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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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2/11

2.よろしくね、アマンダさん!

 アマンダさんの顔は、さっきまでの絶望に打ちひしがれたものではなく、まるで重い荷物を下ろしたかのような、清々しいものだった。


 だが、いつまでも二人で笑い合っているわけにはいかない。

 ホールの静寂を破ったのは、予想通り、あのバカ王子の甲高い叫び声だった。


「衛兵! 衛兵を呼べ! この女を捕らえろ! 王族への不敬罪だ! はんぎゅっ……は、反逆罪だぞ!」


 レグルス王子は、真っ赤な顔でわめき散らしている。さっき私に論破されて言葉を失っていたのが嘘のようだ。こういう時だけは声が出るらしい。噛んでたけども (笑)

 やがて、ホールの入り口が騒がしくなり、バタバタと重い足音と鎧の擦れる音が響いてきた。屈強な王城の衛兵たちが、何事かと駆け込んできたのだ。


 王子は待ってましたとばかりに、私をビシッと指差した。


「そいつだ! そいつを捕縛しろ!」

「はっ!」


 衛兵たちは、事情も飲み込めないまま、命令に従おうと私に向かってくる。

 私はアマンダさんの手をそっと離した。


「どうやら、おしゃべりが過ぎたみたいね」

「リオニア様……!」


 アマンダさんが心配そうに私の名前を呼ぶ。

 私は彼女にだけ聞こえるように、そっと囁いた。


「大丈夫。あなたまで巻き込まれる必要はないわ。堂々としていて。あなたは被害者なんだから」


 そうこうしているうちに、屈強な衛兵たちに両腕をがっしりと掴まれた。

 まあ、抵抗はしない。するだけ無駄だ。それにここで暴れたら、本当にただの「わんぱく令嬢」に逆戻りだ。

 私は、連行されながらも、アマンダさんに向かって振り返り、もう一度、今度は安心させるように笑いかけてみせた。


「大丈夫よ。口は災いの元、ってね」


 アマンダさんは、何か言いたそうに唇を震わせていたけれど、結局、声にはならなかった。

 私はそのまま衛兵たちに引きずられるようにして、好奇と非難の視線が渦巻くホールを後にした。


 連れて行かれたのは、王城の地下、冷たい石造りの小部屋だった。

 窓もなく、灯りは壁にかけられたランプだけ。牢屋の一歩手前、といった雰囲気だ。

 硬い木製の椅子に座らされ、しばらく待たされた。


(さて、どうなることやら)


 死刑、だろうか。

 さすがにそれは、と自分でも思うが、相手は王族だ。公衆の面前で「バカ王子」「頭に藁」とまで言ってのけたのだ。威厳も何もあったものじゃない。

 レグルス王子のあの怒りようを考えれば、あり得ない話でもなかった。


(まあ、でも)


