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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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10/11

10.だって私、忙しいんですもの

 私はゆっくりと王都の文官に向き直った。

 そして王都にいた頃のあの完璧な淑女の笑顔、久しぶりにそれを貼り付けた。


「……それはそれは。国王陛下には大変感謝いたしますわ」

「うむ。そうであろうな」

「ですが」


 私はその笑顔のままきっぱりと言った。


「そのありがたいお申し出。……謹んでお断りさせていただきますわ」

「……………………は?」


 文官の間抜けな声が謁見の間に響いた。


「……い、今なんと言った? 断る? 赦免を? 王都への帰還を!?」

「ええ。お断りいたします」


 私は貼り付けていた淑女の笑顔を消した。

 代わりにいつもの正直な悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「だって私、忙しいんですもの」

「は……?」

「ここの優秀なお子様たちに護身術を叩き込まないと。それにあのバカ王子がいる王都なんて。退屈で息が詰まって、反吐が出そうだわ」

「なっ……! き、貴様……っ! 再び不敬を……!」


 文官が顔を真っ赤にしてわめき散らす。

 私はそれを完全に無視した。


「それに私、見つけちゃったんですよ」

「な、何をだ!?」

「ここで自分の居場所を。……そして」


 私はちらりとあの鋼の男を見た。

 まだ私を凝視している。


「……まあそれはどうでもいいか」

「よくないだろう!」


 え? 今の誰? ジークハルト?

 いやまさかね。

 私が驚いて見ると、彼は何事もなかったかのようにそっぽを向いていた。

 ……空耳?

 私が首を傾げていると、隣でずっと黙っていたアマンダさんが一歩前に出た。


「……使者様。まことに申し訳ございません」


 彼女は公爵令嬢として完璧な礼で、文官に頭を下げた。


「わたくしも、王都へ帰還するつもりは毛頭ございません」

「なっ……! アマンダ公爵令嬢まで!?」

「はい。わたくしはランフォルト子爵が残した負債の整理。そして辺境伯領の新たな百年を見据えた財政改革。その計画で手一杯ですの。王都で意味のないお茶会に興じている暇など、一刻たりともございませんわ」


