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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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11/11

11.私の居場所はここにある

 私の手がジークハルトの大きな手に包まれた。


 剣だこ(・・)で硬くなった武骨な手。

 王都の殿方たちが競うように手入れしていた柔らかい手とは全然違う。

 でも不思議なくらい安心する。

 この手は見栄えを良くするためじゃなく、戦うための手だ。

 そしてこれからは、私と共に歩むための手になる。


「……で、さ」

「なんだ」

「その手。いつまで握ってるつもり?」


 私がニヤニヤしながら尋ねた。

 彼ははっとしたように私の手を離そうとした。

 いや、離そうとして一瞬ためらった。

 その銀色の瞳が、気まずそうに揺れる。

 あの鋼の騎士団長様が、だ。


「……あはは! なにその顔! 団長様も照れたりするのね!」

「……うるさい。調子に乗るな」


 彼はぷいと顔をそむけた。

 でもその耳がかすかに赤い。

 私はもうおかしくて、愛おしくてたまらない。


「まあいいわ。婚約成立ってことで。で、どうするの? これ辺境伯様に報告しに行くの?」

「……ああ。それが筋だ」

「でしょ。じゃあ行こ! 今すぐ!」


 私は今度は自分から彼の手を取った。

 ぐいと引っ張る。


「なっ……!?」

「なに驚いてるのよ。婚約者なんだから手くらい繋ぐでしょ。それともなに? 監視役が監視対象と手も繋げないわけ?」

「……君は本当に」

「口が達者?」

「……ああ。そうらしい」


 彼はそう言って、諦めたように息を吐いた。

 そして私の手を、今度はもっと強く握り返した。


 私たちはそのまま二人並んで謁見の間へと引き返した。


 さっき文官を追い返したばかりの謁見の間。

 そこにはまだ辺境伯様とソフィア夫人。

 そして合流したらしいアマンダさんがいた。


「あらリオニア様。団長様とご一緒に。忘れ物ですの?」


 アマンダさんが不思議そうに首を傾げる。

 辺境伯様も「どうした二人とも」と私たちを見た。


 ジークハルトは私の前にすっと進み出た。

 そして、辺境伯様に向かって片膝をついた。

 騎士の最敬礼だ。


「伯父上。……いえ、辺境伯様」

「……ジークハルト? どうした改まって」

「その、ただいま、リオニア・キルシュバウム嬢に監視……いや求婚、いや」

「あのですね、私たち結婚することにしましたー!」


 ジークハルトがトンチンカンな台詞を言う前に。

 私は慌てて彼の言葉にかぶせて宣言した。


 シーーーン。


 まただ。いったい何度この部屋は静まり返れば気が済むんだろう。


 アマンダさんは持っていた書類を床にばらりと落とした。

 ソフィア夫人は両手で口を押さえて目を丸くしている。


 そして辺境伯様は――さっきよりもっと盛大に噴き出した。


「ぶはっ! あっはははははははははははははははははははは!!!!」

「あ、あなた! お行儀が!」

「いや、すまん! すまんソフィア! だがこれは笑うだろう!」


 辺境伯様は涙を拭きながらジークハルトの肩をバンバン叩いた。


「ジークハルト! お前! あのリオニア嬢を!? よりにもよって! あははは! お前らしいというか何というか!」

「……伯父上。笑いすぎです」


 ジークハルトが心底不満そうに顔を歪めている。


「リオニア様!?」


 その時アマンダさんが私に駆け寄ってきた。

 その顔は青いとか赤いとかじゃなくもう混乱の極みだ。


「本当ですの!? 団長様と!? い、いつの間に!?」

「いやー今さっき? ほんとについさっき決まったとこ」

「ついさっき!? そんな……! わたくし何も聞いておりませんわ!?」

「ごめんごめん。いきなりプロポーズされたからさあ。私もびっくりしたくらい」


 頬を掻く私に目を剥くアマンダさん。ちょっと怖い。


「いきなり!? 密やかに愛を育んでいたわけではなく?」

「ないない! だいたい私がアマンダさんに、そんな面白そうなこと内緒にするわけないでしょ?」

「ではいきなりプロポーズされて、いきなり承諾した、と……?」

「まーそれもアリかなって」

「……リオニア様。あなたという方は……」


 アマンダさんは額を押さえてがっくりと肩を落とした。

 でもその口元は笑っている。


「……ジークハルト」


 辺境伯様はひとしきり笑い終えると真剣な顔に戻った。


「本気なんだな?」

