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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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8/11

8.負けるつもりは、ありませんから 下

 作戦決行は、翌日の午後と決まった。

 辺境伯様にはジークハルトを通じて、すべての証拠が揃ったこと、そして、私たちの計画を伝えてある。


 場所は、城の一番大きな応接室。

 辺境伯様が、「領地の交易に関する緊急の諮問会議」と称して、ランフォルト子爵をたった一人で呼び出す手筈になっていた。




 そして午後。応接室には重厚な絨毯が敷かれ、壁には歴代辺境伯の肖像画が並んでいる。

 上座には辺境伯様が、難しい顔をして座っている。


 その斜め後ろには、まるで鋼の像のように、ジークハルトが直立不動で控えている。

 私とアマンダさんは、その応接室に隣接する小さな控えの間にいた。


 扉が、ほんの少しだけ開けられていて、中の様子が伺える。


(……来たわね)


 廊下から、重々しい足音が聞こえてくる。

 やがて扉が開き、一人の初老の男が入室した。


 彼が、ランフォルト子爵。

 年の頃は六十近いだろうか。白髪混じりの髪をきっちりと撫で付け、高価そうな、しかし、華美ではない威厳のある服を身につけている。


「辺境伯様。お呼びにより、ランフォルト、ただいま参りました」


 その声は深く落ち着いており、長年、この領地の中枢にいた者だけが持つ自信に満ちていた。


「おお、子爵か。待っていたぞ。……まあ、座れ」


 辺境伯様の、いつも通りの演技。若干声が硬い気がするのはご愛嬌か。


「はて。して、緊急の諮問会議とは、一体……? 他の者たちはまだのようですかな」

「うむ。いや、なに」


 辺境伯様は机の上の書類を意味もなくパラパラとめくりながら、言った。


「近頃どうも領内の財政が思わしくなくてな。 君には長年、交易と財務を任せてきた。……何か良い知恵はないものかと思ってな」

「ははあ。なるほど」


 ランフォルト子爵は少しも疑う様子なく頷いた。


「辺境伯様。ご心配には及びません。確かにここ数年、天候不順が続き穀物の価格が安定しておりませんが、このランフォルト、先代からのご恩に報いるため、全身全霊で領地経営にあたっておりますれば」

「おお、そうか。頼もしいぞ、子爵」

「つきましては来季の王都商会との取引ですが、もう少し、こちらに有利な条件を引き出すべく交渉を……」


(……さてと)


 私は、控えの間のアマンダさんと、目を見合わせた。


(そろそろ、出番ね)


