さんのことを思い出した。
あの時は、聴けた。美咲さんの話を、最後まで聴くことができた。寄り添うことができた。「そのままでいい」と伝えることができた。美咲さんは笑ってくれた。
健一さんのことを思い出した。
問いかけることができた。「どうしたいの」と聞くことができた。健一さんは「本当は疲れてる」と声に出してくれた。
美咲さんの時は聴けた。健一さんの時も聴けた。
なのに——。
あの女性の時は、聴けなかった。
なぜかわからない。ソラの顔が重なって、頭が真っ白になって、気づいたら逃げていた。
「なんで……」
声が震えた。
「猫の国に帰った方がいいのかもしれない」
そう思った。帰れば、楽になれる。ミーヤがいる。図書館がある。穏やかな場所がある。
「僕には、無理だったんだ」
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空を見上げた。雲が流れている。白い雲が、青い空を横切っていく。
ミーヤの言葉を思い出した。
「大事なのは、これがお前のすべてではないと知ることだ」
「憎しみも、悲しみも、お前の一部だ。でも、それだけがお前じゃない」
あの時、僕はその言葉を受け取った。受け取ったつもりだった。
でも——本当に受け取れていたのか。
あの女性を見た時、ソラの顔しか見えなくなった。あの女性が泣いていたのは見えていた。苦しんでいたのも見えていた。でも——それが、見えなかった。ソラの顔しか見えなかった。
なぜだろう。わからない。
「僕は——まだ、ソラを赦せていない」
声に出した。
それだけはわかる。ソラを赦せていない。だから——あの女性を見た時、何かが壊れた。
赦せないまま、誰かの話を聴こうとしていた。赦せないまま、寄り添おうとしていた。
それが——間違いだったのかもしれない。
胸が痛かった。目が熱くなった。でも、泣けなかった。泣く資格がないと思った。
「僕は、どうすればいい」
答えは返ってこなかった。
「ソラを赦すことなんて、できるのか」
わからなかった。
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猫の国に帰ろうか。
また、そう思った。
帰れば——楽になれる。ミーヤがいる。図書館がある。穏やかな場所がある。
立ち上がりかけた。
あの女性の顔が浮かんだ。傷ついた顔。僕が傷つけた顔。
帰っていいのか。逃げていいのか。
「僕は、どうすれば……」
答えは出なかった。
わからない。何もわからない。
でも——ここにいても、答えは出ない。
「猫の国に、帰ろう」
声に出した。
ミーヤに会いたい。話を聴いてほしい。僕が何をしたのか、何ができなかったのか、聴いてほしい。
立ち上がった。光の門を探しに、歩き出した。
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