 私は自分の手を見た。

 あの時、アマンダさんの涙を見た瞬間、私の頭からは社交界の常識も、王族への敬意も、何もかもが吹っ飛んでいた。

 後悔は、不思議と、まったくなかった。

 あのバカ王子に一泡吹かせられたこと、そして、アマンダさんがあの場で立ち直るきっかけを作れた……かもしれないこと。

 それで十分だ。


 私がそんなことを考えていると、重い扉が開く音がした。

 入ってきたのは、国王陛下……ではなく、いかにも役人といった風情の、神経質そうな眼鏡の男だった。

 彼は私の前に座ると、持っていた書類をパラパラとめくった。


「……キルシュバウム男爵令嬢、リオニア様。ですな」

「はい、そうですが」

「あなたは、先ほどの夜会において、ご自分が何をなさったか、理解しておいでですか」


 始まった。

 ネチネチとした尋問タイムだ。

 私は、社交界で培った淑女の微笑みを浮かべてみせた。


「ええ、もちろん。バカ王子をバカと呼びました」

「……っ!」


 役人の眼鏡がピシリと音を立てた気がした。


「あなたという人は……! 事の重大さを分かっておられないのですか! あなたが侮辱なさったのは、この国の第三王子、レグルス殿下なのですよ!」

「知ってますわ。だから言ったんです」

「なっ……!」


 役人は言葉を失い、それから、咳払いをして体裁を取り繕った。


「……あなたの行いは、王族に対する重大な不敬罪。および、王家の権威を公然と貶めた反逆罪に該当します。世が世ならば、極刑もって処されても文句は言えぬのですよ!」

「あら、それは大変」


 私は、まったく心がこもっていない相槌を打った。

 役人は、私のこの態度がよほど気に入らないらしい。額に青筋を立てている。


「反省の色が、まったくない……!」

「反省? 何をです? 私は事実を申し上げたまでですが」

「事実……だと!?」

「ええ。『頭に藁がつまっている』は、もしかしたら比喩表現が過ぎたかもしれませんが、『バカ』に関しては、概ね事実かと。あなたも内心そう思っているのでしょう?」

「もっ、もういい!」


 役人は机をバンッと叩いた。


「あなたの処分については、追って沙汰がある! それまで、この部屋で待機していただきます!」


 そう言って、役人は肩を怒らせて部屋を出て行った。


(ふう。疲れた)


 私は椅子の背もたれに、ぐったりと体重を預けた。

 誰かと言い争うのは、思った以上に体力を使うものだ。


 どれくらい時間が経っただろう。

 ランプの油がチリチリと燃える音だけが響く部屋で、私はうとうとしかけていた。

 その時、再び扉が開き、今度は慌てた様子で、見知った顔が飛び込んできた。


「お父様!」


 私の父、キルシュバウム男爵だった。

 父は、いつもは整えられている髪をぐしゃぐしゃにして、真っ青な顔で部屋に入ってきた。


「リオニア! お前という娘は!」


 父は、さっきの役人を下がらせ、部屋の扉をピシャリと閉めた。どうやら、二人きりで話がしたかったらしい。

 私は椅子から立ち上がった。


「ごめんなさい、お父様。でも、我慢できなかったのよ」


 父は、私の前まで来ると、その大きな手で私の両肩を掴んだ。


「我慢できなかった、だと!? お前は……! お前は、自分が何をしたか分かっているのか!」


 父の声が震えている。

 私は、父の目を真っ直ぐに見返した。


「分かってるわ。王族を、公衆の面前でコケにした。キルシュバウム家も、ただじゃ済まないかもしれない。……ごめんなさい」


 素直に謝ると、父は、掴んでいた手をだらりと下ろし、深い深いため息をついた。


「……処分が、決定した」


 ゴクリ、と私の喉が鳴った。


「……まさか、死刑?」

「それだけは、免れた」

「じゃあ国外追放? 修道院送り?」

「いいから聞け!」


 父が声を荒げた。


「お前の家柄……我が家は男爵家とはいえ、代々王家に仕えてきた。それと、まあ……あのレグルス王子の、日頃の行い(・・・・・)も考慮されて、な」


(やっぱり、貴族らしい立ち振る舞いって大事よね)


「それに……お前があの場でアマンダ公爵令嬢を庇ったという動機……公爵家から国王陛下へ、多少の口添えがあったようだ」

「へえ、アマンダさんが……」


 あの後、彼女も大変だっただろうに。私なんかのために動いてくれたなんて。


「だがな、リオニア。タダで済むと思うなよ」


 父は、苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「キルシュバウム男爵令嬢、リオニア・キルシュバウムは、不敬罪および反逆罪に問われる」

「……はい」

「……北の辺境、グライフェン辺境伯領への、追放処分だ」

「追放……」

「事実上の無期限謹慎だ。今後、王都への出入りは一切許されんそうだ」


 北の辺境。

 グライフェン辺境伯様領。

 確か、国土の北端、仮想敵国や魔物の森と隣接する、最も過酷な土地だ。


「まあ、死ぬよりはいっか」


 私がそう呟くと、父は「お前は……!」と、今にも殴りかかってきそうな顔をした。

 だが、結局、その拳は振り下ろされることなく、父はまた、深いため息をついた。


「……王族を公然と侮辱したんだぞ! よくぞまあ、あそこまで……!」

「だって、ムカついたんだもの」

「ムカついた、で首が飛ぶ社会なんだぞ、ここは!」

「えー! 横暴よ!」


 私は、思わず不満を口にした。


「私だって、我慢したのよ! ブン殴ってやりたいのは我慢したのに!」


 その言葉に、父は目を剥いた。


「……我慢したのか!? アレで!?」

「したわよ! あんなクズ、一発くらい殴らないと気が済まなかったけど、さすがに王族を殴ったらまずいと思って、口だけにしてあげたのに!」

「そしたら今ごろお前は首だけになってたわい!」


 父は、とうとう額を押さえて、がっくりと肩を落とした。


「……もういい。お前は昔からそういう奴だった。……覚悟は、していたつもりだったが……」


 父の弱々しい声に、私は胸がチクリと痛んだ。


「お父様、元気だして」

「はぁ…………いいか、リオニア。辺境は王都とは違う。厳しい土地だ。だが、グライフェン辺境伯様は、国王陛下の信任も厚い、忠義に厚いお方だ。……そのお方の監視下で、頭を冷やせ。二度と王都の土を踏めぬかもしれんが……生きているだけ、マシだと思え」

