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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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7.負けるつもりは、ありませんから 上

 ジークハルト団長が、嵐のように執務室から出て行った後。

 部屋には、重苦しい沈黙が落ちた。

 辺境伯様は、机に広げられた報告書……アマンダさんが血の滲むような努力で解析した裏切りの証拠を、苦々しい顔で睨みつけている。


「……やれやれだ」


 彼が、本日何度目か分からないため息をついた。


「まさか、我が領地に、これほどの膿が溜まっていたとはな」

「辺境伯様」


 アマンダさんが、静かに、しかし力強い声で言った。


「あとはそれをすべて出し切るだけですわ」


 その言葉に、辺境伯様は、はっとしたように顔を上げた。

 そうだ。落ち込んでいる場合じゃない。戦いは始まったばかりだ。


「……では、わたくしは先に失礼させていただきます」


 アマンダさんは、報告書を素早くまとめ直すと、辺境伯様に深々と一礼した。


「ジークハルト団長が証拠を持ってくるまでに、ランフォルト子爵が不当に得たであろう資金の流れを、探ってみますわ」

「うむ……頼む、アマンダ嬢。頼りにしている」

「はい!」


 アマンダさんは、まるで戦場に向かう騎士のように、凛とした顔で執務室を出て行った。

 残されたのは、私と、辺境伯様。


「……さて」


 辺境伯様が、私に向き直った。


「私は、どうすればいい? リオニア嬢。君が、この作戦の立案者なのだろう?」


 その目に、もう私を「王都から来た罪人」として見る色はない。

 一人の共闘者として、信頼を寄せてくれているのが分かった。

 私は、ニヤリと笑ってみせた。


「辺境伯様は、いつも通り、堂々となさっていてください」

「……いつも通り?」

「はい。ランフォルト子爵に、私たちの動きを悟られてはいけません。いつも通り、領地のことに頭を悩ませ、いつも通り、彼に信頼を寄せているフリをしてください」

「……フリ、か。難しいことを言ってくれる」

「芝居です。ご自身を役者だと思うのです。私たちはもう舞台の上に立っているんですから」

「……なるほど舞台の上、か。君は本当に面白いことを言う」


 辺境伯様は、私の答えに、ようやく、少しだけ笑みを取り戻してくれた。


「わかった。私は、せいぜい愚かな領主を演じるとしよう。……だが、リオニア嬢。君はどうする? 家庭教師の仕事は」

「もちろん続けます」


 私は、胸を張って答えた。


「私もいつも通り、わんぱく……いえ、優秀なお子様たちの家庭教師を続けます。そうでなくては、怪しまれますから」

「そうか……」


 辺境伯様は、何かを言いかけたが、やがて、深く頷いた。


「……すべて、君たちに背負わせる形になって、すまない」

「謝らないでください」


 私は、執務室の扉に向かいながら、振り返った。


「これは、私たちの居場所を守るための戦いでもあるんです。……負けるつもりは、ありませんから」



 その日から、私たちの、奇妙な二重生活が始まった。

 アマンダさんは、昼間は辺境伯様の補佐官たちと通常業務をこなし、夜になると、私たちの部屋に持ち帰った書類と格闘していた。

 ランプの灯りの下、数字の海に潜っていく彼女の集中力は、凄まじいものがあった。


「……アマンダさん、少しは寝た方がいいわよ」

「いえ、大丈夫ですわ。……見えてきました。ランフォルト子爵が、王都の商会と作り上げた、架空の取引の流れが……!」


 彼女の目は、数字に取り憑かれたかのように、ギラギラと輝いていた。

 あんなバカ王子の婚約者として、自分を殺して微笑んでいた彼女とはまるで別人だ。

 本当に、こっちに来て良かった。

 私は、彼女の邪魔をしないようそっと肩にブランケットをかけ、自分もベッドに潜り込んだ。


 一方、私は私で、家庭教師の仕事に精を出していた。


「はい、ヒルダ! 構えが甘いわ! 相手が剣を振り下ろしてきたら、どうするの!」

「こうですの!? えいっ!」


 中庭で、ヒルダが木剣を私に向かって突き出してくる。


「違う! それじゃあ、相手の力に負けるわ! 相手の力を受け流して、懐に飛び込む!」


 私は彼女の木剣をいなしながら、護身術をさらに厳しく指導していた。


「ゲオルグ! フリードリヒ! ぼーっと見てないで、二人でかかってきなさい!」

「「はい、先生!」」


 私たちが、ランフォルト子爵という敵を攻めようとしている。

 それなのに、この子たちには守るための力を教えている。


 なんだか、不思議な気分だった。

 でも、無駄じゃない。

 自分の身を守る術を知っていることは、自信に繋がる。

 この子たちが、私やアマンダさんがいなくても、自分の力で未来を切り開けるように。


(……なんて、ちょっと先生ぶってみちゃったりして)


