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ごめんなさい。私、正直者なんです!  作者: 秋月アムリ


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1/11

1.わんぱく令嬢ってなんなのよ

 幼い頃、私は「わんぱく令嬢」と呼ばれていたらしい。

 らしい、というのは自分ではあまり覚えていないからだ。いや、覚えているけれど認めたくない、というのが正しいかもしれない。

 だいたい女の子に「わんぱく」はないだろう。せめて「おてんば」にしておけというものだ。


 リオニア・キルシュバウム。それが私の名前。キルシュバウム男爵家の長女として生まれた私は、それはもう元気いっぱいだったと聞く。

「リオニア様は本当に……」と乳母がよく溜息交じりにこぼしていた。

 木登りは朝飯前。お気に入りのドレスで泥遊びに興じ、家庭教師の(かつら)をひっぺがして逃げ回り、父の書斎で墨壺をひっくり返して大騒ぎ。

 行動や発言が貴族令嬢の範疇にない。

 両親や使用人たちは私の奇行に頭を抱え、社交界デビューが近づくにつれてその憂鬱は深まっていった。


 そして、案の定。

 初めてのデビュタントボールで、私は盛大にやらかしたみたいだ。


「ごきげんよう、キルシュバウム男爵令嬢。あなたのお噂はかねがね」


 ねっとりとした視線で私を上から下まで品定めする、ぽっちゃりしたどこぞの貴族子息。


「噂? どんな?」

「ふふふ、ご令嬢はたいそう活発(・・)でいらっしゃるとか」

「うげ。会ったこともない人にまで知られてるのか」


 まあここまでは良かった。


「またお父様(パパン)に怒られそうだから今日は大人しくしとくか……」


 壁の花にでもなってやるかとその場を辞そうとした私だったが、相手は尚も話しかけてくる。


「まあまあ、どうです? 私と一曲」

「いやー無理です。踊りなんてできませんもん」

「大丈夫、私が教えて差し上げますから」

「無理ですって。興味もないし」


 散々断っているのに、相手はしつこく食い下がってくる。

 それどころか、しつこく私の肩に手を回そうとしてきた。


「まあまあ、そう固くならずに」


 だから私は、思わずその手をはたき落として言ってしまった。


「触るな子豚。息がニンニク臭いのよ」


 ……シーン。


 音楽が止まったかと思った。

 子息は顔を真っ赤にして固まり、周囲の令嬢たちは扇で口元を隠してクスクス笑っている。

 父は青ざめ、母は倒れた。

 それが私の社交界デビュー。伝説の始まり。

 もちろん悪い意味で。

 それからというもの、私の発言は数々の波紋を呼んだ。


「そのドレス、まるで魚みたいですね」

「奥様の宝石は、本物ですか? まるで作り物みたい」

「お化粧が濃すぎて、落としたら誰だかわからなくなっちゃいますよ」


「あなたって本当に正直な方なのね!」


 そう言って頬を引き攣らせる伯爵夫人に、私は満面の笑みで答えた。


「ええ! よく言われます!」


 両親は泣いた。


「リオニア……! 頼むから、頼むから黙っていてくれ!」

「どうしてお父様? 私は思ったことを口にしただけなのに」

「それが悪いと言っているんだ!」


 父の悲痛な叫びに、私はようやく気付いた。

 どうやら、この社交界という場所は思ったことを口にしてはいけないらしい。

 なんて面倒な世界だろう。

 私は深く深く溜息をついた。


 それから私は、社交界での失敗を重ね、学習した。

 とにかく黙ってニコニコしてりゃいいんでしょ? と。

 鏡の前で、完璧な淑女の笑みを練習した。口角の上げ方、目元の緩め方、扇で口元を隠すタイミング。

 本心を隠し、外面を取り繕う術。

 それは私にとって、一番得意な悪戯に似ていたかもしれない。

 そういうわけで私は完璧な仮面を習得した。


 その結果数年後、どうなったか。


「あのキルシュバウム男爵令嬢も落ち着いたものだな」

「ええ、いつも静かに微笑んでいらして」