「……うん」

「お母様には、私から話しておく。……お前の荷物は、最低限のものだけ、追って届けさせよう」


 父はそう言うと、私に背を向けた。

 その背中が、いつもよりずっと小さく見えた。


「お父様、ごめんなさい」


 父は、振り返らないまま、小さく手を振って、部屋を出て行った。

 一人残された部屋で、私は、初めて自分のしでかしたことの重さを実感していた。


 それから数日は、あっという間だった。

 私は、あの小部屋から、王城の使われていない一室に移され、軟禁状態が続いた。

 部屋からは一歩も出られず、食事だけが運ばれてくる。

 両親との面会も、あの夜の父との一度きり。母とは、顔も合わせられなかった。泣いているだろうか。


 数日後、質素な旅支度用の服と、小さな荷物袋が届けられた。

 私が持っていくことを許されたのは、着替え数着と、わずかな金銭、それだけ。

 キルシュバウム家の紋章が入ったものは、一切許されなかった。

 私は、まるで自分という存在が、この王都から消されようとしているのを感じた。



 そして、出発の日。

 早朝、まだ王都が眠っている時間に、私は起こされた。

 護衛、という名の監視役の騎士が二人。それに、御者が一人。

 私を乗せるのは、貴族が乗るような立派な馬車ではなく、荷物を運ぶ幌馬車に毛が生えたような、粗末なものだった。


「さあ、乗ってください、リオニア様」


 騎士が、事務的な冷たい声で促す。

 私は「はいよ」と軽く返事をして、馬車のステップに足をかけようとした。

 王都とも、これでお別れか。

 あの退屈な社交界、息苦しい仮面の日々。

 それらから解放されると思うと、少し清々する反面、家族と二度と会えないかもしれないと思うと、さすがに胸が締め付けられた。


(まあ、でも、私が選んだことだ)


 覚悟を決めて、馬車に乗り込もうとした、

 その時だった。



「お待ちになってー!」



 鈴を転がすような、しかし、明らかに切羽詰まった声が、静かな早朝の空気に響き渡った。


 え? と思って振り返ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

 王都の通用門へと続く石畳の道を、一人の女性が、こちらに向かって全力で走ってくる。


 朝日を浴びて輝く、美しい亜麻色の髪。

 高価なシルクの、明らかに外出用ではないドレス。

 その裾を、泥だらけにするのも構わずに。


「アマンダ……さん!?」


 私は目を丸くした。

 公爵令嬢である彼女が、こんな早朝に、侍女も連れずに、全力疾走?

 何かの間違いじゃないかと思った。

 私を監視していた騎士たちも、突然の出来事に大混乱だ。


「なっ……アマンダ公爵令嬢!?」

「どういうことです!? なぜこのような場所に!」


 アマンダさんは、私たちの前までたどり着くと、肩で大きく息をしながらも、私を真っ直ぐに見据えた。

 その手には、私と同じような、小さな荷物袋が握られている。

 そして、彼女は、はっきりと宣言した。


「わたくしも、ご一緒させていただきますわ!」

「…………は?」


 私は、ぽかんとした。

 今、なんと言った?


「ご一緒って……どこへ?」

「決まっておりますわ。あなたの行かれる、その……辺境の地へ」

「……本気で言ってるの?」


 アマンダさんは、ぜえぜえと息を整えながらも、力強く頷いた。


「本気ですわ! わたくし、すべて、決めてまいりました!」


 私は混乱した。

 公爵令嬢が、罪人である私と一緒に、辺境へ?