「はい」


 ジークハルトは真っ直ぐに辺境伯様の目を見返した。


「君は」


 今度は私を見る。


「リオニア嬢。君も本気かね? こいつは見ての通りの朴念仁だぞ。王都の貴族とは違う。苦労するかもしれん」

「望むところです」


 私は胸を張って答えた。


「朴念仁なのは最初からわかってます。それに」


 私はジークハルトの隣に並んで立つ。


「苦労するなら二人一緒がいい。私、この人の隣で、剣を振るって生きていきたいんです」

「……リオニア」


 ジークハルトが私の名前を呟く。


 辺境伯様は私たち二人をじっと見つめた。

 やがてその鷹のような目に優しい光が宿る。


「……そうか。分かった」


 彼は大きく頷いた。


「二人の結婚をグライフェン辺境伯として祝福しよう。……いや、一人の家族として、だ」

「ありがとうございます!」


 私とジークハルトは二人同時に頭を下げた。


「まあ! おめでとうございますリオニア様! ジークハルト様!」


 ソフィア夫人が嬉しそうに手を叩いてくれた。


 私とジークハルト団長の婚約。

 そのニュースはあっという間に城中を駆け巡った。

 反応はまあ色々だった。


「「「先生が団長様とけっこん!?」」」


 ゲオルグ、フリードリヒ、ヒルダ。

 子供たちの反応が一番すごかった。


「ずるいですわ! 先生はわたくしたちの先生なのに! 取らないでくださいまし!」

「……団長様も強いけど先生も強い。……最強の夫婦?」

「俺が結婚するつもりだったのに……」


 三人は中庭で私とジークハルトを取り囲んで大騒ぎだ。


「お前たち。リオニアは結婚しても君たちの先生だ。……それに」


 ジークハルトが私の隣で腕を組む。


「これからは俺も訓練に付き合う。覚悟しておけ」

「「「やったー!!」」」


 子供たちは大喜びだ。

 うん。騒がしいけど幸せな光景だ。


 兵士たちや使用人たちも驚いていた。


「あの氷の騎士団長が結婚!?」

「しかも相手があの破天荒なリオニア先生!?」

「……なんか、お似合いじゃねえか?」

「最強と最強がくっついた感じだな」

「辺境は安泰だ!」


 そんな感じでみんなに温かく祝福された。

 王都の陰湿な社交界とは大違いだ。


 王都には辺境伯様から正式に報告が送られた。

 私 (とアマンダさん)の王都帰還辞退。

 アマンダさんの辺境伯領公式財務顧問への就任。

 そして私とジークハルト・ベルク子爵嫡男との婚約。

 まとめてドカンと。


 後日アマンダさんの元に実家である公爵家から手紙が届いた。

 アマンダさんはそれを読んで私に見せてくれた。


『お前の選んだ道だ。誇りに思う。なおレグルス王子はあの一件から色々あり完全に王位継承権を剥奪された。自業自得だ。リオニア嬢によろしく伝えてくれ。娘の目を覚まさせてくれた悪女殿にな』


「……やっぱり褒めてるのよねこれ」

「ええ! 最大級の賛辞ですわ!」


 二人で大笑いした。


 私の実家からも父から手紙が来た。


『……もう何も言うまい。お前はそういう奴だった。辺境伯様とベルク子爵家にご迷惑だけはかけるな。……母上は泣きながら喜んでいた。幸せになれ。そのうち様子を見に行ってやるから、その時はよろしく』


 短いけれど父らしい手紙。

 私も泣きながら笑った。




 ――そして、私たち二人の結婚式。

 それは辺境の短い夏に行われた。


 王都のような煌びやかな大聖堂じゃない。城の近くにある古いけれど立派な教会だ。


 純白のウェディングドレス……なんてものは私には似合わない。

 ソフィア夫人やアマンダさんが一生懸命選んでくれた。でも私はそれを断った。


 私が選んだのは辺境伯領の騎士団の制服。

 それを女性用に仕立て直した真っ白な礼服だ。

 腰にはもちろん剣を差している。

 ジークハルトも驚いていた。


「……君は本当に」

「なによ。文句ある? 夫婦お揃いじゃない」


 彼ももちろん、騎士団長の第一礼装だ。

 黒と銀で仕立てられたその姿は息をのむほど格好いい。


 彼は私のその姿を見て呆れたように息を吐いた。

 そしてあの時と同じように笑った。


「……いや。君にはそれが一番似合っている」


 そう言って私の手を取った。


 誓いの言葉。神父様が何か難しいことを言っている。

 私は半分くらい聞いていなかった。


 ジークハルトの横顔をこっそり盗み見る。鋼のように揺るがない。

 でもその銀色の瞳は私を映して優しく揺れていた。


「……誓いますか?」

「「誓います」」


 誓いのキス。

 彼がゆっくりと顔を近づけてくる。

 私はぎゅっと目をつぶった……あれ?