「ただ……少し、退屈というか、何を考えていらっしゃるのか」


 知ったことか。

 あんたらが望んだ淑女になってやったんだ。文句があるならコソコソしてないで直接言ってこいっての。

 私は社交界の隅で、今日も完璧な笑顔を貼り付けて立っている。

 それが私の日常。

 退屈で、息が詰まる、完璧な日常。



 *



 その日も、私は王城の華やかなパーティーに参加していた。

 煌びやかなシャンデリア。流れるような美しい音楽。色とりどりのドレスを纏った令嬢たちと、高価な軍服や正装に身を包んだ殿方たち。

 誰もが笑顔で、誰もが仮面を被っている。

 私もその一人だ。


「ごきげんよう、リオニア様」

「ええごきげんよう」


 当たり障りのない挨拶。中身のない会話。

 グラスを片手に、壁の花と化しているのが一番楽だ。

 私はぼんやりと、ホールの中心で優雅に踊る人々を眺めていた。


(あーあ、退屈)


 早く終わらないだろうか。家に帰って、泥だらけになるまで馬を駆けさせたい。

 そんなことを考えていた、その時だった。

 甲高い声が、音楽を突き破って響き渡った。


「待ってくれ、アマンダ! 僕の話を聞いてくれ!」


 騒ぎの中心にいたのは、第三王子のレグルス殿下。

 金色の髪を振り乱し、必死の形相で一人の令嬢の腕を掴んでいる。

 そして、その腕を振り払おうとしているのが、殿下の婚約者である公爵令嬢、アマンダさん。


「お離しください、殿下! このような場所でなんのお話ですか……!」


 アマンダさんの顔は青ざめている。


 ホールは静まり返り、誰もがこの王族の痴話喧嘩 (?)に注目していた。


(うわあ、始まったよ)


 レグルス殿下は、王族の中でも特に「おつむが残念」で有名だ。

 整った顔立ちとは裏腹に、中身は空っぽ。感情の起伏が激しく、自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起す。

 まさに「わんぱく」がそのまま大人になったような男。

 ……昔の私を見ているようで、ちょっとイラっとする。


「いやだ! 離さない! アマンダ、君に分かってもらわなくては!」


 レグルス殿下は、なおもアマンダさんの腕を掴んで離さない。

 そして、次の瞬間、とんでもない爆弾を投下した。


「君との婚約は破棄させてもらう!」


 ……は?

 会場が、今度こそ本当に凍り付いた。

 私も、貼り付けた笑顔がピシリと音を立てて固まるのを感じた。


「……殿下、今、なんと?」


 アマンダさんの声が震えている。


「聞こえなかったのかい? 婚約破棄だ! 僕は……僕は、真実の愛を見つけたんだ!」


 高らかに宣言する王子。

 その視線の先には、唖然とするご令嬢たちの影に隠れるようにして震えている、小柄な令嬢がいた。

 確か……どこかの伯爵家の、地味な令嬢だったはずだ。

 王子は掴んでいたアマンダさんの手を乱暴に振り払い、その令嬢の手を取った。


「このリリアこそが、僕の運命の人だ! アマンダ、君のような政治的な繋がりのためだけの女とは違う!」


 ひどい。

 あまりにもひどい物言いだ。

 アマンダさんは、公爵令嬢としてのプライドと教育のすべてをかけて、この残念な王子の婚約者を務めてきた。

 それを「政治的な繋がりのためだけの女」と。

 アマンダさんは、真っ白な顔で、わなわなと震えている。

 言葉が出ないのだろう。

 絶望と、屈辱。

 その大きな瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。


 その瞬間。

 私の頭の中で、何かがプツンと切れた。


 ああ、もうダメだ。

 我慢の限界。

 今まで必死に被ってきた淑女の仮面が、音を立てて崩れていく。

 私は、自分でも何を考えていたのか分からない。

 ただ、足が勝手に動いていた。


 コツ、コツ、とヒールの音を響かせ、私は騒動の中心へと歩み出た。

 誰もが私を訝しげに見ている。


(リオニア・キルシュバウム? 何をするつもりだ?)