 私は静かに控えの間の扉を開け、アマンダさんと二人、応接室へと足を踏み入れた。

 コツ、コツ、と、私たちのヒールの音だけが室内に響く。


「……?」


 ランフォルト子爵が私たちの気配に気付き、訝しげな顔で振り返った。

 そして私とアマンダさんの顔を見るなり、その眉間に深いシワが刻まれた。


「……失礼。どなたかな、君たちは。ここは辺境伯様との、重要な会議の場であ……」

「ごきげんよう、ランフォルト子爵」


 私は彼の言葉を遮り、王都仕込みの完璧なカーテシーを、ゆっくりと披露してみせた。


「その『天候不順』について、私たちにも、詳しくお話を伺わせていただけます?」

「……なっ」


 子爵の顔色が変わった。

 彼は、私たちと、辺境伯様の顔を、交互に見る。


「辺境伯様! この者たちは一体……!? まさか王都から来たという罪人(・・)と、公爵令嬢……?」


 辺境伯様は答えない。

 ただ冷たい目で、彼を見つめている。


「子爵様ったらそんなに目を見開いて。これを見たらもっと驚かせてしまうかしら?」


 私は、彼の目の前の机に、一枚のスケッチを、ひらりと置いた。

 ジークハルトが押さえた、密会の証拠だ。


「……っ!」


 子爵が、息を飲むのが分かった。


「これは……何のつもりだ、小娘!」

「いきなり小娘呼ばわりとはこんにゃろ……こほん。えーあなたは三日前の夜。この廃屋で、王都商会の男と、こそこそお話合いをなさっていましたわよね?」

「なっ……! で、デタラメを! 私はそんな場所知らん!」

「ご存知ない? おかしいですわね。そちらに掛けられたあなたの外套の裾には、あの廃屋周辺に自生する珍しい苔の胞子が、それはもうべったりと付着していましたけれど」


 これはもちろん、いま私が考えたデタラメだけどね。

 子爵の顔は一瞬、青ざめたが、しかし気丈にも言い返してくる。


「う……! たしかにそのような場所に赴くこともあるかもしれない。だがそれは」

「商談、と言い訳なさるおつもり? こんな人目につかない場所で? ……やましいことが、おありだったんじゃないかしら」

「黙れ! 黙れ、小娘が! 辺境伯様! この女は、私を陥れようとしておりますぞ! 王都から来た素性の知れぬ女の讒言に、耳を貸してはなりませぬ!」


 ランフォルト子爵は、立ち上がり、必死の形相で、辺境伯様に訴えかけた。


「私は先代からこのグライフェン家に仕えてきた! この私の忠誠をお疑いになるおつもりか!」

「……そうですわね」


 私は、彼の必死の訴えに、冷たく言い放った。


「あなたの『忠誠』が、どれほどのものか、この数字が、証明してくれていますわ」


 私はアマンダさんに向かって、頷いた。

 アマンダさんが、一歩前に出る。

 彼女の手には、あの、完璧な資金の流れの一覧表が握られていた。


「ランフォルト子爵」


 アマンダさんの、氷のように冷たい声が、室内に響く。


「あなたは、ここ五年間、収穫が芳しくないにも関わらず、『豊作による在庫過多』として王都商会へ穀物を不当に安い価格で売却」

「な、何を……!」

「王都商会は安く大量の作物を仕入れられますわね。さて、貴方がその見返りに得た裏金は資金洗浄を経たのち、王都の宝飾店の口座に。そして、口座から購入した宝石は、奥様の別邸へ」


 アマンダさんは、その一覧表を、子爵の目の前に、叩きつけた。


「宝石――現物ならば追跡できないと思いましたか? 浅はかですわね」


 一覧表を見た、ランフォルト子爵の顔から、完全に、血の気が引いた。

 そこには、彼が築き上げた偽の口座、金の流れ、そして最終的な行き先である、王都の宝飾店の名前まですべてが記されていたからだ。


「あ……あ…………」


 彼は、口をパクパクさせ、もはや、言葉も出ないらしい。


「奥様へのプレゼント、ずいぶんと奮発なさいましたのねえ。さあて、これが、あなたの忠誠(・・)の、結果ですか?」


 私の皮肉たっぷりな呟きが彼の耳に届いたかどうか。

 彼は、わなわなと震えながら私たちを睨みつけた。

 その目が憎悪と焦りで充血している。


「……貴様らか」


 彼は、絞り出すような声で言った。


「貴様ら、王都から来た小娘たちが、この私を……!」


 次の瞬間だった。

 ランフォルト子爵は叫び声を上げながら、懐から、ギラリと光るものを取り出した!

 短剣だ!


「黙れ、黙れ、黙れえええっ!」


 彼は完全に逆上し、一番近くにいた私に向かってその短剣を振りかざし、襲いかかってきた!


「リオニア様!」


 アマンダさんの悲鳴が響く。


 私は咄嗟に、王都から履き慣らしてきたヒールのかかとで絨毯を強く蹴り、体勢を低くした。

 護身術の基本。相手の攻撃を避ける。


 だが、私が避けるよりも速く。

 私の目の前を鋼のような黒い影が通り過ぎた。


「……!」


 ガギンッ!