「……リオニア」

「な、なによ。早く……」

「目を開けろ」

「へ?」

「俺から目をそらすな。……監視役の命令だ」

「……っ! この!」


 私はカッと目を見開いた。

 至近距離で銀色の瞳と目が合う。


 そして私たちは小さく笑い合いながら、誓いの口づけを交わした。


 教会の外では子供たちや兵士たちが、花びらの代わりに訓練用の木剣を打ち鳴らして、私たちを祝福してくれた。

 最高に騒がしくて型破りな結婚式だった。



 *



 それから数年が過ぎた。

 北の辺境は今日も平和だ。

 ……いや平和とはちょっと違うか。


「ゲオルグ! フリードリヒ! 動きが甘い!」

「ヒルダ! 剣だけじゃなく頭も使いなさい!」

「「「はい! リオニア先生!」」」


 中庭では相変わらず私のスパルタ授業が続いていた。

 子供たちはもう、子供とは呼べないくらい立派に成長した。


 ゲオルグは父である辺境伯様に似て威厳が出てきた。

 フリードリヒは冷静沈着な軍師タイプだ。

 ヒルダは……剣の腕だけはとんでもなく上達した。今や兄二人を打ち負かすくらいだ。


「……リオニア」


 訓練場の隅で腕組みをしながら低い声がする。


「ジーク。あなたも見てないで手伝ってよ」

「フン。あいつらもまだまだだな」


 騎士団長の仕事の合間を縫って彼はこうして私の授業を見に来る。

 いや、監視(・・)しに来る。


 私の夫は相変わらずの朴念仁で口が悪い。

 でもその目が子供たちと私に向ける視線がどれだけ優しいか。

 私はもう知っている。


「先生! 一本お願いします!」

「望むところよ! ほら、ジークも!」


 私たち夫婦が並んで木剣を構える。

 これが辺境伯領の日常風景だ。


「……アマンダ先生! 今季の予算案です!」

「拝見しますわ! ……ダメです。やり直し! この数字では冬を越せません!」


 一方城の執務室。

 そこではアマンダさんの檄が飛んでいた。


 彼女は氷の財務顧問として領内の誰からも恐れ……いや尊敬を集めている。

 彼女が再構築した財政システムのおかげで、この辺境は驚くほど豊かになった。


 王都の貴族たちが今でも彼女を取り戻そうと使者を送ってくるらしい。

 でも彼女はきっぱりと断っている。


「わたくしの居場所は王都のサロンではなく、この帳簿の山の中ですわ」


 そう言って笑う彼女は誰よりも輝いていた。


 王都を追放されたわんぱく令嬢。

 婚約破棄された公爵令嬢。

 仮面を被って息を殺して生きていたあの頃を、もう思い出すこともない。


 私たちは王都の基準で言えば落ちぶれた者たちだったのかもしれない。


 でも、私は今ジークハルトの妻として、そして子供たちの先生として、毎日泥だらけになって剣を振っている。

 アマンダさんは財務顧問として、この領地の未来をその手で築いている。


 私たちはこの北の辺境の地で。

 王都のしがらみから解放された本当の自由を手に入れた。

 そして自分の正直(・・)な生き方を見つけた。


 これで文句がある奴がいるなら、いつでもかかってきなさい。

 私とアマンダさん、それから朴念仁の夫が返り討ちにしてあげるんだから!



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:-:+:-:+:-:+: 新作(連載)はじめました! :+:-:+:-:+:-:
― 新着の感想 ―
大変面白かったですが、公爵令嬢はさみしいでしょうね。 ところで父親の手紙にある、母上とは誰でしょう。今までの祖母が話に出てきてはなかったと思うのでリオニアの母親のことかな?とは思うのですが、父親目線…
テンポ良く読みやすく大変面白かったです。 公爵令嬢にも春が来てほしかった。 気になるのは、逆なら納得なのですが、主人公の男爵令嬢が公爵令嬢を「さん」付けで、公爵令嬢が男爵令嬢を「様」付けしているのが…
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