 そんな視線が突き刺さる。

 知ったことか。

 私は、涙をこぼしたまま立ち尽くすアマンダさんの前に立つと、その細い手を優しく取った。


「アマンダさん」


 彼女は驚いたように顔を上げた。

 私は、彼女の耳元で囁くのではなく、あえてホール全体に響き渡るように、はっきりとした声で言った。


「あんなバカのことなんて、放っておきましょう」


 シン、と静まり返ったホールに、私の声だけが響く。

 レグルス王子が、信じられないという顔で私を指差した。


「なっ……! き、貴様、今、なんと言った!?」


 私はゆっくりと王子に向き直る。

 そして、この十数年で培った淑女の笑顔ではなく、幼い頃に得意としていた、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。


「あら、聞こえませんでした? あんな『バカ』のことなんて、どうでもいいと申し上げたんですの」

「ばっ……!?」

「なーにが『真実の愛 (笑)』よ。頭に藁でもつまってるんじゃないの?」


 私の言葉に、会場のあちこちで「ぷっ」と吹き出す音が漏れた。

 まずい、と思ったのか、王子の取り巻きが慌てて割って入ろうとするが、私はそいつらを斜め下から睨みつけた。


「淑女のおしゃべりに、殿方が口を挟むものではありませんわ。それとも、あなたも頭に他のものがつまってらっしゃる?」


 取り巻きは「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。


「き、貴様……っ!」


 レグルス王子は、顔をトマトのように真っ赤にして激怒している。


「お、王族である僕に向かって、バカとはなんだ、バカとは!」

「あら?」


 私は心底不思議そうに首を傾げてみせた。


「敬意を込めて『バカ』って言ったんですよ? ……だめでした?」

「いいわけがないだろう!」

「まあ、大変。では、殿下にお似合いの敬称とは何でしょう? 『愚か者』? 『能無し』? それとも『世紀の大マヌケ』?」

「き、貴様あああああっ!」


 王子が剣の柄に手をかけた。

 おーっと、それはまずい。

 私は一歩も引かずに、むしろ一歩前に出た。


「おやめなさいな、殿下。ここは王城。神聖なるパーティーの場ですよ。まさか、こんな場所で非武装の女相手に剣を抜くおつもりで? そんなことになれば、あなたの『真実の愛』のお相手も、さぞかし幻滅なさるでしょうねえ」


 私はチラリと、王子の後ろで震えているリリアという令嬢を見た。

 彼女は「そんな……」と青い顔をしている。


「それでも私の口を塞ぎたいと? 暴力で?」


 私は畳み掛ける。


「公衆の面前で、長年の婚約者を一方的に、それも『政治的な繋がりのためだけの女』などと侮辱し、あまつさえ暴力に訴えようとなさる。それが王族のやることです? それがあなたの見つけた『真実の愛』の形なんですかぁ?」

「う……」

「アマンダさんは、これまでどれほど耐えてこられたことか。あなたの奇行、あなたの癇癪、あなたの……その、空っぽの頭に! それでも公爵令嬢としての務めを果たし、あなたを支えようと努力してきたのよ!」

「ぼ、僕は……!」

「あなたは、その誠意を踏みにじった。真実の愛? 笑わせないで。あなたはただ、自分の我儘を正当化してくれる、都合のいいお人形が欲しかっただけでしょう!」


 私はリリアとかいう令嬢を指差す。


「彼女を盾にして、自分の責任から逃げているだけよ! この卑怯者!」


 レグルス王子は、もはや反論の言葉も出てこないらしい。

 口をパクパクさせ、真っ赤な顔で私を睨みつけている。


「やーい、バカ王子。言い返せないんでしょう?」


 私は、子供の頃に得意だった「あっかんべー」こそしなかったが、気分はそれに近かった。

 ホールは静寂に包まれている。

 誰もが、この前代未聞の事態を固唾を飲んで見守っていた。


 私はもう一度、アマンダさんに向き直った。

 彼女は、涙も忘れたかのように、目を丸くして私と王子を交互に見ている。

 私は、彼女の手をぎゅっと握りしめ、


「言ってやったわ」


 そう言って、悪戯っぽくニヤリと笑いかけた。

 アマンダさんの目が、驚きでさらに大きく見開かれる。


 そして、その強張っていた頬が、ほんの少し、緩んだように見えた。

このところ復讐ものばかり書いてて心が荒んできたので、ヒロインが無茶苦茶するコメディを書きました! 完結まで書けてます!

個人的には今までで一番面白いお話が書けたと思ってます!(自らハードルを上げていくスタイル)

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