 耳障りな金属音。

 何が起こったのか分からなかった。


 分かったのは、ランフォルト子爵が短い悲鳴と共に床に倒れ伏していること。

 そして、その彼の上に片膝をつき、その腕をあり得ない角度に捻じ上げ、短剣を床に叩き落とさせている、ジークハルト団長の後ろ姿だった。


「……っ、ぐ、あああっ!」


 子爵が言葉にならない呻き声を上げる。

 ジークハルトは、その声には一切耳を貸す様子もなく、冷え冷えとした鋼のような声で言った。


「……辺境伯様の御前である」


 彼は捻じ上げた腕をさらに、ギリ、と締め上げる。


「これ以上の狼藉は、グライフェン騎士団長の名において許さん」


 あっけなかった。

 あれほどまでに威厳を保っていた重鎮貴族の、あまりにも惨めな最後だった。

 ランフォルト子爵は駆けつけた兵士たちによって縄を打たれ、引きずられるようにして応接室から連れ出されていった。


「……辺境伯様、お許しを、お許しを……!」


 最後まで彼は、みっともなくそう叫んでいた。




 嵐が去った。

 応接室には辺境伯様と、ジークハルト、そして、私とアマンダさんの四人だけが残された。


 辺境伯様は、深く、深く、椅子に座り込み、天井を仰いでいた。

 その顔は、激怒と、安堵と、そして深い疲労が入り混じっていた。


 やがて彼はゆっくりと、私たちに向き直った。

 そして私たちに、深く、深く、頭を下げた。


「……リオニア嬢、アマンダ嬢」

「辺境伯様!」


 私とアマンダさんが、慌てて声を上げる。


「どうか、お顔を上げてください!」

「いや……」


 彼は、頭を下げたまま、絞り出すように言った。


「……すまなかった。私の責任だ。先代からの重臣という言葉に目が眩み、真実を見ようとしていなかった」

「……」

「そして……礼を言う」


 辺境伯様は、顔を上げた。

 その鷹のような目には、うっすらと、涙が滲んでいるように見えた。


「二人とも、このグライフェン辺境伯領の恩人だ」


 その言葉は、私とアマンダさんの胸に、温かく染み渡っていった。

 私たちは、顔を見合わせた。


(……やったわね、アマンダさん)

(ええ、リオニア様!)


 言葉には出さなかったけれど、お互いの気持ちは痛いほど分かった。

 私たちはこの地で、私たちの居場所を守り切ったのだ。


「……フン」


 その時、私たちの感動的なムードをぶち壊すかのように、不機嫌そうな声が横から聞こえた。

 見ると、ジークハルトが腕を組み、相変わらずの無表情で私たちを、というか、私を見ている。


「……なによ、団長様。せっかくいいところなのに」


 私が文句を言うと、彼はその銀色の目を私に向けた。

 もうそこには、初めて会った時のような値踏みするような色も、侮蔑の色もなかった。

 ただ、まっすぐに、私を見ている。


「……『口』だけでは、なかったようだな」


 ぽつり、と、彼が呟いた。


「え?」

「あの短剣を、避けようとしていた。……あの状況で、冷静に足を動かせる令嬢が、どれほどいるか」

「……そりゃ、どうも」

「……まあ、避ける前に、私が制圧したが」

「あー、そうね! そうだったわ!」


 私はわざとらしく大声で言った。


「いやー、危なかったですわ! あのとき団長様が助けてくれなかったら、わたくし今頃どうなっていたことか! さすがは我らが騎士団長様! 惚れちゃいそうですわ~!」


 私が両手を組んで、わざとらしく彼を褒め称えると、ジークハルトは分かりやすく顔を顰めた。


「……調子に乗るな、小娘」

「あ、小娘って言ったわね!?」

「……それと」


 彼は、私の抗議を無視して、アマンダさんに向き直った。


「……アマンダ嬢。君の、その数字を読む力。……素晴らしいものだ。騎士団の食糧庫が空にならずに済んだのは、君のおかげだ」

「……!」


 アマンダさんは驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに頬を染めた。


「……ありがとう、ございます! 団長様!」

「……フン」


 ジークハルトはそれだけ言うと、また私たちに背を向け、応接室の扉へと向かった。


「あ、ちょっと! どこ行くのよ!」

「後処理だ。ランフォルトの残党狩りと、王都商会への通達。……やることは、山積みだ」


 彼は、振り返らないまま、そう言った。


「……それと」


 扉に手をかけた彼が、一瞬、動きを止めた。


「……リオニア嬢。君が立案した、この作戦。……見事だった」

「……え?」

「……だが、二度とあのような、危険な囮になるような真似は、するな」

「……はあ?」


 彼はそれだけ言うと、今度こそ、応接室から出て行った。

 残されたのは、私と、アマンダさん。

 そして、なぜかとても楽しそうに口元を緩めている、辺境伯様だった。


「……な、なんなのよ、あの人……!」


 私はジークハルトが出て行った扉を睨みつけながら呟いた。

 最後の、なに?

 囮になるな、って……。


 ……あの人もしかして、私がわざと子爵に襲い掛かるように仕向けたって思ってるの!?

 いや、まあ、そう仕向けたのは、事実だけど!

 ……というか、あの最後の、ちょっと心配してる、みたいな口調は、なに!? 精神攻撃!?

 私は、自分の顔がカアッと熱くなるのを感じた。


「……くっそー! あの、銀目ネクラ野郎めー!!」


 私の訳の分からない叫び声が、勝利に沸く応接室に響き渡ったのだった。


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