 私は、汗だくで木剣を振るう子供たちを見ながら、柄にもないことを考えていた。



 作戦が動き出して、三日が経った夜だった。

 アマンダさんが相変わらず書類と睨めっこしていると、私たちの部屋の扉が、コン、コン、と控えめにノックされた。


「……はい?」


 こんな夜更けに誰だろう。

 私とアマンダさんは顔を見合わせた。


「……リオニア嬢か。アマンダ嬢も、いるか」


 扉の向こうから聞こえてきたのは低く、抑揚のない声。


「「ジークハルト団長!?」」


 私たちは慌てて帳簿を隠し (隠す必要もない相手だけど、癖でね)、扉の鍵を開けた。

 そこには、相変わらず無表情なジークハルトが黒いマントを羽織って立っていた。


「……こんな夜分に、どうしたんです? 夜這い?」

「馬鹿を言え」


 彼は、私の軽口をいつものようにピシャリと撥ねつけると音もなく部屋に入り、素早く扉を閉めた。

 その手には、一巻の羊皮紙が握られている。


「……手に入れた」

「え?」

「ランフォルト子爵と、王都商会の密会の証言だ」


 彼はそれを、机の上に無造作に広げた。

 それは、一枚の非常に精密なスケッチだった。


 場所は、領内の森の奥深くにある廃屋らしい。

 二人の男が人目を忍んで、何かの書類を交換している様子が克明に描かれている。

 一人は、間違いなくランフォルト子爵だ。

 もう一人は、王都の商人風の小太りな男。


「……すごい。これ、どうやって?」

「騎士団の情報網を甘く見るな」


 ジークハルトは無表情のまま、淡々と報告を始めた。


「ランフォルト子爵はここ数日、夜な夜な屋敷を抜け出し、この廃屋で王都から来た商人と密会を重ねていた。我々の斥候がその現場を押さえた」

「……やっぱり」

「この報告書もだ」


 彼は、別の巻物を差し出した。

 そこには、密会の日時、時間、交わされていた会話の断片――『今年の「豊作」は、例年より多めに……』『辺境伯は、何も気づいて……』など――が、びっしりと書き込まれていた。


「……完璧よ、団長様」


 私は、思わず、その報告書の緻密さに感嘆した。


「よくやったわね! 偉い偉い!」


 私が子供を褒めるように彼の肩をパンパンと叩くと、ジークハルトは心底嫌そうな顔をして私の手を振り払った。


「……馴れ馴れしい。触るな」

「あら、照れちゃって。可愛いところもあるじゃない」

「うるさい」


 私がジークハルトをからかって遊んでいると、その時。

 机で、ずっと黙って報告書を読んでいたアマンダさんが、顔を上げた。

 彼女の目は、獲物を見つけた狩人のように、爛々と輝いていた。


「……リオニア様、騎士団長様」

「「?」」

「……見つけましたわ」

「え?」

「ランフォルト子爵が不当に得た資金の、最終的な行き先。……その、完璧な証拠を!」


 アマンダさんはそう言うと、彼女がここ数日、徹夜で作成していた、一枚の巨大な一覧表を机の上に広げた。

 そこには無数の口座と日付、そして金額が矢印で結ばれて、複雑な金の流れが一目で分かるようにまとめられていた。


「……これは」


 ジークハルトも、その一覧表を見て息を飲んだ。


「ランフォルト子爵は慎重でした。王都商会から裏金を直接は受け取っていません。領内の複数の商人の名を騙った偽の口座に、一度分散させています」

「……資金洗浄、か」


 ジークハルトが、低い声で呟く。


「はい。ですが、その分散された金は、最終的にある一つの場所へ集約されていました」


 アマンダさんは一覧表の、一番下の一点を指差した。


「……王都にある、某宝飾店の匿名口座です」

「宝飾店?」

「ええ。そしてこの口座から、定期的に高価な宝石や貴金属が購入されています。その届け先は……」

「……まさか」

「ランフォルト子爵夫人の、王都にある別邸ですわ」


 私とジークハルトは、顔を見合わせた。

 ……決まった。


「……なるほどな」


 ジークハルトが、初めて、感心したような声を出した。


「数字は嘘をつかない、か。 ……アマンダ嬢、君は、とんでもない武器を持っている」

「お褒めにあずかり、光栄ですわ、団長様」


 アマンダさんは、誇らしげに微笑んだ。

 これで、役者は揃った。


 ランフォルト子爵が「いつ」「どこで」「誰と」密会していたか、というジークハルトの証言。

 そして、彼が「どのように」金を得、「どこへ」隠したか、というアマンダさんの証拠。


 あとは、これらをどうやって叩きつけるか。


「……よし」


 私は、パン、と手を叩いた。


「作戦決行よ。アマンダさん、ジークハルト団長」


 私は二人に向かって、悪戯が成功する直前の子供のような顔で笑いかけた。


「重鎮貴族様を、完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう」


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