 きっぱりと言い切ったアマンダさん。

 文官はもはや言葉も出ないらしい。

 信じられないという顔で口をぱくぱくしながら、私とアマンダさんを交互に見ている。

 罪を赦免され王都に帰れるという、この上ない名誉を蹴ったのだから。


 あ、ようやく衝撃から立ち直ったようだ。額に前髪を汗で張りつけながら、文官が喚いた。


「……し、正気か君たちは……!? なにを考えているんだ!?」


 その時。

 ずっと黙って事の成り行きを見守っていた辺境伯様が、「……ぶっ」と吹き出した。

 そして。


「ぶ、ははははは! あーっはははははははははは!」


 謁見の間に豪快な笑い声が響き渡った。

 辺境伯様が腹を抱えて笑っている。


「あ、あなた……!」


 奥様のソフィア夫人が慌ててその背中を叩いていた。


「はー……っ。いやぁ、すまんすまん」


 辺境伯様は涙を拭いながら唖然としている文官に向き直った。


「……使者殿。聞こえた通りだ。この二人は、我が領地の宝だ」

「は、はあ……」

「王都に返すつもりはない。……いや、聞いてのとおり彼女たちがそれを望んでいない。国王陛下には私からそう言上しよう」

「し、しかし、それでは陛下の御心を……」

「構わん!」


 辺境伯様は言い切った。


「このグライフェン辺境伯の名において。リオニア・キルシュバウム嬢。並びにアマンダ・ヴァインベルク嬢の身柄は、この地で永久に保護する!」


 その言葉は何よりも力強かった。

 文官はもはや、何も言い返せない。

 真っ青な顔ですごすごと引き下がっていくしかなかった。



 嵐がまた一つ去った。

 謁見の間には私たちだけが残された。

 辺境伯様は満足そうに笑っている。


「……さて。これで王都の連中も、しばらくはちょっかいを出してこんだろう」

「……ありがとうございます。辺境伯様」


 私とアマンダさんが頭を下げた。


「礼を言うのはこちらだ。……改めてよろしく頼むぞ。リオニア先生。アマンダ先生」


 彼は嬉しそうに目を細めた。


 謁見の間を出て廊下を歩く。


「……やっちゃったわね、私たち」

「ええ。やりましたわね、リオニア様」


 二人で顔を見合わせてクスクスと笑う。

 もう私たちを縛るものは何もない。

 私たちは本当の自由を手に入れたのだ。


「……では、わたくしは執務室に戻りますわ。さきほどの税制改革の続きが……」

「はいはい。頑張ってアマンダ先生」


 アマンダさんと別れた。

 私は自分の部屋に戻るため塔へと向かう。


 これですべて片付いた。

 明日からもいつも通りの騒がしい日々が始まる。

 忙しくて最高に楽しい日々だ。

 そんなことを考えていた私の、行く手を遮る影があった。


「……騎士団長」


 いつの間に先回りしていたのか。

 彼は塔へと続く薄暗い廊下にいた。


 壁に寄りかかるようにして立っている。

 その銀色の目が私をじっと見つめていた。


「……なによ。まだ何か用?」

「……君は、残ると決めた」


 それは質問じゃなく確認だった。


「そうよ。言ったじゃない忙しいって」

「……そうか」


 彼は壁から背を離した。

 ゆっくりと私に向かって一歩歩み寄ってくる。


 ……あれ? なんだかいつもと様子が違う。

 その銀色の瞳が真剣すぎた。

 私は思わず一歩後ずさりそうになった。


「リオニア・キルシュバウム」


 彼が私の名前をフルネームで呼んだ。


「……な、なによ」

「君はこの領地の恩人だ。辺境伯様の保護下にある。……だがそれだけでは不十分だ」

「……は?」

「君の、その型破りな行動と、その口は。いつまた新たな火種を生むか分からん」

「……ちょっと失礼ね!?」


 彼は私の抗議を無視した。

 そして私の目の前。

 本当に鼻先が触れそうな距離で立ち止まった。


「……だから、私が見張る」

「……へ?」

「私が君の正式な監視役になる」


 その言葉の意味が一瞬理解できなかった。

 監視役? 一応もう私は罪人じゃ……。


「……何言って、」

「リオニア」


 彼が私の名前を呼んだ。

 その低い声に心臓がドクンと大きく跳ねた。


「……私と結婚しろ」

「……」


 シーン。

 廊下が静まり返った。


 私今なんて言われた?

 結婚?

 けっこん?



「……はああああああああああああああああああっ!?」



 私の人生で一番間抜けな声が廊下に響き渡った。


「……き、聞こえなかったのか。口だけでなく耳まで悪いのか君は」

「聞こえたわよ! 聞こえたけども! なによそれ!? 結婚しろ!?」


 私は混乱で頭が沸騰しそうだった。


「い、意味が分からない! それってプロポーズのつもり!? だとしたらぜんっぜんロマンチックじゃないわよ!?」

「ロマンチック?」


 彼は心底不思議そうに首を傾げた。


「……そんなものが必要か?」

「当たり前でしょこの朴念仁!」

「……俺は合理的な提案をしている」


 彼はあくまでも真顔で続けた。


「君はこの領地に残る。俺もこの領地を守る。……君は、俺が知る中で唯一、話していても退屈しない女だ」

「……っ!」

「君の剣の腕も、俺が鍛えればまあそれなりにはなるだろう。……辺境伯家の親族であり、騎士団長である俺が君の夫となれば、王都の連中も二度と君に手出しはできなくなる」

「……」

「……それに」


 彼はそこで一瞬言葉を切った。

 ……ほんのほんのわずかだけど。

 その視線を泳がせた。


「……君が王都に帰るかもしれないと思った時」

「……」

「……少し気分が悪かった」

「……!」

「……それだけだ」


 彼はそう言って私を真っ直ぐに見つめた。

 その銀色の瞳の奥。

 いつもは鋼の無表情に隠されているところ。

 そこに、熱がこもっているのが分かってしまった。


 ……ああもう。

 なんなのよこの男。

 不器用すぎるにも程がある。

 合理的? 監視役?

 全部言い訳じゃないの。


 私はさっきまでの怒りやら混乱やら。

 全部どこかへ飛んでいくのを感じた。

 そして心の底から笑いがこみ上げてきた。


「……ぷっ」

「……な、何がおかしい」

「あは、あはははは! おかしくないわけないでしょ!」


 私は涙が出るほど笑った。

 それからその鋼の胸当てを人差し指でつんと突いた。


「……いいわよ」

「……は?」

「結婚してあげるわよ、ジークハルト・ベルク。その合理的(・・・)な提案。受けてあげる」


 彼の銀色の目が驚きで大きく見開かれた。

 あの無表情な鋼の男が今完全に固まっている。


(……あ、可愛いところあるんじゃない)


 私は満足して彼を見上げた。


「た・だ・し。条件があるわ」

「……なんだ」

「私はあなたの妻になったからって、お淑やかに黙っているつもりないからね」

「……」

「私は私のやりたいように子供たちに護身術を教える。剣の訓練も付き合ってもらうわ。……そして」


 私は彼の襟元をぐいと掴んで引き寄せた。


「……私の()がうるさいって、文句言わないこと」

「……」


 ジークハルトはゼロ距離で私を見下ろしたまま。

 ほんのわずかにその口の端を上げて笑った。


「……ああ」


 彼は低い声で言った。


「……君が静かだったら。それこそ俺が退屈で死んでしまう」

「……!」


 彼はそう言うと、私の手をそっと解いた。

 代わりにその大きな節くれだった剣士の手で。

 私の手を静かに握った。


 ……ああもう、完敗だ。

 私は、どうやらこの不器用で、朴念仁で、最高に格好いい騎士団長様には。

 一生勝てそうにない。

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