「だ、ダメよ! あなたは公爵令嬢でしょ! 私みたいな罪人と一緒にいたら、あなたまで……!」

「関係ありませんわ!」


 アマンダさんは、きっぱりと言った。


「し、しかし、公爵令嬢!」


 監視役の騎士が、慌てて間に割って入ろうとする。


「ご実家は! というか、レグルス殿下とのご婚約は……!」


 ああ、そうだ。

 私は、一番気になっていたことを口にした。


「そうよ! 王子はいいの? あなた、まだ……婚約者じゃ……」


 あの日、王子は「婚約破棄だ」と叫んだ。

 でも、王家と公爵家の婚約が、あんなバカの一言で簡単に破棄されるとは思えない。

 きっとアマンダさんは、今も辛い立場に……。


 すると、アマンダさんは、私の言葉を遮るように、ふっと笑った。

 それは、あの夜会で見せた、すべてが吹っ切れたような、本当に美しい笑顔だった。


「あんな(やつ)、こっちから願い下げですわ!」


 彼女は、ドレスの裾についた泥を、まるで勲章のように眺めながら、清々しい表情で言った。


「あの後わたくし、お父様とお母様、そして国王陛下に、すべてお話しいたしました。あの場で起きたこと、そして……わたくしの、本当の気持ちを」

「本当の気持ち……?」

「もう、あの方の婚約者として、自分を偽って生きるのは嫌だと。公爵家の義務よりも、わたくし自身の人生を選びたいと」


 アマンダさんの瞳は、朝日を受けて、キラキラと輝いていた。


「わたくしに手を差し伸べてくださったのは、公爵家でも、国王陛下でも、ましてやレグルス殿下でもありません。……リオニア様、あなたですわ」


 彼女は、私に向かって、そっと手を差し出した。


「だから、わたくしは行きます。あなたが、わたくしに新しい道を示してくださったように、わたくしも、あなたの側で、新しい人生を始めたいのです」


 その言葉に、私は、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


(ああ、なんだ。私、一人じゃなかったんだ)


 私は、差し出された彼女の手を、力強く握り返した。

 あの夜会とは逆だ。

 今度は、彼女が私を、新しい世界へと引っ張り上げてくれる番みたいだ。


「……そう」


 私は、心の底から笑っていた。

 もう、仮面なんかじゃない。泣きそうなくらい嬉しい、本当の笑顔だ。


「違いないわね」


 だが、私たち二人が感動的な再会を果たしている一方で、周囲はそれどころではない。


「し、しかし公爵令嬢! ご実家は、公爵様は、これをご存知で!?」

「いきなり他家のご令嬢が、それも公爵令嬢が、追放される罪人に付いてくるなど、前代未聞ですよ!」

「我々はどう報告すれば……!」


 監視役の騎士たちが、頭を抱えて大騒ぎしている。

 アマンダさんは、涼しい顔で答えた。


「父も母も、納得してくださいましたわ。『お前の選んだ道を行きなさい』と。これは、わたくしの家出ではありません。正式な同行です」

「そ、そんな……!」


 騎士たちは、それでも納得がいかないようだ。

 私は、もう一人の乗客となったアマンダさんを、ぐいっと馬車に引き上げた。


 彼女は「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたが、すぐに体勢を整えた。

 そして、私は、未だにギャーギャー騒いでいる男たちに向かって、一喝した。


「うるさい! 行くわよ!」


 私は、馬車の狭い入り口の扉を、ピシャリと力任せに閉めた。

 外で「あっ」「リオニア様!?」と慌てる声が聞こえる。

 御者が、困惑しながらも、騎士たちの合図を待っている気配がした。

 私は、扉をドンドンと叩いた。


「早く出して! それとも、ここで夜が明けるのを待つつもり?」


 外で、騎士たちの「ええい、ままよ!」「公爵家には後で報告だ!」「出発するぞ!」という、やけくそな声が聞こえた。


 ガタン、と馬車が大きく揺れ、ゆっくりと動き出す。

 王都の石畳を走る、ゴトゴトという音が響き始めた。

 私たちは、王都を追放されたのだ。


 馬車の中は、薄暗くて狭い。

 お互いの顔が、やっと見えるくらいだ。


 私たちは、顔を見合わせた。

 そして、どちらからともなく、小さく吹き出した。


「ふふっ」

「あはははっ!」


 これからどうなるのか、まったく分からない。

 北の辺境。過酷な土地。

 罪人と、それに付き従う公爵令嬢。


 どう考えても普通じゃない。

 でも、不思議と不安はなかった。

 一人じゃない。

 この、最強の相棒、アマンダさんと一緒だ。


「よろしくね、アマンダさん」

「ええ、よろしくお願いいたしますわ、リオニア様」


 私たちの、波乱の共同生活が、今、始まった。

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